「母さん?!母さん!!」


目の前で血まみれになって倒れている母の姿に息子は泣きついた。
白かった母は今赤く塗りつぶされている。

ウナジをこんな姿にしたと思われる数名の大人たちは不敵な笑みを浮かべあっている。


「何でこんなことしたんだ!!」


サコツはそんな大人たちを睨みつけた。
大好きな母の姿を変えたこいつらを。

口元を歪めて大人の1人が答えた。


「悪魔退治だ」


邪悪な声にサコツの顔が強張る。
そんなサコツに大人たちは銃を刀を向けていた。


「何でだよ!意味わからねーよ!何で俺じゃなくて母さんを」

「話し合った結果だ」

「…」


血まみれになっているウナジの首元に手を置いて生死を確認する。
分からなかった。

残念だったな。と言って大人たちは話し合った結果について語る。


「実はな、前々から悪魔をこの村から追い出そうという計画が成されていた。しかし実行しようとするとすぐに飛びついてくるのだ。この母親が」

「!」

「だからこの前の話し合いでこう意見が出されたのだ『母親をまず最初に始末すればいい』と」

「!!!」


それで、この結果か…。


「困ったものだ。どうして悪魔を育てようと思ったのか。この母親の考えが良く分からない」

「…っ!」


影で表情が見えない大人たちから目を離して、またウナジを見る。
動かない。
…動いてよ。


「神聖なる天使の地に悪魔を立たせること自体が罪だ。それなのにこの女は」

「頭がいかれているな。どうしてこんな生き物を生かしていたんだ。このまま成長すればきっとこの悪魔は凶悪なものになるだろうに」

「まあ、母親は始末した。本命に入るぞ」

「悪魔、覚悟しろ」


持っていた武器を構える数名の大人たち。
武器の先にはサコツの姿がある。
しかしそのサコツは

まったく生気のない状態であった。

泪がポロポロ流れてくるのだ。


「…イヤだ……」


サコツは泣いた。
動かない母親の姿に。
大好きな母親の姿に。

天使には魔法が使える。主に治癒魔法を得意としている者が多い。
対して悪魔は、傷つけるしか能がない。


傷つけるしか…。


傷ついている母親にサコツは何もしてやれない。

自分は何て愚かなのだ。



「母さん……」


動かない母親を何度も何度も揺する。それなのに結果は変わらない。
代わりに母親から出る血だけが、生ぬるくサコツを濡らしていく。



白が赤になる。

対し黒は赤には染まらない。

黒は色を全て吸収してしまうため、黒に勝てるものはいない。

しかし白は弱い。どの色にも染まってしまう。


今、母親が赤に負けようとしている。

白かった母親が赤くなっていく。


白が赤に


赤に……。






「うわああああああああ!!!」


赤く染まりあがるウナジにサコツは絶叫した。
起きろ起きろと何度も揺さぶる。

それを楽しそうに見ているのは大人たち。
サコツに向けて武器を構え


そして



「死ね」



しかし



「待って」



幻聴が聞こえたのかと思った。
目の前で全く動かなかった人物の声が聞こえてきたのだから。
しかし、声は続く。


「…これ…以上何もしないで」


苦し紛れの声であったが、その声はまさしく、ウナジのものだった。
うつ伏せになっていた体をウナジは自分で起こし、顔を見せる。

ウナジの白い肌も真っ赤になっていた。
口から鼻から出た血が付着している。

サコツは動いているウナジの姿にまた泪を流す。


「母さん!」


生きていた!


