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これは今から5年ほど前のとある村での話だ。
そのまた5年前に「神」と名乗った男に心臓を取られてしまった少年がそこにいた。

少年は心臓をとられてしまっていたが、何故か生きていた。
「神」と名乗った男…いわゆる『自称神』が少年の心臓をどこかで預かっているらしい。
そのためか、少年は今までに何度か死に陥られそうになったが、生きていた。
心臓が別の場所で動いているため、心身傷ついても平気だった。

病気などをしたことのない少年は、病院に行ったことがない。
だから聴診器を胸に当てられて事がない。村の人々に心臓のことがばれていないのだ。


心臓をとられたあと少年は、親に相談しようか、一晩中悩んでいた。
自称神に言われたあの言葉が頭の片隅に過ぎる。



  「お主は死なない。お主は死ねない体になった」

  「お主はこれからずっと 生き続ける。永遠とな」



少年は、信じたくなかった。
まさか自分が死ねないなんて

これではまるで自分は、人間ではないじゃないか。


怖かった。
だから結局親に話すことが出来なかった。




少年の家は大工をしている。
父ももちろん大工だ。少年も大工の仕事の手伝いをする。
そんな親子の姿を母は微笑ましく眺める。

少年はどちらかというと母親似だった。
せっかくの大工の家庭の生まれなのに、少年は細い体をしていた。
手足も細く、筋肉もまるでない。
手先も不器用で、全く力にならない存在。

だけど、1つだけ、少年には父にも母にも兄弟にもないモノがあった。
それは『癒しの力』だ。


少年は幼けれどもモノを癒す力があった。
これは生まれつき持っていた力。得した能力である。

『癒し』というものは凄い力を秘めている。
傷ついたものを治すことが出来るのだから、これは凄い。
生命のあるものならば少年は治すことが出来た。
手のひらから柔い黄色の光を放って、モノを癒えていく。

『癒し』の力というものは、優しい者に与えられる能力だ。
特に天使といった種族が使える。そして少年も使えた。少年は特別だった。



心臓をとられても少年はいつもどおりにごく普通の生活を送っていた。
暇あれば大好きな空を眺め、雲の流れを追う。
その行動を人々は「うわの空」と呼んでいたが少年は何も言わなかった。うわの空になっているから聞こえていないのだ。


少年の家族は4人家族。
父と母、兄に少年。

父とは母とても仲良しだ。
愛し合っているというか、お友達感覚で仲良しだった。
兄と少年は5つ離れた兄弟だ。
世話好きな兄は少年と遊ぶのが楽しくて、二人もとても仲良しだった。

