サコツとクモマは戦っていた。と言いたい所だが実のところ、サコツしか戦っていない。
クモマはサコツの攻撃を全て受けていたのだ。そのため体がボロボロだ。


「おい…!もうやめろ!」


大きな木の横で倒れているソングは真っ赤になっていくクモマに向けて叫んでいた。
ソングはサコツから直に"気"を腹に喰らったため動けない。動く度に腹から新しい血が流れ出てしまう。
こんな大怪我をしたのは生まれて初めてかもしれない。そうソングは思った。

珍しく仲間に向けて心配の声を掛けるソングにクモマは否定で返す。


「いや、僕は大丈夫だから…」

「どこが大丈夫なんだ?!俺よりも血まみれのくせして!」


そのときついにサコツの手がクモマの腹を貫いた。
その光景にいくつもの天使が悲鳴をあげ気を失った。むしろこれで天使は全滅したと思われる。
白い天使たちが全員気を失っている。

クモマの腹から激しく出るものは血。
その血を見て悲しむ者が1人いた。



「…何で逃げないんだよ……」



サコツだ。
突然の呻き声にクモマもソングも驚いた。
サコツは続ける。


「俺のことはいいからお前らは早くこの村から出てくれよ。俺は嫌われ者の悪魔なんだ。もう一緒に旅なんかできねえよ」


これで分かった。サコツのこの行動が。
サコツはラフメーカーから離れようとしていたのだ。
自分が悪魔だからメンバーが自分のことを嫌うと思ったのだ。
しかしそんなこと誰も思っていなかった。


「何言っているんだい。僕はキミを助けたいがために今こうやっているんだよ」


腹に刺さっているサコツの手をガッシリ掴み、サコツの右腕の自由奪うクモマ。
腹からは血は出るし口からも血が出る。だけどクモマは言った。サコツの顔を見て。


「何でキミが悪魔になってしまったのかわからないけど、それで人を傷つけたらいけないよ。他の人は傷つけないで。傷つけるんだったら僕だけにして」

「…っ」

「僕はどんなことされても死なないから」

「……」


クモマの優しい声にサコツは何も言い返せなかった。
その間にクモマは腹に刺さっているサコツの右腕を力いっぱい抜き取った。
出たときの反動で血がより出てくる。


「キミが悪魔ということには驚いたよ。だってそういう風には全く見えなかったんだから。キミはどう見たって悪魔には見えないよ」

「………ウソ言うな」

「ウソじゃないよ」


クモマの言葉は続く。


「キミは悪魔じゃない。僕はそう確信する」

「……」

「だから…」


このあとのクモマの言葉は続かなかった。
サコツがまた暴れだしたからだ。勢い良くぶっ飛ばされ、ソングがいる大きな木にぶつかってクモマは滑り落ちた。
上から落ちてくるクモマをソングが受け止める。


「いってぇ!!」


しかしそれは無謀な挑戦だった。
クモマを受け止めたときの衝撃が怪我をしている腹に響いたのだ。
もがくソングの姿にクモマが申し訳なく頭を下げる。


「あ、ゴメンね」

「………いや、お前しかあいつを止めることができねえし、俺はどうなってもいい」

「?」


ソングの言葉に引っかかり、訊ねた。


「僕しかサコツを止めることが出来ないってどういうこと?」

「前に聞いたことがある」


血の唾を吐いてソングが語りだした。


「悪魔は『癒し』に弱いらしい。天使の癒しの力が苦手と聞いた。そうすると癒しの力を使えるのはお前だけだ」

「!」

「お前には『癒しの笑い』があるんだろ?だったらあいつを止めろよ」


ソングに期待され、クモマが頷いた。


「分かった。…その前にキミの腹を治療しないといけないね」


クモマがソングの腹の上空で手を合わせたとき、サコツが再びこちらへ近づいてきていた。
悪魔の羽を優雅に羽ばたかせて、ゆっくりと近づいてくる。


「もう諦めてくれ」


やがてサコツは二人の前、大きな木の下までやってきた。
倒れているソングにまたがっているクモマはサコツを無視してソングの腹を治療する。
優しい黄色の光が燈るその場にサコツは一歩身を退けた。
癒しの力が怖かったのだ。

回復魔法をしながらクモマがサコツに言った。


「僕らは諦めないよ。キミを救ってみせる」

「ムリだ。だから諦めてくれ」

「ムリなことなんて世の中にないんだよ。しよう、やってみせようと思えば必ず出来る」

「…お願いだから…その光を出さないでくれ…」


悪魔には癒しの力は眩しいものだった。目を瞑って苦しむ悪魔のサコツにクモマは容赦ない。


「僕は天使じゃないけど癒しの力はある。キミを救えるよ」

「…やめろ…怖い……」


息が荒くなり胸を押さえて苦しみだすサコツをソングは目を見開いて見ていた。
癒しの力はすごいと思った。
見る見るうちに腹の傷が塞がっていくうえ悪魔をこんなにも苦しめている。

しかしその間に



「…悪魔なんて、滅びればいいのだ。我らの敵め…」


サコツの最初の犠牲者、サコツを悪魔の姿に変えたきっかけとなった天使の男が意識を取り戻したのだ。
そして懐から拳銃を取り出す。狙い目は悪魔。














この木、大きいけど何歳ぐらいなの?

