+ + +


気づけば私は無音の暗闇に呑まれていた。
あれ?何故こんなところにいるんだっけ?


あ、そうだ。思い出した。
私は「いけにえ」だったんだ。


物心がつく前の純粋な心を持っている子どもを「いけにえ」として、ある村に送り出す
それで私が今回の「いけにえ」としてこの村に送られたのだ。


目隠しをされて連れてこられたからここがどんな村だったのかも見ていない。
目を覆っていた布が取られたときには私はヒヤリと冷たいこの場に居た。

ここは、とある研究所。
そのはずなのに、酷い闇の中だ。


私は闇に押しつぶされて泣いた。すすり泣いて、顔を覆う。
まだ私は小さな子供。だけれど分かる。まだ発育途中の体でも、反射的に怖さに震えていた。
私はここで一体何をされるの?
何故「いけにえ」というものがあるの?
「いけにえ」は何をするものなの?


「いけにえ」とは、村の守護のために神に送り出される人間のこと。

しかし、こんな闇の中に神がいるというの?
本当に私は神に会えるの?
そして神に何をされるの?食べられるの?
きっとそうだ。
「いけにえ」とは大抵は神に捧げる食料だ。

私は、食べられちゃうんだ…。



怖い、怖い、怖い
体が震えた。無意識に体が震えた。

心底が地震のように激しく揺れ、私の心を崩していく。


誰か教えて。

私はどうなるの?




ふと、遠くから私と同じようにすすり泣いている声が聞こえた。
誰だろう。気になって私は身を起こしてそちらに近づいてみた。

するとそこには、黄色いものがいた。
それはキツネだった。


「どうしたの?キツネさん」


私と同じようにキツネが悲しんでいる。
動物が悲しんでいるところをはじめて見た。だから興味を持った。


「どうして悲しんでいるの?…ねえ、あなたももしかして」


いけにえ?


しかし私には動物と話すなんていう素敵な力はない。
だから私の声は空振りする。


「…寒いの?震えているよ」


キツネは震えていた。それはまるで雪中で凍えているように。
寒そうだったので、私はキツネを抱き上げた。

私の黒い髪がキツネに重なる。


「怖いの?あなたも怖いの?」


私は尋ねた。私の髪のせいで黒くなっているキツネに。
するとキツネは「くーん」と答えた。

声が震えていたからきっとこう返したに違いない。
「怖いよ」って。


「…私も怖い。今から何されるのか分からない。だから怖い」

くーん。

「震えてるね。大丈夫?…怖いと思うと体が冷えるよね。私も一緒。私も怖いから寒いんだ…だから少しの間こうやって抱かせて」

くーん。


キツネが何て言っているのか分からないけど私はキツネを抱いた。
自分の心身を暖めるため、そしてキツネを暖めるため。

だけれど、体は震えっぱなしだ。
闇に囚われているんだ。それは誰だって怖くなる。


一体、どうなっちゃうんだろう…。


そう思った刹那だった。
遠くから、やがて近くから、笑い声が聞こえてきたのだ。


「ひゃっひゃっひゃっひゃ!今回の『いけにえ』はキミだね?」


これが神?
ありえない。神がこんな笑い声出すはずない。

変な汗がにじみ出た。
ついに「いけにえ」に捧げる式典が始まるのだ。

…と言っても、神に食べられるだけなんだろうけど。



「ひゃっひゃっひゃ!怖いか?怖いのか?いけにえちゃん」

「………っ」


笑い声は間近で聞き取れた。もう目の前なのだ。
闇の中では誰が動いているのか全く見えない。
そう思っていたけど、相手も黒かった。それは見えるはずがない。

相手は全身黒づくめで、狂ったように笑い声を上げていた。


「だーいじょうぶ。痛くしないからねぇ。キミがボクの言うことを大人しく聞いてくれれば痛くなくて済むからねぇ」

「…!」


どういう意味なの?
私がよりいっそう震えると胸の中にいたキツネも一緒に震えた。振動が伝わってしまったのか。
違う。キツネ自身が震えているのだ。
私と同じで、恐怖に震えたの?

これも違う。

キツネは恐怖を通り越して、怒りに震えていたのだ。
心が奮い立ち、その勇気は目の前の黒づくめの男にぶつけられた。

キツネが男に噛み付いたのだ。


「ひゃ!何すんだこのゲス!!」


しかし蹴り飛ばされキツネは、すぐ後ろにあったらしい壁に体を打ち倒れ込む。
そして男は私の腰に手を触れる。


「…あ…」


いやだ…


腰を掴まれ私は男の腕に捕らわれた。
抵抗しようとしたが、恐怖に負けてしまった。
私はキツネみたいに立ち向かうことが出来なかった。
思うが侭にされちゃう。
神の食事にされちゃう。

私は死んでしまう。

すると、また悲鳴が聞こえた。
男の足をキツネが噛んだらしい。
また蹴られ壁に体を打ち、倒れるけどキツネは立ち向かう。そして蹴られて…繰り返し。


「もういいよ!やめてよキツネさん!」

 私の前にあなたが死んでしまう!


