+ + +


「おいおいおいー。いつまで本読んでるんだ?」


いつまでたっても本から顔を離さないソングにサコツがさっきのお返しだと軽い蹴りを入れながら訊ねる。
それにソングが更にやり返す。
長い足は見事サコツの腰に食い込む。


「うるせえ。今、いいところなんだ」


ソングはサコツの顔を見ず本ばかりに集中している。
腰に蹴りを入れられたサコツは声に出さずに悲鳴をあげ、またヒジキを巻き込みながら倒れ込んだ。


「はぶぁ!」

「イテ……な〜っはっはっは!俺はこんなことではくたばらないぜ!」

「さっさとくたばれ!お前がうるさくて本に集中できねえだろ!」

「だから本を読んでいないでトーフの看病してやれよ」

「俺はそういうのは苦手なんだ」

「…お前がよくわからないぜソング…」


元気に笑いながら立ち上がるサコツの足元には巻き込まれたヒジキが悲しく倒れていた。
しかし、ヒジキはそれ以来動かない。ピクリとも動かないためサコツ、不審に思った。


「ん?ヒジキじいちゃん動かないぜ?」


サコツの疑問の声に、ソングがようやく顔を上げた。
しかしその現場を見た途端、本を閉じ目の前の状況に集中した。


「おい!お前何したんだ」

「お、俺は何もしてないぜ!ただ、蹴られた勢いでヒジキじいちゃんを巻き込んだぐらいで…」

「それが悪い」

「な…!!ソングが俺を倒したのが悪いじゃねえかよ!」

「失礼な!俺はお前を黙らせようと蹴りを入れただけだ!お前が倒れるのが悪い!」

「んだよー!俺のせいかよ!……ってかヒジキじいちゃん」

「「死んだのか?!」」


こんなにも騒いでいるのにヒジキは動かず、シンとしている。
そのため、不吉を悟った二人は思わず同音を叫んでいた。

本当に動かない。
まさか…死んだ…?


「やべーぜ…!ヒジキじいちゃん死んじゃったのか?」

「わ、分からん…。とにかくこのままだとヤバイだろ」

「どっかに隠さないと!!」

「死体を隠すのは基本中の基本だ!チョンマゲ、誰にも気づかれないような場所に死体を!」

「……すまねえヒジキじいちゃん!」


動かないヒジキを抱きかかえサコツは辺りを見渡す。
しかし隠せそうな場所が無い。


「…しまったぜ!どこも隠せそうにないぜ!」

「どうにかして隠せ!」

「……………ご、ゴミ箱の中に…」

「タチ悪ぃよ!!やめろ!」

「そ、それじゃあ…その本が入っていた本棚の隙間に」

「入ったらキモイだろ!やめろ!!」

「チクショー!それじゃどこに隠せばいいんだ!」

「……………ワイの……ベッドの中……入れい……」


その場に息づきと共に言葉を発する声が聞こえた。
それはトーフだ。ずっと眠っていたトーフがようやく目を覚ましたようだ。


「トーフ!」

「おい、ドラ猫。大丈夫なのか?」


男二人から心配色で見つめられるトーフは、目から鼻から口から血を流していて、顔中が真っ赤になっている。
しかし言葉を発したところから彼は今元気のようだ。


「……今のとこ…無事やねん………何か…あんたらの…声、…会話…聞いてたら………結構…心が落ち着いたわ……」

「「…」」


声は消えかけているがトーフは確かにそう言っていた。
トーフの声、そして言葉を聞いて二人は目を見開き、そして無意識に細めた。
サコツが口を開く。


「そっか。それはよかったぜ」

「……ああ……そや…あんたが持っとる…そん…死体は……」


トーフは体が動かないため目だけでサコツの腕の中のヒジキを指し、二人もその存在を思い出す。


「そうだったぜ!実はヒジキじいちゃんが全く動かないんだぜ!」

「もしかしたら死んでしまったのかもしれない」

「……そか……それなら…ここに…死体を隠す…んや」


そしてトーフはまた視線だけで場所を指した。そこはトーフの布団の中。
トーフは布団の中にヒジキを隠せと言っているのだ。


「…トーフ…」

「………人はな…人生に一度ぐらい…こないな…失敗…あるもんや……せやから…気にすること…ないで…」

「……ああ」

「…ワイも…協力したるで……はよ隠すんや…」

「恩にきるぜトーフ!」


トーフに助けの手を差し伸べられ、ありがたく受け取るサコツ。
しかし、そのときであった。


「………はっ!!」


ヒジキがビクンと足を跳ねさせ、大きく反応したのだ。
突然のヒジキの動きに声にならぬ悲鳴を上げる二人。


「…ひ、ヒジキじいちゃん…?」

「生きていたのか…?」


まだサコツの腕の中にいるヒジキにソングは問いかけたが、ヒジキは先ほどまで一体何があったのか分かっていない様子で辺りをキョロキョロ見渡している。
それからヒジキは答えた。


