空気を震わせる不気味な笑い声が、囚われ身の少女の心身を傷つける。


42.狂った男


寿命が訪れ自身を支えることが出来なくなってしまった大木が倒れている。
それを難なく飛び越え先を急ぐのは髪色豊かな団体。

赤色の頭のサコツが先頭を突っ切って誘導している狐色の髪色のバニラに声を掛ける。


「一体何がどうなってんだよー?チョコが処分されるって意味分からないぜ?」


先行くバニラの背中に向けてメンバーも幾多の疑問を乗せた視線を送る。
すると感づくことが出来たのか、バニラはメンバーの速さに合わせるため足を緩めた。
しかし絶対に止まろうとはしない。急がないとチョコの命が絶ってしまうから。


「簡単に説明すると、チョコは失敗作なんス」

「は?」


大きなくぼみを飛び越えてから、ソングが表情を顰めた。言っている意味が分からないからだ。
バニラは更に深く説明する。


「うちはいわゆる完全なる成功作っス。動物の力を完全に自分のものとしているから」

「うん」

「だけどチョコは全く動物の力を取り入れることが出来なかったっス。だから失敗作なんス」

「だからその失敗とか成功とかの意味が分からないんだぜ?」

「……ちょっと待ちなさいよ。それってまさか…」


今のバニラの説明にサコツは理解することが出来なかったが、ブチョウが何かを感づいた。
そしてそれを口から出してみる。恐る恐ると、だけれど正確に。

恐怖を堪えて、言ったのだ。



「チョコはあんたと同じで……合成獣ってこと?」



歌うように流れたその声は聞きたくなくても耳に入ってきた。
サコツにもこれでようやく理解することができた。
だけれど顔に出てきた表情は"仰天"だ。


「その通りっス」


ブチョウに軽く目を向けたバニラは硬く口元を歪めた。
バニラの応答にメンバーはただただ驚くだけ。


「ありえない…チョコが合成獣だなんて…」

「本当なのかよ?お前を信じていいのか?」

「だけどこれで全てが繋がったな」


バニラの言葉を信じることが出来ないクモマとサコツであったが、ソングは顎に手を乗せ納得した表情を見せる。
そして口を開く。


「あいつが動物と会話できるのも、足が異常に速く長距離を息切れなしで走ること出来るのも、全ては動物の力があったからか。動物と合成されているのならば、自然とそれらの力を身に付けることが出来る」

「ソング、あんた何気に賢いな。なるほど、それなら確かに全ての辻褄が合うで」


トーフが関心した声を漏らし、そのままバニラに返す。


「ほな、失敗作っちゅうんはどういう意味なんや?」


チョコは動物の言葉が分かるし足も速い。それだけで十分と動物の利点を捉えているではないか。
しかしそれが失敗作だという。どういう意味だ?

しかしバニラの口は固く閉じている。
顔色には戸惑いが入り混じっているが、目はしっかり奥に向けられている。

村の一番奥にあるという『研究所』を。




+ + +



「そんなの信じない!私はそんなんじゃない!私は…私は人間だもん!!」


まるでサルのような子ども…ミントに担がれているチョコは手足をバタバタ動かしもがいていた。
ミントの口から出される言葉一つ一つがチョコの柔い心を傷つき消すことの出来ない残害を残す。


「キキー」
―― お姉ちゃんのどこが人間だって言うの?


ミントはくくっと口先で笑った。


「キキーキキー」
―― 現にぼくの言葉が分かるところでお姉ちゃんは人間ではない。動物の言葉が分かる人間なんてこの世にいないんだ

「だけど…!」


サルの鳴き声を解読し、反論しようとするチョコだったが、ミントはそれを許してくれなかった。
キキーという声が妨げた。


―― 人間は人間の言葉しか解読することが出来ないんだ。人間は頭がいい生物だと思われているけど勉強しないと何も知らない愚かな生物だ

「あなたも人間じゃないの」

―― ぼくが人間?こんなぼくが人間に見えるというの?


普通の人間には言葉が通じない。何故ならミントは人間が学習していない動物の言葉を使っているのだから。
そしてこの脚力。木々の枝を飛び移りながらの移動……自然で鍛えられている動物にしか出来ない技だ。

人間ではない。こいつは…人間ではない…。そして


―― ぼくは人間じゃない。そしてお姉ちゃんも人間じゃないよ

「…ウソよ…私はそんなの信じない…」

―― まだ信じないの?強情だねお姉ちゃん

「……だってこんなの……ありえないよ…」


まさか、自分の正体が…。


―― この世の中『ありえない』ということはありえないよ。『ありえない』と思われていたこの実験が現にぼくらみたいに成功しているのだから


まあ、ぼくは少し失敗して人間の言葉を失ってしまっているけど。とミントは笑った。
しかしチョコにはそれは笑えない。


「私はどうして『失敗作』なの?」


 意味が分からないよ。
 突然この子が現れたと思ったらいきなり
 「お姉ちゃんは合成獣だけど失敗作なんだ」といわれるんだもん。

 私が合成獣のはずがないじゃないの。
 私は人間だよ……ソングみたいにただの凡人だよ…

 そう信じていたいのに。心はそれを拒否する。


 動物の言葉が分かり、驚きの足の速さと持久力。
 それらを持っている私は、まるで動物だ。

 動物の中でも足を象徴する生物…。




―― なぜお姉ちゃんが『失敗作』なのかはあとでちゃんと説明するよ。


いや。と首を振ってミントは言い直す。


―― 説明してくれるよ。あの方が。


肩に乗せられた腹がヒクヒクと揺れる。
チョコが泣いているのだ。ミントの背中に顔をつけて、拳をぶつけて泣いている。

ずっと知りたかった自分の正体が、まさかこんなものだなんて…。
 動物はお友達って思っていたけど、違う。自分が動物なのだ。
 動物は私なのだ。

  私は、合成獣なんだ……。
  人間じゃないんだ………………。


背中で啜り声を上げているチョコの腰を優しく叩くミント。慰めようとしているのか。
しかしくりくりとしたミントの目はしっかりと緑の奥に潜んでいる不気味な闇を見ている。
それは近い。ここから闇色のオーラが微かに見える。
もう少し先を進めば、ほら見えた。

