暗闇から白ハトが落ちてくる。
軽い白ハトは風によって落下地点を変えながら高度を低くしていく。
それを足の速いチョコが何とか受け止めた。


「姐御!」


白ハトであるブチョウは腹部から血を流していた。白い体が赤く染まっている。
あのブチョウが油断して敵襲を受けてしまったのだ。驚いた。
不死身と言っても過言ではない人間離れをしているブチョウを傷つけることが出来るなんて、今回の敵は侮れない。
傷口を自分の羽毛で塞いで血を懸命に止めようとしているブチョウの姿にチョコはまた泪を作った。


「姐御〜ゴメンね。魔物の存在に気づかなくて…」

「……いいわよ…。しかし油断したわ…まさか撃たれるなんて」


ブチョウも怪我したことが信じられないようだ。悔しそうに悪態をついている。
チョコが手の甲で泪を拭っている、そのとき、銃声の大きな音が響いた。


「…驚いたなぁ…急に撃ってくるなんて」


クモマの真横の空気を抉った銃弾は空の彼方へ飛んでいき、クモマはそれを撃った魔物に向けて目を見開いていた。
魔物は1体だけだが、片手は銃砲、もう片手が鋭く尖った爪と、見る限り厄介そうな敵だ。

戦闘を難なく出来るブチョウが負傷してしまった今、戦うことが出来るのはクモマだけ。そのため動かないわけにはいかなかった。


「戦うしかないか…」


チラッと後ろにいるチョコと白ハトのブチョウを見る。二人はクモマの背中にエールを送っていた。
クモマはそれに気づき、無言の声援に答えることにした。


「行くよ…!」


戦闘時はやけに動きが俊敏になるクモマは真っ先に魔物の脇元狙って走る。
こいつを倒さなければ頂まで行けない!心を鬼にしてクモマは戦闘に突っ走った。


「クモマ!」

「たぬ〜無理しなくてもいいわよ。私がやるから」

「ダメよ!姐御は今怪我しているんだから!」

「軽傷よこのぐらい。怪我口に鼻水つけてれば治るわよ」

「お願いだからそれで治らないで!ここはクモマに治癒してもらおうよ」

「ったくしょうがないわね。ショウガくれたら考えてあげてもいいわよ」

「え?!そのダジャレお気に入りなの?!」


「危ないよ二人とも!」


クモマの声が割り込んできて、二人は今の状況を思い出した。
今クモマが自分たちのために魔物と戦ってくれているのだ。


「クモマ、気をつけて!」


チョコの声援にクモマは何もこたえなかった。だけど心の中では頷いていた。
魔物の激しい銃撃が乱射され、クモマは身を低くしながら魔物の動きを止めようと詰め寄る。
しかし鋭い爪が彼を襲う。
避けたのだが魔物の爪は空気を削ってクモマの服も削ってた。
そのため上着の裾が切れてしまった。


「っ!」

『なぜこの崖に来た?』


威圧のある声が耳元で聞こえ、そちらを振り向くと魔物が大きな口を横の広げていた。
大きな牙が口元から見える。


『お前らラフメーカーだろ?"ハナ"を採りにきたのか』

「そうだよ」


あまりにも近い場所に居る魔物から離れるためにクモマは後ろへ飛んで間合いを取る。
しかし、ここは狭い場所。あまり大胆に動くと落ちてしまう。

少し距離が出来たところでクモマは再度口を開く。


「"ハナ"を採ってトーフを助けるんだ」

『トーフ?…あぁ、あの化け猫のことか』

「化け猫じゃない!トーフはトーフだよ!」

『ふゃはは!あれはどう見たって普通じゃねえだろ。あいつからは"匂い"がするからな!』

「……匂い…?」


思わず眉を寄せるクモマに魔物は銃砲を向ける。


『あいつはただ者じゃねえ。"あいつらと同じ匂いがする"。きっとあいつらの誰かから何かを授かったんだろう』


言っている意味が分からなかった。

 あいつらって…誰?
そう訊ねようとしたが魔物はまだ口を閉じない。


『どのみち化け猫は永くない命だ。それを引き伸ばしてお前らに何の利益があるんだ。呪いが移ってしまうかもしれないんだぞ』


好き勝手にものをいいやがって。


「そんなのことないよ。僕らはトーフの仲間だもの。生かせていて利益はあるよ」

『ふゃはは。何だその利益というものは?』

「それは、トーフが生きているという喜びだよ」

『…!!』

「「…!」」


思わず言葉を詰まらせる魔物と後ろの女性二人に向けてクモマは意見を主張する。


「トーフは僕に助けてって言ってきたんだ。生きて僕たちと一緒に旅を続けたいといったから僕はトーフを必ず助けてあげようと思ったんだ。そしてトーフは全く悪い子じゃない。人々の笑顔がもらいたい純情な猫なだけだよ。だから僕はそんな猫に笑顔を託したいんだ」

