+ + +


ふと気づいてみると自分の周りには誰もいなかった。
不気味な崖を目前にチョコが1人立っていた。


「あれ?姐御がいない…?」


最初は冗談かと思った。
ブチョウのことだしどこかに隠れているだろうと思いあえて気にしていなかった。
だけど時間はたってもチョコは1人のままだった。
あたりをキョロキョロ見渡し、動いて人影を探してみても自分以外の影は存在していない。

おかしいことだった。
今この崖を登っているのはクモマだけであるし、ブチョウが消える理由は無い。
しかもブチョウは腹部に怪我をしているのだ。
「軽傷よ」って本人は言っていたけど、ふくらはぎに怪我を負ったチョコさえもこの傷の存在はツライ。
だから腹部に銃弾を受けたブチョウはもっと苦しいはずだ。激しく動けるはずがない。
もし動いたとしても、怪我口が開くだけでより自分を苦しませる結果となる。

だけど、その彼女が今ここにいない。
果たして何処に行ってしまったのか?

その答えはすぐ知ることが出来た。


「……あ…」


崖いっぱいを視界にいれているチョコの目に自分以外の影が見えた。
上から降りてきている影は、こちらに向かってゆっくりとゆっくりと降りてくる。
それから、それが誰なのかすぐに分かった。
だからチョコはクモマの名前を呼ぼうとした。

しかし、気づいた。
クモマにしてはその影は大きいということに。

やがて、その影の正体が現れた。


「…?!…あ、…姐御…!!」


それはブチョウだった。
だが、様子がおかしいことにすぐに気づいた。
何故ならブチョウの両手がブランと下にぶら下がっているのが見えたから。
よく見てみるとブチョウは力なく誰かに負ぶさっていた。

それからブチョウを負ぶっている影は降りられる範囲までやってくると、足をかけていた岩を蹴って、こちらに足を落としてきた。
岩を蹴って岩がちょっと砕けてしまったのか、上からパラパラと砂利なみの破片が降ってくる。


「ただいま」


チョコの目の前に下りてきた者は、やはりクモマだった。
腹からポタポタと血を垂らしているブチョウを負ぶったクモマがそこにいた。
クモマは魔物から受けた怪我以外どこも傷ついていない。対してブチョウはクモマの背中にグッタリと身を預けている。


「クモマ…そして姐御?!」


語尾はほぼ絶叫と言っても過言ではない、チョコはすぐにクモマに駆け寄った。
ブチョウの頭はクモマの肩に垂らしてあるため表情が見えないが、きっと気を失っているのだろう。


「チョコ、実はブチョウが先回りして僕を助けてくれたんだよ」

「え?」

「無理してハトになって空を飛んだらしいよ。そのときに怪我に響いてしまったらしく」

「き、傷口広がっちゃったの姐御?!」

「うん。ゴメンね。僕がしっかりしていないばかりに」


申し訳ないと頭を下げるクモマにチョコは急いで首を振った。


「ち、違うよ!私が悪いよ。私ったら姐御の性格、すっかり忘れていた…。姐御はお人よしだったもんね。苦しんでいる人をほっとけない人…だからクモマを助けに行く意味もよくわかるよ……。姐御怪我しているんだし、ちゃんと見て止めてあげればよかった…」

