山があるわけでも海があるわけでもないのに、何かを削り取ったように険しく切り立っている岩の塊。
ここがヒジキが言っていた崖…"ペインクライム"
見ているだけでも背中の産毛が逆立つほど、この崖からは奇妙な気配を感じる。
いや、もしかするとこの崖の頂にある"ハナ"が作り出しているオーラがそうさせているのかもしれない。
とにかくこの崖を侮ってはならない。


「この崖上るの?きつそうだね〜」

「うん…どうやって上ればいいんだろう…?」

「鼻で上るに決まってるでしょ?」

「「いや!鼻痛いから!」」

「大丈夫よ。私は鍛えているから」

「鼻鍛えてたの姐御?!」

「さすがだなぁ…」


それなのに崖に上る前からこのお惚けっぷり。果たして大丈夫なのやら。

ハッキリ言うと、自分らが作り出す結果によってトーフの生死が決まるのだ。
気を緩めたらならないのだが、緊張しているとよりプレッシャーによって押しつぶされてしまう。
なのでブチョウはあえてボケている。それにクモマは何となく気がついた。


「さあ、頑張って"ハナ"、そして"神秘なる永遠の架け橋"を手に入れるわよ」

「うん。ってか何だいその"神秘なる永遠の架け橋"って?!」


しかし、ブチョウのボケっぷりには頭を抱えてしまう。本当にすごいよ、この人の世界って…。
それにいつもツッコミをいれているソングにもある意味尊敬していまう。頑張っているよソングも。


「んじゃ、"ハナ"を手に入れよう〜!」

「おー!」

「さあ行きなさい愚民供」

「キミも行くんだよ?!」


出だしは絶好調。
みんなでワイワイ騒ぎながら、この崖を上るためにより崖に近づく。
するとこの崖は途中まで山のようで、細い山道があることに気づく。


「あ、なーんだ。私てっきりあの高いところまで素手で上がらないといけないかと思ったよー」

「助かったね。僕もさすがに素手で頂までは上れないと思っていたし」

「私は鼻で上るからそのぐらい余裕だけど」

「そりゃキミならできるだろうけどさ!」


山道の存在にチョコとクモマがほっと緊張を和らいだ。
対してブチョウは普段通りに仁王立ちをしている。さすがだ。何か本当に余裕そうだ。


ぐずぐずしていても仕方ないし、さっさと上って"ハナ"を手に入れようということで3人は歩みだした。
細い山道を歩いて、ときどき崖の頂の存在を確認する。グルグルと崖の周りを回っているため目線が右へ左へと流れていく。

ここは本当に高いところだった。
山道も細いため、一歩踏み外せば命が無いかもしれない。
だから慎重に歩いていく。
だけどゆっくりしていたらダメだ。トーフを早く楽にしてあげるため、少々歩きを速めて、3人は上っていった。


「…しっかし、高いねー。まだ崖まで着かないよ〜?」

「本当だね。山道があって最初は安心していたけど考えてみればこの山道って怖いよね。踏み外したらお終いだ…」

「大丈夫よ。あんたは心臓が無いんだから死なないわ」

「だ、だけど僕だって体の一部が取れたりすればきっと死ぬよ…!」

「クモマもいろいろと難しいよねー」


頂上を見上げながらの会話。しかし内容はほぼ同じものだ。ここを踏み外したら死んでしまうという内容がさきほどから行き来している。
それほど皆、この崖に恐怖を抱いているのだ。

誰だって死ぬのは怖いこと。
だから、トーフのあの姿を見ると心に悲痛を感じてしまう。
早く助けてやらなければ。トーフを救ってあげなくては。

なるべく後ろを振り向いたりと目線を反らしたらならないと上を上を見て歩く。
下なんか見てしまえば、この場所の高さに足が震え、まさしく落ちてしまうであろう。
そのことを考えていたら、チョコは顔を青くしていた。


「…怖い…」


ブルっと肩を震わすチョコにブチョウは


「それだったらついてこなければよかったのよ」


呆れたっと言った表情を見せていた。それにチョコが頬を膨らませる。


「い、いやよ!私もトーフちゃんを助けてあげたいもん!」

「だけどあんた怖がってるじゃないの。怖がりなんだから来なければよかったのに」

「あ、姐御のケチぃ〜」

「…………」


ここでクモマは思った。
何で僕、女性二人と一緒にいるんだろう。と。
普通こういう危険な場には男が行かなければならないだろうに。
だけど男二人は自分から進んでトーフのところに残っていた。何かあったのだろうか?

