こいつのせいで 私の人生が めちゃくちゃに なったんだ ………


28.美声を求める男


階段を上がるとそこにはソングがいた。
放送の電源が入っていてメンバーの会話が聞こえたのだろうか、ソングも急いだ様子だった。


「おい!どうなっているんだ?」

「わからないよ〜!姐御の様子がすっごくおかしかったの!」

「そなとこで話している暇なんてあらへんで!ブチョウのとこへはよいくで!」


ソングに事情を説明するチョコであったがトーフに妨げられてしまった。
その上からサコツが訊ねる。


「でもよーブチョウってどこにいんだよ?」

「そりゃわからんわ。あのモニターだけじゃブチョウの居場所なんて突き止めることができん」


でもな、と言いトーフは口元を歪めた。


「ワイには"笑いを見極める力"があるんやで。ブチョウのあの独特な"笑い"ぐらいすぐに見つけることができるで」


その言葉にメンバー一同ほっと安心した。


「さすがトーフだぜ!なら早くブチョウのとこへ行こうぜ!」

「うんうん!姐御が心配だもん〜!」

「一体何があったのかわからねえが、相当大変なことになっているんだな?」

「うん。そうなんだよ。とにかく急ごう!」

「言われなくてもわかってるで〜!ワイの後についてくるんや!」


いつもの小走りですばしっこく走っていくトーフの後をメンバーも急いで追いかける。
ブチョウの元へとにかく急ぐ。



+ + +



 まさかこんなところで再び会うことが出来るとは思ってもいなかった。

 私を闇に引きずり込んだ奴。
 私が最も憎む相手。
 私の村を、最愛なる人を
 私から全てを奪っていった奴。

 そいつが今、私の目の前にいる。


 許さない。




そこは恐ろしいほど静かな場所だった。
何の音も聞こえてこない。小鳥の囀りも木々が風に靡かされる音も、何も聞こえない。

目の前にいる奴も口を開かない。

ブチョウはそいつを睨んで、震える体を抑えながら、武器のハリセンを構えた。


「…何であんたがこんなとこにいるのよ?」


しかし目の前の影は何も答えない。
ブチョウはもう一度言い放つ。


「まだ何か私に用があるわけ?」


いつもの鋭い目がより一層尖った。
憎む相手だ。ちょうどいい、ここで始末すればいい。

だけれどブチョウにはできなかった。
できることができなかった。


始末したいのに、できないでいた。


だから声だけで相手を殺そうとする。


「私はあんたに全て奪われたのよ?それなのにまだ欲しいわけ?」


ブチョウの声は震えていた。
怖いわけではない。怖くないのに、体が震える。
目も鋭く相手を睨んでいるのに、殺気篭っている目なのに、相手は全く震える気配を見せない。

むしろ楽しんでいる。

自分を睨んでいるブチョウを見るのを楽しんでいる。


「…ふざけやがって………っ」


動けない。
武器を構えることはできたのに、その後の行動に移すことが出来ない。
どうして、どうしてだ?

まさか、アレが……?


アレが原因なの…?


そう思った瞬間、ブチョウは完全に動けなくなっていた。
懸命に動かそうとするのだが、自分の意思では体は動かない。
まるで金縛りにあったかのよう。


「…一体何の用?」


冷や汗びっしょりかいているブチョウ。
するとようやく相手から反応があった。

相手は口元に指を持っていって唇に触れるとやがてこう言ったのだ。


「んふ。お久しぶりね、あなた」


まるで唄っているかのように綺麗な声。
ブチョウはその声に怯える。


「…そうね。久しぶりね」

「んふ。見ないうちに逞しくなって。アタシ嬉しいわ」

「……この…カマ…」


悪態ついたブチョウのハスキーな声は背後から聞こえてくるメンバーの声によって掻き消されていた。


「ブチョウー!!」


名を呼ばれるがブチョウは振り向かない。目はしっかりと闇のような奴に向けられている。
反応がないため不思議に思ったメンバーはブチョウの近くまで駆け寄るが、目の前にいる影の存在に気づくと足を止めていた。

