前に押されそうになるほど強い奇声が真後ろから聞こえてきた。
魔物だ。サコツの後ろに魔物がいたのだ。


「ま…魔物?!」

「何でこんなところに魔物が」


花畑でくつろいでいたのに魔物の奴、場違いだ。
大きな音を立てて仰向けに倒れる魔物をサコツは振り向いて眺める。
魔物がこのように倒れた理由は


「魔物め、たった1体でやってくるとはいい根性してやがる」


先ほどからサコツを甚振るように暴言を吐いていたウルフの仕業だ。
拳に出来た"気"を放ち、うまくサコツを避けながら魔物に命中させたのだ。
そのためどうしてもお礼を言いたかった。


「…ありがと…」

「別にたいしたことではない。それよりそこから早く離れた方がいい」


ウルフの拳にはまだ"気"が溜まっていた。目線は低い位置にいる魔物を真っ直ぐに睨んでいる。
その横でトンビが心配そうに手を組む。


「ウルフさん大丈夫ですか?」

「大丈夫に決まってるだろ。俺を誰だと思っているんだ」


すうっと"気"で燃えている拳が宙を彩る。
今から"気"を放つんだと分かったメンバーは重くなっている体を何とか後ろへ引く。
ウルフの体から邪悪な力を感じ、それが空気中に渡りメンバーの動きも鈍くしているのだ。
地獄で育った悪魔の存在は、ここでまた恐怖を作った。


「のたのたしてるとまた飛ばされるぞ」


既に魔物は空を飛んでいた。
重い銃弾を放ったようにウルフが体を大きく反らしながら一つの"気"を撃ったのだ。
反動が近くにいたメンバーにも届いた。心臓を止まらせることが出来るほどの無音が鳴る。

空に弧を描きながら魔物は遠くへ飛ばされた。
そのときの衝撃で花畑も少々荒れる。


「えっと…あんたトンビっちゅうたか?」

「あ、はい」


今にも祈りだしそうなトンビに声を掛けたのはトーフだった。心臓に響いた無音の衝撃が強かったのか、胸を抑えている状態であったが。


「地獄にあんな魔物は出るもんなんか?」

「ああいう魔物ですか。そうですねぇ……」


ウルフと魔物の戦いを前景に、トンビは地獄についてより深く語った。


「地獄には人型としては『悪魔』と『鬼』が住んでいます。ああいう魔物は地獄の生物と思っている方がいるようですがそれは間違いです。魔物も僕ら悪魔にとって見ても敵です」

「なるほど、魔物は誰から見ても敵なんか」

「あ、でも地獄にも『魔物』はいるんです」

「え?」


矛盾することを言うトンビに向けてトーフは目を丸くした。
トンビがより具体的に答える。


「地獄の動物として『魔物』はいます。だけどそれは人間界いわば地上の動物と同じ部類の生物です。今ウルフさんが戦っている魔物と全く違います」

「…何や、魔物にも種類があるんか」

「僕も始めてみました、ああいう悪い魔物を。僕てっきり魔物は動物のように愛らしいものかと思っていました。心があって愛を持てる生物だと……だけどあの魔物は…」


トンビは表情を強張らせる。


「"気"を感じます…あの魔物からは"殺気"しか感じ取れません。愛とかそういうものとは程遠いです。だからウルフさんは躊躇なく攻撃することが出来たんです」

「……驚いたで。ワイはてっきり悪魔と魔物は同類かと…」

「違いますよ。悪魔と魔物を一緒にしないでください」

「あ、悪いわ…」


癇に障ったのかトンビが顔を赤くして少し強い口調になったのでトーフは慌てて胸前で手を振って気を紛らわせようとした。
トンビはウルフと違って柔らかい感情を持っている悪魔だ。そのため優しく微笑んでくれた。