「…あ…寝てた…」

「「寝てたのかよ?!」」


あのときサコツに巻き込まれて地面に顔をつけたヒジキは、何故かそのまま眠りについていたようだ。
そんなヒジキに全員でツッコミをいれ、その場は大きく揺れた。

それから呆れたっと言った表情を作ってソングはまた読書に励むのだった。


って、何していたんでしょう?この人たち…。



+ + +



「…無理しないでもいいんだよクモマ…」

「そうよ。あんたは今こんなにもボロボロなのよ。それなのに崖に登るなんて…」

「私、足を負傷しているだけだし、このぐらいの崖登れるよ?」

「私もハトの姿になればまた空を飛べると思うわ。怪我したのは腹なんだし」

「だから、クモマはここで大人しくしていてよ」


ここは奇妙な崖"ペインクライム"。
その崖の足元には怪我をしている3人の姿があった。

その中で一番深い傷を負っているクモマにチョコもブチョウも心配の眼差しを送る。
しかしクモマは首を振るのだった。


「いや、怪我をしているのは皆同じじゃないか」

「だ、だけど!クモマはこんなにひどい傷負ってるのよ?」

「それなのにあんた、この崖を登る気なの?」


涙目で訴えるチョコと凛々しく眉を吊り上げているブチョウ。
そして、敵襲により体に深い傷を負っているクモマ。

その彼が今、崖を登ろうとしている。


「うん。大丈夫だよ。僕はこの傷、痛くないから」

「そういう問題じゃないよ…!」

「あんた、無理しちゃダメよ。痛くないとしても体がついていけなくなるわよ」

「大げさだよブチョウ。僕は本当に大丈夫なんだから」

「………そしたら、あんた…」


へへらと笑みを浮かべているクモマにブチョウはキッと睨み返して言い放つ。




「どうして回復魔法が使えなくなっているのよ?」





そう。
実はクモマは今現在、回復魔法が使えなくなっているのだ。
何故なのかは分からない。
だけどチョコの足やブチョウの腹の怪我の治療をしようとしても彼の手からは優しい黄色の光が燈らなかったのだ。
おかげで彼は自分の体も彼女らの体も治癒することが出来ない。

癒しの力が使えなくなってしまったのだ。


そのため、傷ついた体のまま、ついに崖のふもとまでやってきたのだった。



「……ゴメンね。自分でもよくわからないんだ。前までは使えたのに…」

「クモマ、きっと疲れているのよ。休めばまた使えるようになるよ」

「…うん…」


目に元気の無いクモマにチョコがそう元気付ける。
しかし、回復魔法が使えない今、彼は酷く苦しみを感じでいた。


 最近、自分の体の様子がおかしい、ということに気づいた。

 ロボの村から痛みを感じなくなってしまい、
 今回では回復魔法も使えなくなってしまっている。

 これは一体、何の前触れなのだ?



「それじゃあ僕は今から"ハナ"を採りに行くよ」

「クモマ!」

「…もう…勝手にしなさい」


どんなに心配されようと、クモマは体に痛みを感じないため1人で突っ走る。
何ともないように体を普段通りに動かしてから崖に手をかけるクモマにチョコが名前を呼んで止めようとするがブチョウに止められてしまった。

ブチョウの呆れたと言わんばかりの力の無い声にクモマはありがとうと頷いて、崖の岩垣に手を入れる。


「…無理しないでね!痛くなったらすぐに降りてきてよー!」


語尾は怒鳴り声みたいに力入ったチョコの声にクモマは無言で応答し、隙間に足をいれて、一歩一歩丁寧に崖を登っていった。

 痛くなったらすぐに降りてきて…って

 痛みを感じない僕には、いらない言葉だよ。




+ +


クモマは登っていく。崖をよじ登っていく。
下から眼差しを感じる。きっとチョコとブチョウが熱く応援をしてくれているのだろう。
ガシガシとまるで何度かこの崖を登ったことがあるかのようにクモマは平然と登っていっていた。


「……頂に近づくたび…風が強くなる…」


独り言を吐いて、自分の頬に感じる風に汗をかく。
空気も薄い気がする。そして冷たい感触も感じる。
一度だけ、掴んでいた手が滑って手に摩擦を起こしてしまったが、痛くはなかった。


冷たい感触は感じることは出来るのに、痛みは感じとれない。
なんて矛盾している体なのだろう。


自分の体に疑問を描きながら登っていたら、いつの間にこんなに登ったのだろう。
あんな大きな崖だったのにもう真ん中までやってきていた。
足は短いものの、適したルートを辿っているのか、一度も苦戦することなくここまでやってこれた。


「寒いなぁ…」


今日は天気の悪い日。青い空が暗雲に覆われていて、だけど雨は降っていない。
昨日降ったためこれから先また雨は降らないだろう。
しかし昨日のせいで気温はぐっと下がってしまっている。
痛みを感じない体でも気温ぐらいは感じ取ることが出来た。
本当に矛盾しているこの体。

寒いけれどここでくたばってはならない。
自分には大きな使命があるから。

"ハナ"を採るという使命が。

チョコもブチョウも自分がしっかりしていなかったから怪我してしまったのだ。
だから彼女たちの分、自分が頑張らなくては。

回復魔法が使えなくなった分、その罪を償わなければ。

そのためクモマは手を足を止めることはなかった。


「…あと…少しだ…」



見上げて見ると、視界に岩色以外の色を映すことが出来た。
もう頂の目前までやってきたのだ。
ここまで来たらチョコたちには自分の姿は見えないだろう。
見えたとしても黒い粒の存在。

あと少し。
あと少しで、崖の頂に手を伸ばすことが出来る。
トーフの呪いを抑えることの出来る力を秘めている"ハナ"を手に入れることが出来る。


これさえ手に入れば、トーフに笑顔を見せることができる。


「…」


クモマは無言でよじ登る。
しかし表情は喜んでいた。口元が歪んでいる。

そして、自分の視界も大きく歪む。



「あっ?!」


クモマは揺れた。
ここまで来て不運なことに大風が吹いてきたのだ。
まるで崖が暗雲に「強い風を送れ」と命令したかのように、本当にいいタイミングで風が吹いてきた。
そしてこちら側としてみれば本当に悪いタイミングの風だった。


小さなクモマは風に遊ばれ体が浮いてしまった。
せっかくここまで登ってきたのに、崖から手が離れ、無駄に空を掴んで、足もどこかに引っ掛けようと伸ばす。

しかし全て空振りするばかり。


そしてクモマは崖から落ちてしまってた。










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