チョコは人形を抱く子どものように、ギュッとクモマ抱いている。
まるで人形のようなクモマに「起きてよ」と何度も何度も呼びかけているのに、クモマは動かない。
目も虚ろながらも開けているようだけど、これではきっと自分らの姿なんて見ていないであろう。
クモマは、どこかへ行ってしまっている。
何も抵抗をせずにパタンと倒れて、それ以来動かないなんて、普通ありえないことだ。
クモマは一体どこを向いているのだろう。
クモマは一体どこに行ってしまうのだろう。
「……いやだよぉ……クモマ……」
涙を堪えたチョコはなおもクモマに呼びかけるが、反応は返ってこない。
「…何で……こんなこと……」
あまりにも唐突だった。
何故クモマが動かなくなったのか、メンバーは把握できていない。
突然クモマはこうなってしまったのだ。
昨夜までは何ともなかったのに…。
「…そういえば…」
チョコの呻き声しか響かなかったこの場にトーフの声が流れる。
「昨日空から降ってきた男、名前は…何やったっけ?」
「…ジェイ?」
「ジェイ…じゃねーか?」
「ジェイだろ」
「ポンよ」
「そんなマヌケな名前ではなかったと思うが」
「多数決の結果、名前はジェイやったな」
違うけど、そういうことにしておきましょう。
トーフは続ける。ジェイことジャックの言葉を思い出しながら。
「確かジェイはクモマの心臓の場所を見ながらこう言ってたわ。『これから気をつけた方がいいジェイ。きっと危険な目に遭うジェイ。あいつのお迎えが来ちゃうジェイ』って」
ここで全員が目を丸くする。思い出す。
思わずブチョウが声を上げた。
「危険な目…というのはこれのことだったのね」
「なるほど。これはあいつなりの忠告だったのか」
「……危険な目がこれのことだなんて…クモマ可哀想…」
「ホント唐突だったぜ!クモマもこの結果に気づいていたのだろうなぁ?」
サコツの言葉にトーフが首を傾げながら答える。
「どうやろな。クモマのことやし何も知らずにこうなってしもうたかもしれへんな」
「いや、それはないと思うわ」
そこでブチョウが口を挟む。その目は真剣そのものだった。
「たぬ〜の様子が前々からおかしかったじゃないの。『痛み』や『癒し』、ついには『力』もなくなって、どんどんこの形…"人形"へ近づいてたじゃない」
「…!」
「しかも今日になって突然のこの変わり様。もしかしたらこの人形化の原因にあたるモノに会ってしまって人形化を早められてしまったのかもしれないわ」
ブチョウの考えに全員が圧倒され、だけれどチョコが訊ねる。
「だけど、いつ会ったの?」
「知らないわ。だけど会ったとしたら皆が寝た頃…夜中?」
「もしかしたら夢の中、というのも有り得るな」
「ま、まさかぁ〜」
「とにかく」
トーフがまとめた。
「ジェイの予言の通りに、クモマに危険が伴いこの結果が生まれてしもうた。それならワイらはこのクモマをどうやって救うか、それを考えなければあかんわ」
そしてトーフは、目を輝かせる。
「今の状況に悲しんでいるだけではダメや。前を見なきゃあかん。前を見て、いい結果を導かせてやらなくちゃ。それが"仲間"っちゅうもんやろ?」
仲間…
そう、クモマはいつも"仲間"のために頑張っていた。
+ +
チョコのどこが汚れているというんだい?
こんなに純粋な心を持っている彼女のことをどうしてそんなに悪く言う?
チョコはこんなにも優しい子じゃないか。
正直で汚れ一つない綺麗な心を持っているのに…
汚れといわれて傷つく人のこと考えろ!!この汚れ!!!