「クモマ…」

「トーフに笑顔を見せるため、そしてトーフの笑顔を見るために僕らは"ハナ"を採らなくちゃならないんだ。だから邪魔しないでくれないかい?」


クモマの精一杯の主張が終わり、暫く暗雲から来る冷たい風がその場を煽るだけだった。
チョコは泪を呑んでいる。泣かないように、だけど不意に零れてきてそれを皆に気づかれないようにそっと拭う。
ブチョウもチョコから離れると白ハトから人間の姿に戻る。
わき腹から血が少しまだ出ていて純白のマントと足元をぬらしている。

瞬時の沈黙をやがて魔物が破った。豪快な笑い声を出して。


『ふゃははは!ふざけやがって!化け猫なんて死なせとけ!元々死んでいるものなんだから!』


失礼なことを言う魔物にクモマも反論するため声を張る。


「違う!トーフは現に生きている!」

『黙れ!!』


魔物がそう叫んだ瞬間、肩が猛烈に痛くなった。
向けていた銃砲から弾が飛んできたようだ。
それはクモマの肩に入り血を道連れにして出て行く。


「うっ!!」


銃弾に肩を貫かれてクモマは足を崩した。
肩から出る血を懸命に抑えようとするが血はドクドクと出てくる。
しかし、大丈夫だ。クモマは動けた。


「………笑えないね…」


肩を押さえ下から魔物を睨みつけたクモマはゆっくりと足を起こさせる。
それを見て魔物が口元を吊り上げる。


『何だ。まだ戦う気なのか?丈夫だなふゃはは!』

「………」


魔物が馬鹿笑いしている声が響き、場の空気が歪んだ。
しかしその直後のことだった。
魔物の笑い声が突如悲鳴に変わったのだ。


「……うるさいんだよ……」


鈍い音、悲鳴、そして土煙が立つ。
チョコたちのところまで煙がやってくるのでせき込んでいると、やがて煙が晴れてきた。
そして見て驚いた。


「クモマ…」


地面に顔を沈めている魔物の上にクモマが乗っている。
あの時、怒りが頂点に達したのだろうか、クモマは躊躇いもなく魔物を地面に埋めたのだ。

クモマはじっと、足元にいる魔物を睨んでいる。


「…時間が無いんだよ。僕たちの邪魔をしないで」


囁くように小さな声を出すクモマにチョコが何を思ったのか不意に近づいてきた。


「…クモマ、逃げよう…」


チョコは心配だった。
穴を開けられているクモマの肩のことが。そこから血がわんさか出ているのでいてもたってもいられなくなったのだ。
だからクモマの元へ行く。


「チョコ?!」


フラフラっとクモマの元へ行こうとしているチョコにブチョウが声を張る。
しかし、遅かった。

気づいたときにはチョコは崩れていたのだから。


「きゃあ!」


銃砲と共に身を倒したチョコはふくらはぎを押さえて、もがいていた。





+ + +


「………………」


サコツとヒジキがトーフの顔を拭いてあげているとき、ソングは本を読んでいた。
本の虫の如くソングは本に夢中になっている。


「おい、ソング。そんなに本って面白いのか?」


不意に気になってサコツが訊ねるがソングは言葉を返さない。
言葉が耳に入っていないようだ。


「俺、本とか全然興味ねえし、ソングの気持ちが分からないぜ」

「…」

「やっぱ俺は昔から元気いっぱい外で遊んでいたからなー」

「……」

「勉強とか一切したことないぜ!だから全くわかんねーぜー」

「………」

「勉強熱心で何よりだぜソング!な〜っはっは………」

「…………」

「………ソングって絶対引きこもりだったな」

「うるせえぞチョンマゲ」

「?!」


その後ソングの長い足に蹴りを入れられたサコツは隣にいたヒジキを巻き込みながら豪快に倒れ込んでいた。



+ + +



「だ、大丈夫…かすっただけだから…」


長い桜色の髪が地面に模様を描くほどチョコは大胆にもがいていた。
本人はそう言って周りに迷惑かけないようにしているつもりだが、そのもがき様と大量の汗、そして血の量…ブチョウ並の怪我をしてしまったようだ。


