車のシートから漏れる光が目に当たる。
眩しさによって夢の世界からチョコは目を覚ました。
「…うーん……よく寝たぁ…」
ぐんと伸びをしながら半身起こす。
寝相が悪かったのか髪の毛がボサボサになっているので軽く手で梳かす。
そしてあくびを噛み締めながら垂れ下がっているシートを捲って外に出た。
「みんな〜ミャンマー!」
寝起きでもチョコはいつも元気いっぱいだった。
その挨拶にいつも答えてくれるのは車の出入り口からよく見える範囲で大の字に寝ているクモマ。
しかし、そのクモマは本日見られなかった。
そして代わりに変なものを見てしまった。
「ええええええええ?!」
「あら、ベトナムー」
「いや、ベトナムーって姐御ったら意味分からないよ!」
目に飛び込んできた光景にチョコは叫び、ツッコミもいれていた。
そのツッコミを受けたブチョウは偉そうに仁王立ちをしている。
あるモノの上で。
それは3段に重なっていた。
「…………た……たすけて……」
その中の一番上の段にいる黒髪の少年、クモマが苦しそうに声を出しながらチョコに手を伸ばしていた。
しかし、上に乗っかっているブチョウが意地悪する。
「あんたは私の下になっていればいいのよ」
「ど…どうして僕たちが…こんな目に……二人ともゴメンね…」
「…っ………く…苦しい………」
クモマの声に反応したのは、その中で一番下の段になっている銀髪の男、ソングだった。
ソングの頭のすぐ上には赤髪が見える、サコツがいるのだろう。
サコツはまだ目を覚ましていない。
「い、一体何があったの?」
チョコが朝一番に目にした光景とは
ソングの上にサコツ、その上にクモマ、そしてその上で偉そうに仁王立ちをしているブチョウの連係プレーだった。
果たして、一体夜中に何があったのか、おさらいしてみよう。
+ +
「これからどうしようか…」
「んだなー。トーフがまた寝込んじゃったし…困ったぜ」
「呪薬の効果も長続きしないものなんだな、次の呪薬を作るまでもう少し辛抱してくれればよかったのに。ったく、めんどくせえ」
クモマ、サコツ、ソングはそれぞれで寝床を見つけ、会話していた。
地べたで大胆に大の字を作っているクモマは大きくため息をつく。
「あぁ…もう意味が分からないよ…。僕の体もワケ分からないことになるし、トーフはあんなだし…」
そのクモマの言葉は誰にも返されず空気中に消えた。
サコツもソングもクモマの体のことについては何も言えないからだ。
沈黙になるのがイヤだったのでサコツが話題を振る。
「それにしてもよー、何で今までトーフって呪い発動しなかったんだろうな?」
「…そうだよな…」
サコツに珍しく同意したのはソングだった。
ソングは木を背もたれにして足を組んで座っている。
「"ハナ"の力で呪薬を作ってこの様だ。1つの"ハナ"だけじゃ短期間しか呪いを抑えることが出来ない。それなのにどうして今まで発動しなかったのか、謎だな」
「うん。そうだね。他の方法で呪いを止めていたのかな?」
顔を少し遠くにいるソングに向けてクモマが問うが、そんなの俺が知っているはずないだろとズバっと返してきたので苦い表情を作った。
そして思わず口を尖らすのはサコツだ。
「もう頭がこんがらがるぜー。あー寝ようぜ」
「んだな。あいつのことで不眠症になるのはイヤだからな」
「何言ってんだよラブ男め。前まで毎晩メロディさんの写真眺めて睡眠時間を削っていたくせによー」
「そういえば最近眺めていないね。どうしたんだい?」
「……………いや、もうメロディはいないし…眺めていてもつらくなるだけだから」
「お、少しは成長したなラブラブ凡」
「お前、どこで寝転がっている?蹴り上げるぞこの野郎」
「や、やめなよ。喧嘩はよくないよ……ん?車から誰か降りてくるよ?」
車に一番近い場所で寝ていたクモマが、そう声を上げるとサコツを蹴ろうとしているソングも、逃げようとしているサコツも車の方へ目を向けた。
すると、そのタイミングで車の出入り口のシートが捲られた。
そこから顔を覗かしたのは、ブチョウだった。
「…あ、ブチョウ。どうしたんだい?」
「何だよブチョウ?俺らと一緒に寝たいのか?俺がラブラブ凡の恋物語を語ってやるぜ」
「余計なお世話だこのチョンマゲ野郎!」
二人がもめているころ、ブチョウは地面に足をつけていた。
ブチョウの様子がいつもと違うと思ったクモマは、腰を上げてブチョウと向き合う。
「どうしたんだい?まさかトーフに異変でもあったのかい?」
しかしブチョウは答えない。代わりに体を動かしていた。
ブチョウの手は素早くクモマの服を掴み勢いよくひっくり返す。
「うわ?!」
「クモマ?!」
「おい、何やってんだ白ハト!」
するとようやくブチョウが口を開いた。含み笑いをしている口を。
「あんたらが襲わないうちに私が先に襲うのよ」
は?
