やはり天使の村に悪魔がいるなんて無茶な話なのだ。
悪魔の"不幸にする力"が天使を日々苦しませる。
悪魔の"力"は年を越すごとに力を増す。今年でもう10年目だ。
いい加減あの悪魔を処分しなくては、将来の天使の村が心配である。

そうすると、案が浮かんでくる。

悪魔を追い出すという案が。

しかし、それはなかなか難の事であった。
悪魔の母親の天使が頑固者で、その案を完璧に覆してしまうからだ。
おかげさまで今年もまた悪魔を追い出せない……と思ったが、
また新たな案が浮かんできた。


そうだ。こうすればいい。
そしたら、今度こそこの村から悪魔を追い出せる。


天使の村の政府たちは会議場で不敵な笑みを溢しあっていた。







「サコツーごはん食べるよー」


そんな話し合いが開かれているとも知らずに、悪魔の母親であるウナジはのん気に息子を食事に誘っていた。
部屋の奥からサコツが目を擦りながら現れる。寝ていたらしく大口開けてあくびをしている。


「ほら、今日は生肉よー」

「マジで?!うわー生肉最高〜!」

「母さんはこっちの鍋を食べているから」

「俺は生肉だけで十分だぜ!」


ウナジはしゃもじで巨大鍋に入っている物を平らげていく。
天使の胃袋のでかさにはサコツはもう慣れている。
自分の顔並みの大きさの生肉を豪快に口でかじって食べる。悪魔には天使にはない牙が生えているためかじるには便利である。


「そういえば、あんたまた学校でいろいろやらかしたってね?」


ウナジに話を持ち出され、サコツは肉をかじりながらも頷いた。


「これでも力を抑えているんだぜ?だけど年齢を重ねるたびに体が言うこと聞かなくなるんだ」


他の悪魔から力のコントロールの仕方を教えてもらっていないため、サコツは自分の力を抑えられていなかった。
今でも毎日のように事件を起こしている。
申し訳ないと、サコツは肩を竦める。


「あんたは悪くないって。あ、その生肉食べきれなかったら私が食べるから」

「いや、俺全部食うから!」


肉を狙っているウナジから距離を置いて、口の中に肉を詰め込む。


「なあ、母さん」


呼ばれて顔を向けるウナジに、サコツは今まで心底に溜めていた言葉を吐き出した。


「俺、この村にいていいのか…?」


それはウナジに衝撃を走らせていた。
サコツは気持ちを打ち明ける。


「いつも事件を起こしているし俺って天使たちにとって邪魔なんだと思うんだ」


ウナジは黙って聞く。息子の気持ちをきちんと受け止める。


「自分でも怖いんだ。自分の力が。これはまだ抑えている方なんだけど、もし本当の悪魔の力を発揮したら…そう考えると胸が痛くなるんだ」


悪魔なのに天使の優しい心を持っているサコツ。
自分の本当の力に日々怯えていたようだ。
それを知るとウナジは


「気合いれーい!」


スプーンの代わりに使っていたしゃもじをサコツの背中にぶち咬ましていた。
突然しゃもじアタックを喰らったため、口に含んでいたものが出そうになったがサコツは何とか堪えた。


「な、何するんだ?!母さん」

「あんたまた世の中に怯えてた」

「…」


ウナジは世の中に怯えているサコツの姿が可哀想で仕方なかった。
震える我が子の背中を見たくなかった。だから注意する。


「世の中にビビるな。あんたには立派な羽があるんだから」

「…立派な羽って…これのどこが立派なんだ…」


サコツは反論する。
自分の嫌いな場所を褒められたのが気に食わなかったのだ。
眉を寄せるウナジにサコツは続ける。


「真っ黒で柔らかくないコウモリみたいな羽で…不気味じゃないか」

「何言ってんのよ…」

「この羽のせいで今までずっと苦労してきた…」

「…サコツ…」

「俺は…母さんみたいな白くて柔らかい鳥みたいな羽が好きなんだ」


それでウナジには分かった。
サコツはやはり悪魔ではなく天使になりたかったということを。
今までずっと前向きに生きていて、悪魔でもいいといった素振りを見せていたサコツ。
しかしそれはウソの姿。本当は

