― 自由 ―



私はミミという名前で、しかも村の防衛隊なんかに入ってもいなかった。そんな時期の話。
白ハトの私は今日ものん気に空を飛んでいた。
目的はもちろん、ある。
ある場所を目指して私は飛翔していた。


「お、ミミ。奇遇だな」


白い私の隣に並んだものは黒。カラスのジュンだ。
ジュンは私の親友。幼い頃からよく一緒につるんでいた私の仲間。


「あら、ジュン。今日も一段と男前ね」

「男前とか言うな?!私だって女じゃボケ」

「はーん」

「うわ!ムカつくこいつ!鼻で笑いやがったな!」


ジュンは男勝りな女。
声も本当に低くて男っぽさを引き立てている。
だけどそのときの私は無邪気だった。何も知らない、このあとのことを知らないから
私はいつもジュンの声をからかっていた。

ジュンの声は低い。鳥人にとってはそれは好まれないものだった。
鳥人は声を最も愛する人種。
美しい声の者ほど周囲から好かれる。
だから、私は周りからチヤホヤされていた。
そして私も素直に喜んでいた。
逆にジュンは周りから少し軽蔑の目で見られていた。声が低いからだ。
だから私はそんなジュンが惨めな気がして仕方なかった。

私は何気にジュンのことが好きなのだ。
昔からの友達だし、何より、この私ととても気が合う。


「ところでミミ。あんたもあそこ行くんだろ?」


ジュンのことを鼻で笑っていた私に、ジュンはいつもの男言葉で訊ねてきた。

あそことは、今私が向かっているとこをさしている。


「そうよ。あんたも行くんでしょ?ジョバーナの家に」

「そうそう…って違っ?!ってか誰だよジョバーナって?!」


ジュンをからかって、私は笑う。

そしてそのあと、私はちゃんと答えるのだった。


「コートに向かっているのよ。ボール遊びをしようと思ってね」


するとジュンも、やはりかと言った表情を作る。


「私もだよ。最近ボールで遊ぶのに凝っていてな」

「あの球技は面白いわね。何かベトベトしているところとか」

「してねえだろ!?お前どんな感覚持ってんだよ?!」

「やっほー二人ともー!!」


ジュンが精一杯ツッコミをしているとき、背後から声が聞こえてきた。
黄色い小鳥、カナリヤのヒヨリだ。
ヒヨリもジュンと一緒で私の親友。
3人でよく遊んでいたわ。いつでもどこでも3人一緒で。


「あら、ヒヨリ」

「おうヒヨリ」

「ミミもジュンもどこいくのー?私も連れて行ってよー!」


ヒヨリはそういって両翼を羽ばたかせる。だだをこねているのだ。
私たち同い年なのに、ヒヨリはやけに子どもだ。行動全てがそれを物語っている。


「いいわよ。ただし5秒間だけよ」

「それキツイ条件だな?!」

「ああもうついていくことが出来なくなっちゃった〜」

「真に受けるなよ?!いいよヒヨリ、ついてきな」


私にからかわれている素直なヒヨリにジュンは言葉で手を差し伸べた。
するとヒヨリは本当に子どもの無邪気な笑みを作った。


「わー!ありがとー!」


この子、一体いくつよ。
ヒヨリのお惚けぶりにはこの私でさえも頭を悩まされる。
ある意味ヒヨリは凄い。


しばらく3人で空を羽ばたく。
真っ青な空には白い私と黒いジュン、そして黄色のヒヨリがいる。
ときどきカモメやスズメなどともすれ違い、軽く挨拶した。

やがてこうしていると、目的地が見えてきた。
コートのある小屋。
ここでボール遊びをするのだ。
少し高い位置に網状のゴールが設置されているコートで私たちは遊ぶのだ。
ゴールにボールを入れあって。