「気になさらないでください。結構そのように間違っていらっしゃっている方が多いので」

「ホンマすまんな。ほな次の質問な」

「はい」

「地獄にその魔物は結構やってくるんか?」


トーフの次の質問にトンビはうーんと眉を寄せた。
首も傾げて、目を魔物に向ける。魔物は形相を鋭くしてウルフと戦っている。


「僕はあまり魔物を見たことがありません。だけどあの様子からウルフさんたちは何度か見たことがあるようですね」

「あん魔物は何のためにここに来てるんや?」

「………」


ここではじめてトンビの口が閉ざされた。
最初は何か言おうと口を縦に動かしていたのに、何を思ったのかピタっとやめてしまった。


「どないした?」


トーフが訊ねるがトンビは反応しない。
じっと下を睨んでいる。

その行為は如何にも何かを隠し通そうとしている行為。

トンビはその質問だけ答えない。
だけど、これだけは言ってくれた。


「…理由は分かります。そして嫌な気も感じます……」


そうトンビが言った直後、トーフの体内にゾゾッと虫唾が走った。
トーフは感じ取ったのだ"殺気"を。しかも複数だ。

ブチョウもソングもサコツもその行動を見せていた。
クモマは鈍いから少し遅れて表情を強張らせる。チョコだけが敏感ではなくポケっとしている。

嫌な予感が酷くした。
何故ならこんなにたくさんの"殺気"。今までに感じたとこがなかったからだ。

"殺気"は上空から訪れる。




「上や!!」


トーフが叫んだ。恐怖と共に叫んだ。
それに連なって状況を把握することが出来たチョコの悲鳴が続いた。
他のメンバーは悲鳴を上げる余裕もない。ギョッと目を見開くだけだ。


「な、何…あのたくさんの…」

「面倒くさいわね。あれらも倒さなくちゃならないの」

「…お、俺は無理だぜ……マジであんなの敵うはずがないぜ」

「面白くなってきたじゃねえか」


全員が上空を見上げる。
魔物を取り押さえているウルフも空を見、下になっている魔物も同じ行動をとる。
違うところといえば、目を見開いているウルフと違って魔物は不敵な笑みを溢していた。


『がばははは。ざまあみやがれ』


取り押さえられている魔物が愉快そうに笑った。胸に響く低い笑い声だ。
ウルフはそんな奴の声に耳を傾けずに、ただ舌打ちを鳴らす。



空からやってきたものたちは………




+ + +


「おい、見ろよドラちゃん!」

「どうしたトラ?ってかドラちゃんって言うなよ」

「いいから上上!!」

「は?何だ?俺のファンたちが降って来てるのか」

「そんな希望捨ててしまえ!いいから上!上を見てドラちゃん」

「だから俺はドラちゃんじゃないって!愛着ついてて可愛いようだけどドラちゃんは嫌だ」

「んじゃのびちゃん上!上見てって!」

「のびちゃんはもっとひどいだろ?!」


マグマ温泉からの帰り道。2人の悪魔は見も心もほかほかに温めて道を歩いていた。
どこかにいる仲間たちと旅人の元へ帰ろうとしているのだ。しかし場所が分からない。
そのため途方に暮れている具合にとぼとぼを歩いていた……いや、頬にぎっりし温泉饅頭をくわえて幸せそうにしていたが。

トラが空をずっと見上げている。ようやくドラゴンも言われたとおりに顔を上に向けた。
すると驚くべき光景に目を見開くのであった。隣にいるトラももちろん目が見開きあるものを一点集中している。


「何だかすっげーことになりそうだ…」

「ああ。よしトラ!あいつらが降りてくるとこへ行こうぜ!」

「もっちろん!何であそこに集中的に集まっているのか気になるしな、のびちゃん!」

「ならさっさと行こうぜ!ってかのびちゃんじゃねえからな」


二つの黒い悪魔たちは空を見ながらある場所へ向かって走る。
あるものが集まって降りていっている場所へ。
そこには同じように空を仰いでいる仲間と旅人がいる。



+ + +



上から黒い塊が降りてくると思ったらそれは一つの物体ではなく複数の固体が固まって一つに見えるだけ。
本当は数え切れないほどたくさんの数だ。それらがこちらへ舞い降りてきている。