天使になりたくて仕方なかったのだ。

真実を知ってウナジは、知らぬ間に厳しい目から泪を一筋流す。


「ゴメンねサコツ。あんた…やっぱり天使になりたかったのね」


震えたウナジの声にサコツは自分の過ちに気づく。
こんなこというつもりではなかった。

母に心配させたくないから今までずっと隠していた言葉。


「う、ウソだよ母さん…」

「いいよムリに隠そうとしなくても。母さんもあんたの本当の気持ちを聞けて、嬉しかった」

「…」

「そりゃあ悪魔になりたくなかったよね。この天使の村じゃあんたは恐怖の存在だからね。友達からも避けられるうえに一緒に遊ぶと傷つけてしまう」

「…うん」

「今までツラかったね」


優しい口調でそう言われ、サコツは目を潤す。学校での出来事を思い出していたのだ。
休み時間に友達から遊びに誘われたのだが些細なことで傷つけてしまった。
本当は傷つけたくない。それなのに体は言うことを聞いてくれない。
今日は全身の"気"がその場に吹く風と共に"かまいたち"を作って友達を傷つけた。
友達には本当に悪いことをした。


「うん。ツライ…」

「でもね、母さん思うの」


ウナジは流していた泪を小指で拭ると真剣な目をして、こういった。


「悪魔はきっと人の心身を傷つけることに対して何も思わないと思うの。人を不幸にさせるのを生きがいにしている人種だから。だけどサコツは違う。優しい子。人の不幸に泪を流せるやさしい子よ」

「………」

「あたしは、あんたが天使のような心を持ってくれたことが一番嬉しい」


ウナジの気持ちにサコツも知らぬ間に泣いていた。


「ありがとう、母さん…」


泪がポロポロ出てくる。それでもサコツは言い切った。


「母さんがいてくれたおかげで俺今まで生きていけた。自分をこんなにも愛してくれる人がいてくれたおかげで俺は世の中に怯えなくなった。前向きに生きることが出来るようになった。全て母さんのおかげだ。ありがとう」

「……っ」


お互いにお礼を言って、泣きあった。
母の気持ち、息子の気持ち、お互いがぶつかり合い、その場は優しいオーラに包まれる。

人種は違う。けれども心は一緒。
それは泪が物語ってくれる。
お互いに愛し合えるから泪を流せる。
嬉しさを込めて泪は二人の目から流れていく。







ねえ。母さん

どうして俺を悪魔にした?




ねえ。サコツ

どうして悪魔として生まれてきた?




それはわからない。
どうして天使から悪魔が生まれてしまったのか。
それは誰もわからない。









ねえ。

どうして天使と悪魔はお互いに怯えあう?
背中に翼を生やした"仲間"じゃないか。











なあ。母さん

俺、天使になれると思う?


そうね。きっとなれるわよ。

サコツは優しい子なのだから。






ねえ。サコツ

あんたの願い事って何?



何だろう…。そうだなぁ…

…俺、天使になって、みんなに幸せを分けてあげたい。



…そう。あんたにならできるわ。きっとできる。

何せ、あたしの子なのだから。
悪魔のままでもあなたは人を幸せに出来る。

あんたは母さんをこんなにも幸せにしてくれたのだから。




ありがとう。

















ある日の夕刻時。
世界は赤に包まれた。
顔を赤くした太陽が白い天使の村を赤に染め上げる。

その太陽の赤によって赤くなっている道をサコツは走って帰宅していた。
黒い翼だけが太陽の赤に染められておらず、闇の色を通す。

今日のサコツの表情は非常に晴れていた。
嬉しいことがあったのだ。

初めて友達を傷つけなかったのだ。

サコツはそれが嬉しくて、とにかくウナジに知らせたかった。
だから走って帰る。


家に着いた。
いつもどおりに玄関のドアを開けて、中に入る。
そして真っ先に母の姿を探そうと顔を上げた、のだが


「…………」


家を間違えたのかと思った。
その場に広がった風景は、悲惨なものだった。

荒らされた部屋。
テーブルやイスがズダズダになっている。
ガラス製品は割れ、足の踏み場がない。

綺麗だった部屋が知らぬ間に荒らされていたのだ。



「…………」


何が何だか分からずただただ唖然とこの部屋の中を眺めていた。
するとある色が目に入ってきた。

それは"赤"。

赤が隣の部屋まで引きずられたように伸びている。


不吉な予感が漂った。


サコツは踏み場が割れたガラスに覆われているのにもかかわらずその隣の部屋まで駆けた。
足が痛んだが、そんなの気にしない。
そして


「…っ!」


隣の部屋に入ると、数名の知らない大人たちが立っていた。
ただただ目を見開いているサコツに気付くと大人の1人が三日月に口元をゆがめた。


「おかえり、悪魔」

「………」


サコツは挨拶に答えなかった。
答えることが出来なかった。

サコツの視界に"赤に塗りつぶされている白"があったから。

泪を流す暇もない。


「母さん?!!」


大人たちの足元には、血まみれのウナジが転がっていた。
清潔な白の服は真っ赤に染まり
白い羽根も散乱し、
その羽根をウナジが漏らしている血と重なっている。



ウナジは、動かない。











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