「「ぎゃああ?!」」
トンビに言われた通りに走るメンバーであったが、空の爆発で出来た爆風に押されて飛んでいた。
怖ろしいほど強い威圧が漂っている地獄内。
上から来る衝撃に押しつぶされるメンバーに対し、
ウルフは空の魔物を睨んでいる。こいつらがその威圧を作っている原因だ。
おかげで、立ち上がるだけでも精一杯である。圧力に逆らうのはツライ。
「皆さん、お願いだから走ってください!」
そんなメンバーの姿を見てトンビはすかさず声を上げた。
注意を受け、再び走り出す。走ってみると意外にすんなり走れた。
しかし後ろから爆発が何度か聞こえる。ここまで来ると爆風は来ない。
「一体何がどうなってるんだぁ?」
「何で戦いが始まっちゃったのよ〜?!」
唐突過ぎる場の展開に理解できている者は誰一人いなかった。
戦っている悪魔らだけが知っているのだろう。
果たしてウルフたちは何を守り通そうとしているのか。
「ワイらはここから逃げなきゃあかんようやな」
「どうしてこんなことになってしまったのかしら?」
「僕たちはいいとして、悪魔の人たちが…!」
真っ直ぐ前を向いているメンバーの中、クモマだけが何度も後ろを振り返っていた。
自分らのために戦っているウルフが気になるのだ。
それを阻止したのはサコツだった。
「後ろ向いてたら足が遅くなるぜ」
「…で、でも…」
「あいつは俺らのために戦ってるんだぜ。悪いようだけど任せるしか…」
「だったら僕らも戦おうよ」
「無理だぜ。あんな大量の魔物に俺らが敵うはずがないぜ」
「…」
納得できないクモマであるがサコツに背中を押され、前を向いた。
それでもまた後ろを見ようとするので、今度はトーフから注意を受ける。
「クモマ、ええか?ワイらはとにかく『ゲート』を見つけるんや。そいで外へ逃げる」
「でもそんなの悪いよ…」
眉をギュっと寄せるクモマと同じようにトーフも顔を顰める。
「仕方ないで。あん魔物は何やらワイらを狙っておるようや。そいなら魔物をこん地獄から追い出してやろうで。それをするにはこうやってワイらが外へ逃げるしか方法はない」
魔物はラフメーカーを狙っているのだ。悪魔に用はないのだ。
ならば魔物は必ずこちらへやってくる。悪魔からどんなに攻撃を受けてもこちらへ来るだろう。
だから自分らが動くことによって少しでも悪魔の被害者を減らす。
『ゲート』を使って地獄から出れば、魔物も地獄から去るであろう。
「で、でも…トーフちゃん」
ここでチョコが先ほどの声とは違って控えめに訊ねてきた。
何や?と返すトーフにチョコは言う。
「『ゲート』ってすばしっこいのよ?どうやって中に入ればいいの?」
「…………」
不覚だった。
+ +
「よかった。逃げてくれているようです」
全身から凄い威圧のオーラを出しているウルフの背後にはトンビがいた。
弱いトンビは強いウルフの背中にいることしか出来ない。
もし前に出たら、自分も威圧に押しつぶされると分かっているのである。
拳に"気"を溜めて上に目掛けて何度も撃つウルフは背後に向けて声を漏らす。
「逃げたんだな。よかった」
「はい。あとは僕たちがここで魔物を仕留めればいいんですよね」
「ああ。だからてめえも戦え」
「む、無理ですよ!申し訳ないですけど僕にはそのようなことできません!」
「ちっ。ドラゴンとトラはいつになったら戻ってくるんだ」
「もしかしたらマグマ温泉でのぼしているかもしれませんね」
「しまった…あいつらならありえるな…っ」
いないものに対してウルフは舌打ちを鳴らす。
それなのに反応したのはトンビだった。
「すみません…僕が何も出来ないから…」
「心配するな。お前は元から弱いんだから仕方ないだろ」
「…強くなりたかったです」
「お前は俺らの下で働いていればいいんだ。何も考えるな。とにかく俺の後ろを守っていてくれ」
「はい」
メンバーが走っていった方へ体を向ける魔物には容赦なく"気"を打ち放つ。
そんなウルフに対してトンビは手を組んでやはり祈りの態勢だ。
どうかこのままあの人たちを見逃してあげて、と祈る。
それから、ウルフを傷つけないで、と祈る。