しかしキツネはやめない。
何度も壁にぶつけられる。それを見ていられなかった。

そしてまたキツネを蹴ろうとする男に私は言ったのだ。


「私はあなたのための『いけにえ』だしどうなってもいい!だけど関係のないキツネさんは傷つけないで!お願い!」


私の声が聞こえたのだろうか、驚いたキツネは瞳を縮める。
同じく男も目を見開く。


「ひゃっひゃっひゃ!友情ごっこか?楽しいねぇ。うん、そうだね!キミはボクの大切な作品となるものなんだ!もうキミはボクのものさ!」

「…っ」


こいつの存在が気持ち悪くて、思わず顔が引きつる。
だけれど、言い放つ。


「もうキツネさんを蹴らないで」


すると男は大人しくなった。承諾したようだ。
よかった。もうキツネは傷つかない。

思えばキツネも動いていない。何度も体を打たれていたので力がなくなったのだろう。
顔はこちらを見ているが、体は動いていなかった。倒れたままだった。
倒れたまま、私に向けて悲しみの色を向けていた。


私は連れて行かれる。どこへ?分からない。

こいつの作品になるようだ。作品?何それ?



黒い男の体に私の黒い髪が溶け込む。男は闇に溶け込む。
気づけば私は別な部屋に連れられていた。

部屋の中央に淡い光が燈っている。しかしその光も闇と同様で冷たい存在。
全く温かくない。

その光は近くなっていく。私を連れた男が光に近づいているのだ。
やがて光の正体を知ることになる。


光は容器だった。
壺のような容器が一つポツンと。そいつの体から放たれていた光だったのだ。
そして私はその光の中に入れられる。


「う…!」


受身の態勢を作る暇もなく尻餅をついてしまった。体が竦んでもう動けない。

壺の入り口から男が顔を覗きこみ、動けない私を馬鹿に笑う。


「ひゃっひゃっひゃ!これでキミはボクの作品だ!」


男は笑い続ける。


「今までずっと研究していて様々なものを作ってきたけど、人間を使うといつも失敗ばかり…だけどもう失敗しない!」


何が?


「お前が初の人間を使った成功作となるんだ!」


何の?


「そうそう、キミぃ、ペガサスやユニコーン、スレイプニルのことをご存知かね?」

「…え?」


突然の問いかけ、しかも意味の分からない問いかけに、私は焦燥した。
結局、答えることが出来なかった。

そのため男が答えた。


「これらの動物は全て"幻獣"と呼ばれる獣だよ」

「…幻獣…?」


だから何なの?
それがどうしたの?


「さて、この幻獣たちは一体何が元だと思う?」


知らないよ。
私はまだ子どもだもん。


私の声を悟って男が笑う。


「ひゃっひゃっひゃ!これらはねぇ、全て『馬』なんだ!」

「うま?」


だから何なの?


「まだ分からないのか?ボクの研究とはズバリこういうことだ!!」


上から何か降ってきた。桜色のタテガミをした子馬だ。
男が子馬を壺の中に入れたのだ。
その子馬に潰されそうになったため私は尻を動かして何とか避けきった。
対して子馬は4つの蹄を奏でて美しい形で着地する。

着地した音を聞いて男は口を開いた。


「美しい馬だろう?それはそうさ!そいつはねぇ」


私の目の前にいる子馬は、普通の馬と違っていた。
白馬だし美しいし、何より背中には……


「白馬と鷲を組み合わせたボクの作品の『ペガサス』なのさ!」

「え?!」


子馬の背中には立派なワシの翼。
白馬の色によって白い天使のような翼となっている。


「人工的に作られたペガサスちゃんだけど、一番の自慢作品!」


そう自負して男の話は単刀直入に本題に切り替わった。


「キミにはペガサスと合成してもらうよ」


それはあまりにもキツイ冗談だった。


「え?」

「合成の上に合成。我ながら面白い試みだねぇ」

「な、何を…」

「作られたペガサスちゃんだけど、能力はペガサスそのものさ!ボクの魔力が入っているからね!」


何がいいたいのこいつ?!


