「「……っ!!」」


一気に鳥肌が立った。
背中に寒気が走り、全員は動けなくなっていた。
動きを止められている、ということはないのだけれど、相手の威圧の強さに身動きがとれなくなっているのだ。

不快な笑い声は徐々に徐々にこちらに近づいてくる。


クスクスクスクス


「………だれ……」



チョコが訊ねる。
しかし笑い声しか返ってこない。


クスクスクスクスクス


何故ここは暗くなってしまったのだ。
何故ここだけが暗くなってしまったのだ。
これは一体何なのだ。誰が今笑いながら近づいてきているのか。

その答えは、"闇"。

闇は本当に楽しそうに笑いながらこちらへ近づく。
闇はある方へ確実に近づいてきている。

動かないクモマの元へ闇は深くなって降りてくる。


「クスクス……いい出来ではないか、お主よ」


やがて闇は降臨した。
全員はその声にゾッと表情を強張らせ、辺りを見渡した。
闇の声は響いていて、どこが元なのかが分からない。

それを面白がるように闇はクスリッと笑うのだ。


「もう『視力』も奪い、残るは脳…言わば『意識』だけだぞよ」


その言葉に全員が目を見開いた。

クモマのこと、そして彼の現状を知っているように言うこの闇。
こいつがもしかすると……


「…あんたが…クモマをこんな姿に変えた奴か…?」


闇の世界でトーフがそう声を流すと、それを煽てるように笑い声は深くなった。


「クスクス…分かっておるではないか。ならば説明しなくてもいいと言うわけだな?」


笑い声と同時に流れる言葉は、心に鋭く刺さる。
胸が痛くなるような声だ。何て怖ろしいのだろう。

こんな奴がクモマを変えてしまったのか。


「……あなたは…一体…誰なの……」


涙を流すことさえもできないほどチョコは酷く怯えていた。チョコの声は枯れており、水を与えてあげないと死んでしまいそうな感じだ。
そんなチョコの問いに、闇は面白かったのか、また笑っている。

クスクスと相手をバカにするように。


「我のことを知りたいのか、そなたらよ」


全員が答えることが出来なかったが、それはこの闇に押しつぶされそうだからだ。
本当は知りたくてしょうがない。

そんな気持ちを闇は悟ることができたのだろうか、やがて答えてくれた。


「ならば、答えて進ぜよう」


その場は闇から元の自然の色を戻していった。
つまり闇は正体を表してくれるのだ。
全員が闇の正体を、恐る恐るだけれど確実に目線を動かし探す。

そして場が元通りになったところで、闇は姿を見せたのだった。
笑い声は上から下へ伝わる。


「我は、神だぞよ」



全員の目がギョッと見開かれ、上に持っていかれた。
声の聞こえてきた方を見た。

闇の者は空にいた。
シルクハットに黒いマントを身に纏った、全身真っ黒な男。
一つに束ねている漆黒の髪は風にも靡かれず垂れている。マントも靡かない。
まるで宙ではなく地上に立っているように男は全ての自然に逆らって、空にいた。


