"癒し"は、人が最も欲しいとするものなのだということに僕は今頃気づいた。
34.不思議な体験
「マジでかよ?!回復魔法使えないのかクモマ!」
腹部に怪我を負いグッタリしているブチョウとふくらはぎが腫れ上がって動けないチョコ。
そして体中が傷だらけのクモマ。それらを見てサコツがクモマに向けて
「回復魔法で治してやってくれよ」
と頼んだのだが首を振られ、クモマの口から繰り広げられる真実にサコツは叫んでいた。
「な、何で魔法が使えなくなってるんだよ?一体どうしちゃったんだクモマ」
「それが僕も分からないんだ。でも二人を治してあげようと両手を広げても光が燈らないんだよ」
現に今両手を広げて回復魔法をしてみせようとするが、言葉の通り癒しの光は燈らなかった。
広げている両手からは何も出ず、代わりに微かな風を感じるだけ。
「ホンマやな。あんた一体どないしたん?」
いつもの癒しの力が出てへんでと心配の眼差しを送ってくるトーフ。
ちなみに今トーフは普段どおりに戻っていた。
呪いのせいで赤く染められてしまった右目を眼帯で閉ざし、左目はいつもの金色を光らせている。
もう血は溢れていなく、彼から溢れているものとすれば、そう笑顔だ。
笑顔が欲しいと言っていた黒猫は今自分から笑顔を見せるようになっていた。
トーフはとても素直な子だった。
素直だから飽きることなくずっと人々に笑顔を求め、生きることが出来た。
そしてトーフは居場所を見つけることが出来た。ラフメーカーという団体の中に。
自分はラフメーカーでもなんでもない、だたの化け猫。だけれど、トーフはラフメーカーにとっては必要な存在だった。大切な存在だった。
"笑い"を見極めることの出来るトーフの存在はとても大きい。
そして何よりの理由といえば、旅をしてきた仲間である、ということだろう。
いや、これからも旅を続け、友好を深めるのだ。
ラフメーカーの独特な"笑い"に包まれて、トーフはこれからも素敵な笑顔を求め生きるのだった。
「全くだ。お前最近様子がおかしいぞ」
「そういえばクモマったら"痛み"も感じることが出来なくなったんだって」
「そうよ。だからたぬ〜は怪我している割には元気なのよ。私たちはこんなにも苦しんでいるのに」
「ご、ゴメンね…」
「って、ちょい待ち!痛みを感じれないってやばいとちゃうか?」
「全くだ。これも痛くないってことか?」
本当に痛みを感じることも出来なくなってしまったのか、ソングが実践してみる。
前にサコツに蹴りを入れたときの要領でクモマの腰辺りを蹴ってみる。
サコツの場合は隣にいたヒジキを巻き込みながら倒れ込んだほどだったが、クモマはそれを全く見せようともしない。ビクともしなかった。
「い、痛くないんか?クモマ」
「…あ、うん。全く」
「あんたのケリが弱いのよ。この弱男」
「っ!失礼な!この前この足で村人蹴散らしたんだからな」
自分を馬鹿にするブチョウにソングは懸命に反論したが、もちろん無視されてしまった。
そしてブチョウは腹部に怪我をしているのにも関わらずクモマに向けて蹴りを入れた。
しかしそれに苦しんだのは蹴られた方ではなくて蹴った方であった。
「…っ!!」
蹴った衝撃が腹に響いてしまったらしい。ブチョウは怪我をした部分を押さえて前屈みになる。
「ブチョウ!」
「無理すんじゃないでブチョウ」
「姐御ぉ…って、イタっ!」
苦しそうに息をしているブチョウの元へ駆けようとしたチョコであったが足が痛かった。
ふくらはぎに激痛が走りチョコはそのまま転倒してしまった。
それを起こしてあげるのはクモマだった。
「大丈夫かい?チョコ…」
「あ、うん…。毎度ゴメンねクモマ」
「しっかしよー。今回は俺らピンチだぜ?クモマは痛みも感じなくなるし治癒もできなくなるしよー。チョコもブチョウも怪我しちゃって動けないしよー。…俺らどうすればいいんだ?」
「しかもだ。ドラ猫の右目のことも問題がある。これからずっと"ハナ"で呪薬を作らなくてはならないのか?」
「それはそうだろうね。そうしなければ呪いがまた発動しちゃうし…」