「…でも僕が悪いよ。僕が回復魔法さえ使えればキミたちを治すことが出来たのに…」


そしてクモマはチョコのふくらはぎを見て、目を見開いた。
怪我を負った場所が異常に膨らんでいたからだ。
きっとばい菌が入って悪化してしまったのだろう。

チョコの足、ブチョウの腹。クモマはそれらを治してあげたかったのに、今の自分では何も出来ない。
それがとても悲痛だった。


「…あ、そうだった」


しかしもう仕方ないことだ。
代わりにクモマは大切なことを思い出した。
そう、自分が今大切そうに握り締めているあの存在を。


「これ…」


握り締めた手をチョコに向けて、渡した。
チョコも受け取り、マジマジと眺めて見る。

リンドウのように綺麗な花だ。
しかし、強いオーラを感じ、チョコは開けるのもつらそうに目を細めていた。


「…これが"ハナ"なの…?」

「そうだよ。頂に生えていたんだ」

「綺麗ね…」

「うん。綺麗な花なのに、あの厄介な"ハナ"だなんてね」

「だけど今回だけは私たちの力になってもらっちゃうね」

「そうだね。それじゃあ戻ろうか」


他愛も無い会話を交わしてからクモマがそう促し、踵を返した。
呪いで苦しんでいるトーフを一刻も早く助けるために、ヒジキの家に急いで帰ろうとした、そのときだった。

怪我をしている足に激痛が走ったのだろう、チョコが転倒したのだ。
チョコは再び苦しそうにふくらはぎを押さえてもがいている。


「チョコ…!」

「……っ……く、クモマ…」


二人の目線の高さはぐんと違うけど、それでも二人は目を合わせていた。
チョコは苦しそうに目元に痙攣を起こしていて、クモマは心配の眼差しを送ってから違う表情へと変えていた。


凛とした表情に。


「行こう」


うんと姿勢が低くなったクモマだけど、足を進めて家へと帰る。



+ + +


「お願いじゃ。あの子らの言うとおりであの"化け猫"はわしらに何もしておらん。だから退治しようとするのは止めてくれんかのう」


そのころヒジキの家の周りにはまだ村人が集っていた。
ヒジキが懸命に説得しようとするが村人は帰る気配をみせない。
むしろ、先ほどより怒りをこみ上げている。


「ヒジキさん邪魔です!私たちはあなたじゃなくてあそこの"化け猫"を追い出したいんです」

「だからどいてください!」

「あの"化け猫"は私たちに不幸をもたらすと思います!だから追い出さなくては…!」


村人の訴えにヒジキも反論する。


「あの猫の子は何も悪さもせんし不幸ももたらしておらん。むしろ不幸をもたらしているのはあんたらの方じゃろ?」

「?!」

「あの子をあそこまで追い詰めてしまったのはわしらの先祖、そしてあんたらじゃ。あの子は本当にわしらに何の影響も及ぼさん」

「だけど!あの本にも書いてあったじゃないですか!"黒猫の金色の目に睨まれたら異界に引き込まれる"と」


激しく突っ込んでくる村人であるが、次のヒジキの一声に言葉を失った。


「じゃけど、今あの子の目の色は血の色じゃよ」

「…!!」

「もう金色じゃない。何故なら強烈な呪いをかけられておるんじゃから」

「だ、だけど!」

「だけど、じゃない。もうあの子はわしらの知っている黒猫、そして"化け猫"じゃないんじゃよ」

「…」


「あの子は……、笑顔も見ることの出来ない、挙句の果てには呪いをかけられてしまった可哀想な子なんじゃよ」




+ +


ベッドを赤く塗らして、トーフはじっとサコツを見ていた。サコツもトーフを見ていた。
ソングは"ハナ"を持って帰ってくるメンバーの帰りを読書によって潰している。


「トーフ、もう心配しなくていいからな?」

「……ホンマ、すまんな…」


二人は目線を離さず会話する。
しかしおバカなサコツにもわかる。トーフの力がどんどんとなくなっていることに。
その証拠に徐々にだがトーフの声が消えていっている。

実は先ほどから会話している途中でトーフは目を閉じるのではないかとヒヤヒヤしていた。
だけどそんな不吉なこと考えていたって何の得にもならない。
今は、祈るのみだ。
呪いを一時だけでも治めてくれる"ハナ"を持って帰ってくるクモマたちの帰りを。