チョコが口を開いた。
目にいっぱい涙を溜めて、だけれど涙を見せないように、言い切った。
「クモマはこんな私のこと、本当に大切に守ってくれた……私にとってクモマは……かけがえのない大切な友達だよぉ……絶対に失いたくない…!…戻ってきてほしい……今の私にはクモマがいないと…生きていけないよ…!」
+ +
キミは悪魔じゃない。僕はそう確信する
僕らは諦めないよ。キミを救ってみせる
ムリなことなんて世の中にないんだよ。
しよう、やってみせようと思えば必ず出来る
キミにはこんな黒い翼は似合わないよ。
キミに似合う翼は白い翼だよ
キミは悪魔なんかじゃない。
キミは誰よりも優しい心を持っているじゃないか。
悪魔なのに人を傷つけたくないと必死に言って、
仲間が悲しんでいるときは同情して、
笑うときは笑って、
怒るときは人のために怒る。
…僕から見てもサコツは優しい天使だよ
「クモマはよぉ」
人形のようなクモマを抱いているチョコの肩をポンと叩いてから身を低くして、
目をクモマへと向ける。
サコツのその目は微笑んでいた。
「優しい心を持っているから、"癒し"を持っているんだろうな。俺、いつもクモマを見習いたいって思ってた。世の中の人、皆クモマみたいな人だったら俺もここまで傷ついた心持たなかっただろうによー。もっと早くこのことに気づいていれば、ちゃんとお礼言うことができたのに…『癒しをありがとう』って言えたのになぁ…」
+ +
「はっきり言うけど私、抱かれたのって、たぬ〜がはじめてよ」
ブチョウも態勢を低くして、クモマを見る。
焦点が合っていなくて、下を向いているクモマだけど、ブチョウは何だか恋しく眺めている。
「あの憎むべきオカマにさんざん言われ傷ついた私の元へたぬ〜が来てくれた。たぬ〜が真っ先にあのオカマに殴りかかろうとしてくれた。泣き崩れて動けない私をたぬ〜が抱えてくれた………私、たぬ〜の行動全て、好きよ。ポメがいなければもしかすればこいつのこと好きになってたかもね」
「え?姐御」
「冗談よ。冗談」
クスって笑うブチョウは真っ直ぐにクモマを見て、微笑みかけていた。
+ +
…綺麗な光だ…
この光はさ、僕らの"笑いの雫"のような輝きをしているよね
やっぱり"雫"というものは美しい清い水なんだろう
…ね?ソング
「…あいつ…恥ずかしい台詞よく言う奴だよな」
前者の2人のようにクモマに目線を合わせようとしないが、目はきっちりクモマを見ている。
そのソングの目は、こんな哀れな姿になったクモマを心から悲しんでいるようにも見える。
口下手だけど、ソングもクモマにむけて言った。クモマに感謝の気持ちを言い表した。
「あいつは自分のことには目を向けずに相手のことばかり考えて1人で突っ走りやがる、そしておしとやかでのんびりしていて何考えているのか全く分からない奴だ。…だけどあいつの行動全てちゃんと意味があって………自分のことしか考えていない俺とは本当に正反対で……あいつには俺、頭が全くあがらねえよ」
+ + +
幸せ?何言っているんだい?
キミは、こんなにも泪を流しているじゃないか…
泣きたくても僕はもう泣くことは出来ないんだよ。
どんなにつらくても痛くても僕は泣けないんだ。
だけどキミは泪を持っている。
だから泣いてもいいと思うよ
もう強がらなくてもいいから、キミは泣いていなよ。
だけどその分僕が笑ってあげるから。
キミに笑顔をあげるから。
キミをもう苦しませないから。
キミに笑いかけない人の分、
僕がいっぱいいっぱい笑ってあげるから
だから、生きよう?