3人は騒ぎながらも、確実に頂にある"ハナ"を目指して進んでいく。



+ + +


「……なるほど…」


そのころ男二人は、トーフの寝ているベッドにイスを並べて、本を眺めていた。
ソングが本を持ち、ふむふむ言いながらページを捲る。
サコツは字を読むことが出来ないため、ページに載っている絵と睨めっこしていた。

ソングの納得の声を聞いてサコツを身を乗り出した。


「何だ?何かすっげーことでも書いてあったのか?」


寄り添ってきたサコツにソングは表情を顰めながら身を反らす。


「近寄ってくんな。お前の声でかいから耳に響く」

「おいおいーそんなこと言うなよ。声がでかいのは元からなんだから仕方ねーだろ?まあそれはいいとして、一体何が書いてあったんだ?」


ヒジキがトーフの顔に大量に付着されている血を拭き取ってあげようと新鮮なタオルを濡らしに行っている間、二人は簡単なことでもめていた。
また大きな声を出すサコツにソングは嫌そうに目を瞑る。


「うるせえな。俺は静かに本を読みたいんだ。邪魔すんな」

「っ!!ひでーぜ!そんなこと言わなくたっていいじゃねーかよ!俺だっていろいろと知りたいんだぜ」

「だったらまずは字を読む勉強でもしていろ!」

「読めるぜ!字ぐらい読めるぜ」

「ほう。そしたら読んでみろよ。ここの部分を」

「いいぜ。読んでやるぜ……"あれくふえをぉてとふつうぃうぃてゅえ"」

「もういい。俺が悪かった。だからその奇妙な声を出すのはやめてくれ」

「な〜っはっはっは!分かればいいんだぜ分かれば」

「……クソ…っ!」


こんなバカな奴と一緒に居るのはもうイヤだと悪態ついていると、ヒジキが塗らしたタオルを大量に持って部屋に現れた。
そして二人の姿を見るとヒジキはニコリと微笑む。


「何じゃ。仲良くやっているようでよかったわい」

「これの何処が仲良くやっているように見えるんだ。俺、思い切り頭抱えていただろが」

「な〜っはっはっは!最近ソングをからかう機会がなかったから丁度よかったぜ」

「失礼だなてめえも!勝手に人を玩具のように扱うな!クソ!!」

「まあ楽しそうで何よりじゃ。そうじゃそこの銀髪の子。何かまた情報を得ることはできたかのう?」


二人の会話を聞いて楽しかったのか笑い声を漏らしながらヒジキはソングが持っている本を指差した。
訊ねられソングは短く頷いた。


「ああ。なかなか面白い本だ」

「それはよかった」

「あーずりーぞソング!俺にも何か教えてくれよ!」

「うるせえよ!字読めねえのが悪いんだろが!」

「ケチだなソングも!教えてくれねーとカンチョーするぞ!」

「カンチョーかよ!ってもう構えるな!」

「10、68、24…」

「カウントダウン始めんな!ってか数字がバラバラだぞ!」

「まあまあ、喧嘩はやめるんじゃ。…ほれ、赤髪の子に教えてやんなさいよ」

「……………てめえに教えるといろいろと疲れんだよ…」


ヒジキに促され、ソングは仕方なくおバカなサコツに本で得た情報を教えてあげることにした。
とあるページに戻して指を置き、ソングはそこの部分を読み上げた。


「ここにはこう書いてある。『この世界には大陸が3つあり、"彼女"が"種"をばら撒こうとしている大陸は団結力のある"ピンカース"のみ』」

「…ピンカース?」


サコツが何だそれ?とその一声で表すとソングはまた表情を顰めてしまった。


「はあ?お前知らねえのかよ」

「バカなのが自慢だぜ」

「そんな自慢とっとと捨ててしまえ!」

「ピンカースとはつまりこの大陸のことじゃよ」


ソングがツッコミに専念してしまったため代わりにヒジキが質問に答えていた。

そう。メンバーが今旅をしている大陸は"ピンカース"という大陸なのだ。
本に書いてあった"団結力がある"という意味はつまり村々が孤立していることを指している。
この大陸の隣の大陸は村がなくバラバラのようで、この大陸のように村が団結していないそうだ。