「クモマたちが帰ってきてくれればトーフの目は治るんだぜ。だから今は安心していなよ?」

「………………あぁ…………」


返答も遅いトーフ。果たしてあとどのぐらいの命なのだろうか。
見る度弱っていくトーフをサコツはいつまで見届けなければならないのだろうか。

できれば早く、トーフの元気な姿を見たい。

だから、早く帰ってきてくれ。とサコツは祈るばかり。
そのとき隣りで読書に励んでいたソングに声をかけられた。


「おい、チョンマゲ。お前さっきから祈りすぎ」

「へ?」


それはサコツの気持ちを翻すものだった。そのため思わず眉を寄せる。


「な、何でだよ?!」

「お前は心配しすぎだ」


そう注意しているソングはのん気に読書をしている。
サコツがそこに突っ込みたかったがソングの言葉がすぐに飛んできたため口を閉ざす。


「もう少しでこいつは助かるんだろ。だから心配しなくてもいいじゃねえか」

「お、お前って奴はよぉ…!」

「大丈夫だ。もうこんなに時間たってんだ。そろそろ帰ってくるだろう」


読書をしているときのソングはマイペースだ。
しかし、ソングの言っている通りだ。
クモマとチョコとブチョウが崖に"ハナ"を採りに行ってから相当時間がたっている。
だからもう少しで帰ってくるだろう。


「そ、そうだな…。あとちょいだぜ!トーフもそれまでファイトだぜ!」

「……………ぉ…ぅ…………」



サコツは元気付けようとトーフにそう声をかけたのだが、その応答の声は思ったよりも弱弱しいものだった。
そのため思わず身を乗り出すサコツ。

あと少しでクモマたちが帰ってくると知っていても、これは我慢できない。

サコツはトーフの肩を掴んで失っていく意識を取り戻してあげようとした、のだが
パリンという窓ガラスの割れる音が再び耳に蘇ってきたので、行動は止めていた。

身を起こし、割れた窓ガラスを見る。
するとその空いた隙間から石を投げている村人の姿が見えた。
石はテーブルの上にあったコップを二つに砕いてた。


「な…?!」

「おい、またかよ」


面倒くさそうにソングもイスから腰を起こし、割れたコップを睨む。
だが、その隣にあったコップも石によって割られ、場は粉々になっていた。

そして聞こえてくる、悲鳴が。
その悲鳴は聞いたことのある声だった。

そう、ヒジキ。


「ヒジキじいちゃん?!」

「…ふ、ふざけてる…!」


二人は急いで体を傾け、ソングによって壊されたドアを潜った。
すると見てしまった。
ヒジキが村人に襲われているところを。

ヒジキは村人と取っ組み合いをしている。


「ちょ!何してんだよ!ヒジキじいちゃんは見ての通りヨボヨボなんだぜ!」

「全くだ!老人虐待かてめえら!」


その光景を見た髪色に特徴のある男二人は、一気に頭に血を上らせていた。
そして二人同時にヒジキを襲っていた村人を襲い掛かる。

ソングは手を腰にまで持ってきていたのだが、ハサミを取り出すのは流石に危険かと思い、ここはやめておいた。代わりに先ほど1人の村人を仕留めたこの足を使って村人を押さえ込む。
サコツは元々戦いは苦手だし、むしろ戦う気も無い。だが老人を襲っている村人を許せなかった。ポケットにいれていたしゃもじを巨大化させて、村人の頭を叩く。


「邪魔なんだよ!このガキ!私たちは化け猫にだけ用があるんだ!さっさと失せろ!!」

「んだと?!誰がガキだこのクソ野郎!!てめえらのほうが失せろ!!」

「このチョンマゲじゃまなんだよ!目に入るじゃないか!」

「マジでかよ?!俺のチョンマゲが目に入った人、始めて見たぜ?!」


それぞれがもめて、敵を片付けていく。
ソングが圧倒的な強さで村人を倒している中、サコツはヒジキに襲おうとしている村人を何とか押さえ込むことに成功した。
しかしヒジキは倒れている。怪我はしていないようだが、力の無い老人にはツライ時間だった。めまいを起こして倒れていた。


「ひ、ヒジキじいちゃん!」

「クソ!ふざけやがって!」


「「化け猫、出てこいー!!!」」



+ +



誰かが、ワイのことを呼んでいる。


そうや、ワイは化け猫。
村人に嫌われている存在。恐れられている存在。
せやから消えなくちゃいけない存在。




行かなくちゃ……行かなくちゃ………



+ +



その場が一気に赤に包まれた。
化け猫ことトーフの登場に全員が唖然としていた。

フラフラだけどトーフは歩いている。呪いを受けた目から血を流して化け猫は歩いていた。


「……誰や……ワイのこと…呼んだ…ん?」


そんなバカな、とサコツが目を丸くしているとき、村人は早速トーフに向かって駆けていた。拳や石を持って。
それを止めようとサコツもソングも駆けるのだが、間に合わなかった。

