ふと目線を落とすとそこは緩やかな坂がある水路。ここはそんな田舎なところ。
35.のどかな道
ゆったりと上下に揺れる車。
いい天気なので車と一緒に外を歩いてもいいのだが、トーフが一応病上がりなので、今回は全員車の中で過ごしていた。
「それにしても、トーフちゃんよく食べるね〜」
いくつかの箱や布袋に大量に詰め込んである食料を、食い尽くす勢いで食に励んでいるのはその病上がりというトーフであった。
チョコが笑いながらそう声をかけるとトーフは物を頬張りながら頷く。
「はよ食わんと他の皆に食われてしまうかもしれんからな」
「それはこっちの台詞だ!てめえ1人で食い尽くそうとするな!」
自分勝手なトーフにソングがいつものようにツッコミをいれ、雰囲気が賑わう。
あの時トーフが告げたように、トーフはあの日以来体調を崩すことはなかった。
トーフがあのときに言っていた"あん人"とは一体誰の事を指しているのか、わからなかった。
1人を除いては。
シートで車内からは水路は見えないがチョコはそれを見ているかのように、目線を遠くに向けている。
チョコだけがあのときに"あん人"らしき人物を見た、たった一人の目撃者なのだ。
全身に黒を纏った謎の男。髪色が鮮やかだったのでより印象が強かった。
もし髪色が黒だったらチョコは気づかなかったのかもしれない。何と言うか、運がよかったのやら。
果たしてその怪しい男が"あん人"と同一なのかは不明だが、思い当たる点がいくつかある。
チョコは見たのだ。男がトーフの眼帯に向けて怪しい仕草をしていたのを。
それが一体何のためにしたのかわからない。ただ指を鳴らしていたようにしか見えなかった。
だけれどその行動が一番怪しかった。それをやってみせた後早々とマントの中に顔を沈めて消えてしまったのだから。
「チョコも早く食べないと食べるものなくなってしまうよ」
そしてチョコがはっと目を覚ましたのはクモマの一声によるものであった。チョコは暫くの間考え込んでいたようだ。
他のメンバーはトーフと一緒に食べ物をあさっている。
バクバク食べていくメンバーにチョコはギョっと目を丸くしていた。
「ちょ…何してるのよ〜!私の分も残してよねー!」
「ほら、早く食べないとコオロギしか残らなくなるわよ」
「それはさすがにいやだよ〜!ちょっとちょっと〜私も混じらせてよ〜」
チョコのことも考えずにさっさと食に励んでいくのでチョコは半分笑いながら、しかし残りの半分は怒りながら隙間に突っ込んでいく。
そして見てみると、食べ物の入っていた箱や布袋は空に近い状態だった。
ショックで白目をむきそうだ。
「そ、そんなぁ…みんなひどいよ…私だって食べたかったぁ」
「ゴメンね。何度かキミを呼んだんだけど反応がなかったんだ」
「だから死んじゃったのかと思って、食べてしまったぜ!まぁ気ぃ落とすなって!な〜っはっはっは」
「なに、心配することはないわよ。コオロギが残っているのだから」
「それがイヤなのよ!ってちょっと待って、それコオロギじゃなくてアメンボだよ!かたち全く違うじゃん!」
懸命にチョコが突っ込んでいる中、トーフは病のせいでへこみ気味だった腹を満腹に満たし、満足そうに笑みを溢していた。
そんなトーフがチョコに言った。
「すまんなぁチョコ。せやけどあんたべっぴんさんなんやからダイエットは大切だと思うで」
何か言い出しましたこの人。
「あ、そ、そうかー!そうだよね〜!女の子は体の細さが大事だもんね〜!」
乗ってしまいましたよこの人。
だけれど、言いたいことは山ほどあった。
「でも私もおなか空いてたんだよ!それなのに皆してほぼ全部食べつくしちゃうなんて〜!」
「だからコオロギが残っているじゃないの」
「それはアメンボよ!ア・メ・ン・ボ!ピョンピョン飛び跳ねるコオロギとは違うのよ!」
「いやそれはバッタだと思うけど?!」
1人叫ぶチョコをクモマも抑えようと声をかけるが思わずツッコミになっていた。
チョコは叫ぶ。ギャーギャーと。
「みんなずるいしひどいよ〜!私のために残してくれたったよかったのに〜ケチ〜!」
「だからこのコオロギがあるじゃないの」
「それを食べろといってるの姐御?!」
「し、ショックを受けないでチョコ…僕の食べかけの骨付き肉があるから…」
「もう骨だけじゃん?!ってか数日前から保管してあった肉って食べても大丈夫なの?」
「…………………………………はっ!」
「気づくの遅いよ?!」
「今日のチョコ、すげーぜー」
「全くだな。俺の出番ないじゃねえか」
「さすがソングだな。立場をとられちまうなんてよ」
元から車の中で立っていたソングには、自分の足元にいるサコツの背中を蹴りつけることが楽に出来た。
「な!何するんだよソング!骨が折れるところだったぜ!ソングの足の骨が!」
「俺の足の方かよ?!俺どこまでお前らに弱く見られてんだクソ!!」
「な〜っはっはっは!」
「笑うな!」
あちこちで騒ぎが起こる。
そしてその騒ぎに気づいたクモマは止めようと顔を突っ込むのであった。
