「…………悪魔…?」


喫茶店が騒ぎ出したのがきっかけなのか、平穏な村が突然絶叫の渦を巻き起こした。
村中を天使たちが泣き叫びながら走り回る。
悲鳴が飛び交う中、メンバーは呆然と立ち尽くす。意味が分からずただただ首を傾げ合う。


「何が悪魔だ?」

「…さあ?」

「姐御の絵を見たとたんに騒ぎが起きたよね?どういうこと?」

「そんなに私の絵は価値があったのかしら。嬉しいわ」

「いや!こんなの女神の銅像(※凸凹な道より)の似顔絵だし!」

「…いや、ちゃうわ…」


首を振って、真剣な表情で、トーフが言った。


「サコツの似顔絵やったやん、これ」


それに全員が思い出す。


「そうか。ブチョウはサコツの似顔絵でこれを書いたんだ」

「そしてこれを見た人が突然『悪魔』と言って絶叫しだして…」

「…つまり、これは…」

「…そや。『悪魔』ちゅうんはサコツのことなんや」


「「…………っ!!」」


トーフの推理に全員が強張った表情を作った。
信じられないと口を半開きにする。


「本当なのかい?」

「……確実っちゅうわけじゃないんやけどな」

「ウソだろ。あいつが悪魔っていう風には見えねえよ…」

「いや、よぅ考えてみ。鋭く尖った耳、赤い髪、鋭い目、牙、…何もかもが悪魔と当てはまるで」

「?!」

「…本当だ…」

「信じられないわ。チョンマゲが悪魔だなんて」

「ねえどうするの?」

「…」

「…」


考え込むトーフに続いて全員が無言になった。
まさかサコツが悪魔だったとは予想もしていなかったのだ。唐突過ぎる現実。なんていうことなのだろう。

周りの天使は騒ぎを深める。
喫茶店内も「どうしようどうしよう」と涙目の天使たちが走り回っている。
どうしてそんなに怯え恐怖に慕っているのだろうか。

恐怖のあまり腰を落としている天使の姿を見つけ、クモマが自主的に手を伸ばし、起こしてあげる。そのときに訊ねた。


「あの、何でそんなに怯えているんですか?」


すると、その天使はクモマの手から逃げまた転んだ。また手を差し伸べるクモマに天使は悲鳴を上げる。


「やめろ!この常識知らず!」

「え?」


突然の叫びに、周りにいたメンバーも天使もそちらに目を向けた。
天使は叫び続けた。


「お前何も知らないのか!天使は悪魔が苦手なんだ!悪魔の"悪"の力に天使は手も出すことが出来ないんだ!だから怯えているんだ!」


尋常じゃない天使の様子にクモマはまた訊ねる。


「すみません、ついでなので聞きます。『サコツ』という赤髪の男のことご存知ですか?」


クモマの質問には天使全員が悲鳴をあげた。


「「そいつが悪魔なんだよー!!!!」」


そしてその場にいた天使たちは泣き叫びながら喫茶店から出て、村内の騒ぎの渦に巻かれていった。
その場に残ったのはメンバーだけ。


「………やっぱりそうなんだ…」


クモマがポツリと呟き、トーフも頷く。


「何てことや…。ホンマなんか…」

「サコツが悪魔だなんて…思ってもいなかったよ…」

「おい、これからどうするんだ?」

「とりあえず私たちもこの店から出て、それから様子でも見ようかしら?」

「そうだね。……ところでサコツはどこなんだろう…?」


そういってクモマが目線を窓に向けたときだった。
窓から見える世界が恐ろしいものになっていたのだ。
汚れの無い白色をしている天使たちが知らぬ間に武器を持って、いっせいに声を上げていた。