コートに近づくと、二つの影があることに気づいた。
仲良く寄り添っているその影からはラブラブオーラが漂っている。


「あら。3人とも来たのね」

「どうもミミさんとジュンさんとヒヨリさん。今日もよろしくお願いします」


ペンギンのヤシロとアヒルのフウだ。
二人はこのときから実はラブラブだった。

そんな二人を微笑ましく見て、ジュンが口を開く。


「当たり前だろ。最近このゲームが面白くて」

「うんうん!私もー!早くゲームしようよー!」


ヒヨリはそう言うと、1人でコートの奥にある小屋へ突っ走っていった。
そこに転がっていた1つのボール。
直径約23センチの茶色いボールを持つとヒヨリはまた笑顔でこちらへ戻ってくる。
ニンマリ笑った表情が無邪気で本当に可愛らしい。


「はい、ボール」

「サンキュ」

「それじゃあボール遊びしようかしら」


私がそう促したとき、フウが…通称ダフウが、実は…と言って申し訳なさそうに話し出した。


「人数が足りないんだよ。僕この前足を怪我してしまっただろ?それで……えっと、いろいろあって……ちょっとできないんだ」


実は、先日ダフウは足を怪我してしまっていたのだ。
ちゃんと病院に行って診てもらったらしいが、この様子だと怪我の状態が結構酷かったのだろう。
ドクターストップをかけられているようだ。

そんなダフウに私は普通に憤怒した。


「はあ?何よそれ。あんたふざけるんじゃないわよ」

「ふざけてなんかいないよ。本当にゴメンね。僕、暫くの間はボール遊びはできないんだ。だから人数が足りなくなってしまうんだよ」


今まで私たちはこの5人とあとまだここに来ていないけど1人、計6人でゲームをしていた。
しかし、突然のダフウの最悪な告白。
ゲームができないだなんて何て愚かな奴なんだ。これでは5人でゲームになるわけ?
それじゃあ2対3でバランスが悪くなるじゃないの。
困った。あと1人足りない。
…ってか、まだあいつが来ていないんだけど…今日はどうしたのかしら?

私がそう思っていたとき、本当にいいタイミングでそいつがやってきた。
パタパタと走ってきて。


「ゴメンね。遅くなっちゃった」


息を切らして私たちの前に現れたのは、白鳥のユエ。こいつが最後のメンバーだ。
ユエは結構天然が入っているんだけど運動神経がよくて密かにこの中ではバスケが一番上手い。
そう考えると、ダフウは元々運動は下手だったし、いてもいなくても変わらないかも…。


「遅かったねーユエ!」

「どうしたんだ?遅くなった理由でもあるの?」


息を切らしているところから、ここまで走ってきたのだろうか。
白鳥には立派な翼があるんだし飛んで来ればよかったものの。
そういうところでユエは天然が入っている。

理由を訊ねられユエは息を切らしながら頷いて答えていた。


「うん。そうなの…。いろいろとあってね…」

「え〜?そのいろいろって何なの?教えてよ」


むっと口先を尖らすヒヨリにユエは戸惑った様子だ。
私たちに言えないようなことでもしていたのか?

しかし、ユエはやはり答えない。唸っているだけだ。


「うーん…ちょっと…ねぇ…」

「何よ?私たちに言えないわけ?まさかクマさんとデートしていたわけじゃないわよね?」

「そ、そんなことするはずないよ!クマさんはミミのモノなのだから!ってか手出したくないよ!?」


私が本気の目で訊ねてきたのでユエは急いで否定していた。
当たり前じゃない。クマさんは私のものだもの。誰にも渡さない。

そんな一所懸命のユエにフウが笑い声を上げていた。


「そりゃそうだね。あのクマさんには誰も手を出せないよ」

「そうよ。クマさんほど最高な男はいないわ。あんたなんて反吐が出るレベルよ」

「そ、そんな?!ひどいよミミさん」

「そうよ!いくらなんでもそれはいいすぎよミミ!ダフウだってクマさんみたいに耳を伸ばすことできるんだから!」

「無理だよ!嘘言わないでよ?!」


自分の彼氏のことを指摘され、身を乗り出してダフウのことを褒めるヤシロ。
ヤシロは本当にダフウのことを愛しているらしい。
あんな優男、どこがいいのかしら?見る目がないわね。

