耳を澄ますと、水が溢れ出る自然の音が聞こえてくる。


39.ゴボゴの村


「えへへへへっへへっへへ……」


全員そろった車の中は今日も賑わっている。
ガタゴトと揺れる車と共に中にいるメンバーも軽く縦横に揺れる。

その中で、手一杯の花束を見ては麻薬を吸ったように危険な笑みを溢しているチョコがいた。


「えへへへへへっへへへへ…たまんない…」


花束を手に入れてからチョコはずっとこの様子だった。
悦っているチョコの存在はハッキリ言って怖ろしい。危険に等しい物体だ。


「うえっへっへへっへへ…うふふふうっふふふふ」

「誰かこの女を止めろ!気色悪い!」

「無理だぜ。さっきから揺さぶったりしてみても反応がないんだぜ」


チョコが危険な笑いを何度も溢すたび、ソングが不機嫌な表情を作り、サコツがチョコの肩を揺さぶる。
しかし結果は変わらなかった。
何度も花束に笑いかけているチョコを、クモマは不思議そうに眺めている。


ちなみにクモマは前回、自称神(『U』とも呼ばれているらしい)の邪悪な魔術によって人形になりかけていたが、
メンバーの呼びかけ、そして謎の魔術師『L』のおかげで無事この場に戻ってきている。

クモマの心臓部分に埋め込まれている魔術は"者を物に変える魔術"いわゆる"物理的変換術"というものらしく、
人間は人形に変えられてしまう、そういう力がある。
そんな危険な魔術に今から10年程前に掛けられていたクモマは長い年月をかけて人形へ少しずつ近づいていた。

しかし、魔術師『L』(『イナゴ』という名前のようだ)が掛けられていた魔術を初期化してくれたため、またこの場に戻ることが出来ている。
『L』曰く、また10年程たったらこの状態に戻ってしまうらしい。
だけど『L』は善い魔術師。クモマとある約束をしたのだ。
"必ず助けてやる、魔術を解いてやる"と。

その言葉がクモマを勇気付けてくれた。
もちろん、メンバーの呼びかけの声にも勇気付けられたのだが。

そしてクモマは先ほどからずっと思っている。
またあの魔術師に会いたい、ということを。



「ねえ、チョコはどうしてその花束を見て笑っているんだい?」


ずっと疑問になっていたことをクモマが訊ね、すぐ近くにいたブチョウが答えた。


「恋よ恋」

「え?恋?」

「見りゃ分かるでしょ?あんなヤバイ笑いを溢すなんて恋をしたしか考え付かないわ」

「恋をしたらあんな笑いしちゃうのか?!すげーぜ!」

「へえ、僕今までに一度も恋したことないから、初めて知ったよ…」

「俺もだぜ」

「待て。必ずしも全員がそんな笑いを溢すとは決まってないだろが!」

「何言ってるのよ。あんたもキュウリに恋したときはこんな笑いが出たでしょ」

「う…!」


ソング、図星なのか?
ブチョウの推理にクモマとサコツが感心している背景ではチョコは瞳を震わし頬を真っ赤に染めて危険な笑いを溢し続けている。


「…えっへへへ…こりゃたまんない…うふふっふふふ…」

「あかん!しっかりしぃやチョコ!女の子がそんな悦な顔しちゃあかんがな!」

「うっへへへへへへへ…おへへへへへ…」

「おへへへへへって言ってるよ!思ったよりかなり危険だよ?!」

「誰かこいつを止めろ!こっちが侵される!!」



・・・数分後・・・


「えへへへへへへへへ」

「あははははははははは」

「な〜っはっはっは」

「全員が侵されてしまった?!おい、てめえらしっかりしろ!」

「ニャ〜ロリンパ」

「おい?!白ハト!人間らしく笑え!!ニャ〜ロリンパって笑い声にも等しくねえよ!!」



・・・数分後・・・

何とか無事、全員が正常に戻れた。


「あー驚いた〜」

「驚いたのはこっちの方だクソ!一体何故あんな不気味な笑いをしてたんだ!」


叫びすぎて肩で息をするほどに疲れているソングを見て危険人物になりかけたチョコは、いつもの笑いを取り戻していた。
その間にトーフが「花束に何かあったんか?」と訊ね、チョコは全員の視線に答える。


「うん!あのね、その花束はね、ある人からもらったの!」

「ある人?」

「うん、めっちゃカッコいい人なんだよ!シルクハットに黒マントだったんだけど髪色は綺麗なオレンジ色でね!人形化の解けたクモマの前に立っていたのよ!私誰だろうと思って尋ねてみたんだけど、無言の笑みで返されちゃって…だけどね、パチン!って指を鳴らして私にこの花束を出してくれたの!めっちゃロマンチックー!!花束をくれるなんて愛の印よ!きゃーー!!花束を出したってことはその人は魔術師よきっと!」


興奮しながら目を輝かせるチョコの言葉に、クモマが身を乗り出した。


「オレンジ髪で指を鳴らす魔術師………僕、その人にあったよ」

「ええ!本当に?!いつ会ったの?」


暴走しているチョコに肩をつかまれ、クモマは目線のやり場に困りながら答える。


「信じてはくれないと思うけど…僕の心の中で会ったんだよ」

「あんたの心ん中?ほならそん魔術師は『L』とちゃうか?」


あのとき電話…ミソシルで『L』は心の中に今自分はいると言っていた。
クモマの心の中に入ってクモマを内側から治してくれたに違いない、トーフはそう解釈した。
そしてそれはズバリ正解。