そうしている間に、こちらへやってきたのは数人の悪魔だ。
きっとこの騒ぎに不審を感じ足を運んだ野次馬であろう。
しかし、ドラゴンとトラのコンビは見当たらなかった。
またもや舌打ちを鳴らす。
「ちっ!何しにきやがったてめえら」
ウルフが悪魔に向けて言い放つと、1人の悪魔が口元をゆがめた。
「魔物とやりあうとは、まさか何かあったのだな?」
「てめえらには関係ない」
ウルフは冷たく言い返す。
別な悪魔が訊ねる。
「トンビもいるのか…あとの2人はどうした?」
「マ、マグマ温泉で溺れています…」
適当な答えを返すトンビ。しかし現にそうなのかもしれない。何故帰ってこないのだあの2人は。
すると悪魔たちは背中にあるご自慢の翼を大きく広げた。
「お前ら4人組は何を考えているのか分からんからな。もしかすると例のアレ…」
「違う」
"例のアレ"という単語を消そうという表れがここに出た。
ウルフの妙な否定の声に悪魔はまた不適さを溢す。
「なに動揺しているのだ。あのウルフらしくないぞ。さてはやはりアレのことなのか」
「だから違う」
「お前は分かりやすい。冷静な奴ほどウソをつくのはヘタなのだ」
「……」
「やはりアレか。まさかお前らの方が先に見つけるなんて」
「だから違う」
「まだ言うか?」
悪魔同士、仲間なのに声はお互い低い。
実は、地獄はとても広いので区域ごとに分けられている。
ここは地獄1丁目。区域の中でも一番広いブロックだ。そのため人口も多い。
そして区域ごとには『魔王』と呼ばれる者がいる。
そいつが区域をまとめているのだ。
しかしここ1丁目には…
「魔王様がいなくなって早半年がたつな」
『魔王』がいないのだ。
ウルフが空に"気"を放ちながら深く笑う。
「だから何だ。おかげで平和な生活が送れてるだろ」
「は。ウルフはまだ魔王様に怨みを持っているのか。あの方は何も悪いことはしていないだろ」
「してるだろが。お前らはあいつに侵されてるんだよ」
「何を言っておるのだ?おかしいのはお前らの方だろ。何故魔王様の下につこうと思わない?」
「あいつが悪い奴だと知ってるからだ」
「ウルフさん!上を!」
他の悪魔と言い合っている間に空の魔物はメンバーの方へ向かおうとしていた。
そのためトンビが声をあげ、ウルフに奴を撃たせる。
するとそれを見て悪魔が感づいた。
「あの魔物が向かおうとしていた方向にアレがあるんだな?」
「だから違うと」
空にいる魔物を撃ち続けていたウルフの動きがここで止められた。
自分らの横にいる悪魔たちの行動に嫌な気を感じたのだ。
そしてそれは的中する。
その場にいる複数の悪魔は場の状況が分かるとすかさず拳を握り"気"を溜めていた。
それはウルフと同じように空に放つものかと思いきや、そんなはずがない。
悪魔は悪魔を撃とうとしているのだ。
自分らの邪魔をする…あの方の復活を邪魔するウルフを。
「もういいんだ。お前はこれで消えるがいい。あばよウルフ」
「な…っ!!」
「ウルフさん!!」
今度は空中ではなく、地上で爆発が起こった。
+ +
遠くから爆音が聞こえてきた。
それは先ほどから聞こえている空の爆音ではなく、自分らが先ほどいた場所から聞こえている気がする。
不吉を悟った。
「大丈夫かな悪魔の人たち…」
「悪魔でも魔物に敵わないのかな〜…」
クモマはまた後ろを向いて様子をうかがう。しかし結構走ってしまったためもう見えない。
胸を抱いて身震いをしているチョコはこの戦いの恐ろしさに足が竦みそうになっている。
「やな感じするわなぁ…ホンマいややわ」
トーフも表情を強張らせて後ろを見やる。
そこには何も無いと分かっているのだが、無意識に見ていた。
すると意外にも何かあった。
黒い点が向こうの空に一つ、二つ…三つ………無数…。
「き、来たで!魔物や!」
ついに魔物はこちらにやってきた。
ウルフが魔物を取り逃がしたのか。それでもこちらとしては好都合だ。
メンバーは魔物を地獄から追い出そうと思いこうやって走っているのだから。