「…サコツ…」


しかし、ウナジはこの後、残酷な言葉を口にした。


「向こう行け」



「…え?」


一瞬、サコツは固まった。
震えながらも血を流しながらも立ち上がる母親の姿を黙って見る。

ウナジは、サコツに背を向けた。
ウナジの目線は武器を持った大人たちだ。


「あんたは今狙われている。だから逃げて」

「…」


やはりウナジはウナジだった。
あの残酷な言葉もサコツのためを思って言った言葉だったのだ。
ウナジの優しさにサコツは答える。


「イヤだ…」


サコツは首を振ってウナジの言葉を覆した。


「母さんが逃げて。母さんには関係ないんだ。これは俺の問題だ。悪魔の俺の問題なんだ」

「何格好つけているのよ」


しかしすぐにウナジが反論してきた。
細々しい声で。呼吸も荒い。吐血も酷い。


「…あたしは今までね、こいつらと戦っていたの。…あんたの知らない場所で。…あんたを処分しようという奴らなんてあたしが絶対に許さない」


手を広げて、ウナジの影は背後にいるサコツを覆う。


「…母さん…」

「母さんはね。あんたを本当に愛していたの。だって、あたしの息子だから」

「…」

「この子はあたしの子。あたしの大切な子。あたしのもの。誰にも渡さない」


サコツは泪を拭うが泪はまた新しく流れてくる。
歯を食い縛って、母の気持ちを受け止める。


「…」

「サコツは悪魔じゃないもの。悪魔じゃないから私は必死に守る」

「ほう」


血に我慢しながら発言するウナジを、大人たちはバカにしたような目で見やり


「そしたらそいつは一体何者と言うのですか?」

「天使よ」

「…!」

「何をバカなことを言う…」


ウナジは血を吐きながらも容赦なく言い放つ。


「この子は天使よ。だって誰の心も傷つけようとしなかったもの。むしろ天使になろうと努力して、今ではこんなにも優しい子になった。だからこの子は悪魔じゃない」

「母さん…」

「その銃、撃つならあたしに撃て。この子には絶対に手を出すな。もし出したら許さない」


ボロボロのウナジは、いつものように喧嘩腰になる。
だけどふらついていた。


「やめてよ、母さん…今の母さんじゃムリだ」

「何がムリだというのよ」

「ボロボロじゃないか。寝とけよ…」

「何言ってんのよ。ボロボロになっているのはあんたの心でしょ」

「!」

「早く逃げろ。あたしが時間を稼ぐからサコツは早く」


ウナジの声は続かなかった。
銃声が響いてウナジの声を掻き消したのだ。
銃弾はウナジの腹を貫いて、サコツの頭上を通る。


「母さん!」

「いいから逃げろ!」

「イヤだ!やめてよ母さん!!」


そのとき、密かにサコツの背後に回りこんでいた大人がサコツを捕らえた。
身動き取れなくなったサコツは足をバタバタ動かすが大人は離さない。
そして、ウナジも同じように捕らわれていた。
後ろからウナジを捕らえると大人は、邪悪な笑みを溢すと


「悪魔を育てた罰だ!!」


バキっとウナジの白い片翼をもぎ取ったのだ。
悲鳴を上げるウナジの背中からはまた新しい血が溢れ出た。


「母さん!」

「おい、ウナジさんよー」


血に染まったウナジの羽を地面に叩きつけて大人は言った。


「あんたもう天使失格だ」

「…」

「悪魔を育てた天使は悪魔と同じだ!お前は悪魔だ!!」


片翼を失いぐったりとしているウナジは大人の言葉に何も言わなかった。
対しサコツが鋭く反応していた。


「何言ってんだ!母さんは天使だ!悪魔は俺だけだ!母さんは何も関係ない!だから離してやってくれ!!」


しかし大人は聞かない。
またウナジに暴行を加えるのだ。
蹴って殴って刺して斬って。その場にウナジの血がいくつも飛び散った。


「やめろ!やめてくれ!!」

「母さんは何も関係ないんだ!何もしないで!母さん!母さん!!!」

「イヤだ!母さん!!!いやだあああ!!」

















ねえ。サコツ。

あんたのその願い事、きっと叶うと思うわ。
サコツは優しい子だから。きっと世の中の人々を幸せにすることが出来るはずよ。


母さんも、それを願っているわ。













「母さん!!!!」


やがて支えのなくなったウナジはその場に崩れ落ちた。
両翼を失くし、代わりに血がそこから溢れ出、見える範囲の肌は全てアザだらけ。
ウナジは無残な姿になってしまった。


「…………っ」


サコツは全身から"気"を出していた。
それは"殺気"となって外に分泌する。
ウナジの姿を見て、サコツは酷く心に傷を負った。
傷を付けられた。

傷を付けられた。


「てめえらああああああああああ!!!!!」


サコツは全身から出た"殺気"を手に溜めボールのように固めると大人たちにぶつけた。
悪魔の"気"は強烈だ。特に"殺気"となったものは周りに被害を与えながら空気を削っていく。
"殺気のボール"を喰らったところは深く抉られ、大人は体の一部を失う。