「あ、そんなワイのこと気ぃつかへんでもいいんやで。大変やろ?」
「何言ってんだよトーフ。キミは生きたいって言ってたじゃないか。だから生かせるよ。力ずくで」
「…おおきに」
クモマの言葉にトーフは目線を泳がしながら、礼を述べた。
このときトーフは思った。本当にクモマっていい人だ。と。
今メンバーは先ほどいた村から大分離れたところで休憩を取っていた。
通行の邪魔にならないようなところに車を置き、誰も通らない道を皆して眺めている。
しかし2名ほどそんな余裕のない者がいた。
チョコとブチョウは腰を落として、ゼエゼエと荒く呼吸をしている。
「もう…みんな本当にゴメン〜。私ただでさえみんなの足引っ張っているのに怪我しちゃってより邪魔になっちゃうね…」
いつものテンションがなくなりつつあるチョコに急いで突っ込んだのはサコツだった。
「そんなことないぜ。俺だっていっつもみんなの邪魔ばかりしているしよー元気なくすなって。ところでその怪我、治りそうにもないのか?」
「…うーん…どうだろうねぇ…。早く治したいのは山々だけど…」
「ゴメンね。僕が治癒してあげれないばかりに…」
「き、気を落とさないでよクモマ!私がドジって怪我しちゃったんだし…」
「でも…二人とも怪我をして苦しんでいるのに僕は痛みも感じないから苦しくもない……僕ってホント、どうかしているよ…」
「……」
この後、沈黙が降りてしまった。
クモマの言葉に誰もが口を開けずにいたからだ。慰めの言葉をかけようとしても喉に突っかかって言葉が出ない。
今のクモマは"異常"としか言いようが無かった。。
今まで何の不利もなく治癒もできた。ただし前々から"死"というものは彼には存在しなかったのだが。
それでもここまで体は不思議ではなかったはずだ。
前だって怪我をして痛んでいた。しかし今はあんなに体が傷だらけになっているのに平然としている。
クモマ、お前は一体どうしてしまったのだ?
「あ」
こんな嫌な沈黙をついに破ってくれたのは、先ほどから苦しそうに唸っていたブチョウだった。
全員からどうした?と目を丸くされ、ブチョウはそれに答えた。
間抜けな表情をして。
「私、そういえば"癒し専門の召喚獣"持っていたんだわ」
え?
「そうよ。すっかり忘れていたわ。いつもクマさんのことばかり考えていたからこいつの存在消えかけてたわよ」
「「ええ?!ブチョウ、クマさん以外に召喚獣持っているの?!」」
ブチョウの告白に思わず全員が同音で叫んでいた。
それはそのはず。ブチョウといえば、召喚獣の使い手であるが、メンバーの前ではずっとクマさんという召喚獣しか出したことがないのだ。
そのため皆して興奮している。
「何だ、私てっきり召喚獣はクマさんしかいないのかと思ってたぁ」
「すごいねブチョウ。いろんな召喚獣持っているんだ?」
「さっすがブチョウだぜ!たくさん召使持ってるんだな!尻が上がらないぜ!」
「尻は上げなくてもいい!!それを言うなら"頭が上がらない"だ!…あと、癒し専門とはどういう意味だ?」
「それはクモマみたいに回復魔法が使える召喚獣なんやな?」
「そうよ。あの子ったらクマさんみたいに存在感溢れる奴じゃないから、忘れていたわよ」
「「いや!クマさん以上に存在感溢れまくりの奴はいないから!!」」
ブチョウはご期待通りに例の召喚獣を出してくれるようだ。
腹部の怪我が痛いのだが、腰を上げて、そのときに巨大ハリセンを取り出す。
そのハリセンの表にデカデカと描かれている召喚魔方陣に手を触れて魔方陣を発動させる。
場が歪む。強い威圧に体がビリっと痺れたような感覚がした。
そしてブチョウは言う。
「ま゜」
そう、これがブチョウの呪文。世にも短い呪文であろう。
それから呪文により魔方陣はより強く輝く。全員は目を瞑ったり細めたり。
ブチョウだけが目をキッと開けて、地面を睨み、そこへ目掛けてハリセンを振り落とした。
パシンと軽い音がして、召喚獣を呼ぶ。
「召喚獣、橙」
わあ!何かまともな名前だ!!