「全く、無理するから…!」


苦しんでいるチョコの元にブチョウが大きなため息を吐きながらやってくる。
彼女も腹部を怪我しているはずだが、もう慣れたようだ。さすが。
対してチョコは、トークの村を除いて一度も怪我をしたことがないため苦痛には慣れていなかった。足が痛くてとにかくもがき苦しんでいる。


「………つぅ…!」

「ほら、言わんこっちゃないわ」

「…ゴメンね…」


大量の汗をかきながら謝るチョコにブチョウはまたため息をつく。
しかし油断は禁物だった。


「っ!」


また銃砲が鳴る。
それは空振りしたが音に反応してブチョウはチョコを抱き起こしていた。
逃げの態勢に入っているのだ。


『…頂まで行かしてやるか…』


魔物が銃砲をブチョウに向けている。
そんな魔物の上に乗っているクモマが奴の頭を蹴ろうとするが、振り落とされてしまった。
クモマがバランス崩して倒れているとき、魔物は鋭い爪を振り回しながらブチョウらの元へ駆けていた。


「きゃあ!」

「っ!」

『覚悟だー!!』



魔物の爪は幾つにも振り下ろされる。
猫が引っ掻くときのように片方の手を乱暴に扱って、目の前の者を斬り付ける。
黒髪が大きく揺れた。


「……往生際の悪い奴だね…」


魔物に切りつけられると思って悲鳴を上げるチョコと彼女を白マントで庇うブチョウ。
そしてブチョウは見た。自分らの目の前に立つ、黒髪の少年の姿を。


「たぬ〜?!」


何とブチョウたちを庇ったのはクモマだった。
クモマは現在魔物の鋭い爪を手のひらに収めている。
そのため手のひらからは血が出ている。先ほど魔物が繰り出していた爪の攻撃も全てクモマに当たっていて、傷をつけられていたようだ。

攻撃を止められてしまった魔物だが、勝ち誇った顔をして嘲笑している。


『ふゃははは!バカめ!自分から喰らいに来たか!』

「……」

『こんなにも血まみれになってバカな奴だ!苦しいだろ?ああん?』

「………」

『苦しくて痛くてもう口も利けないか?愚かな奴だふゃははは!』


目の前で動かないクモマ。ブチョウもそれには戸惑った。
クモマはブチョウらを庇うために身を犠牲にしてしまった。
そしてこの結果。魔物の爪に体を傷つけられ、動けない。

と、思ったが



「全然痛くないよ」



クモマはケロリといつもの口調でそう言ったのだ。
それから掴んでいた魔物の爪を手のひらで押しつぶして砕き、そのまま魔物をひっくり返す。


「たぬ〜!」

「え!クモマ?!」


女性二人が驚きの拍子に声を上げていると
再度動けないように魔物を踏み潰したクモマがこちらに顔を向けてきた。

クモマの体はボロボロだった。
だけれどいつも通りにしている。


「…あんた、体大丈夫なの?」

「そ、そうよ!あーこんなに怪我しちゃって…無茶しすぎだよ〜!見ていて痛いから早く治療しちゃってよ!」

「あ、僕は大丈夫だからまずチョコたちから治療してあげるよ」

「何言ってんのよ。さっさと自分と治療しなさい」

「本当に大丈夫だから」


足元にいる魔物をより踏みにじり完璧に地面に食い込ませると、クモマはそこから降り地面に立つ。
そのときの拍子に血は出たもの、平気そうだった。
それなのでチョコが問う。


「どうして大丈夫なの?大丈夫なはずないじゃん」


ふくらはぎの傷口から血は出ていないものの立つのに精一杯の様子のチョコに問われ、クモマ



「僕、もう痛み感じないんだ」




そう言って、つらそうに笑っていた。










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