ラフメーカーは旅を続けるために車を走らせる。
今、車の中には6人。やはりこの人数が一番落ち着く。


24.干からびた男


車の中はいつものような明るさがあった。
狭い車内でもメンバーはワイワイと騒ぐ。


「今日も一段と暑いねぇ」

「そうだよね〜何か物凄く暑いんだけど…」

「まだここは国の南端なのか?」

「たぶんそうやろな。…それにしてもホンマ暑い…」

「このままじゃサルになっちゃうわ。凡が」

「俺なのかよ?!俺がサルになるのかよ?!」

「な〜っはっはっは!やっぱり面白いなーお前ら!」


高らかに笑い声を上げているサコツは前回の村では大変な目に遭っていたが今はこの様子。
開き直るのも早い純粋な心を持っている彼は、あんな事件があってもこの明るさを取り戻すことが出来た。
そしてメンバーもサコツが悪魔だろうが関係なくいつもの生活を送っている。

メンバーは悪魔のサコツに同情しているわけではない。
サコツ自身が好きなのだ。だからこうやって笑っていられる。


「ははは!そうだよねー!私もみんなと一緒にいると楽しい!これからも一緒にいてね!」


チョコもつられて笑って、自分の気持ちを打ち明ける。
彼女にとって、皆がそろっているこの空気が幸せの場所だった。

トーフも頷く。


「そうやで!これからの旅、ホンマ長くなると思うけど仲良くしてぇな」

「うん。みんな仲良く、いいことだねぇ」


そしてそれは突然のことだった。
クモマがちょっと爺くさく言葉を吐いたとき、またもや車が急ブレーキをかけたのだ。
勢いで車内をぶっ飛ぶメンバー。


「うわぁ?!」

「え?何?何?」

「またこの展開かよ!いい加減飽きろ!」

「なんてことなの!タコが不意をついたんだわ!」

「タコはこの場にいないだろが!しかも断言するな!」

「ソング落ち着くんや」

「おー!また面白そうな展開になったぜ〜?今度は一体何が出たんだ?」


そして、車はピタリと止まった。
動きの止まった車に不思議に思ってメンバーが車から出ようと出入り口へ向かう。
愚痴を吐きながら。


「ったく、ふざけやがって。俺は何回あの車の中でぶっ飛べばいいんだ?」

「ソングのあのダイビングには驚いたぜ!毎回ぶっ飛ぶから面白いよなーお前!」

「うるせぇチョンマゲ」

「あいたたた…ちょっとー!どうしたのよエリザベスと田吾作〜」


全員が車から降り、地面の上に立った。
外に出ると今日も本当にいい天気で、太陽の明るさに思わず目を瞑る。
地面も水分が全くなく、おかげで地面にひびが入っているほどだ。
やはり今は国の南端を移動している所為か最近は毎日のように汗を垂らしている。
しかしメンバーはいつもの汗とは違う汗を流していた。

エリザベスと田吾作の元まで行くと、エリザベスがブヒっと鳴き、続いて田吾作がブビっと鳴き、チョコが悲鳴を上げていた。


「ええええええ?!!ちょっと!これどういうことなの?!」

「…ありえへん…」


思わず唖然となる光景。
メンバーは自分たちの目の前にある物体を凝視して言葉を失っていた。
その物体とは


水分がなくなった、人間の姿。



「ええ!?これって何?死体?死体なの?!きゃー!どうしよう!うぎゃああ!!」

「チョコ!落ち着いて落ち着いて!」

「おいおいおい!何だよこれ?これってよー人間なのか?」

「……干からびているのか…?」

「香ばしい匂いがほのかにするわね」

「してねえだろが!魚かよ!」

「あかん!あんた、生きとるか?」


急いで干からびている人間の元へ行き、体を揺さぶる。
体に触れてみてわかった。
こいつは本当に、干からびている…。


「やべえーやべーぜ!どうすればいいんだ?」

「日射病なんか?でもこんな例初めて見たで…」

「スルメを焼いたような香ばしい匂いがするわね」

「しねえだろ!ってかスルメって微妙だな?!」


全員で体を揺すり、干からびている人間の生死を確かめる。
しかし反応はない。
ただし、わかる。クモマにはわかった。

この人間から、心臓の音がする。
心臓の呼吸音が、細いのだが確かにしている。

自分が最もほしいとする心臓の音が、この人からする。

この人は生きている。
そう確信した。


「ねえ!この人、生きてるよ!応急処置をすれば大丈夫じゃないかな?」

「お?!マジでか?生きてるのか?よかったぜ!」

「そしたら早く応急処置しようよ!見ていてこの人が可哀想!」

「でもどうやって?」


うーんと唸る声がカラカラの空気の中重く響いた。
干からびている人間への応急処置。
一体どうすればいいのだ?