ピンカースは村に団結力がある分、宗教や風習が様々。
その分、余所者は入りにくいようである。現にメンバーが毎度苦戦しているのがいい例だ。

そのピンカース大陸を、"種"を作成中である"彼女"が狙っているらしい。
いや、今現在狙われているのだが。

この本に書かれている"種"とはつまり"ハナ"の原型と捕らえても過言でもない。


「はなからこの"彼女"というやつはこの大陸を狙っていたのか」

「…んーよくわかんねーけど、つまり"ハナ"が生えているのはこの大陸だけってことか?」

「さあな。だけどこの本によればそういうことだろう」

「…あんたらもいろいろと大変じゃのう。わしはもうワケ分からんわい」


ヒジキは"ハナ"にあまり関心がないようで、そのまま固まってしまった。
そんなヒジキにサコツが笑う。


「悪いぜヒジキじいちゃん!俺らいろいろと難しいことしてんだぜ」

「…俺もこんな"ハナ"に関わりたくなかった…」

「そうか、大変じゃのう……むにゃむにゃ…」

「「って、寝てる?!!」」

「おい起きろ!てめえはドラ猫の血を拭いててやれよ!!」

「あ、俺もトーフの血拭いてやるぜ」


ヒジキが立ったまま寝てしまったため、ソングが読んでいた本で頭を軽く叩き、サコツはヒジキの手に大量に乗っかっている濡れタオルを一枚抜くと早速トーフの顔に当てて血を拭いてやった。

トーフは寝ている。両目から血は出ているが、幸せそうに眠っている。
その寝顔を見てサコツは無意識に微笑んでいた。




+ + +



まだまだ山道は続く。
細い道を遮るように岩があったり、草がボウボウと生えていたりとメンバーの邪魔をしている。
それを何とか避けて前へ進んでいく。


「………結構歩いたねぇ〜…もう疲れたぁ…」

「うん、そうだね。何だか目が回ってくるよ」

「そうね、目が回るわ」

「って、そんなバレリーナみたいに回っていたら誰だって目が回るよ!無意味に回らないで!落ちたらどうするんだい?!」


可笑しいブチョウにツッコミをいれてクモマは一息ついた。
本当に疲れてきた。
それなのにまだ崖下まで行けていない。早くしなければならないのに何ていうことなのだろう。

そうやってクモマが地面を睨んでいたときだった。
ブチョウが、あ、と声をあげたのだ。


「そうだった。私そういえば」


    飛べたんだったわ。




「「そうだったー!!」」


本当にすっかり忘れていた。
そういえばブチョウは鳥人であって白ハトだ。
なので空を飛べるのだ。

もっと早く気づけばよかった。


「ブチョウ!お願いだから空を飛んで頂まで行ってくれないかい?」

「しょうがないわね。ショウガくれたら行ってあげてもいいわよ」

「え?!それダジャレ?!」


ブチョウはそうやってふざけていたが、自分の素晴らしい能力に気づいて少し嬉しそうにしていた。
空を飛べるのならもうこっちのもんだ。
早々と頂までいけて楽に"ハナ"をとることができる。

白ハトは暗雲に包まれている空を駆けた。


「ブチョウ、お願いするよ」

「姐御、頑張れー!!」


白ハトは飛翔する。
薄暗い世界を舞台に白ハトは存在を大きくしながら上へ上がる。
そのため、目立つブチョウは標的の的だった。



そして、刹那のことだった。

大きな音が鳴ったと思うと、空を唯一明るくさせていた白が突然赤に染まりあがったのだ。
血を流しながらブチョウが落下していく。



「きゃあああ?!姐御おお?!」


まさか信じられない。

こんなところで会ってしまうとは何て不運なんだ。



自分らの目の前には、銃口のような手から一本の大きな煙を立てている魔物が、ヒドイ形相でこちらに威嚇していた。










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ソングは、本を読みたかった。
サコツは、トーフの看病してあげたかった。

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