てっきりクマさんのお友達のウサギさんかと思ってヒヤヒヤしたよ!
ブチョウが打った場所からドロンと煙が出てきた。
煙と共にハデに現れたのは、ブチョウが呼んだ召喚獣。
『ぼく、シャケがいいなぁ〜』
ブチョウの召喚獣である橙(だいだい)は現れて早々変な発言をしていた。
その場にいる全員が目を丸くして橙を眺めている。
橙、そいつは
どうみても、タヌキだったのだ。
「わ!タヌキ?!」
「「クモマだ!!」」
「ええ!何言ってるんだよ皆?!」
「「わあ!クモマが二人いるぞ!むしろどっちもタヌキだ!!」」
「ひ、ひどいよ…!」
橙、そいつは
とっても、クモマとそっくりだったのだ。
「おい、クモマ、元気か?」
「それタヌキだよ!クモマは僕だよ!」
「あれ、クモマったら足長くなったんじゃないの〜?」
「待ってよ!僕はそのタヌキより足は長いと思っているよ!そこまで短くないから!!」
「ほら、橙。高い高いよ」
「やめてよブチョウ!僕はクモマだから!ってか本当に高い高いしないでよ!」
「…ダメだ。俺にはこいつらを見分けることができない…」
「頑張ってよソング!諦めないで!ってか普通わかるじゃないか!」
「分かったで!クモマはこいつや!」
「だからそれはタヌキの方だよ!!!」
こうして、ブチョウが繰り出した召喚獣…橙の癒しの力により、負傷していた者を癒すことができたのであった。
+ + +
怪我も治ったため、安心して車を発進させることのできたメンバーは、次の村に向かって準備を整える。
しかし何回陽は昇ってもその次の村には着くことが出来なかった。
しかも周りに人はいないし、建物も何も無い。
ここは何も無い、田舎の風景だった。
そんな中をずっと進んでいたのだが、運の悪いことにここで問題が発生してしまった。
ついにトーフの状態がおかしくなってしまったのだ。
高熱を出して、トーフはまた眠りについていた。
「……どうしよう…まだ村にも着いていないし"ハナ"を手にいれていないよ…」
「困ったね〜…トーフちゃんしっかりして…」
「トーフ、どうなっちまうんだ?」
「早く次の村に行かないとこの本に載っている呪薬を作ることが出来ないぞ」
「そういえばその本、どうしたんだい?」
「あぁ。譲ってもらった。…というか、あのじいさんが勝手にくれたっというか」
「まあ、ソングが解読できることが出来るんなら持っていても害はないね〜!」
「でもよー"ハナ"がないと呪薬ってやつが作れないんだろ?どうすんだあ?」
「うーん。とにかく次の村に行かなくてはね…」
「じゃないといつ命が絶つか…」
「………うん……」
そして、その日の夜に事件が起こったのだ。
+ +
いつも車の中で寝るのは女性陣と決まっていたのだが、さすがに病人のトーフを外で寝かせるのはどうかと思い、ブチョウが進んで立場を交代してくれた。
「いいの姐御?…私が外に出るよ?」
「いいわよ。男に襲われる前に私が襲うから」
「え?!それで自分から進んで外に?ちょっと待ってよ!!」
そしてニッコリと微笑んでいるブチョウ。その笑顔がこれまた怖い。
何かをたくらんでいるような笑みを浮かべたブチョウは男たちが地べたで寝そべっている暗い外へと姿を消していく。それからすぐのことだった。
「「ぎゃあああああ!!!」」
男たちの悲鳴が聞こえてきたのだ。
悲鳴はエスカレートしていっていき、終いには爆発音や豪快に何かが倒れる音などに切り替わっていた。
一体外で何が?!ってか姐御何しているの?!