ブチョウがひらめいた。


「食べればいいのよ」

「食うなよ?!」


彼女の意見は即却下された。無理もない。


「どないしよか?」

「そうだね…」


再び唸るメンバー。
懸命に目の前の人間を揺さぶり反応を見るクモマ。
すると


「…………………ず……」


声が聞こえてきた。
それは現に目の前にいる人間のカラカラの口から発されたもので。

反応があったのに喜びを感じ、メンバーは歓声を上げる。


「やったぜ!生き返ったぜ!」

「よかった〜!反応あってよかった〜!」

「………………ず………」


回りの反応を気にせず、干からびた人間は細い声を漏らす。
全員が耳を傾けた。


「何?『ず』って何?」

「何々?アカネちゃん?」

「誰だよ?!ってか『ず』関係ねぇし!」

「おい干からびた男!何か俺らにしてやれることはねぇのか?」


干からびた男と呼ばれてしまった人間は、望みの通り再度声を出した。


「……ず……………みず…」

「みず?」

「みみず?」

「ミューズ?」

「耳クソ……あぁ!鼻くそね」

「「あぁ、なるほど」」

「汚い結果で落ち着くなよ?!って、全員で納得するな!!」



「…すみません………みず……水を…僕に…ください……」


全員が…というかソングが興奮している中、目の前の干からびた男は、そう言ってまた気を失っていた。



+ + +


「あ!そうか。干からびている人には水をあげたほうがいいよね!」


干からびた男をサコツが担いで、メンバーは歩いていた。
空の車を豚二匹が優雅に引っ張っている。中が軽いからだろう。
干からびた男はあれ以来反応がない。
しかし、男を担いでいるサコツには男の胸が動いていることを知っている。
弱弱しいけど動いている心臓を放っておくことは出来ない。
メンバーは水があるところへと足を運んでいく。

その中で、腑に落ちない顔をしているのトーフだった。


「人間がこんな風に干からびるなんておかしいわなぁ…」


どうも干からびた原因を探りたい様子。
しかしクモマが悠々と笑っていた。


「こんなに暑い天気なんだよ。外にいたら干からびちゃうよ」


笑顔のまま、新しい話題に変えた。


「ところで、水ってどこにあるんだろうね?」


それは誰もが聞きたいことだった。
実はメンバーはどこに水があるか分からず道を歩いていた。

メンバーの車の中にも水はなくなりつつある。食料が底をついてきたのだ。
そろそろ食糧補給をしなければならないと考えていたところだ。
それなのに突然のこの事件。
水を与えることも出来ずに、メンバーは途方に暮れていた。と言っても過言ではない。


「どっかに川、ないやろか?」

「そうだよね〜?川だったら水たくさんあるし、この人を水浴びさせてあげようよ〜!」

「うん。そうするのが一番。僕たちもこの暑さから逃げたいしね。水浴びも悪くない」

「…ちょいまちぃ!み、水浴びやてぇ!?」


水浴びを楽しみにしているチョコとクモマの間にトーフが割り込んできた。
トーフの顔色は優れていない。


「み、水はあかん!水なんかあの露天風呂のときだけで十分やで!もう溺れたくないわ!」

「え?トーフちゃんって泳げないの?」

「あぁ。猫だもんな」

「ちゃう!猫じゃあらへん!トラやトラ!」

「猫って泳げない代わりに鼻息で空を飛べるのよ」

「マジでか?!猫ってすげーぜ!」

「そこ!ウソ教えるんじゃないわ!ってかワイは猫じゃないで!」


わーわー喚くトーフをメンバーは面白く眺める。


「いいじゃねーかよー。今度鼻息で空飛んでくれよな」

「せやから飛べんから!ってかどの生き物でも鼻息で空を飛ぶ威力は持っておらんから!」


そして、トーフは言い切った。


「ワイは絶対に水浴びなんかせえへんで!死にたくあらへん!もう死ぬ思いなんかしたくないわ!」


トーフの叫びに引っかかった点があったがあえて聞かないことにした。
こんなに自分を見失っているトーフを見たのがはじめてだったからだ。
露天風呂でも結局は一度水の中に落とされて溺れただけで、それからは風呂には入っていない。
水に入るのを怖がるトーフ。何かあったのだろうか。

