宮殿付近にはたくさんの人が集まっていた。
私の手を引いているヒヨリは人と人の隙間を上手い具合に潜って前へ行く。
私は黙ってついていく。

…そういえば、今日ってこの村にとっては大切な日だったような気がする…。
だけどそれが何だったのか、思い出せない。

村人全員がこの宮殿の門の前に押しかけていた。
どんどんと人が増えてくる。

やがて人だかりの先頭が見えてきた。
するとこちらに手を振っている黒い姿が見えた。
ジュンだ。ヤシロとダフウも一緒のようだ。


「こっちだよ、ミミさん」

「早く来いよ。始まっちゃうぞ」

「うんー!」


ジュンの手招きに誘われてヒヨリは犬のようにせっせと駆けていき、ようやく足を止めた。
私は目の前のジュンに問いかけた。


「一体何が始まるのよ?クマさんのファッションショー?」

「いや、あれのファッションショーだけはありえない」

「ってかクマさんにファッションは必要ないから!」


冷静に返すジュンとは裏腹にダフウは叫んで首を突っ込んできた。
私は口先を尖らせて、ヒヨリからマヌケな顔と笑われる顔を作る。


「そしたら何だというのよ?他に思い当たらないわ」

「あなたの頭の中にはクマさんしかないの?」

「当たり前じゃないの。クマさんは私の愛人だもの」

「あれが愛人でいいの?ってか愛人レベルなんだ?!」

「ダフウ落ち着きなさいよ。鼻から恥ずかしい液体が出る勢いよ」

「それ『鼻水』だろう?!ってか出さないから安心してよ!」

「おわ!ダフウ!恥ずかしい液体が飛んできたぞ!」

「飛ばしていないから!ジュンさんまでひどいなぁ」


背の高い私とジュンにからかわれ、ダフウは泪を呑んだ。
そして私がもう一言衝撃的な言葉を出そうとしたとき、ずっと空を睨んでいたヤシロが口元を歪めた。


「ついに始まるわよ」


それを聞くと、ジュンもダフウも、周りにいた人々も空に顔を向けた。
結局今から何があるのか聞きだすことが出来なかった。
何が始まるのか分からないまま私も顔を上に上げる。

すると、そこには眩しい光が1つ、私たちを照らしていた。
何かが燃えているようで、私たちの頬が赤く照らされる。


「…何よあれ?」


私の疑問の声は皆には届かなかった。
皆してあの燃えている光に見とれている。

あれは一体何なのか。私は気づくまで時間がかかった。
だってあの燃えているものが鳥だなんて思ってもいなかったから。



「……………火の鳥……?」


上空で舞っている火達磨の鳥を見て、私は思わず感嘆の声を上げていた。
すると隣にいたジュンが目線を変えないで、私に話しかけてきた。


「あれ、誰だか分かるか?ミミ」

「は?」

「あんた、意外にも鈍感だな」


くくっと笑い声を堪えてジュンは私をバカにする。
ヒヨリほどじゃないわよ、と言い返そうとしたとき、火の鳥の周辺で煙だけの花火が上がった。


「二人とも、始まるよ。黙ってて」


火の鳥の炎が反射して赤色に輝いている目をした人々は、ずっと口を半開きにして上空を見上げていた。
私とジュンに注意の声を張ったヤシロも同じ。そして私たちも同じ。

もう一度花火が上がり、人々の心を躍らせる。
これから一体何が始まるの?

ずっと火の鳥を見ている村人。やがて、そんな人々に向けて放送が入ってきた。


『皆様。大変お待たせしました。これより、王の式典を始めます』


式典?

私が疑問に思っているとき、村人は式典の内容が分かっているようでワーと声を張っていた。
村人の声に負けず放送も声を張る。


『それでは、王様。お願いします』


その放送からすぐのこと。
上空にまた新しい鳥が現れた。
巨大な翼で太陽の光を遮るその鳥は、ワシ。我らの王だ。

王の登場に村人は興奮状態だ。
対して私はボケーと眺めるだけ。


ワシの姿の王は私たちを赤く照らしている火の鳥を誘導して、宮殿の広いベランダまでやってくる。
そこは村人からよく見える絶好な場所だ。

ワシはやはり大きな鳥だ。隣にいる火の鳥が小柄に見える…いや、あの火の鳥は元々小さいようだ。
火の鳥の羽毛は全て火。おかげで王も赤く染められる。

果たしてあの火の鳥、一体何なの?