 そうね。たぶん100歳は越えていると思うわ

マジで?それすごいな!俺らにもそのぐらい生きることができるかな?

 頑張ればできるわよ。母さんは100歳は長生きすると確信している。

すげーぜ母さん!俺にもそのぐらい生きることできるかな?

 できるわよ。あんたは優しい子だから誰からも好かれていい人生を生きることができるわよ。

本当?…でも俺悪魔だからそんなことできないよ。誰からも好かれていないし。

何言ってんだよ。あんたは好かれているわよ。この私に。








背中に生えているものは違うけど。
天使と悪魔は愛を深めることが出来た。
しかし天使は規則の厳しい生き物で、それは許されない行為だった。
だから罰が与えられた天使の母親。悪魔の子の前で殺されてしまった。

悪魔の子は泣いた。自分の愚かさに。

大切な人を救うことができなかった悪魔の子はひたすら泣いた。


      母さんは100歳は生きるって言っていた。


 だから埋めてやったんだ。100歳生きたこの木の下に。
 母さんはこの木となって、いつまでも俺のことを見てくれるように、と。





なあ、母さん。
俺は母さん以外の人に認められていると思う?

俺って本当に優しい子なのか?











ねえ?











「堪忍してや」


聞きなれた独特の口調が後ろの方から聞こえ、サコツを振り向いた。
そこには自分が懲らしめたはずの天使を糸で捕らえているトーフの姿があった。
天使の手には拳銃が持たれていた。


「あんた、ワイの仲間に何しようとしたん?銃撃とうとしたやろ?」

「……何を言っているんだ?あれが仲間だというのか?…キチガイめ」

「うるさいわね」


次はブチョウだ。
拳銃を蹴り上げ、上空に飛ばす。おまけに天使の顔も蹴る。
ブチョウは言葉を続けた。


「キチガイはあんたらのことでしょ。今度変なことしたら頭突付くわよ」

「…くっ」


「サコツ!!」


二人が天使を懲らしめている間にチョコはサコツたちの元へ走っていた。


「おい来るな!!」


ソングが叫んだが遅かった。
悪魔のサコツはチョコを傷つけるために動いていた。
サコツが吼える。


「チョコ来るんじゃねえよ!俺、お前に何しだすかわかんねえから!だから離れろ!」


行動とは全く反対の言葉を言っていた。
もう体がコントロールできないらしい。
悪魔の羽に込められている力をサコツは操ることが出来ないのだ。
だから人を傷つけてしまう。


「サコツ!キミの相手はこの僕だよ」


チョコの元へ行こうとするサコツをクモマが後ろから捕らえた。
ソングの治療はまだ終わっていないが、ソングとの承諾した上での行動だ。
今サコツを止めることが出来るのがクモマただ1人だから、そちらを優先したのだ。

後ろを封じられたサコツであったが悪魔の力によりクモマに攻撃する。
肘打ちを喰らわせるがクモマは離れなかった。


「離れてくれクモマ。お前を傷つけてしまうぜ」

「僕は死なないからいいんだよ」

「……っ!!」


悪魔の翼から命令が来た。
後ろの奴を殺せ、と。

サコツはクモマを振り落とそうとした。


「イヤだ…。もう傷つけたくない……母さんの前で人を傷つけたくない…。確かに天使は怖い。天使は母さんを殺した奴だから、だから許せなかった…。だけどやはり敵わない相手なんだよ。ムリだ…」

「…サコツ?」

「母さんゴメン。俺はやっぱり悪魔なんだよ。母さんと同じ天使になりたかったけどムリなんだよ。体の造りからしてまず違うんだ。俺の翼が言うこときいてくれないんだ…人を傷つけるしか考えていないこの翼……もうイヤだ……」