このまま水の話題をするとトーフが可哀想なので、クモマがまた話題を変えた。


「ところで、この方向ってちゃんと川へと続いているのかな?」


目的地である川へ無事にたどり着くのか出来るのか不安に感じたクモマであったが、それは全員が思っていたことでもあった。
今こうやって歩いているのはいいのだが、果たして川へいけるのか。
もし川へ行けなかったら…と思うと胸が痛くなる。
そしてサコツの背中でぐったりとしている男に目線を送ったときだった。

男がまた反応してくれたのだ。


「…水…」


またこの台詞か。とため息を吐こうとしたが、男の台詞はまだ続いていた。
細い声で男は言った。


「水……水が……この辺りにある……」

「「?!」」

「…お願い……このまま真っ直ぐ歩いて……そしたら…水があるから…」


暑さのせいでついに幻覚でも見ているのだろうかこの男。
どうして水の場所があるのが分かるのか不思議だったがメンバーは何も言わずに、男の言うとおりに真っ直ぐ歩いていく。


「真っ直ぐだな!」

「いや!思い切り左に曲がっているから!」


素敵に方向音痴のサコツを先頭にしていいのだろうかと、男は不安を感じた。




暫く続く地割れた道。
水分がなくてカラカラの状態。異常に暑いこの地帯。そろそろこの暑さとはおさらばしたいところだ。
ぜえぜえと肩で息をして歩くメンバー。
すると目の前に嬉しい光景が飛び込んできた。


「水っ!!」


そういうと真っ先に川へ飛び込んだのは、サコツの背中でぐったりしていた干からびた男であった。
先ほどまで死に掛けていた人間とは思えないほどの動き。水とはそんな人でも元気にさせる力を持っているのか、と感心する。

無事、川に着くことが出来て、メンバーは腰を落とした。


「よかった。川についたよ」

「干からび死ななくてよかったな!お前!」


疲れているとも関わらず笑顔を作るサコツを見て、男も川の中からお礼を言う。


「皆さん、本当にありがとう。僕あなたたちと逢わなかったら本当に干からび死ぬところだったよ」


男から零れた笑みも、無邪気なものだった。

水分を体に取り込むことの出来た男の顔には生気が戻っていた。
活き活きした笑顔が眩しい。


「ここまで連れて来てくれてありがとう。あ、そうだ」


男はそう声を上げると、懐からメガネを取り出し、耳に掛けた。
そして


「僕、フウタ。実はお願いしたいことがあるんだ」


両手を合わせてメンバーにお願いをした。


「この川の付近にある村…えっと何という村か忘れちゃったんだけど、そこに暖色系の髪色をした男二人がいると思うんだ。もしその人たちと逢う機会があったら、こう言ってくれないかな?」


息を吸って、フウタという男は続けた。


「『今、大変なことになっているから戻って来い』って」


その台詞にメンバーは眉を寄せた。
気にせずフウタは続ける。


「本当にゴメン。本当ならば僕がそれを伝えに行かなくちゃいけなかったんだけど体がもたなかったみたいなんだ…。だからお願い」


川の中から頭を下げるフウタから出された言葉にメンバーは拒否することが出来なかった。
しょうがないな。と頭を掻いてクモマ。


「僕たちもどっちみちその村に行かなくちゃいけないと思うから、そのときにキミのお友達を探してキミの言葉を伝えておくよ」

「本当にありがとう」

「ほな、ワイらはこの辺で」

「じゃんじゃん水浴びして、次から干からびないようにね〜!」

「うん。本当にありがとう」



何度も何度もお礼を言ってフウタは川から離れていくメンバーの姿をずっと眺めていた。
川から出ることもなく、ずっと影を追い続ける。

自分を救ってくれた救世士の姿を。









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