皆が仲良しで、とてもいい家族だった。



いい家族 だった。










あれは、雨の日。
この村では珍しい雨の日。そのときの出来事。
少年は大好きな空の姿を見ることが出来なくて、しょんぼりしていた。

窓から外を見ても、黒一面。
視線を上にして空を見ようとしても暗雲が邪魔をする。


天気の悪い日は少年も気分が悪かった。
何か、こう…胸がむらむらするというか、とにかく変な気分になるのだ。


「天気が悪いのが、気に食わないんだろう?」


いつから隣に並んでいたのか、兄がそう語りかけてきた。
図星だったが、少年は意地を張って首を振った。


「ううん。違うよ」

「そしたら何でそんなに表情が曇っているんだい?」

「…何となく」

「お前は素直じゃないなぁ」


正直に答えない少年に兄は笑った。少年は頬を膨らませた。


「ソラ兄ちゃんヒドイ!笑わなくたっていいじゃないか」

「だってお前…性格がジジくさいというか、ねぇ?」

「ジジくさくないよ!?もーヒドイよ…」


兄にからかわれ、少年はうなだれた。そんな弟の姿に兄は慌てて懺悔してきた。


「ご、ゴメンね?そんなに落ち込むとは思ってもいなくて」

「いいよいいよ…。どうせ僕、短足だし…」

「いや!僕も短足だから安心してよ」

「何、悲しいこと言い合っているんだい?二人とも」

「「あ、お父さん」」


兄弟の会話の間に父が割り込んできた。
背が高くて体格がガッチリしている父。兄もまだ子どもだけどスラっとした背丈をしている。
だけど少年は低かった。

背の高い父を見るため見上げる少年。対して然程顔を動かさないで父を見る兄。
そんな兄弟を父は微笑んで眺める。


「窓際に立って二人仲良く外でも見てたのかい?」

「いや、僕が外を見ていたらソラ兄ちゃんが」

「だって、こいつがジジくさく外ばかり見ているから」

「ち、違う!僕はじいさんくさくないよ!」


懲りずにまたからかってくる兄に少年が突っ込んだそのときだった。
少年の目の端に、何かが映ったのだ。

窓に張り付いて少年は外を凝視した。
少年の目に、映る。


黒いもの。


「…まさか?!」


そして少年は父の声も兄の声も聞かず、雨の中外へ駆け出していた。
雨に濡れながら少年は走っていった。黒いもののところへ。








黒いものの元へついたが、期待は外れてしまった。
少年はゆっくりとそれを見た。


「………」


黒いものは人だった。
だけど黒い服に黒いパンツ。全身が黒かった。

心臓を取った自称神とは違う黒さだった。


そしてその黒い人は雨に打たれながらずっと空を見ていた。
雨を降らしている暗雲をずっと睨んでいる。


「あ、あの…」


何をしているのか気になったので少年は声を掛けたみた。
しかし相手は答えない。ずっと暗雲を睨んでいる。
雨が目に当たったりしないのだろうかと思ったが、気にしていないようだ。


少年は問う。


「体、濡れているよ?」


自分だってびしょ濡れだけど、相手は自分より長時間濡れているはずだ。
その証拠に雨を含んだ体が重みを増して、体の重心が下へ垂れ落ちている。

だるんとした形をしている黒い人に少年。


「僕の家、あそこだから来ない?」


そう言っていた。
しかし、黒い人はそれに答えない。
口を開いたが違うことを口走っていた。


「今夜はここか…」


何のことか分からなかった。
しかし自分には関係のないことだと思った少年は、気にせずもう一度声を張ってみた。


「ねえ、雨に濡れているよ?風邪引いちゃうよ」


するとやっと黒い人は反応してくれた。
こちらにくくっと顔を動かして少年を見る。
少年も黒い人を見る。すると体が硬直しそうになった。

何故なら、黒い人は、非常に悪人面をしていたから。

思わず顔が強張ってしまったが、少年は続けた。


「風邪引いちゃったら大変だよ。うちで雨宿りしていったらどうだい?」

「…」

「暖炉の前で体を温めたらいいよ。そしたらきっと風邪を引かないですむと思うよ?」


黒い人の表情は変わらない。
ずっとこちらを睨んでいるように目線を流している。
だけど口元だけが笑っていた。

やがて黒い人は少年の声に応答した。


「……そうだな…」


そして黒い人の手を引いて、少年は我が家へ戻った。









「まあ!これは大変!こんなにもびしょ濡れになっちゃって…!」


少年たちの姿を見て真っ先に悲鳴を上げたのはエプロンを身に纏った母だった。
冷たい雨に濡れて、おかげで少し耳がキンキンする。
そのため目を少し顰めて少年は母に言った。


「お母さん。この人、雨の中ずっと外にいたみたいなんだ。だから暖めてあげてよ」

「もちろんじゃないの!ほら、黒い人こちらへおいで」


せめて代名詞で呼んであげなよ。と兄は思ったがそれは心の片隅に納めておいた。
黒い人は母に誘われて暖炉の前に立たされる。
暖炉の中にある薪は赤い火によって濛々と燃えている。


