真っ暗なこの場所で、メンバーは昔失ってしまった愛しい人と会っていた。
抱き合うという簡単な仕草であるが、嬉しさを表現するには最も適した行動だ。
まさにそれを全員がやってみせている。
トーフを除いて。
「みんな、会いたい人にあっとるんやな」
メンバーを見ると、皆嬉しそうに微笑んでいた。感情を抑えきれずに泪を流している奴もいる。
そんなメンバーを見てトーフも微笑む。
自分の元には『会いたい人』が現れていないが、トーフは皆の笑顔を見るだけで十分幸せであった。
「ええ顔してるやないか。やっぱええもんやな。笑顔っちゅうもんは」
相手のいないトーフは今、1人だった。
愛しい死人と抱き合っているメンバーには聞こえないがトーフは言い続けた。
小さな口を縦横動かす。
「羨ましいわ。人々の笑顔、やっぱええわ………」
目を細めるトーフ、その目線の先にはやはりメンバーがいた。
体全体で嬉しさを表現しているメンバーの姿をトーフは本当に羨ましく眺め、そして戯言を吐いた。
「ワイにもあんな笑顔を…」
まだ言葉の途中であったがトーフはそこで口を開くのをやめて慌てて口を押さえていた。
さっきの言葉は無意識に出てきたものだったらしく、トーフはそれに後悔していた。
なぜトーフが慌てていたのか分からない。
だけどそれ以後のトーフの顔色は優れていなかった。目を閉じて心を落ち着かせているように見える。
『笑顔』…
『笑い』…
1つ深呼吸。頭に新鮮な空気を入れて、気持ちを入れ替えよう。
そしてトーフは普段どおりに戻った。
金色の目を開いて、またメンバーを眺めていた。
+ + +
「一体どういうことなの?ヒヨリもジュンもあのとき死んだんじゃなかったの?」
再びメンバーを眺めているトーフの上空を舞っているのは白いハトと黄色いカナリヤと黒いカラス。
白ハトのブチョウがカナリヤのヒヨリに向けて訊ねていた。
するとヒヨリはあの頃と同じように惚けてきた。
「ん〜?私な〜んにも知らないよ〜?」
「何、見えるウソ言ってるのよ。さっさと答えたらどうなの?」
「だって本当に知らないんだもん〜!」
ムっと口先を尖らすヒヨリ。この行動は1年前と変わっていない。
幼稚並のヒヨリの口調が懐かしくてブチョウはそれだけでも満足だった。
だけど聞きたいことは山ほどある。
だから聞きたいのだ。答えて欲しいのだ。
「何よ。私には教えないわけ?……あ、まさかあんたら生き返ったの?」
「そうじゃないよ。私はあのとき死んじゃったもん…」
「…っ」
先ほどまで元気一杯だったのに、突然ヒヨリは下を向いてしまった。
そのヒヨリの行動と言葉にブチョウも喉を詰まらせた。
あのときの無残な光景を思い出し、泪を堪える。
村が大変なことになっていると知らずに、黒ずくめのオカマと取引をしていて、結局誰も救うことが出来なかった。
大切な親友二人の命を失い、大切な王の姿も失い…。
「…ゴメンね。ヒヨリ、ジュン」
そっとブチョウは口を動かした。
懺悔の言葉にヒヨリは首を横に振り否定すると思いきや、彼女は首を縦に振って肯定してきたのだ。
「ホントだよ!何してたのブチョウ?私あの時ブチョウがいなくて…心寂しかったんだよ?」
「…ヒヨリ…」
「ジュンだってそう。あの時以来"声"が出ないなって思っていたら、ブチョウが使っていたんだね。ジュンの声を」
「…うん」
先ほどからジュンが口を開かない理由、それは彼女の中には今"声"が入っていないからだ。
ジュンの声はブチョウにあげていたため今彼女には声がない。
だから口を開かず黙って二人の談話を見届けていたのだ。
ブチョウに確認を取り全てを知ることが出来たヒヨリはまた口を尖らせていた。
するとジュンの声が響いた。ブチョウの喉から出てくる声はジュンの声。