「悪魔を追い出せ!この地に悪魔を踏み入れるのではない!」

「悪魔を見つけた者は躊躇無く武器を振り落とせ!悪魔は簡単に死なないぞ!」

「悪魔を倒すのだ!」


そして天使たちは、がむしゃらに走っていった。
その光景を窓から眺めていたメンバー。あいた口がふさがらない。


「おい、やばくないか?」

「今あの人たち何て言った?」

「悪魔を倒す…って。…ちょっと待ってよ」

「やばい匂いがプンプンするわね」

「あかんわ皆!はよサコツを探して、そんでこん村から出るんや!!」


すぐに喫茶店から出て、メンバーも悪魔のサコツを捜し求める。



+ + +


村の外に植えられている大きな木の下で。
両手に白一色の花束を持ったサコツがいた。


「ただいま、母さん」


花束を木に向けて、サコツは笑顔を作る。体中が痛むがそれぐらい我慢できる。
大好きな母のためサコツは自然に笑顔を作るのだ。


「ほら、花を持ってきたんだぜ。もっといいものを持ってきたかったんだけど母さんに合うものって言えばやっぱり花かなって」


風が吹き、木は自慢の葉たちをかすれあわせる。木はサコツと会話をしているかのように音を鳴らす。そしてサコツもそんな木と、母の木と会話をするように。


「母さん、聞いてくれよ。俺な、あれ以来事件起こしていないんだぜ。もう背中に羽が無いから悪魔の力も出ない。俺誰も傷つけずに人生生きているんだぜ!」


ウキウキと弾んだ声をするサコツ。
木も音を出す。


ガサ…ガサ…


「そうそう。俺、実はな『ラフメーカー』ってやつになったんだ!俺の笑いって世界を救える力があるんだってよ!本当だぜ?しかもな、仲間も出来たんだ!皆個性溢れていてな本当にいいやつら。俺あいつらのこと好きだぜ」


へへっと照れくさく笑ってから、持っていた花束を木に供える。


「母さん。俺の活躍、見ていてくれてるか?俺、母さんがこの木となって俺のこと見ていると信じて今まで頑張ってこれたんだ。母さんの約束を破らないように必死に頑張ったんだぜ」


大きな木を見上げる。本当に大きな木。
大きな木を見下ろす。これの下に、ウナジが眠っている。羽のないウナジが。

羽のない…。
白い羽のない。
白い羽……赤?
赤くなった白い羽。
血に染まって赤くなった天使の母の羽。


白が赤に…。



ズキっ


また体が痛み出した。この痛みは全て心へと響く。
母をウナジをあんな形で失ったサコツの心はひどくもろくなっていた。
母が赤く塗りつぶされているあの光景を思い出すと心がひどく痛む。
痛くて苦しくて前屈みになる。


「…ごめんな母さん。こんな姿見せるつもりはなかったんだけど………っ!」


おかしい。
痛みがどんどん激しくなっている。さっきまではこんなに苦しくなかったのに。

痛みは心を突きぬけ、背中にまで手を伸ばす。あの傷にまで響く。
いや、あの傷が痛み出しているのだ。


「…何で今さら…?」


昔の傷のはずなのに。どうして今痛み出す?
羽をもぎ取った時にできた傷。
あまりにも生々しいこの傷は人に見せられるものではなかった。
だからあのときサコツは皆と一緒に露天風呂に入らなかったのだ。
メンバーに真実を知られたらと考えると、心が痛む。
今まで騙していたのか、悪魔だということを隠していたのか、悪魔のくせに妖精さんだと騙し続けていたのか。と。


「……はあ…はあ……」


息も荒くなる。苦しい、痛い、苦しい。
膝をついて胸を押さえる体勢を作るサコツ。
そんなサコツに近づく1つの影。
音を消して、いや空を飛んで近づいてくる影。

そして


「…やあ、こんなところで何をしているんだ?」


影が声を出した。
ニヤっと笑って影は続けた。


「悪魔め」

「…!?」



+ + +


「サコツ、どこにいるの〜?」

「早く見つけて、そして早くここから出ないと…サコツが天使たちに」

「おい、ちょっとまて。"ハナ"も消さなくちゃいけねえだろ?」

「あら、そうだったわね。すっかり忘れていたわ。"ハナ"ぐらい放っておきなさいよ」

「あ、そうだ!」

「どうしたの?クモマ」

「ここは二手に分かれようよ。サコツを探す組と"ハナ"を消す組に」

「そやな。それはええ案や。時間短縮もできて一石二鳥やな」

「んじゃ分かれよ〜!」

「………どうやってだ?」

「分身すればいいのよ」

「できねえよ!お前はできるだろうが他の皆はできねえよ!