チョコは音が消え失せるまで布団の中で震えていた。
それから漆黒の夜。
場も静まり返り、黒さはより増している。
そんな中チョコは目を細めて空気を見ていた。
これから、どうすればいいんだろう…?
チョコはトーフのことが心配だった。
トーフちゃんの呪いを解くことが出来るのは、呪いをかけたという者だけよね。
そしたらどうすればいいの…?
そこでチョコはあることに気づいた。
そういえばトーフちゃんったら今までどうやって呪いを封じていたんだろう?
あの村に辺りで運悪く呪いが発動してしまったらしいけど、それまではなぜ発動しなかったの?
呪薬でも使っていたのかな?
それとも、何か他に方法があって、長い間呪いを封じていたのかな…?
宙を眺める。
世界は暗い。それは夜だから黒いのも当たり前。
暗いからほぼ何も見えない状態。だけど目が慣れているせいか、少ない範囲だけれど見ることが出来た。
そこで動く闇。
「…?」
何かが今、動いたような気がした。
それは何か分からない。だって、何かあったと思った場所には現に何も無いのだから。
幻?
しかしまた動くのだ。闇が動いている。
闇は動いて、それは人型を描く。
「………?!」
驚いた。
動いた闇、それが人間だったから。いや、人間ではないかもしれない。
何故なら奴は何も無い空間から突如この場に出現してきたのだから。
黒い者がその場に立っていた。
「………………」
チョコは固まっていた。違う、自分の身を潜めているのだ。相手に見つからないように存在を消そうとする。
闇だった者は動いてこちらに近づいてきている。
そのときに見えてしまった。
そいつは、シルクハットを深く被って、マントで体を包んでいる男だった。
昔、自分の中に入って村を破壊させた、あの男ではなさそう…。
だけどこいつは怪しい。見るからに怪しい人物だ。
そのとき、チョコはまた見てしまった。シルクハットの奥に見える髪の毛を。
その色はとても鮮やかな色をしていた。
あぁ、なるほど。闇にまぎれるために自分の目立つ髪色をシルクハットで隠しているのかな…?
しかし、綺麗なオレンジ色の髪…。
目を細めたチョコに直視されているとも知らずに、男はやがてある場所に止まった。
そこは呪いにかかって苦しんでいるトーフの寝ている場所だった。
あ、ヤバイ?!あそこにはトーフちゃんが…!
危険を察したチョコは動こうとした。しかし動かなかった。体が言うことを利いてくれなかった。
もしかしたらその怪しい男が金縛りでもかけているのかもしれない。
悔しいがチョコは声も上げることもできなかった。
歯を食い縛る勢いでギッと男を見やる。
男はこちらの存在に気づいているかもしれないが、チョコには目を向けようともしていなかった。
男の目線はずっとトーフを見ている。
トーフちゃん……!
チョコは助けてあげたかった。
しかし、動けない。
やがて男は、腰を折り、トーフの顔を覗きこむように屈み、トーフの眼帯の奥にある右目に向けて指を持っていく。
ま、まさか…。目玉を抉る気?!
何だか嫌な予感がした。
しかし、違った。男は驚くべき行動をしたのだ。
―――― パチンっ
空気を鋭く震わせる音が鳴った。
男はトーフの眼帯に向けて指を鳴らすと、何事も無かったかのようにまた腰を上げ、マントを自分の顔にまで持っていってた。
そして次の瞬間。闇だった男は再び闇となり姿を消したのだった。
ん?何?何が起こったの?
場は何事も無かったのように、また静けさを戻していた。
先ほどと変わらない風景。さっきのは夢?
夢だとしても、よくわからない夢だった。
一体、何だったのだろう。
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