「……………っ…」
虚ろなクモマを見て、現実に悲しくなるトーフだけれど、頑張って現実を見ようと顔を見上げて。
キミに、笑顔を届けにきました
「ワイ、あんだけの笑顔で幸せにならへんで……もっともっとたくさん笑顔見たいんや。こんなの許さん。クモマはワイに約束してくれたんや。笑顔をぎょうさんくれる言うてくれたんや。せやからワイはここにおれたのに。それなのにこれはいくらなんでもヒドイ結果や。ワイは許さん。絶対にクモマを」
ぐったりしているクモマの手を掬って、トーフは小さな手だけれど精一杯掴んだ。
「クモマを取り返したる。クモマの笑顔をまた見るために、そして」
ギュッと握ってクモマへの感謝を伝える。
「クモマに感謝を込めてワイから精一杯の笑顔、見せてやる」
+ + +
皆が何かを言っている。
だけれど僕には伝わらなかったよ。
ゴメンね。ゴメンね…。
もう、お迎えが来ちゃう……。
+ + +
全員がクモマにむけて感謝の気持ちを言い、このとき全員の心が一つになった。
クモマを助けよう、というこの気持ちが一つとなり、大きな武器となる。
「行こうぜ」
無言で歩いていくトーフに気づいてからサコツが全員を促す。
座り込んでいた者はすべて立ち上がり、クモマを抱いているチョコも立ち上がろうとした、そのときだった。
「…あ」
チョコが何かに反応した。
そのため座り込んだままだった。
「どうした?チョコ」
サコツが歩み寄り、また座ってチョコに訊ねる。
するとチョコは目にまた涙を溜めて、顔を上げてサコツと目を向き合った。
その顔は嬉しさに満ち溢れていた。
「…動いたよ!」
「「ええ?!」」
チョコのその言葉が信じられなくて全員が大口上げて叫んでいた。
動いた、といえばこれしかないだろう。
「クモマ、動いたんか?」
トーフが恐る恐る訊ねて、それにチョコが大きく頷いた。
「うん!クモマ、よかったよぉクモマ…」
果たしてどのぐらい動いたのか分からないがチョコが涙を溜めて、だけれど流さないように、今の気持ちを伝える。
いつ動くか待ち望んで全員がクモマに目を向けていると、やがて動いた。本当にクモマが動いたのだ。
しかしそれは電池切れかけのロボットが動くようにぎこちないものであったが。
「「…………」」
しかもその動きはとてもおかしいものであった。
何故なら右手しか動いていないから。
右手は上ではなく下にむけて伸ばされ、やがて地面に手をつけた。
クモマは光のない目も先ほどの位置のまま、手だけを動かす。
手は人差し指だけ立てて、地面をなぞっていく。
一本指で描かれる地面。
全員は黙って見届ける。
それは文字だった。
クモマは4つの文字を綴ってから、ピタリと電池を切らした。
" ごめんね "
全員の背中にゾっと鳥肌がたった。
クモマの書いたその4つの字を見て心に悲しさと哀れさと悔しさを刻み込まれる。
どうして謝るの?
今から自分らがクモマを助けるのに。
謝るんじゃないよ。
その4文字の言葉は、
自分の過失と罪を認めて、申し訳ないという気持ちを相手に伝えるときに使うんだよ。
今、使う言葉じゃないよ。
だけれどやがてその4つの字の意味を知ることになる。
その場が真っ暗闇に包まれてからのことであるが。
「「…!」」
突然闇に包まれたこの場に全員が言葉を失っていた。
先ほどまで本当にいい天気で、清清しい朝を迎えていたのに、今ではまるで正反対だ。
「な、何?」
「おいおいおいー!何だよこれ?もう夜が来ちゃったのか?」
暗雲もきていなかった。
太陽が月に隠されたということもなかった。
突然の暗闇。
果たして全世界がこうなってしまったのか?
いや、違う。
この場だけ…クモマがいるこの場だけが暗闇なのだ。
そして、聞こえる。遠くから、やがて、近くから。
クスクスクスクスクス………
「迎えに来たぞよ、我の人形よ」
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