緑だった景色ががらっと変わる。
緑から深緑、そして漆黒に。
ここにだけ闇が降臨しているのか、どんよりと空気が重い。

その闇の空気に包まれている建物からは危険な匂いが漂っている。
泣いているチョコにもその危険を察しすることが出来た。
この建物の中に入ったら私は壊れてしまう。と。

中に入りたくないとチョコは無意識にミントの背中を叩いていた。
ポカポカと叩くのにミントはビクともせず、むしろ笑い声を上げて楽しそうだ。


―― 無駄だよお姉ちゃん。

「いや…」

―― お姉ちゃんは『失敗作』なんだ。失敗作は世の中に出回ったらいけないよ

「意味が分からないよぉ…」


ミントの背中で涙を拭い、チョコは訴えた。
恐怖を訴えた。


「あの中は危険だよ。入らない方がいいよ…!」


―― 何言ってるの。"我が家"じゃない。


我が家…?誰の?


―― お姉ちゃん。「ただいま」って言いなよ。そしたらお父さんの機嫌も直るかもよ


お父さん?
お父さん?

お父さん…?


「…どういうことなの…?」



チョコには家族がいない。物心ついたときからチョコは1人だった。
だけど本当は1人じゃなかった?
お父さん?誰?「ただいま」ってどういう意味?


 ここって一体何なの?

 本当に私って何なの?




疑問を疑問に乗せ、不安を不安に募らせ、悲しみと哀れを心底に沈める。
元気を失ったチョコはミントの背中を叩くことも忘れ、抵抗もなしにこの危険な香りが漂う建物『研究所』に入っていった。




+ +



『研究所』の中に入ると、せっかく拭った涙が再び元の場所に戻っていた。
涙を込み上げ口を押さえる。
場の重さに恐怖が最大限に膨れ上がった。

生ぬるい風がチョコのまぶたに触れ、涙を溢させる。
それからポロポロに涙を降らすチョコに気づき、ミントは笑っている。サルが笑っている。


暗いし静かだし何があるのか分からない。
分かるとしたら異常な場の重み。空気が重くてその重さにやられてしまう、それだけ。

ここには一体何があるの?


外では木の枝を伝ってピョンピョン飛び跳ねていたミントであったがさすがに建物の中では静かだ。
足音もほぼ無音で通っている。
まるでこの場には"音"というものがないかのように。


チョコを担いでいるミントはやがて歩くのをやめた。
そして角度を変え、一つの箱に入っていく。部屋だ。今チョコは四角い箱のような小部屋の中にいる。
と、ここで突然ミントの態度が変わった。
静かに動いていたのにこの部屋に入った途端、荒々しく肩に乗せているチョコを振り落としたのだ。
身の軽いチョコは飛ばされ壁に腰を打ち、背中から滑り落ちる。


「ちょ…何するのよ!!」


手荒く扱われ、もちろんチョコは怒鳴った。涙を強引に拭って、ミントを睨みつける。
しかしその場にはミントはいなかった。
ミントの代わりに壁があった。

あれ?

知らぬ間にこの場から出入り口がなくなっていた。
ミントもいなくなりこの箱の中にいるのはチョコだけ。


―― チョコを捕まえましたお父さん


どこからかミントの声が聞こえてきた。
いや、傍から見ればそれは鳴き声なのだが。

しかし、その『お父さん』という者も、ミントの鳴き声を理解することが出来た。
何だ。動物の言葉は人間には通じないはずなのに。こいつにも通じるのか。


「ひゃっひゃっひゃっひゃ!よくやったぞミント!」


初めて聞く声だ。
きっとこれが『お父さん』なのだろう。
しかし何て不気味な笑い声なのだ。チョコの心は引き締まれ、顔は強張る。

すると視界の中央にポツンと幽霊のような人影が現れた。
突然の出来事にビックリするチョコは思わず短い悲鳴を上げる。


「怯えなくてもいいんだぞボクの作品よ」


人影は黒かった。
そのもの自体が黒いのだ。

全身黒づくめの男。
黒ローブを着用し、フードを被っている。
そいつがかぶりを振ってチョコに向けて「『失敗作』よ」と呼び直す。


嫌な鳥肌が立った。
毛が逆立ち、体が竦み、だけれど逃げたくて尻を動かして後ずさり。
しかしチョコの背中には壁がある。四方ガラス張りの壁に囲まれ自由を奪われている。

透明な壁から見える奥の世界。
奥には、黒い者がいる。これで何人目だ。黒い者は。


「……っ…」


現実から逃げたくて、チョコは壁を背中で押す。
だけれどそれは無謀なこと。
チョコはこの不気味な黒づくめの者と対面しなければならなかった。
だから口を開く。しかし口からはぜえぜえと荒い息しか出ない。


「ひゃっひゃっひゃ!まだ怯えているのか?怯えなくてもいいんだぞ!」


そして男はチョコの疑問を聞き取ることが出来たのか、答えてくれた。
「あなたは一体誰?」という質問に対して馬鹿に笑って。


「ボクは君たちのパパさ!可愛い合成獣ちゃんたちはみ〜んなボクの作品さ!」


知らぬ間にまた涙が零れていた。
場の重さに押しつぶされ、男の言葉に押しつぶされ、

自分の正体の哀れな真実に押しつぶされて。










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