このまま全魔物がメンバーを追いかけ、そして目の前で自分らが『ゲート』に入れば、魔物も自然とここから消えること間違いなし。
この調子だ。このままこちらへ来い。
そう思っていたが、不意をつかれた。
「…ねえ……あれっておかしくないかい…?」
同じく後ろを向いていたクモマが場の異常に気づいた。
クモマの強張った声に奇妙さを感じ全員が立ち止まって後ろを見る。
全員の表情が固くなった。
「な、なんだぁあれ?!」
「ちょ…待ちぃ!予想外や!こんなの計算にいれてなかったで!」
「あいたこりゃ。また変なことになったわね」
「…ダメだ。面白くもなんともねえよ」
「いーやー!なによあれー!魔物だけじゃなかったのー?!」
振り返ったメンバーの視界には、黒いものがうじゃうじゃと増殖していた。
空にはもちろん魔物。数は最初より減っているが、また増えている気もする。
そして空だけではない。地上にもいた。そして地上より少し離れた…宙を浮いている者もいる。
それらは魔物と違って人の形に見えた。影だけだけど、影だけでも特徴がある。
羽が見える。背中に黒い翼の影が見える。
あれは悪魔だ。
悪魔も走ったり羽ばたいたりしてこちらへやってきている。しかも複数だ。
魔物と悪魔が一緒になってこちらへやってくる。
まさか悪魔も来るとは思ってもいなかった。
「い、意味わからん…!何で悪魔も来るんや」
「しかも魔物と一致団結してるよ…どういうことなんだい…」
呻いているうちに魔物と悪魔は近づいてくる。
手に"気"を持って。
こんな距離まで来たら逃げることも出来ない。
だけど戦うことも出来ない。相手は"気"を操れるのだ。怖ろしい存在の者たちだ。
立ち向かうことが出来るのは…
「…俺しかいねえか……」
サコツがメンバーより一歩前に出た。
ポケットからしゃもじを取り出し、くるっとまわして巨大化させる。
そして構えた。震える体を抑えて構えた。
「無茶しちゃダメよサコツ!ここは逃げようよ!」
チョコが悲鳴に近い声を上げたがサコツが否定した。
「もう逃げられないぜ。ゲートがないしよー逃げても意味ないぜ」
「……でも…!」
あのサコツが戦おうとしている。心配で心配でチョコは自分の胸前で手を握る。
ギュっと握って、心から、やめてと訴える。
しかしサコツはやる気だ。
「行くぜー!!」
しゃもじに"気"が溜まるとサコツはすかさず魔物に向けて放った。
命中率が何気に抜群なので見事命中した。が、魔物はビクともしない。
「「…?!」」
『弱い!弱すぎるぞ!』
遠くから雑音のような声が聞こえてきた。
"気"を当てられた魔物が叫んでいるのだ。
『さっきやりあった悪魔とは全く違うな。"気"に躊躇が見られる。こんなのぶつけられても痛いはずがない!』
「…!」
「ちょい質問があるわ!」
馬鹿笑いする魔物にトーフが予言通り質問する。
「あんたとやりあってた悪魔はどうしたんや?」
つまり、ウルフのことである。
魔物は馬鹿笑いをより強調させる。
『がばははは!あいつか?あいつはここにいる仲間たちにやられたぞ』
そして奴は下を飛んだり走ったりしている悪魔に目線を向けた。
メンバーはただただ驚くだけだ。
「え?!仲間に!?」
「どういうこと!仲間割れしちゃったの?」
「あのバンダナがやられたのか?」
魔物らがここにいる理由は、ウルフが取り逃がしたとばかり思っていた。
しかし違う。ウルフはやられたのだ。
仲間の手によって。
そして自分らを阻止するものがいなくなったので、止められていた魔物たちが全部ここにきている。
ウルフを飛ばした悪魔たちと一緒に。
「意味が分からないわね。何故仲間割れをしたのかしら」
「あかん!話し込んでいる場合じゃないで!こっちに来とるがな!」
遠くにいた黒い点は知らぬ間に形を作っていた。
もう近い。魔物も悪魔も目と鼻の先にまで近づいている。
逃げられないし、攻撃も効かない。
『ゲート』はない。
どうすればいいのだ?
やがて魔物と悪魔の手に作られていた邪悪な"気"はこちらに放たれた。
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