トーフは逃げようともしない。代わりに村人にこう言ったのだ。



「ワイな……笑顔…ほしい…ねん………」


まだそんなこと言うのか?!
ソングが突っ込んだ。
しかし、トーフは止まらない。全身から血を出して、言うのだ。


「……まだな…ワイ……死にたか…ないんや……せやから……あんたらの…笑顔…見たい」


トーフの言葉に村人の動きは、止まってた。


「ワイ、今…までな……ずっとずっと……思って…た。……笑顔……欲しい…思ってた………せやけど人は…ワイのこと忌み嫌うんや……ワイ…何もしてへんのに」

「……!」

「ホンマ……何も…せえへんから……お願い…………ワイに…一度だけでもいい……ちゃんと…した…笑顔……見せて……」





最期の、最期の、お願いだよ。



お願いだから、聞いて。















「キミに、笑顔を届けにきました」



トーフが口を開こうとしたときに誰かが先に声を出していた。
それはとても嬉しい知らせだった。

全員が声の聞こえてきた方を振り向く。
するとあった。1つの影が。

いや、違う。
3人分の影がひとつになっている。



「…クモマ………」


凛々しい声を上げてその場に現れたのは、ふくらはぎを怪我して動けなくなったチョコを背負い、腹部を怪我して気を失っているブチョウをお姫様抱っこをしているクモマだった。

二人を抱えてクモマはその場に逞しく立っていた。


「もう一度言います」


そしてクモマは再度トーフに言ったのだ。



「キミに、笑顔を届けにきました」





+ + +


そして家を囲んでいた村人を蹴散らしたクモマという少年は、仲間たちと一緒にわしの家に入っていった。
何とも醜い家になってしまったけど仕方ないことじゃのう。
わしが村人の意見に反対してしまったんじゃから。じゃけどわしは後悔しておらんぞ。わしはいいことをしたと思っている。

そのあとわしは銀髪の子が一生懸命読んでいたあの本を借りて、呪薬を作った。
実はあの本、わしも自分の力で解読することはできないんじゃ。辞書を使っていつも読んでおったんじゃが、あの銀髪の子は読めたんじゃな。素晴らしいのう。


それはいいとして、呪薬を作ったわしは、早速トーフに飲ませてあげたのじゃ。
すると見る見るうちに血は引いて、止まらなかった血も止まって、左目もいつもの金色の目に戻っとった。
しかし呪いを直接かけられた右目だけは抑えることができんかったのう。
血は止まってくれたんじゃけど色は血の色のままじゃった。


だけど、それでもあの子の仲間は微笑んでいたんじゃ。
気を失っていたカッコいい男性も、桜色の髪の可愛い乙女も、赤髪の妖精さんも、銀髪の子も、黒髪の少年も、みんなみんな、笑っていた。



「……みんな…」


そしてトーフは、そんな仲間たちにこう言っていたのう。



「ホンマ、おおきに。ワイ嬉しいで…皆から笑顔もらえて…幸せやねん………」


右目からは先ほどと同じ血の色の涙を流していたけど、左目からは何色にも染まっていない透明な涙を流して、仲間たちにお礼をしておった。



「ワイ……あんたらに…会えて……ホンマ…幸せや………」


その感謝の気持ちを聞いていて、わしも何だか涙が出てた。
桜色の髪の乙女なんか号泣してトーフを抱きしめておった。

いいことじゃ。仲間っていうのは本当にいい。





そしてわしは、この家から村から離れていくあの子らの背中を見て、こう誓ったんじゃ。


あの"化け猫物語"を書き直そう。と。





笑顔を求め続け、そして最後に真の美しい笑顔を見ることの出来た


 "幸せな猫の物語"を書こうと思う。











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さて、トーフも呪いを抑えることが出来ました。
だけど、それは一時的なことであり長い時間は保てません。
どうなるの?ラフメーカー!

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