そして間もなくその場は悲鳴が鳴り響いていた。
ブチョウは素早く召喚獣クマさんを呼び出して、男たちの悲鳴を強化させる。
ブチョウも動きが速い。男たちを襲って何をしたいのか分からないが今のブチョウはハイエナだ!
サバンナのハイエナが今目の前にいる。
下部のクマさんを操りながら、ハイエナは暴れまわるのだ。
「私の下になりなさい、あんたたち」
「うお!誰がてめえの下敷きになるか!クソ!!」
「ぎゃーうおーひえー!!クマさんが俺を襲ってくるぜー!誰か止めてくれー!!」
「木の後ろに隠れていれば気づかれない…と思ったのに、うわあ!クマさんの耳が木を貫いたぁ?!」
「「誰か、この女を止めろおおお!!!」」
「…っ?!」
「あ!ソングがクマさんの尻アタックで転ばされちゃったぜ?!マヌケだなぁ…ってごえはぁ!」
「わあそのソングに躓いてサコツが上に重なっちゃったよ?!っと説明口調で叫んでいる場合じゃなかったよ!ハリセンを持ったブチョウがこっちに近づいてきているよ!!やめてやめてよブチョウ!キミの考え本当によくわからないよ!え?何?僕のこと橙って呼んだ?違うよ!僕はクモマだよ!まだ橙と間違えているのかい?ってわああああああ…」
・・・・・・・ガク。
+ +
「……本当に夜中襲ったの?」
違う意味で襲ったのか。とちょっと安心したチョコであったが、今目の前には3段のピラミッドが積み上げられている。安心している場合ではない。
そのピラミッドの目の前まで歩み寄って、一応確認の意味で訊ねてみる。
「それで、その3段の上に姐御は仁王立ちして夜まで過ごしたわけなのね?」
「そうよ。ここから見える風景は綺麗だったわ」
「……あぁ、そうか……」
「何よ凡ったら文句言っちゃうと口から内臓飛び出させるわよ」
「や、やめてブチョウ!もっと強く踏んでこないで!痛いから!!」
「………っ!!」
「…うは!…な、なんだ………ほっ…夢か…。ふへー嫌な夢だったぜ。夜中、クマさんを出したブチョウに襲われた夢を見ちゃったぜ」
「いや、それ現実だから!ってかお願いだからそろそろどいてよブチョウ!ソングの口から本当に内臓が出たら大変だろう?!」
「出ねえよ!クソ!!」
「…うえ…出そう…未知なる物体が出そうだぜ…」
「やめろ!俺の頭の上にそれを吐き出そうとするなよチョンマゲ!ってか何を出す気だ!!」
「お願いブチョウどいて、このままいい夢見れようだよ。そう…綺麗なお花畑を駆ける夢を…あぁ。向こうの世界では足が長くなるかなぁ」
「無理よ」
ようやくブチョウがどいてくれました。
「久々に立てたよ…。何時間僕は地面から離れていたのだろう…」
「サンドイッチ状態だったから未知なる物体が出そうだったぜ」
「その物体が頭に乗りそうだった……もう地面に顔をつけるのはゴメンだ…」
男たちは今、幸せです。自分の足が地面についていることって何て素晴らしいことなんだ!
