泪を流しながらも巨大イカの後を追おうとする王にフウタが尋ねた。


「一体どうしたっていうの?追っ払ったんだしもう見逃してやってもいいじゃないか!」

「違う!違うんだ!」


王は泪ながらも首を振る。
アキラとタカシも問う。


「そしたら何だよ?」

「んだんだ。お前そんなに巨大イカを懲らしめたいのか?」

「違うんだよ!!」


もう悲鳴に近い声だ。王は必死に巨大イカを追おうとアキラの腕を払うがアキラは放してくれない。より力を入れて王を逃がさないようにする。

王の全力の否定に全員が口をポカンと開け、無言になった。


「向こうに行かせたらいけないんだよ!向こうにはアレが…!!」


王は必死に叫ぶ。


「お願いだ俺を放してくれ!俺には守りたいものがまだあるんだ!」

「ちゃんと主語を言ってよシュンヤ。一体何なんの?」


落ち着きのない王にフウタが困ったそぶりでそう言う。
しかし王は聞かなかった。声を張って、巨大イカを止めようとする。


「お願いだから向こうには行かないでくれ!向こうには…向こうには…!」


王は泪ながら言い切った。


「俺らの思い出が詰まってる場所があるんだよ!!!」




+ + +


巨大イカは変な生物クマさんからとにかく離れたかった。
そのため逃げる逃げる。急いで逃げていく。
懸命に逃げていく巨大イカの姿を眺めながら追っているのはメンバー。


「一体どうしたのかな?目タレの王様」

「何や様子おかしかったで?なんかわけがありそうやねん」

『そうだねベイビー。僕が追っ払ってあげたのにそれでも気がすまないなんてなかなかのツワモノだねベイビー』

「いや、それお前がいう台詞か?」


頭の突起…耳をプロペラのように回転させて水を掻け分けているクマさん。
勢い良く回している耳によって出来る波紋がメンバーの動きをのろくさせている。


「まあ、王が慌てていた理由を探るっちゅう意味を含めてワイらはこん巨大イカを村から追い出そうや」


トーフに頷き、メンバーはクマさんに負けないようにと力を入れて泳ぎ、徐々に王たちがいる城から離れていく。




+ + +


 人間なんて嫌いだ。
 僕の大切な仲間を引き裂こうとしたんだ。絶対に許せない。


メンバーと巨大イカが向かっている先には悲しみ色を浮かべているカイがいた。
周りに誰もいないこの場でカイは1人。彼は心の中で愚痴を吐いている。


 どうして人間はあんなにも自分勝手なんだ?
 珍しいものを見ればすぐにそれを自分のものにしようとする。自分勝手だ。非常に困る。

 僕らはのんびりと自分たちの河で過ごしたいだけなのに
 どうしてそれの邪魔をする?
 お前らは、人の至福を自分のものにしたいのか?


 2ヶ月前の人間襲来のとき。
 ただでさえ自分の家族を失ってショックを隠せない様子のシュンヤ王に人間は襲撃をかけてきた。
 河人魚の王だ。その存在は人間にとっては喉から手が出るほど欲しい存在。
 だから手に入れたかったのだろう。

 役に立たない王に救いの手を差し伸べたのはタカシさん。
 逃げろと王にそう言ってタカシさんは代わりに自分が人間に捕まろうとした。
 しかし彼の親友のアキラさんが助けてくれた。

 たくさんの人魚が人間に恐怖を持った頃、人間は息が出来ないのが苦しかったのか、ノコノコと退散していった。
 幸い捕まった人も傷ついた人もいなかった。
 しかし代わりに人間という存在に恐怖を持つ、そんな心を持った人たちが増えた。


 勝手に襲来を押しかけ、人魚を捕まえようと村を破壊する勢いで暴れまわった人間。
 僕はどうしても人間を許せない。

 許すことが出来ない。


 だけど………


ふと目を瞑り、思い出す。
人魚のことについて興味津々で話を聞いていた、本日この村にやってきた人間らのことを。
奴らもあのときの人間と同じ生き物。
しかし、何か違っていた。
あのときの人間と違う何かを持っていた。
それは何なのかは分からないけど、何となく、そんな気がした。

しかも奴らは、巨大イカが村で暴れていると聞いて、すぐさま自分らと共に駆け出してくれた。
どういうことなのだ。何故奴らは僕らと一緒にイカと戦おうとしたのだ?