一体これは何の騒ぎなのだろうか。



「あれって魔物なの?」


消えそうな声でチョコが誰かに尋ねた。
近くにいたブチョウが答える。


「そうね。かなりの数の魔物だわ」

「クソ、意味わからね。何でこんなときに魔物が?」

「ワイらのあとを追ってきたんか?」

「でも今まで一度もこんな加勢受けたことないぜ?」

「そしたら何で今回は…?」


顔はずっと強張りっぱなしだ。当たり前だ。あんな数の魔物を見たことがないからだ。
魔物たちはニヤニヤと頬を引き締めながら確実にこちらへ近づいてきている。

確かにここには"ハナ"はあるし、ラフメーカー全員もいる。
だけどこんな展開は初めてだ。


「ウルフさん!何だか不吉な気を感じます…!」


思わず甲高い声になっているトンビにウルフは見開いていた目をここでようやく細めた。
だけれど目線はずっと同じだ。


「まさか他の奴らも気づいたのか。あれの存在に」

「そんな?!どうして…」


トンビの悲鳴にウルフが目線を下に下ろす。そこにはより一層にやけている魔物がいた。


「こいつの仕業か。まさか魔物もあれを欲しがっていたのか?」

「……今まで何度か魔物が地獄にやってきましたけどそれもやはりこれが目的だったんですか?」

「おそらく」

「…ど、どうするんですか……」


悪魔2人だけが会話をする。対してメンバーは慌てまわるだけだ。
後ろを気にせず、悪魔らは会話を続けた。


「どうするって、決まってるだろ。奴らの手に回らないうちにあいつらを逃がす」

「で…できますか?」

「俺1人じゃ無理だろうな。しかもこの騒ぎに駆けつけて他の悪魔もやってくる。そしたら奴らもあれの存在に気づくだろ」

「最悪じゃないですか…」

「ああ、最悪だな」

「それなのにどうやって逃がすんですか?もうここは大人しく渡した方がいいんじゃないですか?」

「ふざけんな」


声は響かなかったがウルフの声には確実に怒りが篭っていた。
トンビが思わず口を閉ざす。


「あれを復活させてみろ!世界がどうなるか分からないんだぞ。ただでさえこの世界はおかしくなっているのに」

「わかってますよ。だけど他の悪魔の皆さんはあの方の復活を心待ちにしています」

「ならお前はどうなんだ?お前はあいつの復活をどう思ってるんだ」

「嫌ですよ!前だってつらい目にあったのにこれ以上被害を受けたくありません!」


トンビの応答にウルフは口元をゆがめた。


「それじゃお前も俺と一緒に戦えよ」

「ええ?!」

「おい!これは一体どうなってるんだ」


勝手に2人で話を盛り上げているため、無性に苛立ったソングはついに2人の間に割り込んだ。
突然のソングの登場に2人の悪魔は目をまた見開く。
それからすぐに睨みつけるに等しいキツイ目を作ったのはやはりウルフだった。


「お前は向こう行け。むしろここからとっとと失せろ」

「は?」


言葉を拒否され目の辺りを顰めるソングであるが今回だけはトンビは口出ししなかった。


「てめえらはここに来たらいけない奴らだった。早くここから立ち去れ。『ゲート』に沈め」

「貴様…っ」

「ソング」


今にも飛び掛りそうにソングを遮断しクモマはウルフに訊ねる。


「何かあったんですか?一体これは何の騒ぎなんですか?」


ウルフはもちろん拒否する。代わりにトンビが答えた。


「あなた方はとにかく逃げてください。あの魔物たちもここへ駆けつけてくる無数の悪魔たちも皆あなたたちを狙っています。だから逃げてください」


目を見開く暇もない。ウルフは拳にまた邪悪な"気"を溜めていた。
上空にいる魔物たちも同じような"気"なのか黒い塊を持っている。
一対無数の"気"が放たれる前にトンビが叫んだ。精一杯に。


「いいから走って!!」


次の瞬間、"気"と"気"と"気"と"気"…がぶつかり合い、地獄に大きな爆発が起こった。










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一体ウルフとトンビは何のことについて語っていたのでしょうか?

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