サコツは泣き言を吐いた。大好きなお母さんの木に向けて。


「母さん………っ」



そしてサコツが大きな木に目を向けたときだった。
木が爆発を起こしたのだ。
大きな幹が砕かれ、体が半分になった木。
葉も大げさにその場に散り落ちていく。


「…?!!」


木の下にいたソングは急いでその場から離れた。だいぶ治療してもらったため動けるようになっていた。
木から離れ木が爆発した原因を探る。
すぐに原因が分かった。


「…こんな天使がいたから、悪魔がここまで育ってしまったのだ」


まだ他の銃を持っていたらしい、天使が先ほどよりも大きな銃を持っていた。
悪態ついてトーフがもっと強く縛り上げる。
ブチョウも天使の頭を強く蹴る。


「なんてことするんやあんた!あんたには血も泪もないんか!!」

「最低ね。あんた」


再び天使を懲らしめるトーフとブチョウ以外は全員の動きが止まっていた。
唖然としていた。
大切な大きな木を壊され、サコツはついに怒り狂った。


「てえめええええ!!!」


今までにない大きな"気"を手に溜めて、サコツは無我夢中で天使の元へ走った。
それを止めに入るのはクモマ。


「サコツ!!」


サコツに手を伸ばしたクモマは、黒い悪魔の翼を掴むと、一気に引いていた。


「?!」


翼が体から抜けていく。
血も一緒に飛び散る。

サコツの悪魔の翼は今クモマの手の中にあった。


「…ゴメンね、痛かっただろうサコツ」


悪魔の翼をもぎ取られその場に倒れ込むサコツ。
見上げてみるとクモマが悲しさ一杯の目でサコツを見下ろしていた。


「サコツ、キミは人を傷つけたらいけないんだろう?お母さんと約束したんだろ?それだったらちゃんと守りなよ。お母さんもきっとそれを望んでいる」

「……いっ…」

「ゴメンね。咄嗟の判断だったんだ。サコツを止めようと思って翼を取ってしまった。ごめんね。だけどね、僕は思うんだ」


クモマ以外は誰も口を開かない。
全員黙ってクモマとサコツに目を向けている。

クモマは悪魔の翼を捨てると、優しい目をして、こう言った。


「キミにはこんな黒い翼は似合わないよ。キミに似合う翼は白い翼だよ」

「……っ!」

「キミは悪魔なんかじゃない。キミは誰よりも優しい心を持っているじゃないか。悪魔なのに人を傷つけたくないと必死に言って、仲間が悲しんでいるときは同情して、笑うときは笑って、怒るときは人のために怒る。…僕から見てもサコツは優しい天使だよ」


クモマの気持ちを聞いてサコツは首を振る。


「違う。俺は悪魔だ。人を傷つけるしか能がない。世の中に天使なんて生き物はいないんだよ。俺の知っている天使はもう死んでしまったんだ」


大きな木を見る。


「母さんのように優しい天使はもういない。そして母さんももういない。大きな木もこんなに悲しい姿になって。護ってやりたかったのに母さんを護ることは今まで一度も出来なかった…」

「ううん。キミはちゃんと親孝行をしているよ」


笑顔を作ってクモマは言った。


「キミがこうやって優しい心で生きている。これがお母さんにとっては一番嬉しいことだと思うよ」

「…っ」

「サコツぅ!!」


そのとき、チョコがサコツの胸に飛び込んできた。
チョコの突然の登場に驚くサコツとクモマにチョコは遠慮なく泪を流す。


「もう心配したんだから!何で突然いなくなっちゃったの?何で私たちを置いて逃げちゃったの?何で今まで本当のことを話さなかったの?私たち友達じゃない、隠し事はやめてよもう!」

「…チョコ…」

「本当に心配したんだよ?サコツが別人みたいになってソングとクモマを傷つけていくから、私怖くて怖くて…。どうすればいいのかわからなかった。私の声も届かないし、私…悲しかったよぉ…」


チョコはサコツの胸の中でポロポロ泪を流して、気持ちを打ち明けていく。


「もう絶対に私たちから離れないでね?もう寂しい思いさせないでね?」


チョコの気持ち、クモマの気持ち、その場にいるみんなの優しさに、サコツも泣いていた。


「…もうさせない。もうみんなを苦しめない…」


二人が抱き合っている後ろでは、クモマが大きな木に向けて回復魔法を使っていた。
本当に大きな木なので、修復するのにも時間がかかる。
ソングも手伝いは出来ないけどクモマの隣に立って、大きな木が直っていく姿を眺めていた。




+ + +


悪魔と天使は翼に力を入れとるから、翼がなくなったら普通の人間みたいに何も出来なくなるんや。
悪魔の翼がなくなって力がなくなったサコツはまたいつものように戻ったわ。
背中の傷もクモマに回復魔法で治してもらってたわ。
もうサコツは悪魔やないから癒しの力にも怯えていなかったで。えかったわ。
せやけど肩甲骨についている昔の傷は治っていなかった。もう治せない傷なんやろな。

そんあと、天使たちはいろんなショックが積み重なったせいなんか、皆がそのときの記憶だけを失っていたわ。天使も相当悪魔が怖かったみたいやな。
でも、悪魔も天使が怖いんやで。
せやから天使が本当の力を出さなくてえかったと思うわ。もしそんなことしたら、悪魔と天使の戦争でえらいことになってたかもしれんな。

それからな、ワイらは修復した大きな木に綺麗な水を掛けてやったわ。
これからも大きくなって、いつまでもいつまでも息子の姿が見れるように、と願いながらワイらは水をやった。



大きな木に向けて、ワイは心の中で言った。

あんた、ウナジさんって言うんやろ?あの赤い翼はあんたのもんやったんやろ?
いろいろ大変な目に遭ったみたいやな。
天使はちょっと異常でな、規則通りにならんと気がすまん生き物なんや。せやからある意味恐ろしい生き物やな。
せやけど、あんたは違ったみたいや。
あんたの愛は息子に受け継がれ、今立派に育っていってるで。

あんたこそが真の天使や。ワイはそう思う。


ウナジさん。聞いてくれや。あんたの息子、悪魔じゃあらへんで。
よぅ見てみ?あんたの息子の背中。

普通なら見えんけど、あんたには見えるはずや

息子の背中に生えている、白い天使の羽が。









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