話がそれてしまったので、ジュンが戻した。


「それで、ユエ。一体何があったんだ?」


ジュンの一声にユエは首を振る。


「なんでもないの。気にしないでよ」

「えー!ケチんぼー!教えてくれたっていいじゃない!」

「全くだね。どうして教えてくれないんだ?」

「この様子から相当なことがあったんじゃない?」

「やっぱり私のクマさんを…っ!」

「それはありえないから!」


声を出すたびに詰め寄ってくる私たちにユエは思わず涙目になってしまっていた。
ユエは泣き虫だ。だからすぐに涙が溢れ出る。

そしてユエはしぶしぶ口を開いた。


「実は、ちょっと…話をしていてね…」


私たちが目の辺りを顰めているとき、ユエも目線を泳がせていた。
潤った目の中の黒い瞳がキョロキョロと動いている。


「次の王について…の話だったんだけど…」

「次の王?」


ユエの言葉をそのままダフウが口ずさんだ。
私は特に王のことには興味がなかったので、このときは何も気にしていなかった。

ユエはダフウの相槌に頷く。


「そう。うちのお父さんって今の王の弟じゃん。だから王に頼んだらしいのよ、私を次の鳥族の長…つまり王女にしてほしいって」


実はユエは王族なのだ。
しかしユエは高い地位に就くのが好きではないらしく、この意見に目を伏せて反対していた。


「だけど、私は今の生活をずっと送りたかったの。だからお父さんに反対したの。王のところにもいって断りの言葉を告げてきたわ」

「えーもったいないよそれー!ユエ頭もいいんだし王女になっちゃえばよかったのに!」

「だけど長は大変だと思う。村全体を、鳥族を守らなくちゃならないんだから」


ぷくーとなっているヒヨリの頬を抓んでジュンが続けて言う。


「だけど、ユエがしないとすると誰がこの村を治めるんだ?」

「そうだよ。今の王に子どもっていたっけ?」


続けて質問をしてきたダフウに目を向けてユエが首を振って答える。


「それは私も知らないのよ。今の王ってあまり人前に出たがらないから謎が多いのよね」


ユエがそう言って、全員が顰めているとき。
私はふとあの存在のことを思い出したので、口に出した。


「ところでボール遊びはしないのかしら?」


それに全員が、あ、と声を出し、寄せてしわだらけだった顔の皮膚を伸ばした。


「そういえば忘れてたな。それのこと」

「うんうん!ボール遊びしようよー!」

「あ、だけど僕遊べないんだよ…」


そしてダフウの棄権のことも思い出し、全員でガクっと肩を落とした。


「そうだったな。ダフウが出来なかったな」

「え?そうなの?やっぱりあの足の怪我が原因?」

「そうなんだよ、ゴメンね。ユエさん。そして皆も」

「だふうは悪くないわ。だけど私は許さないわ。一生ね」

「まってよ!かなり根に持ってるじゃん?!」

「私も許せないね」

「私も〜」

「私もだな。男なのに足を怪我する時点でお前はもうアウトだ」

「ダフウは最高な男だと思ってたけど、耳が伸びるところがマイナス点だわ」

「い、言われまくりだぁ…っ!!」


全員から非難の声を浴び、ダフウはうずくまった。
そしてそんなダフウを私たちが取り囲んでいるときだった。

1つの影が現れたのだ。
影は挨拶をしながらこちらへ近づいてくる。


「ミャンマーです。皆さん」


背後から声を掛けられ、私たちは振り向く。
するとそこには、いた。
背の低い乙女系の男の姿が。


「何かあったんですか?」


そしてうずくまっているダフウに目を向けるその男。
とても優しい表情をしている。

しかし今の私たちにはそんな男の表情なんか見ている暇もなかった。
私たちは、男の姿を見た瞬間、こう思ったのだ。


「「ちょっと仲間になってくれない?」」

「え?」


ボール遊びをするのに一人足りないと困っていたとき、男は不運にも私たちの前に現れた。
今の私たちは耳で鋭く相手を貫くクマさんよりも強いかもしれない。
男の腕を掴むと私たちはグイグイと男の抵抗も気にせず引いていった。


「え?ちょっと待ってくださいよ?!」


私たちは男を無理矢理コートの上に立たせ、ボールを持たせたのだった。







>>


<<





------------------------------------------------

inserted by FC2 system