「ゴメンね二人とも。あのときの私、どうかしてたのよ…彼のことしか考えていなくて自分のことも皆のことも考えていなかった」
「もう謝ることないよブチョウ〜。私怒っていないから」
「え?」
ずっと口を尖らせているからてっきり怒っているのだと思っていた。
今見てみるとヒヨリは口を大きく開けて、元気よく笑ってた。
「私、ブチョウのこと大好きだから怒らないもん!ジュンだってそう言っているよ。私たちブチョウが助けてくれるって信じてたから、ブチョウがまたコートのある小屋へ来てくれると信じてたから私たちはあそこへ行くことが出来たんだよ。だからもう謝らないでよ」
「…」
「そりゃあブチョウのあの美しい声が聞けないことはちょっと寂しいけど、だけどジュンの声も似合ってるよ。いい声だね」
ヒヨリは無邪気にそう言って、ブチョウの心を震わせた。
自分が早く助けに来なかったから二人は死んでしまったのに、二人はまるでブチョウを怨んでいない。
なんて優しいのだろう。
なんて恋しいのだろう。
なんて…いい友なのだろう。
「ありがとう…そう言ってもらえると…嬉しいわ」
この声になって初めて褒められて、ジュンの声を褒めてもらえて、ブチョウは本当に嬉しかった。
ヒヨリがしてみせた笑顔のように、ブチョウも無邪気に微笑んでいた。
+ + +
愛しい彼女の柔らかい体を堪能しているソングはずっと下手な笑顔を作っていた。
目からは泪を流さない。
彼女にもう泪を見せたくないから。
暫く抱き合って、それからまた顔を見たくなって体を少し離す。
するとすぐにメロディが声を上げてきた。
「ソング、髪切っちゃったんだね?」
言われてソングも髪のことを思い出した。
そういえば、"銀"を大切に扱っていたあの異常な村…シルバーの村で、自分は髪を切っていたな、ということを。
メロディの幻が見えたあの場所を去った後に髪を切ったため、メロディにはこの短髪を見せるのは初めてだった。
キョトンと子犬のように目を丸くしているメロディを見てソングは思わず顔を赤くしてしまい、目線を外した。
「あぁ。いろいろあって切ってしまったんだ」
「いいじゃんその髪型!サッパリしていてカッコいい!!」
メロディは褒め上手だ。
面と向かってカッコいいと言われてしまい、ソングは顔を合わせることが出来なくなっていた。
しかしメロディは積極的に会話を弾ませる。
…というか、からかっているというか。
「おりゃーツンツン頭ー!」
「お、おいやめろ!俺だって好きでこんな髪型してんじゃねーんだぞ!」
「あはは!髪の毛グシャグシャにしてやる〜」
「コラ何しやがる?!クソ!」
「きゃー何よ八つ当たり?私の髪までクシャクシャにしないでよー!バカー」
「バカはどっちだこのバカ!久々だからって何をしても許されると思ってんのかよ」
「な、何よ!久々だからそういうところは甘く見てくれたっていいじゃないの!この無愛想野郎!可愛げないんだから!」
「っ!こいつ…!!可愛げないのはてめえの方だろが!」
「きゃー!また私の髪いじるー!私もしてやるー!」
「やられたらやり返すのは常識だ………あっ」
お互いの頭をクシャクシャにいじっていた二人であったが、ピタっとソングの動きが止まったのでメロディもいじるのをやめた。
一体どうしたのかと顔を覗きこんでくるメロディ。
するとソングは突然メロディの左腕を掴んだ。短くメロディは悲鳴を上げる。
メロディの腕を掴んだソングの目線はメロディの左手の薬指にあった。
「お前…それ…」
そこにあるのはチラリと輝く眩い光。
そう、あのときプレゼントした指輪だ。
存在を思い出し、メロディもえへへと笑って見せた。
「うん。婚約指輪。ありがとうソング。これもらって私嬉しかったよ」