暫く村人に向けて手を振る王であったが、放送の人に注意を受け、やっと本題に入った。


「皆のもの。まず初めに、我々のために集まってくださったことに感謝する」


王の声は渋い。マイクを使わなくても野太く村中に響き渡る、そんな声は続く。


「本日は王の世代交代を行う」


王の世代交代…?
あ、そうか。今日はその式典がある日だったわ。
すっかり忘れてたわ。

王のその言葉に村人は興奮のあまり騒ぎ声を上げる。


「皆のもの静かに。これより私はこの王冠を次代の王に贈呈する」


そしてチラっと王は隣の火の鳥を見た。
私も思わず目線を動かす。美しい光を放っている火の鳥に再度目を奪われた。

村人が静かに見ている中、王は頭に被っていた大きな王冠を外した。


「本日から鳥族の王は、こちらにいる火の鳥ことフェニックスになる」


フェニックス…?!
まさか、フェニックスって………!!


「今、ここに鳥族の王、フェニックスのヒショウの誕生だ」


そして火の鳥の姿のヒショウは、王に頭を向け王冠を授かった。
同時に村人の声援が響き、王冠を受け取った頭を上げヒショウは手を振っていた。


火の鳥…フェニックス………

あいつ、本物だったんだ…


私は身震いを感じてた。


すごい。あいつ王になりやがった。
そうよね。王の息子なら次代の王ということになる。
今まで息子の存在は村人には知らされていなかったはずだけど、村人はフェニックスの存在を当たり前のように見ている。
…何よ?まさか私がクマさんとイチャイチャしていた間に知らせでもあったのかしら。


声援に答えているヒショウの肩に手を置いて、ワシの元王は言う。


「フェニックスのヒショウ。王としての称号を与える。お前は今日から『ポメ王』だ」


称号を与えられ、嬉しさに照れるヒショウ…ポメ王。
私も思わず微笑んだ。
周りにいるジュンたちも、村人も微笑んで、見ていた。




+ + +



「やっぱりあいつが次代の王だったんだな」


いつものコートに集まって、私たちはボールを軽くパスしながらおしゃべりをする。
ジュンからボールを受け取って、私はヒヨリにパスした。


「あいつ本当にフェニックスだったのね」


強いボールだったのか、ヒヨリはちょっとよろめいた。しかし何とか堪えてボールを受け取る。


「うん。私もビックリしたー!フェニックスって綺麗な鳥なのね!」

「火の鳥…確かに異名としてはそう言われてるわね」


ヒヨリの柔らかいボールパスを受け取るヤシロ。
もう一度言葉を出して、彼氏に投げる。


「フェニックスは自分の体に火をつけて焼死して、その灰から再び幼鳥として現れるということで不死として扱われている鳥。だけど実際にフェニックスを見てみると、自分自身が火のようなのね」

「あれには驚いたね。真っ赤に燃え上がっているから最初はなんだろうかと思ったよ」

「同じ身内のものなのに、何で私、ヒショウくん…じゃなかったポメ王のこと知らなかったんだろう…」


ダフウからボールを受け取って、ユエはズズっと鼻を啜った。
王族なのに誰からもフェニックスの存在を教えてもらっていないということがショックだったのだろう。
そんなユエを見てダフウは、ポケットからハンカチを取り出すとボールのときのようにユエに投げた。


「ハンカチどうぞ」

「ありがとう…」

「それにしても王…元王の奴、一体どうしてユエや他の親族にヒショウ…ポメ王の存在を知らせなかったんだ?」


ユエはハンカチを受け取る代わりにボールを落とし、ボールはジュンの足元まで転がってくる。
つま先でボールを持ち上げるとそのまま上空に飛ばし、ジュンは手のひらでボールを受け取った。
ジュンったら、何カッコいいことしてんのよ。
そしてジュンは、ボールをヒヨリの胸に向けて投げた。


「何か理由でもあったのかな?」

「……私の考えなんだけど」


ジュンのボールは意外に優しく、ヒヨリはよろめくことなく無事にボールを受け取る。
そしてヤシロに投げ、ヤシロは胸前で難なく受け取った。

ポンポンとボールを地面で軽く弾ませながらヤシロは考えを述べだした。


「最初ポメ王と会ったときに言っていたじゃない、『フェニックスの血は不死、泪は癒しの力がある』って。あと『フェニックスの肉を食べると不老になる』という伝説も残されているわ。このようにフェニックスは周りに素晴らしい力を与える生き物なの。理想の塊の生き物よ。誰もが欲しい存在…。欲の強い人間は必ずフェニックスの力を手に入れたいと思うはず」


ボールを強く叩きつけて、上空に飛ばすと、先ほどのジュンのように手のひらで受け取った。
不敵な笑みを浮かべて、ヤシロは続けた。


「誰だって死にたくないし老いたくないし癒されたい。だから不老不死の力があるフェニックスが欲しいのよ。そこでもし、理想の塊であるフェニックスの存在が世間に知れ渡ったら…大変なことになるわ」