「今、風呂を焚きますから暫くここで体を暖めて」

「…」


心温まる母の優しい言葉にも黒い人は反応しなかった。
無愛想だな。と兄は横目で見て思った。
父も、我が子とは全然違うな。と思った。


そして母が風呂を焚きに行こうと黒い人から少し身を離したときだった。
ようやく黒い人が家族の前で口を開いたのだ。

しかしそこから出されるものは邪悪な言葉だった。


「バカだな。お前ら」


一瞬耳を疑った。
親切にされてまず言う台詞ではないだろう。

思わず唖然とする家族に黒い人は邪悪な言葉を続ける。


「こんなことをしても早めるだけだぞ」

「「…?」」

「死を」


「「?!」」






とある村の中にある、とある家。
そこから赤い大きな光が上へ伸びていった。
そして広がる。ドオオオンという巨大な音が。


少年は何が起こったのか全く分からなかった。
だけど見たときにはもう何もかもが遅かった。


目の前にあった光景がガラっと変わってしまった。


真っ赤になっている、部屋の中。
そこに倒れている自分の家族。

大切な家族が、血まみれになって倒れていた。


「…?!」


気づけば少年も血まみれだった。
だけど少年は倒れていなかった。血まみれだけれど少年だけは何事もなかったかのように。


「っ!」


自分の赤さを見たとき、激痛が全身に伝わった。
傷の痛みが今頃になって襲ってきたのだ。
痛くてその場に倒れ込んだ。
苦しくて苦しくてもがいた。

倒れたため、元から倒れていた者の姿を近くで見ることができた。
何が起こったのか分からないうちに母は死んだのだろう。笑顔のままで死んでいた。


「お、お母さん…!」


少年は手を伸ばした。大好きな母に手を伸ばした。
だけど届かなかった。

手を踏まれたから。


「っ!」

「…何故お前は死なないんだ?」


自分の手を踏んでいる黒い人を少年は睨んだ。
口から血筋をいくつも流して、少年は言った。


「どうしてこんなこと…?」


だけど黒い人は答えてくれなかった。あざ笑うだけだった。
黒い人はその足で少年の手を体を頭を蹴った。
何でこんな目に遭わなくてはならないのか少年は分からなかったが、抵抗をする術もない少年は思うがままに蹴られた。

どんどんと遠のいていく意識の中、少年は見た。


黒い人の背中に生えている、黒い翼を。













『一家殺人事件、犯人追跡中!!』


村中にそのようなチラシが貼り出されていた。
暫くの間貼られていたのに、結局犯人は見つからなかった。結果は変わらなかった。


心臓がない少年は1人になってしまった。
家族を突然奪われ、ただボケっと空を見ていた。
これはとある村で起こった実際の出来事。


少年はこのあと親戚の家に預かれたそうだ。
親戚一同大工をしているため、少年はそこで大工の仕事をした。

仕事中、空を見る。
空はいつも晴天だ。青い空に白い雲。必ずこの組み合わせが上の世界で成り立っている。

あの事件以来、空が黒くなることはなかった。
この村はあの事件を境目に、平和の色を維持し続けていた。
しかし少年の心の色だけはどうしても平和色に満たされなかった。

だから少年は空を見る。
もしかしたら空にいるかもしれない我が家族、それを見るために、空を見る。
心を平和色にしたかったから、空を見る。

大好きな、大好きな、空を見ながら少年は生きていった。




+ + + + + +


暗い地帯に目が慣れてしまったメンバーはゆっくりと車の元へ戻っていた。
この地帯は死人に会えることが出来る夢のような場所。

実はここは死界とつながっているらしい。だから死人と会えるのだ。
地帯を覆っている黒い霧は死界の入り口を惑わすもの。
長く足を踏みとどめていると、死界の入り口に誘われてしまい、終いには死人になってしまうらしい。


そういうことで死人であるメロディたちはメンバーに言ったのだ。


「会えたことは嬉しいけど、もう行ってもらわなくちゃいけないの。私はあなたたちを巻き込みたくない。ゴメンね。せっかく会うことが出来たのにこんなこと言っちゃって………。今ならまだ間に合うからもうここから出て行って。本当にゴメンね。そして哀れな私たちとまた会ってくれてありがとう」


メンバーはここから離れる。
愛しい人たちにせっかく会えたのだが、仕方ないことだ。相手は死人だ。本当ならばもう会ったらならない人物だ。


泣く泣くメンバーはここから離れた。
車に乗って、ゆっくりだけど確実に離れていく。



  もっと夢を見ていたかった。



メンバーの顔にそう書いてあるように見えて、トーフだけは何となく微笑んでいた。


暗い地帯から、大好きな人から離れて、メンバーは次の村を救うために足を進める。









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