クモマが頷いた。


「うん。『L』って言っていたよ」

「マジでかよ!そいつってすっげー魔術師なんだとよ!やったじゃねえか!」

「いいなークモマー私喋ったことないのに〜…でもこの花束をくれたということはきっと私のことを…えへへえへへっへへへ」

「また始まった?!誰かこいつを…」


自分に花束をくれた人物が天才エリート魔術師の『L』だと知るとチョコはまた危険な笑みを溢していた。
それを止めようとソングが急いで突っ込むが途中で妨げられてしまった。


車が大きく傾いたのだから。



「「だあああ!!」」


角度45度に傾いた車に全員は右へと流される。
右側に立っていたソングは左から流れてきたサコツの下敷きにされた。


「……っ!!」

「な〜っはっはっは!ゴメンゴメン!」


爽快に笑うサコツであったが、その上にブチョウが流れてくる。


「…っ!!」

「な〜っはっは…ぼえはっ!」

「よし」


ブチョウは狙ってこの重なりに乗ってきたようだ。
見事綺麗に押しつぶされる2人の上に乗っているブチョウが満足そうに頷いている。
それを遠目で眺める残りの三つの影。

クモマがチョコに「エリザベスたちにどうしたのか訊いてみて」と頼み、チョコは承諾した。
大声でエリザベスに訊ねてみるチョコであるが、暫くして返ってくる返事に唖然とする。


「え?」

「ど、どうしたんだい?」

「何や?何かあるんか?」


チョコの反応にもちろん焦るのは残りのメンバーだ。
やがて恐る恐るチョコが口を開けてくれた。


「…ゴボゴボ…だって」

「「え?」」


謎の回答に眉を寄せる。しかしチョコは続けるのだ。


「地面がゴボゴボといったと思ったら、車が沈んでしまったんだって。それで右半分が地面の下になっちゃったみたい」


真実にただ唖然とするだけ。


「ゴボゴボ言うたってどういうことや?地面に沈むってことがありえるんか?」

「沼かい?」

「とにかく俺はここから出たいのだが…」

「ブチョウ!いいからどいてくれ!ソングが未知なる物体を吐き出しそうだぜ」

「あら、是非出してもらおうかしら」

「ふ、ふざけんな…ぐ……」

「きゃーソングがー!!」



右半分が地面に沈んだ車。その中はとても悲惨な状態になっていた。
中にいたモノ全てが右に流され、元から右にあったものが左のものに押しつぶされる始末。
そのためソングは潰れていた。

どうにかしてこの状態から逃れたいのだが、今がこんな状態だ。
しかも地面は沼かもしれない。車から出られたとしても沼の餌食になってしまうかも。
そのため動けなかった。


これからどうしようかと悩む、そのときであった。


「車が"ゴボゴボ"の餌食になってるゴボー!」


今までに聞いたことのない声が聞こえてきたのだ。
そしてそれは複数に増える。


「本当だゴボ!大変だゴボ!」

「救出させなくてはならないゴボ!みんな力あわせて車を助けるゴボ!」

「一致団結すればきっと助かるゴボ!」


外は異次元のように思えた。




+ +


車が走っていた道は、とある村の付近から沼っていたらしい。
そのため沈んだようだ。しかしあれは沈みすぎだ。しかもゴボゴボと泡を立てながら沈むなんて。

そんな車を助けてくれたのは、その村の住民らであった。


「助けてくれてありがとうございます」


車は木で出来られているため軽い。村人らがそのまま運んでくれた。
メンバーは車から降ると、クモマが真っ先にお礼を言う。
トーフは村人らに運ばれていく車を見えなくなるまで見届けている。

クモマのお礼の言葉に村人の1人は胸前で手を振った。


「いえいえ、こちらこそ申し訳ないですゴボ。大切なお客様にあのような目に遭わせてしまったゴボ」


ゴボ?


「僕らも不注意でした。ってか『ゴボ』って一体何ですか?」


さり気なくクモマが訊ねてみ、全員が村人に目線を送る。
すると村人は首を傾げるのだ。


「何を言っていますゴボ?『ゴボ』なんて初めて聞きましたゴボ」

「いや、てめえが実際に言っているだろが!とぼけんな!」


語尾に『ゴボ』と言っているのに村人は惚けているのか教えてくれない上に『ゴボ』の存在を知らないと言う。
しかしどう聞いても村人は語尾にそのような言葉を付けているのだ。
何故か全員が。


「まあ、車を沼で汚してしまった詫びとして、うちのレストランへお越しくださいゴボ」


やはりゴボって言った!
しかしメンバーはそれのツッコミをせずに、ある言葉に目を素晴らしく輝かせていた。


「「マジで?レストラン!」」


実は最近は野菜しか食べていなかった。
ソングだけが幸せそうであったがさすがに他のメンバーは苦しかった。
いい加減、エネルギーになりそうなものを食べたかったのである。

そんなときにいい情報を仕入れた。
レストランに来い…つまり飯を食えということだ。

もちろん力強く頷くメンバーであった。


「それでは私の後についてきてくださいゴボ」


もう語尾の言葉なんて気にならないと思えてきた。
だけど全員が言っている語尾の『ゴボ』。
これには何か意味があるのだろうか。

村人の言葉に喜びながらメンバーは言われたとおり後をついていく。
すると広場みたいなところに出た。
そこには大きな噴水がある。しかし何かおかしかった。

見事な噴水であるのに、水が二またに分かれ綺麗な弧を描くという一般的な姿が見られなかった。
この噴水、全体的に大きな泡が出ているのだ。
ゴボゴボという音を立てながら。

思わず目を点にしてやり過ごす。
噴水の縁に腰をかけている村人は泡の音に耳を澄まし、幸せそうに目を閉じている。
変な光景を見てしまい、メンバーはその後すぐに目をそらした。



暫く様々なゴボゴボの音を聞いて、レストランへ足を踏み入れる。












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