「あら、ナメクジがいるわ」

「どこにだ?!」

「ほら、喧嘩をしないで二手に分かれるよ。どうやって分かれようか」

「ワイは"ハナ"探しに回るで。"笑い"を見極める力がある以上こっちをせえなあかんしな」

「そうだね!…あ、私はサコツを探しに行くよ。だってサコツが心配だし…」

「僕もサコツ探しをする」

「ほなソングとブチョウはワイと一緒に"ハナ"を消すで」

「あら?また凡と一緒なの?もうこりごりだわ」

「何かほざきやがったなてめえ!俺だっててめえと一緒にいたくねえよ!だから俺もチョンマゲ探しをする」

「わかったわ。ほな、早速分かれるで。集合場所は車んとこやで!」

「みんな"ハナ"探し頑張ってね!」

「あら、タマと2人きりなのね。ぐひょぐひょ」

「普通に笑えや!キモイわ!!」

「何言ってんのよ。これはしゃっくりよ」

「余計キモイわ!普通にせえ!」


おかしいブチョウから避けるようにトーフは列から反れ、ブチョウも面白がって追いかける。
残りのクモマ、チョコ、ソングはサコツ探しに、天使の後を追いかける。



+ + +


邪悪な声に、聞き覚えのある声に、『悪魔』という声にサコツは怯えた表情を作った。
振り向かずにただただ目の前の白い花を見るサコツであったが、後ろの奴がサコツを影で覆い、サコツの視界を暗くする。


「おや?どうしたんだ?悪魔」

「…っ」


後ろにいる奴が尋ねてくるがサコツは振り返らないうえに答えない。
そのためサコツは知らないだろう。後ろの奴が不敵な笑みをこぼしていることを。


「こんなところで何をしているんだ?悪魔」


聞き覚えのある声…。
この声は、…そう、あのときの…。

どうして?何で?どうしてだ?
この声をまた聞くことになるなんて…。

もう、イヤだ。


震えるサコツに近づく後ろの奴。すると奴は不思議な光景を目にしたらしく首を傾げる。


「…?木に供えられた花?」

「…っ!」

「どうしてこんなところに花が供えられているんだ?これは一体どういうことだ?な、悪魔」

「…お前には、関係ないことだ…」


やがてサコツが口を開いた。しかしまだ振り向かない。ずっと目線は花…の下の土…の下の母である。


「冷たいな。さすが悪魔だ」


ズキっ。また怪我の傷が痛みだす。


「…っ」

「おや、汗びっしょりだぞ、悪魔」


声は真横から聞こえてきた。驚いた拍子についにサコツは振り向き、声の主の姿を見てしまった。
聞き覚えのある声の主はサコツと目が合うとニヤリと口元を歪める。


「久しぶりだ。悪魔」

「―――――っ!!!」


恐怖と傷の痛みが重なり、サコツは声にならない悲鳴を上げた。
目の前の男の姿を見たとたんにあの光景がまた浮かびサコツを苦しませる。

血まみれの母の姿。その上にあるあいつらの影。
悪魔退治に来たあいつら。今から7年ほど前にあった忘れられない事件。

こいつは母を殺したあいつらの1人だ。


「あのときは、私を踏み潰してくれたな」


殺したと思っていた奴が生きていた。
あのとき、てっきり踏み殺したかと思っていた。しかし生きていた。

 ヤバイ。怖い。怖い…。
 何で生きているんだ。やめろ、怖い…っ!

心が痛む。それに伴って背中の傷も痛む。
痛みは最高潮を達する。吐き気がするし、嫌な汗も出る。苦しい…。


「苦しそうだな、悪魔」

「……」

「この木に花を供えているということは、この木の下にあの汚れ天使が埋められているのか?」

「…汚れ…?誰のことを言っているんだ…」

「お前のお母さんのことだ」

「…」


 汚れだなんて…。
 俺の母さんは決して汚れてなんかいない
 母さんは、清い天使。

思い出す度、笑顔のウナジの姿が浮かぶ。
優しいウナジの笑顔が。

そのウナジの墓であるこの木を、男は蹴りあげる。
大きい木のため揺れはしなかったが、サコツは蹴りをいれられたということにショックを受けた。


「何するんだ!木に蹴りいれるなんてどういう神経してんだ!」


 俺の母さんに何をする!

しかし、男は蹴りをいれ続ける。


「どうだ。悪魔。悔しいか?苦しいか?ふふふ、お前には今悪魔の翼がない。悪の力がないお前には何も出来ない!」

「やめろ!それ以上蹴るな!」


木を蹴る男を抑えようとするサコツであったが、体が痛む。サコツは動けなかった。
サコツの様子に気づかず男は蹴り続ける。
そのため木が揺れ始めた。木の自慢である葉たちが悲しげに悲しげに散っていく。


 お願いだから、やめろ…。
 俺の母さんをこれ以上傷つけないで。

 ただでさえ、俺が悪魔だということに心を傷つけていただろうに、その上から体を傷つけるなんて。

 やめて…。


 ごめん、母さん。







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