この指輪を見てソングは、目の前にいる彼女は本物だと確信した。
指輪に触れて優しく微笑むメロディがこのときとても大きな存在に見えた。
お前と、もっと、一緒にいたかった。
ソングは抱いた。目の前の彼女を。
今まで溜め込んでいた愛情を今精一杯注ぎこむ。
「ありがとね、ソング」
メロディも一筋の泪を流して、そう応答してた。
+ + +
手を伸ばしてウナジの背中に触れてみると、そこには大きな傷があるのがわかる。
傷のある場所には本来なければならないものがあったはず。だけどそれはもぎ取られてしまい、今はもうない。
サコツは自分と同じ場所にある傷跡に泪を流していた。
「あのときはゴメン。俺、母さんを助けることができなかった…」
赤く染まっていく母の姿にサコツは助けることが出来なかった。
しかしそんな昔の出来事ウナジは気にしていない。
「な〜っはっはっは!気にするなって。もう終わったことよ。それよりあたしはあんたが元気そうにしていることが嬉しいよ」
「…」
ウナジは陽気に笑い声を上げる。
「あんた、仲間がたくさん出来たみたいだね!あたしゃそれが嬉しくて嬉しくて…。あのころのあんたは友達を作りたくても作れなかったからね。でも今は大丈夫そうでよかったわ」
「あぁ。みんないい奴らで俺幸せだぜ」
「そうね。ってか自分で自分の羽をもぎ取るなんて」
「…あぁ…だけどもう悪魔の力出ないし、俺このまま生きていくよ」
抱き合い、昔の傷に泪を流して、サコツはそう誓った。
抱き合っているため顔を見せることは出来ないが、ウナジは微笑んでいた。
「あんたは優しい子だから大丈夫よ。これからも頑張っていきなさいね」
母親らしい励ましの言葉に、サコツも頷く。
白い翼はもうないけどウナジはサコツにとっては最高の天使だった。
だから心から愛した。
7年前と変わらない母の温もりにサコツは止まることなく泪を流し続けた。
+ + +
トーフは、それぞれの始終を見ていた。
愛すべき人が目の前にいないトーフはずっとメンバーを眺めていたのだが
「久々の再開を邪魔して悪いんやけど」
最も自分の近くにいて、そして一度顔を合わせて会話をしたことのある人物へトーフはそう話しかけていた。
それはメロディ。
メロディにはエミの村でお世話になったのだ。そのため実はトーフもメロディとまた会えて嬉しかった。
メロディもトーフの存在に気づくと、「トラちゃん!」と懐かしい響きを奏でた。
「お久しぶりだねトラちゃん。元気だった?」
「ワイはいつも元気やで。むしろ今まで一度も体調崩したことあらへん」
「それすごいね!」
「んで、何のようだ?」
突然割り込んできたトーフに不機嫌そうに声を掛けるのはソング。
目の辺りを顰めているソングを見てトーフは慌てて本題に入る。
「そうそう。ワイ、聞きたいことあるんや。メロディさんに」
「え?私?」
目を丸くするメロディにトーフは頷いて、そのまま質問した。
真剣な目を作って。
「ここは一体何なんや?どないして死人のあんたらが出てきた?」
その質問を聞いたメロディ、軽やかに笑い声を上げていた。
「あはは!そうだよね。突然私たちが出てきてビックリだよね、ゴメンね」
そしてメロディは、答えてくれた。
ゆっくりと口を動かして、正確にこう言った。
「ここはね、村じゃなくてそういう地帯なの。だけど"村"と呼んでいるみたいよ。ここの名称は"夢のような村"、別名で…」
「…」
「"死人に会える村"とも言うんだよ」
死人の皆は常に優しく微笑んでいる。
正体を教えてもらい、トーフはこの地帯の存在にただただ唖然としていた。
死人と会えるなんて、確かに夢のような…。
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