人間という生き物はよく分からない…。



目を開けて、視野に光を入れる。
この場には本当に何もない。あるとすれば、様々な種類の海藻。
その中の1つの海藻にカイは目をとめていた。
コンブのようにしなやかな動きをしているこの海藻。だけど見たことのない種類のものだった。
新種なのか?
不思議に思ったカイは、その海藻に手を伸ばす。すると


「っ?!!」


海藻がカイの腕を掴んだのだ。
まるで生きているかのように動く海藻。カイは悲鳴を上げた。


「わああ?!ち、ちょっと!何なんですかこれ?!」


海藻は放してくれない。むしろカイを引っ張っているかのよう。
グイグイ引かるカイは泪目になっていた。

泪…


「い、いやだ!やめて!うわああ!!」


海藻は更にカイに撒きついていく。
全身を捕らえられカイの目には一粒の泪がこぼれていた。
それから二粒三粒と、どんどんと泪が溢れ出る。
そしてカイには分かった。

この泪は、…『ナミダナミダ病』

突然の病にカイはショックを隠しきれない。
今まで自分には掛からなかった病。それなのに突然発病してしまった。何故だ。


「だ、誰か助けてぇ!!」

「な、何やこれは?!」


カイの悲鳴に重なってもう1つの悲鳴が響き渡った。
それは巨大イカと共にやってきたメンバー。


「わあああ!!巨大イカまで一緒なんですかぁ?!」

「だ、大丈夫?キミ…」


いろんなショックが重なりカイは落ち着きがなかった。そんな彼に手を差し伸べるクモマ。


「い、今のところは無事です…だけど僕にも病が移ってしまったようです…」

「可哀想に…今すぐ助けてあげるから」


他のメンバーがイカをこれ以上逃がさないようにと動きを封じ込めている間にクモマがカイに絡まっている海藻に手を伸ばすが、無理だった。
海藻はカイの体の一部のようにガッシリとカイと一体化していたのだ。
泣きじゃくるカイにクモマは焦りを見せる。


「ど、どうしよう…ほどけないよ…」

「そ、そんなぁ……」

「だけど安心して。必ず助けてあげるから…」


ポロポロと泪を流すカイにクモマはそう言って元気を与えた。
カイは何もすることが出来ない。病により体に力が入らないうえ自由を失っているカイは今は泣くことしか出来なかった。


クモマが困り果てている頃、メンバーは


「やれ〜クマさん!耳をみょーんと伸ばして攻撃だぜ!」

「そこやそこ!耳で目潰しやねん!」

「私にナンパしないで戦いに集中してよクマさん!」

「哀れなイカだ…」

「私のクマさんに不可能って文字はないのよ」


クマさんを使って巨大イカと再び戦っていた。
そのためその場で暴れまわる巨大イカ。彼も頑張って戦っているのだ。クマさん相手に。
あのクマさん相手に!


「わ!ちょっとみんな!あまり暴れないでよ!こっちは動くことできないんだから!」


暴れまわるせいで水に大きな波紋ができ、それがクモマとカイの元まで届く。
強い波紋だ。しかし海藻に捕まっていて逃げることの出来ないカイを放っておくことが出来ないクモマはカイを庇うため手を広げて前に立つ。
カイに少しでも波紋が当たらないようにと。

そんなクモマの姿勢にカイは何も言わなかった。


「そんなこと言われても巨大イカが勝手に暴れちゃうんだもん〜」

「いや、このブサイクな召喚獣のせいで暴れているんだろが」

「…でもよークモマの言う通りだぜ?クモマたちそこから離れることができねぇみたいだしよー」

「だけど戦わないといけねぇだろ?」


サコツがクモマの意見を肯定するがソングに覆されてしまった。
そのころクマさんは巨大イカと華麗に戦う。
主に耳を使った攻撃は強烈だ。
それから必死に逃げようと巨大イカも反抗。
しかし軽く避けられてしまう。


「……強ぇ…」

「さすが私のクマさんだわ。男の見る目があるのって得ね」


ふんと鼻を鳴らしてブチョウは胸を張る。彼女は違う意味で男の見る目があると思う。
しかし誰もそのことは言わないでおいた。


「だ、だから暴れないで…!」


勢いに乗って戦いはエスカレートしていく。
そのため、波紋も強烈になってきた。強い水圧にクモマは吹き飛ばされそうになりながらも耐えた。
自分の背後にいるカイのために。


「………!」


カイは驚いていた。
こんなにも必死に自分を守ろうとするクモマに対して。
どうしてこの人は守ろうとしているの?
どうしてこの人たちは巨大イカと戦っていてくれているの?

あなたたちは人間なんでしょう?
それなのにどうして?