「…フェニックスを手に入れようと人が押しかけてくるね…」


途中で割り込んできたダフウの声にヤシロは頷く。


「そう。フェニックスなんてそう簡単に手に入るものじゃない。だって今までフェニックスの存在は世間に知らされていなかったから。フェニックスは架空上の生き物だと人は思っているはず。私たちも現にそうだったでしょ?」


皆が頷いたのを見てヤシロは更に続ける。


「だったら、皆フェニックスを手に入れようとする。そしたらこの村は大変なことになっちゃうわよ。フェニックスを手に入れようとした人たちに襲われちゃう」

「…!」

「だから、王はフェニックスである自分の息子のことを今まで世間に知らせなかったのよ」


ヤシロの考えを最後まで聞き、全員が絶句していた。
そうね。確かにそうだわ。
不老不死だなんて誰もがあこがれるもの。それの薬となるモノが今この世界にいる。
そう知ったら誰だって手に入れようとする…。

それにしても、あんなチビが本当にフェニックスだったなんて。


「だけど、何で今日、世代交代なんかしちゃったんだろう?ってか、これで鳥族の王がフェニックスだと世間に知られてしまうんじゃないかな?」


その中で1人、ダフウがそんな心配の声をあげていた。
確かに、と思っていると、頭のいいヤシロがすぐに答えを出してくれた。


「きっと王は気づいたのよ。あることに」


ずっと手のひらに収めていたボールを私に投げて、ヤシロは言った。


「王の存在になったほうが、身の安全が効くって」

「は?」


ニヤっと笑うヤシロを見て、思わず私はマヌケな声を出していた。
ヤシロはまた口元だけで笑う。


「だって、王になったら防衛隊の人に守ってもらう権利があるじゃない」


その一言に、全員が納得した。


「そうだな!防衛隊の人がついてくれているならそっちの方が安全だな」

「なるほど!だから王は早々と世代交代をしたんだね!」

「え?どういうこと?」


やはりおバカさんであるヒヨリは理解できなかったようだ。
私が教えてあげようと思ったのだが、ジュンやダフウに突っ込まれそうだったのでやめておいた。
代わりにユエが教えてあげていた。


「王様はね、やはり権力を持っている分、周りの人からも反感を喰らう場合があるわけ。いつ狙われるのか分からない、だから村の防衛隊に身を守ってもらっているのよ」

「今までの王も防衛隊に守ってもらっていたんだよ」

「………へー」


本当に理解したの?
生返事が返ってきた。さすがヒヨリ…。


「まあ、王の周りには一日中、人がついているの」


そう簡単にまとめてユエは私から繰り出される素晴らしい速さのボールを難なく受け取った。
すると何とか理解することが出来たらしくヒヨリは、おー、と声を漏らした。


「王は一人ぼっちじゃないんだね!」

「ま、そういうことだね」

「だからヒショウくんは王になったんだね!防衛隊の人から守ってもらうために」


今回は本当に理解することが出来たらしい、ヒヨリの言葉に全員が頷いていた。
しかしユエは厳しい表情を作って、あるところを指摘した。


「ヒヨリ。今ヒショウくんはポメ王なんだよ。もうその名前で呼んじゃだめよ」


この村では、えらい地位に立つと称号をもらえるようになる。
すると前の名前は消され、称号が自分の名前となるのだ。

ヒショウは、前まで一番高い地位であった王からポメという称号を与えられた。
なのでヒショウという名は消え、彼はポメとなったのだ。

ヒヨリは気難しそうな顔をした。


「ヒショウって名前好きだったのになー。ポメかー…前より可愛くなっちゃったねー」

「だな。ポメって名前のほうがマヌケだよな」


くくっと笑いを堪えてジュンは続けた。


「まーそっちの方があいつっぽいけどな」

「ねえ、そういえばさ」


改めてポメという名の可笑しさに笑いを漏らしていると、ダフウが首を突っ込んできた。
ポケットから四つ折りにされていたチラシを取り出し広げながらダフウは言う。


「今、防衛隊募集をしているようだね」


そして、全開に開かれたチラシを全員に見えるように向けた。


「………」


四つ折にされたせいで少々文字の形が歪んで見えるがチラシには確実にこう書いてあった。

『新王の防衛隊、募集!力をあわせて鳥族の村を王を防衛しよう』


新王の…防衛っ………!

身震いを感じた。
なぜだろう。今まで防衛隊なんかに興味を持ったことなかったのに。
今回は酷く心を打たれてしまった。

…よし………決めた…!

そして私は「募集始めたんだね」とチラシに見とれている皆に



「……防衛隊…………面白そうね」


と、言った。

それからすぐ、私は入隊希望のため宮殿に向かった。








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フェニックス設定は自分が考えたものです。
手塚治○先生の「火の鳥」をちょっとイメージしています(笑
あとハリ○ポッタ○の映画に出ていたフェニックスもイメージ(笑

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