「ぐはあ!」

「てめえ!何をしやがる!」


仲間の悲鳴を聞いて吼える大人にサコツは何も言わない。
無言で大人たちを懲らしめていく。


「いてえ!指3本失ったじゃねーか!」

「やめろ!やめてくれ!!」

「悪魔め!やはりお前には傷つけるしか能がないのか!」


うるさい大人たちをサコツは鋭く尖った爪で仕留める。
急所を狙い、悲鳴を上げることなく死にいたる。


その場に血の雨が降った。
サコツはたくさんの返り血を浴び、血まみれで倒れている大人たちに冷たい目線を送る。
一人だけが苦しそうにもがいていた。


「くそ!悪魔め!」


血を吐きながら悪態つくその大人をサコツは踏み潰す。
やがてサコツは口を開いた。
邪悪な声で。


「天使ごときに悪魔に勝てると思っているのか」

「…っ」


更に踏みにじり、よって大人は沈んだ。
やっと静かになったところで、サコツはようやく大好きな人の元へいく。


「………………母さん………」



ウナジの元へ行き、抱き上げる。
ウナジの体からはまだ血が出ている。
とくに背中から出る血が。


「……ごめんなさい、母さん…」


本来背中にあるはずの白い羽が両方ともなくなり、代わりに血が羽のように激しく出ていた。
サコツはそんなウナジに泪を流す。


「何で……何で母さんがこんな目に遭わなきゃならなかったんだ…。母さんは全く関係なかったのに…。俺のせいで…俺の…」


大きなウナジを更に強く抱くが、ウナジからは反応がない。


「いやだ…母さん動いてよ。お願いだから母さん…」


サコツが何度も名を呼ぶがウナジは動かなかった。


「俺…母さんのその白い羽…大好きだったんだ…。綺麗な白い羽…すっごく羨ましかった。…それなのに…今の母さんにはその羽がない」


泪は耐えることなく流れ出た。


「どうして羽がないの?どうしてあの綺麗な羽が今はないの?どうして母さんそんなにもボロボロになっているの?どうして真っ赤なの?どうして白い部分がないの?どうして………」


「いやだよ母さん…母さん…」


「動いてよ。動いてよ母さん……」

















ねえ、サコツ

あんた、やっぱり天使になりたい?



…そうよね。
天使になりたいよね。
だけどね。あんたの心は十分に「天使」よ。

優しい天使。


ウソじゃないって。
だって、あんたはこんなにも優しい心を持っているんだもの。




あんたは、私の天使なのよ。



















「…大丈夫…だから……あんたは…私の子だもの…」


また幻聴が聞こえた。
ウナジが言っていると思って表情をうかがうが、ウナジは動いていなかった。

幻聴だった。

だけどその幻聴はまた聞こえてくる。


「あんたは立派な天使になれる…だって、私が育てた子なのだから」

「…母さん?」


幻聴は続く。


「悪魔に生んでごめんね。あんた、今までツラかったでしょう?私も泣いているあんたの姿見るのがツラかったわ…。ごめんね。悪魔なんかに生んじゃって。天使に生んであげなくてごめんね」

「違う、悪いのは母さんじゃない。母さんは何一つ悪くないんだ」

「…神様って意地悪だわ。どうしてこんなにも優しい子を悪魔にしたのかしら…。この子ほど優しい子はいないのに」

「…母さん…」

「…サコツ、お願いがあるわ」

「何、母さん?」


「誰も傷つけちゃダメよ?あんたは天使なんだから」




「……うん」



周りを見渡す。
そこには先ほどまでウナジに暴行を加えた大人たちの姿が、真っ赤に塗りつぶされていた。
誰も動かない。

その中でサコツだけが動く。
ウナジを優しくその場に寝かし、向かう場所は
ウナジの両翼。今はあの白さはない。ウナジの血で赤くなっている。

腰を落として翼を眺める。
赤い天使の翼。何て無残な姿なのだろう。


「俺、約束する。誰も傷つけない」


手を背中にもってくる。
そこに生えているものは悪魔の黒い羽。
サコツはそれを掴む。


「うん。もう俺、傷つけないから…」


翼を掴んで、一気に引く。


「だから」








「こんな羽、いらない」







サコツの背中からもウナジと同様に血が溢れ出た。
黒い悪魔の羽を掴んだ手を目の前に持ってくる。


 これのせいで、俺は、みんなを傷つけてしまったんだ。
 だからいらない。悪魔の羽。

 それと


サコツの悪魔の羽をウナジの天使の羽の上に被せる。


 俺たち、親子だから。一緒じゃなくちゃ


 母さんに羽が生えていないのなら、俺も生やさない。
 母さんの天使の羽がこれから見れないのなら、俺はもうこの村にいなくていい。

 母さんがいないんだから、俺はここから去る。



「なあ、母さん」


誰も応答しないが、息子は続けた。


「俺な、今日初めて友達を傷つけなかったんだ」


右手に悪魔の羽、左手に天使の羽を掴んで。
まるで子どもがお人形遊びをするように、ちょこちょこと動かして
サコツは1人で会話する。

右手を動かして黒の羽。


「本当なんだ。俺本当に今日友達誰一人傷つけなかったんだ」


左手を動かして赤の羽。


「あら、本当。よかったね、サコツ」

「うん。あとね、嬉しい情報があるんだ」

「何?」

「もうこれからも傷つけないと決めたんだ!誰一人傷つけないで俺生きていく!だからもう悪魔の羽をもぎ取ったんだ」


1人で親子ごっこをして、サコツはむなしく泣いていた。









それから
黒い羽をなくした悪魔の子は
白い羽をなくした天使の親を村の近くに植えられている大きな木の下に、埋めた。

母親はこの大きな木となって、いつまでも息子の活躍を見れるように。



そして、悪魔はこの村から去っていった。








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「―お母さん―」終わったけど、何て悲痛な気持ちになるんだ!!
我ながら心痛む話だった…。

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