「やめようよ。こんなくだらないことで喧嘩をするのは」
「だって私だっておなか空いてたんだよ!」
「ソングが蹴ってくるのが悪いんだぜ!」
「お前がくだらんボケをするからだ!」
全くうるさい人たちだ。…と、そのときだった。
メンバーの運命を変える事件が起こったのは。
そう、突然車が暴走し始めたのだ。
ガクンと大きく揺れ、それを初めに徐々にスピードを増し、終いには車は今までにない高い速さで走っていた。
「え?!ちょっと何なの?」
「あかん、意味分からんわ!どないしたんや!」
「この車を引いていたのってエリザベスたちだよね?何かあったのかな?」
「ま、マジでかよーエリザベスー!どうしちゃったんだ」
「いてててて、ドサクサに紛れて俺の足を踏みやがったなこのチョンマゲが!」
「小指を重点的に狙っているところがポイントだぜ」
「この野郎!狙ってやがったか!!」
「だから喧嘩は止めなって!!」
クモマが注意をしている頃、チョコは自分の役割を思い出していた。
動物と会話が出来るチョコは、動物に言葉をかけることが出来る。
それは人間の言葉ではあるが動物にも伝わるようで。だからチョコは今まで何度も動物と会話をしてきていた。
むしろ動物と会話をする時間が前までの至福の時間だった。
そういうことで、チョコは動物であるブタのエリザベスに声をかけるのだ。
「エリザベスー!一体どうしたの?何があったの?」
もめていてうるさい車内であるがチョコの甲高い声は見事外にいるエリザベスに届いたようだ。
そして返ってくる。ブヒっという声が。
その声を聞いてチョコの表情を一変していた。
「………え?」
目を真ん丸くして、虚ろになっているチョコ。しかしそれが命取りだった。
エリザベスはいくつか鳴き叫んで、ついには激しくカーブをかけるのだ。
エリザベスがそう動くので隣にいる田吾作も同じ動きへと巻き込まれる。
そんなブタたちに繋がれている車は土を掻きながら大きく弧を描く。おかげで中に居るメンバーはめちゃくちゃだ。
「「だああああ!」」
「ちょっとエリザベスー落ち着いてよー!!ってキャアアアー!!」
何かを叫んでいるエリザベスに向けてチョコが注意をするが、その直後に宙を浮いていた。
最初にエリザベスに声をかけてぼんやりとした姿になってしまったチョコは不安定に体を支えていた。そのため先ほどのカーブに影響が出たのである。
激しいカーブにチョコは大きく傾いて、頭を倒していく。
それは外へと投げ込まれていた。
チョコは車から弾き飛ばされてしまったのだ。
「きゃああああ!!」
「チョコ!!」
そんなチョコを助けようと一番近くにいたサコツが手を伸ばす。すると嬉しいことにチョコの手を掴むことが出来た、
のだが
「だああ!」
激しく右へと重力をかける車の中では上手くバランスが取れない。サコツもチョコの巻き添えになっていた。
大きく右に体を傾けて、おかげさまで右側にいたソングもそれの巻き添えだ。
ソングはサコツに押されて外へ追い出され、サコツもチョコの手を掴んだまま、3人同時に土埃の舞う地面へと体を傾けた。
「「ぎゃあああ!!」」
その場は下に水路があるため緩やかな坂があった。その坂に伴い転がり落ちる。
やがて3人は水路へと落ちていた。水が少しあったのが幸いだった。車から落ち、坂で転がり落ちたその衝撃は水が全て受け止めてくれ反動をやわらげてくれた。
しかし、そこまでの時間が長かった。
こうしている間に車との距離はどんどんと離されていく。
車の中も、投げ出された3人のことを心配している暇はなかった。
クモマもトーフもブチョウも自分にバランスを保たせるのに精一杯。
木で出来ている車にはそれなりに小さな本当に小さな隙間であるがそこに爪を引っ掛けたり、足を踏ん張ってみたりとそれぞれで工夫をしながらその場をやり過ごす。
その中でもブチョウは仁王立ちをするという素晴らしい姿を見せてくれた。
エリザベスは走る。
田舎でとてものどかな道なのにエリザベスは関係なく走る。
車の中に居るメンバーにどうしても来てもらいたい場所があるのだ。
だから急いでそこへ行こうとする。
しかし隣りで一緒に走っていた田吾作も足がついてこれなくなってしまったようで、途中で坂で足を滑らせてガクっと自分の位置をずらしてしまう。
そのため首にかけられているロープでできた首輪から首がスルリと抜けてしまい、ロープに繋がっている車には何も害を与えず田吾作だけが坂を落ちていく。
体重の軽い田吾作は大胆に転がり落ちていた。
そしてそれにぶつかるのは、水路の中から急いで駆けていた3人のうちのソングであった。
ソングは声にならぬ悲鳴をあげ、田吾作と共にまた水の中に頭をつけた。
エリザベスは走る。人数が断然減ってしまったのにそれでも走る。
来てもらいたい場所があるため走る。
エリザベスの目は今、誰よりも鋭く輝いている。
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