「……大丈夫?キミ…」


目の前から声が聞こえてきた。
それは重い水圧を受けたクモマが発している声。とても苦しそうだ。
カイは頷く。


「大丈夫です…」


泪は止まらない。
病のせいだ。病の泪はポロポロとカイを濡らしていく。

カイの返事にクモマは、彼には見えないだろうが笑顔を作る。


「それはよかった」

「……」


人間って…よくわからない…。

カイは泣いた。
病のせいだ。病の泪はポロポロとカイを濡らしていく。
しかしその泪は違う泪だと気づいた。


「…ありがとうございます…」


この泪は、嬉し泪 だ。

自分のことを必死に守ってくれているクモマの姿が嬉しくて、カイは泣いていた。


そして、


「「おーい!みんなー!」」

「みんな無事?」

「…」


自分たちがやってきた方面からアキラとタカシ、フウタ、そして王がやってきた。
王の泪はまだ止まっていないようだ。しかし3人に引かれてこの場にやってきている。

無事だよ。と微笑むメンバーと、助けてください。と泪ながらに訴えるカイ。


「「おおい?!大丈夫かカイ!!」」


奇妙な海藻に捕まっているカイの姿を見つけ、アキラとタカシは一目散に泳いできた。
彼らの登場によって一時的に戦いも治まっているため、水圧は重くない。


「お前、何したんだよ?」

「全くだ。コンブに捕まるなんてお前もマヌケだな〜」


かっかと笑う陽気に二人にカイは泣きながら叫んだ。


「僕、何もしていないんですよー!ただ見たことのない海藻に興味を引かれて手を伸ばしただけなんです!」

「…え?これコンブじゃねえのか?」

「こらお前ら!!」


海藻畑のように海藻の多いその地帯に足を踏み入れる二人に王が叫んでいた。
彼は憤慨しながらこちらへとやってくる。支えもなしに。


「そこを何だと思ってんだ!さっさと離れろ!!」


ちょっとシュンヤ〜と王の肩を掴むフウタであるが避けられてしまった。
病はまだ発病しているだろうに、彼は泳ぐ。


「んだよ?ここが何だと言うんだよ?」

「海藻だらけじゃねえかよー」

「ごちゃごちゃ言うなてめえら!」

「ちょっとシュンヤ?」


突然この場にやってきて騒ぎ出す人魚たちにメンバーも巨大イカも唖然としていた。
王は顔を赤くしてこう叫んだ。


「そこは王女の海藻畑なんだよ!」


ようやく、王が慌てている理由も分かった。
王は続ける。


「王女が一生懸命作り上げた畑なんだぞ!さっさと出て行けお前ら!」

「でも、カイが」

「時に俺も手伝いをした」

「「話聞けよ!!」」


そのまま王女との思い出話に突っ走りそうな王に二人がツッコミ、フウタも後に続けた。


「そうだよ。カイくんがその海藻畑の1つに捕まっているんだよ。助けてあげなくっちゃ」

「た、助けてください……」

「お、おい?!お前その泪…っ」


今頃になって王はカイの異変に気づいたらしい。アキラとタカシの間を潜ってカイの元へ駆ける。
泪をポロポロ流しているカイが目をそらして言った。


「すみません…僕も病が…」

「そうか……俺のがうつってしまったのか?」

「それはわかりません…」


首を振るカイに王は眉を寄せた。
眉を寄せている理由は、カイに巻きついている海藻に疑問をもったからだ。


「何だその海藻は?」


その一声にはみんなが驚いていた。


「な、何ですか?王様も知らない海藻なんですか?」

「おいおい痴呆かよ?自分らが育てた海藻なんだろ?何を植えたのか覚えてろよ」


口先を尖らすタカシに王は首を振る。


「いや、こんなの植えた覚えがない」

「ちょ…まちぃ」


チョコに手を引いてもらってトーフがカイの前までやってきた。
そしてじっとじぃっと海藻を見つめる。
チョコも気になったので海藻を見る。すると分かった。チョコにも分かった。


「……ねえ…これって……」

「あぁ」


頷いてトーフ。
不敵な笑みを浮かべて言った。


「"ハナ"や」




+ + +


メンバーと人魚たち全員が自分を置いて海藻畑に行ってしまったので、巨大イカは何だか悲しくなりションボリと自分の家へ帰宅した。

ひょうたんに溜まった"笑いの雫"を一滴垂らし、無事"ハナ"を封印することが出来たメンバー。


「この村での"ハナ"は海藻だったんだね」

「さっきの"ハナ"は私でも気づくことが出来たよ。何かオーラが違ったもん」

「え?本当かい?僕あの海藻に触れたのに全く気づかなかったよ」

「それはきっとクモマが鈍感だからだぜ!のんびり屋さんだから仕方ねえぜ」

「まぁ一番の原因はあんたの短足かしらね」

「……いいもんいいもん…」


人魚たちは、海藻から逃げることの出来たカイに感激の声を上げていた。
よかったよかったと言い合って、笑顔を作る。
そして知らぬ間の出来事。王の目からもカイの目からも泪は止まっていたのだ。

実はこの病『ナミダナミダ病』は"ハナ"である海藻が原因で感染したものであった。
呪いは王女にしか掛かっておらず、"ハナ"はその呪いを感染させる力があったのだ。
しかしその"ハナ"はもうない。感染させるものがなくなりこの村の呪いも消えた。
そしてすでに病にかかっていた人魚は"ハナ"がなくなったおかげで浄化され、感染でうつった呪いを消すことが出来たのだった。

無事『ナミダナミダ病』という病を治すことが出来た人魚の村。

人間に怯えて、怒りを持っていた人魚の村。しかし今は違う。

人間のおかげで、ラフメーカーのおかげで
自分たちは平和に過ごすことが出来るようになったのだ。
感謝の意味で人魚は泪を流していた。


ありがとう、ありがとう。


王も村人も喜び合った。
そしてこの村から離れようと河から出ようとするメンバーを感涙しながら見送っていた。








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