「よかったね皆。……って、そういえば肝心なこと忘れてたー!!!」
そんな男たちに慰めの言葉をかけようとしたチョコだったが、脳裏にいろんなことが思い浮かび、思わず絶叫していた。
目を丸くした男たちはチョコにその目を向けた。
「どうしたチョコ?か弱い乙女であるブチョウに負けた俺らのことがそんなに気に喰わないのか?」
「それはそうだろうな。あんな惨めに負けてしまったんだ。俺らもこの先上手く生きていないな…」
「…僕はそんなにタヌキに似ていないよ……」
「3人ともしっかりして?!」
「私の台になってくれて感謝するわ3人とも。これからも台になってもらおうかしら」
「「ってか立ちながら寝るなよ?!」」
男たちの見事な同音ツッコミにチョコは笑おうとしたが、昨夜のことを思い出した彼女にはそれどころではなかった。
奇声を発していた。
「漫才している場合じゃないよ!本当に大変なことが起こったんだから!あぁーもうー!トーフちゃんー!!」
1人で突っ走るチョコは、トーフが寝込んでいる車へ戻ろうと踵を返す、そのときだった。
いいタイミングに車の出入り口のシートが揺れたのは。
「「………!」」
そこから現れたのは、チョコが先ほど名を呼んだものだった。
小さい影はそこから顔を覗かせる。
「ミャンマー、みんな」
「…トーフちゃん…」
寝込んでいるはずのトーフが笑顔を浮かべながら全員に挨拶していた。
今のトーフは呪いが発動しかかって苦しんでいたはずだ。
それなのに何だこの回復ぶりは?
「トーフ、体大丈夫なのかい?」
「ん?何がやねん?」
「な?!なに冗談言ってんだこのドラ猫!お前は昨日から呪いのせいで寝込んでいたはずだろ」
鋭くソングが突っ込んでいる間にトーフは車から飛び下りて地面に着地する。
この動きは病人が出来るものではない。
着地したトーフはまたこちらに表情を見せる。やはり笑顔だ。
「あぁ。それならもう大丈夫やねん。治ったみたいやわ」
「「へ?」」
信じられない言葉に全員が間抜けな声を出す。
それはそのはず。前の村だってこの体調の崩れを前触れに呪いを発動させ彼を苦しませたのだ。
それなのに今のトーフは本当に今まで通りの元気さが戻っていた。
「今まで心配かけたな。でもな、これから長い間ワイは無事になるで」
「え?ちょっと待ってよ。唐突過ぎる…」
「何よタマったら自力で呪いを解いちゃったわけ?」
トーフの呪いを解くには呪いをかけた者の力がない限り不可能なのだ。
強烈な呪いは"ハナ"の呪薬の力でも短期間でしか抑えることが出来ない。
とすれば、トーフは一体どうやってこの元気さを取り戻したのだ?
全てはトーフが語ってくれた。
「皆が知らんっちゅうことから、きっと昨夜のことだったんやろな」
そこでチョコだけがピンときていた。しかし口にはしなかった。
トーフは続ける。
「また"あん人"に呪いを封印してもらったんや」
「あん人?」
「"あん人"は偉大なる魔術師や。ワイは"あん人"のおかげで今まで生きていけていたんや」
クモマが聞き返すがトーフはサラリと流していた。
「呪いを解くことはできんけど、封印することはできるわ。きっと昨夜のうちに封印してくれたんやろな。ホンマ感謝しとるで…」
「「……」」
トーフの言っている意味が分からず首をかしげている中、チョコだけが心臓を大きく鳴らしていた。
昨夜の人って……
まさか、すっごい人だったの…?
あんなに髪色ど派手だったのに…
「とにかく」
全員が唖然としているところで、トーフはまた言葉を続けた。
「ワイは今日から暫くの間みんなに心配かけなくてすむわ。せやからこれからは呪いのことは気にせず、いつもどおりにやってくれや」
そう言って、旅を続けようと促したのだった。
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昨夜の人って、意外に凄い魔術師だったらしいです。
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