「そんなペガサスの力を持てる人間がいたら素敵だと思うでしょぉ?だからキミで実験するのさ!」


…待ってよ。村から送り出される「いけにえ」ってこいつの実験道具として使われていたってこと?
神の食事に出されるんじゃなくて、こいつの変な試みの実験道具?

しかも今まで一度も人間の合成には成功していないって言っていた。
ということはこいつは、何人もの「いけにえ」を実験失敗で殺してしまったんだ。


…待って…ちょっと待って…!
これでもし合成に失敗したら私死んじゃうってこと…。


ってか、合成なんて出来るはずないじゃないの!


「大丈夫だよ。痛くしないからね〜」

「待ってよ!いやだ!こんなの嫌だ!」


私は殺される。
私は人間じゃなくなる。

私が私じゃなくなる。



「次こそ成功しよう!ボクの合成獣ちゃん〜楽しみだなぁ〜」


覗き込んでいた男が黒に塗りつぶされた。壺の蓋がされたのだ。
壺の中で私はペガサスと2人きり。


中はじわじわと熱くなる。
まるで蒸し器に入れられたようだ。


そして外から聞こえる笑い声。


「ひゃ〜っひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」


男が笑うたびこの場が熱くなる。
いや、これは場が熱くなっているのではない。自分自身が熱くなっているのだ。

神秘なる白い光を内側から放って私が熱くなっている。
相席にいるペガサスも同じく光を放っている。


「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」


男の笑い声。それから起こる熱さ、悲しさ、哀れさ、憎しみさ、切なさ、全てが私の心を燃やして、
やがて私は眠りについた。





+ + +




「思い出した………」


遠き過去を思い出し、チョコは溢れていた涙を拭った。
自分の正体を今ここで思い出した。


「私は、ペガサスと合成されたんだ…」


合成されて私の髪色はペガサスのものだった桜色に染まった。
ペガサスの足ももらってこの速さ、そして持久力を手に入れた。

そして、動物の言葉も。


「…だけど…」


チョコには神秘なる力がない。
ペガサス特有の神秘なる尊い力。それを全く持っていない。

目の前の黒づくめの男が最も楽しみにしていた力をチョコは身に付けていない。


「私は…『失敗作』だ……」


馬の力を手に入れたけど、肝心なペガサスの力を手に入れていない。
これでは全くダメだ。


「そうさ!お前は足が速いだけの『失敗作』さ!一つも利の力がない!」


せっかく涙を拭ったのに、また頬を温かいものが伝う。


「対して、あのときのキツネと合成させた『バニラ』は完全なる成功作だ!キツネの愉快な力である変術を使いこなせる。あいつはいい出来だった」


下唇をべろりと舐める。


「お前を初め、人間を使う合成実験は次々と成功してきたが、全ての合成獣は人間の脳を持っている」


つまり、動物の力を持った人間。ということだ。


「しかし、バニラの奴はキツネの脳を持っている」


バニラはあのときのキツネなのだ。
バニラだけが、人間の姿をした動物。なのだ。


バニラは、人間と合成されて人間の姿になったあのときの勇敢なるキツネなのだ。


「だからお前を助けようとしているのだ。あのときお前に命を助けられた恩返しなのか、あのクソキツネは失敗作になってしまったお前を救ったのだ」

「え?」


意味が分からず問い返す。
どういう意味?


「ペガサスの力を持っていないお前は失敗作、だからボクは処分しようとしたのだ!それなのにクソキツネはお前を逃がした。どこかの村にまで逃がしやがったのだ!」


キツネを合成させなくちゃよかった!と大きく唾を吐く。



 何ていうことなの…。


覚えていなかった。
助けてもらったこと、覚えていなかった。



 そういえば、あのとき道端であったときバニラはこう言っていた。



 "「桜色の髪のチョコ。あなたのことをうちは今までずっと捜していたっス」"

   私を捕まえて

 "「うちはチョコと一緒にいたいんス」"

   私を必死に捕らえていた。



 そうか、そういうことだったのね。

 バニラは私の身の危険を知っていたんだ。
 この男に私が捕まらないように、私に抱きついたんだ。


 私が処分されないように、私という存在が消えないように

 必死に捕らえてくれてたんだ。



 バニラは私のために私を探していたんだ。




「キツネさん……」


胸が締め付けられる。
せっかくあのとき会えたのにチョコはバニラから逃げてしまっていた。


なんてことだろう。


涙が出てきた。
悔しくて申し訳なくて

バニラ…あのときのキツネの気持ちが嬉しくて



「さて、『失敗作』よ。処分しようか!」


泣いているチョコの耳に、耳障りなに男の笑い声が入ってきた。









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チョコはペガサスとの合成獣だったのです!

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