影は、んふ。と口元を歪めて笑っている。


「姐御ーどうしたの〜!」


チョコが自分たちに背を向けたままのブチョウを後ろから揺さぶる。
しかし反応しない。
そのためチョコはブチョウの前に立つのだが、ブチョウの目には影しか映っていない。


「姐御?」

「おい、どうしたんだ?」

「………っ」


何も答えないブチョウに全員が詰め寄りそれぞれが問いかける。
するとブチョウの代わりに闇のような奴が口を開いた。


「んふ。仕方ないわよ。だってこの子の動きを止めているのはこのアタシなんだから」


黒フードを被った全身黒尽くめの男…お、男?
目がキラキラしていて実に濃い顔つきをしているが男であろう。
そして口調からして、こいつはオカマだ。全員がそう確信した。

闇のように影のように黒いオカマの言った言葉に全員が目を丸くした。
トーフが問う。


「どういう意味や?」

「おい、お前誰だ!ブチョウに何したんだよ?!俺にも分かりやすいように答えろよ!」


サコツも珍しく喧嘩腰になりながらそう叫んでいた。
あのブチョウをここまで追い詰めているオカマだ。きっと凄い奴なのだ。
気を緩めたらいけないと思いサコツは強く前に出る。

そんなサコツにオカマはまた笑う。


「んふ。そんなに怖がらなくてもいいのよ。アタシはあなたたちには用はないんだから」


男顔なのにその口調、そして綺麗な声。まったく合わないため鳥肌が立つ。


「アタシはね。この白ハトさんに用があるの」

「………畜生……っ」


ブチョウの悪態の声が聞こえた。
しかし体は動かない。先ほどよりピクピクと小さな動きを見せているが大きくは動かない。
そんなブチョウにチョコがもう一度揺さぶりかける。


「姐御!大丈夫?」


するとようやくブチョウがメンバーに向けて反応してくれた。


「大丈夫よ」


その目線はずっと闇のようなオカマに向けられているが、声はメンバーに向けている。


「私は無事だから皆は向こうに行ってちょうだい」

「え?」

「あいつの言うとおりあんたたちには関係ないのよ。私とオカマの問題…っ」


舌打ちを鳴らしてブチョウは動かない体を、ハリセンを持っている動かない腕を、オカマへ向けようとするが無理だった。動くことが出来ない。


「んふ。白ハトさん。つらそうね」

「…あんたがこんなことしたんじゃないの」


オカマは相変わらず美しい声を流す。
その上にハスキーなブチョウの声が乗る。

しかし透き通るように滑らかな声はまたブチョウの上に乗る。


「んふ。あなたが望んだ結果じゃないの。アタシは何もウソをついてはいないわよ」

「…これがあの結果だといいたいの?ふざけてるわね」


二人が睨んだまま会話をしている。
メンバーは一体何の話をしているのか分からず黙って見届ける。

するとブチョウがこんなことを言い出したのだ。


「私の"自由"はどこに行ったのよ?あんたは私の約束を果たしていない」



自由?



「何言っているのよ?あなたがちゃんとしないからこんな結果になったんじゃないの?」


その言葉にブチョウは腹を立てた。


「ふざけるな!私は何もしていないじゃないの!私はちゃんとあんたと取引をしたじゃないの!」


そしてブチョウは言い切った。


「私の"声"と、束縛のない"自由"、それらを取引したでしょ?!」



…声…



「私はあんたに"声"をあげた!だけど"自由"はまだもらっていないわ!私に自由をちょうだいよ!」

「んふ。何言ってんの?ちゃんと"自由"はあげてるわよ。だけどタイミングが悪かったようね」

「……っ」

「アタシはあなたに"自由"をあげたわ。だからあなたはいつでも彼と結婚することが出来るわよ」

「「け、結婚?!!」」


ブチョウが何か叫ぼうとしたとき、今まで黙っていたメンバーが驚きの拍子に声を上げてしまい、妨げてしまった。
オカマがこちらに顔を向ける。


「んふ。あなたたち、白ハトさんのことでいろいろと驚いているようね」


楽しそうに笑っているオカマに対してブチョウは先ほどから一歩も動いていない。悔しそうにオカマをを睨んでいる。
クモマが一歩前に出てオカマと向き合った。


「これはどういう意味ですか?そしてあなたは一体?」


クモマの質問に答えようと背の高いオカマがクモマの顔を見たときだった。
突然オカマの表情が一変したのだ。
凄いものを見ちゃったと言わんばかりに驚きの表情をとるオカマ。
その表情のままクモマに近づいた。