「「……!」」


ありえない光景に開いた口が塞がらない。
瞬きを忘れ不自然な闇の男を凝視する。

対して闇の男…自称神は一つの場所を集中して見ている。それはクモマ。
そして楽しそうに…いや、嬉しそうに笑っている。


「クスクス。我はそなたらには用はないのだ。我はその人形を手に入れにきたのだぞよ」


クモマを見て、自称神はクスリッと笑う。
自分が作り上げた人形の出来を喜ぶように自称神は笑うのだ。

それにクモマを抱いているチョコは震え、残りのメンバーはあんぐりと口をまた深く開ける。
だけれどその口のまま言葉を発した。


「な、何を言ってるんだよ…クモマはお前のもんじゃねえぜ…」

「お前、頭がおかしいだろ…しかも人形とは何のことだ…」

「たぬ〜は人形じゃないわよ。確かに今は人形のようになっているけど、この子は立派な人間よ」

「………あんた何をたくらんでいるんや…」

「いやだよぉ……クモマぁ……」


「随分と仲間思いのようだな、さすが我が選んだ人間なだけあるぞよ」


自称神は今にも泣き出しそうなチョコを見て、また目を細める。


「どうだ。その人形の出来は。最高であろう?」

「……………全然……」


先ほどの闇の中で水分が抜かれてしまったようにチョコは涙を流さずに声もやはり枯らしている。
それに自称神は笑った。


「人間とはやはり面白い生物だ。何も出来ないくせに何かを守ろうとする、果たしてそれは守られる側にとってはどう思うか、そなたらは知っておるか?」

「…」


クスリッとまた笑う。よく馬鹿にした笑いを溢す奴だ。


「結局は人間は力負けするのだぞよ。守られる側は助けてもらえると思い心を浮かしていても人間にそうやって裏切られてしまえば傷つく気持ちは倍増だぞよ」

「…お前は何が言いたんだよ…?」


眉を強く曲げたサコツに訊ねられ、自称神は口元をゆがめる。


「つまり、そなたらはその人形を守り抜くことが出来ないぞよ。だから大人しく我に渡すのだ」


闇色のマントの中から青白い手をぬるっと出した。
まさにその手からは冷気を放ち闇を生み出すことが出来そうに見える。

そんな不愉快なことを言う自称神にメンバーは大人しく頷くはずなかった。


「ふざけるんじゃないで!誰があんたみたいなキモイ奴にクモマを渡すか!」

「クモマは俺たちの仲間だぜ!キモ神なんかに渡してやるかってんだ!」

「お前、趣味悪いな」

「人間を人形にするその考えがまずキモイわね」

「キモイ〜!誰かこの人止めてよー!」


しかしメンバーの声は奴には届かない。
早くこちらにクモマを渡せと言ってくるのだ。
そしてメンバーも激しく言い返す。


「キモイの向こう行けー!」

「あんたのその手、いかにも"キモイですパワー"がにじみ出ているわよ。早く仕舞いなさい」

「見下ろすな…見下ろさないでくれ。キモイだろ!」

「クモマぁ。あんなキモイ人のとこ行っちゃ嫌だよ〜…」

「さっさと失せるんや!!」


それなのに結果は同じであった。


「そなたらもそんな人形持っていても楽しくないであろう。我に渡すのだ」

「「お前は人形持ってて楽しいのかよー?!」」


自称神の発言に突っ込みつつ、メンバーは走っていた。
自称神から逃げるため、クモマを渡さないため、人間である自分らは走って逃げるのみ。
そして自称神はというと、


「我から逃げられると思っておるのか?」


驚いた。
メンバーの進行方向である場所に既に立っていたのだ。
いつの間にこいつ、降りてきたのだ?と疑問に思っている暇もない。
クモマを抱いているチョコは今までにないバカ力を見せつけ、走っていく。
大切な人形を…違う、仲間を手放さないように、しっかりと抱いて。

しかし自称神はただ者ではなかった。

他のメンバーも置いて行くほど素早いチョコの耳元にはあの嫌な笑い声が聞こえてきたのだ。
クスリッと。


「だから言っておるであろう。大人しく渡せと」


すぐ近くに聞こえた声にビクッと反応し、思わず動きを止めるチョコ。
そしてすぐに後ろを振り返るとそこには自称神が手を伸ばして立っていた。


「愚かな人間だ。こんな人間にお主よ、守られて幸せか?」


自称神は嫌に粘りつくような気味の悪い声を出す。
それから手のひらを、空を撫でるように回すとそこには紫と黒の光が集まっていた。

チョコはもう逃げられない。
足が震え、クモマを必死に抱くだけしか出来ない。
そんなチョコに自称神、躊躇なく光をぶつけていた。


「!!」


チョコはこのときの自分の行動に本当に後悔した。
チョコは自称神が手のひらで作った光を遮るために両手をかざしてしまっていたのだ。
そのため守ろうとしていたクモマを放してしまった。

自称神はその瞬間を狙っていた。


「クスクス」


闇の光にチョコが悲鳴を上げる暇もなく勢いよく吹っ飛ばされているとき、自称神は光を放った手をそのまま伸ばし、クモマを掴んでいた。

サコツが急いでチョコの後ろへ回り、抱きとめる。
しかし勢いの強い光だったためサコツもチョコを抱きとめながらも飛ばされ、木にぶつかっていた。

他のメンバーはそれどころではなかった。
奴の手にクモマが渡されてしまったのだ。

急いで取り戻そうとするのだが、困ったことに動けない。
もしかするとこれは、


「…金縛り……!」


ブチョウが悔しそうに言っていた。

動けないまま全員が自称神を見やる。
歯軋りを鳴らし、憎く睨みつける。

それなのにその目線を浴びている自称神は、満足そうにクモマを腕の中にいれていた。


「やっと手に入ったぞ。我の人形よ」


自称神は空いた手で漆黒のマントを掴むと、すっとクモマを中に包みいれる。
そしてマントが離されると腕の中にいたクモマは、いなくなっていた。


「「…!!」」


全員が何も言うことできなかった。
クモマが消えたことに衝撃を与えられ、瞬きをした時には自称神の姿も消えていたのだ。









あまりにも、唐突だった。


あのときチョコが一瞬だけクモマを手放してしまったのが、不運を招いてしまった。今回の結果を生み出してしまった。







やがて風が吹き荒れ、全てが消し去られた。


クモマも消え、闇も消えた。
そして、メンバー全員の気力も消えていた。











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クモマが奴の手に渡ってしまったー!!

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