「あ、あなた…っ」


そして次の瞬間、オカマは驚くべき行動をとった。
クモマの胸に手を伸ばしたと思ったら、そのまま手はクモマの胸を透き通っていったのだ。

その光景を見た者は絶叫だ。
もちろんクモマも。


「「ぎゃああああああ?!!!」」

「ちょっとちょっと!何してるの?!!」


オカマの手首までが完全にクモマの中に入った。
チョコは気絶しそうな勢いだ。後ろにいたサコツがチョコの背中を支えてあげている。

やがてオカマが言った。


「あなた、心臓がないわね」

「「?!!」」

「やっぱり…あなたがあいつの犠牲者なのね」


オカマはそういうと手をクモマから抜いた。
幽霊のように透き通った手。こいつ何者?

そしてクモマはと言うと


「………あいつの犠牲者…?…まさかオカマさん、何か知っているの?」


そう訊ねていた。
オカマは、んふ。と笑う。


「なるほどね。これで全てが分かったわ。ありがとね」


そう軽く話を流し、オカマはメンバー一同を見渡した。
背の高いオカマだ。見下ろされていると何だか苛立ってくる。
クモマは話を流されてしまい、非常に残念そうに、拳を握っている。

するとオカマの視線はあるとこで止められた。
それはチョコ。


「んふ。面白い子見つけちゃったわ」

「な、何よ?」

「んふ。綺麗ねその桜色の髪」

「…な、何?」


それだけ言うとオカマはチョコから目線を外し、次はサコツを見た。


「あら、あなた悪魔?」

「?!…な、何を…」

「とぼけないでもいいわよ。私は何でも分かっちゃうんだから。隠し事しなくてもばれちゃうわよ」

「………」


黙り込むサコツ。実際に悪魔のため言い返すことが出来なかったのだ。
また目線を動かすオカマ。次はトーフに止められた。
するとオカマ、楽しそうに微笑んだ。


「あら、あなた面白い魂の形をしているわね」

「?!」

「んふ。ここの団体、個性豊かねー。食べちゃいたい」


語尾に付けられた言葉に全員がゾっと鳥肌を立てた。
オカマは続ける。トーフを見ながら。


「まさか、この猫の子、身内の仕業かしら?あとで調べてみましょう」


そしてオカマは目線をトーフから離し、再びブチョウの元へ戻って行った。

メンバーはチラっとトーフを見る。
トーフは塩を直接舐めたような表情をしていた。居づらそうにその場に立っている。
あのトーフを黙らせているオカマ。一体何者なのだろうか。


「と、とにかく、お、お前っ!ブチョウの何なんだよ?さっきから怪しい行動ばかりとりやがってよーっ」

「ホントホント!意味分からない!」

「さっさと答えろよ」


好き勝手にいろいろと言われ、メンバーもさすがに腹が立っていた。
喧嘩腰のメンバーにオカマが答えようとする。しかしブチョウが先に口を出していた。


「こいつはね…。私の取引相手よ」


何とブチョウが語りだしたのだ。
メンバーは驚きつつも、黙って聞き入る。オカマはブチョウを見下ろす。


「私はこいつに自分の声をあげたの」

「んふ。そうなの。このアタシの美しい声は元はと言えばこの白ハトさんのものだったのよ」

「「!!?」」


メンバーが声に出さずに目だけで驚きを表しているとき、
ブチョウはつらそうに目線を下にして、薄い桃色の唇を噛み締めていた。


この綺麗な声は、ブチョウのもの。
しかし、どうしてだ?どうしてブチョウは自分の声を取引してしまったんだ?
そして"自由"とは何だ?結婚とは何のことだ?

ブチョウ、全てを話してくれないか…?



「あれは…まだ私がブチョウという名前じゃないときの話…」


メンバーの期待に答えるように、ブチョウはそっと唇を動かした。








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メンバーに揺さぶりをかけるオカマでしたけど、こいつ一体何者?
次回からのブチョウの過去話をご覧アレ!

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