トーフが取り出した糸はそのまま狭いこの場に広がり
蜘蛛の巣を作り上げた。


こうしていれば、瞬間移動中の敵でも糸の蜘蛛の巣に引っ掛かる…。


「おお〜すごいわね〜タマ」


トーフの作り上げた蜘蛛の巣を見て、ブチョウが感心の声を上げた。
不敵な笑みを浮かべトーフが応える。


「こうしてれば、敵は嫌でもこの蜘蛛の巣に引っ掛かるで」

「ホント、なかなかの蜘蛛の巣ね」

「そうやろ〜」

「ホントホント。これにネバネバもついてくればバッチグ〜なんだけどね。今のままじゃまだまだね」


ブチョウに指摘されて、蜘蛛の巣に目を向ける。
ブチョウは蜘蛛の巣状に広がった糸に手を触れていた。
糸に触れて粘りを見ているようだ。
さすがにそれは普通の糸のため、粘りなんか出るはずない。


「ブチョウ、触れていたらあかんで。敵がそれに引っ掛かるかもしれんから」


一応、注意する。
すると、すぐに応答が返ってきた。


「私が引っ掛かったわ」

「あんたが引っ掛かったんかい?!」


何と、ブチョウが糸に引っ掛かっていた。
思わず突っ込むトーフ。

蜘蛛の巣に見事な姿で絡まっているブチョウは別に気にしていない様子だった。


「んも〜。何て世話のやける人なんや…」

「早く解きなさいよ、ボケ」

「あんたが掛かったのが悪いんやろが!!」


無責任なブチョウに叱る。

ったく、何ていう人なんだ…。



絡まったブチョウを助けるため、無念ながら蜘蛛の巣状の糸を解くことにした。
せっかく、罠を作ったのに…。

おかげで、ブチョウはそこから脱出することが出来た。


「死ぬところだったわ」

「あんたのせいや、あんたの!」

「あのとき、微風が吹いてきたのよ」

「ウソや!?ってか微風って微妙な?!」


激しく突っ込んでくるトーフにブチョウは軽く溜息をついた。


「あんた、そんなことしている場合?」


言われ、思い出した。
自分は今、瞬間移動する敵を追っていたのだ。
ブチョウの面倒見ていたらすっかり敵のことを忘れていた。


「くそ!どこや、敵」

「ここよ、ここ」

「へ?」


ブチョウに言われ、辺りを見渡す。

何処だ…?


「何処見てんのよ。タマ。ここよ」

「はあ?どこやねん」


見当たらない敵に腹を立ててトーフはブチョウの方を振り向く。

すると、ブチョウの腕の中に見えたのは…。



「…魔物?!!」


トカゲみたいな容姿の、魔物だった。

一体、いつ捕まえたのだろうか?
ってか、どうやって捕まえたんだ?
瞬間移動する敵を…。


誇らしげに腕の中の魔物をトーフに見せるブチョウ。
彼女の腕と腰の間に顔を挟まれたトカゲ似の魔物は
悔しそうに舌打ちを鳴らして、唸った。


『おのれ……。俺としたことが…』


今回の魔物も会話が出来るらしい。
蟇蛙みたいな声のまま、続けた。


『まさか、こんな奴に捕まってしまうなんて…しかも腕に挟まれるなんて何てマヌケな…っ』


とっても悔しそうだった。


「乙女の腕に挟まれて幸せでしょ」

『くっそー!お前乙女だったのかー!』


この様子から、ブチョウを乙女だと思っていなかったらしい。


「さー。魔物、どないする?捕らえたからにはもうこっちのもんやで」


マヌケな姿の魔物を嘲笑う形で睨むトーフ。
その言葉に魔物は睨み返し、続けて高笑いをあげた。
突然の笑い声に驚く。


「な、何や?」

「まるで屍のようだ」

「使うところ間違っとるで?!」

『ひゃ〜はっはっはっは。バカめ!!』


叫ぶと魔物はブチョウの腕からスルリと蛇のように抜け、脱出した。
そしてそのまま後ろへと跳ぶ。
トーフは舌打ちをし魔物を追う形で糸を伸ばすのだが、糸に魔物は掛からなかった。


「逃げられたか!」

「あいたこりゃ。タマ、油断しちゃだめよ」

「あんたが油断したんやろが!」

『いつまで喋ってる!』


後ろへ跳んだ魔物は、刃物並に尖った両手を広げ、二人に突進してきていた。
悲鳴をあげ、何とか避ける二人。
しかし、魔物の動きは止まらず、何度も二人に向けて両手を振り回してきた。


「なんて奴や!こいつ…」


動き回る魔物を避けつつトーフは作戦を練ろうとする。
だが、魔物の攻撃を避けるのに、精一杯だ。

どうやって、こちらも攻撃するか…。


「タマ、あんた、囮になって」


急にブチョウが叫んだ。


「へ?」

「仕方ない。私が戦うわ。私今から戦う支度するからあんたは敵を引きつけといて」

「そんな、あんた戦う気か?!危険やで!!素人は手出したらあかん!」

「誰が素人よ」


トーフの言葉に口を尖らせるブチョウ。
腰に手を当ててブチョウは言い切った。


「私は、戦いには自信はあるわ」

「……ホンマか」

『こゥらァア!!いつまで話している!!』

「…わかったわ。あんたを信じるわ」

「さんきゅーべりまっちん!(Thank You verry mach)」


言葉を交わし終わると、トーフはわざと魔物の前に飛び出した。
敵をひきつけようとしているのだ。
モチロン、それに魔物は引っ掛かった。


「こっちや、トカゲ〜」

『トカゲじゃねーよ!バーロー!俺はウサギ似の魔物だ』

「ウソつくな!どうみたらウサギさんに見えるんや!」


トーフが魔物を引き付けている中。
ブチョウは少し離れたところで、腰に手を当てて、立っていた。
魔物を睨み、それを引き付けているトーフを見ながら
腰に掛かっている巨大ハリセンを取り出す。
そのハリセンに描かれているのは、赤色の魔方陣。
ブチョウはそれに優しく手を触れさすと
魔方陣は光を出し始め、空気を動かした。


空気が大きく動く。

それには魔物もトーフも気づいたようだった。


「な、何や?」

『まさか…魔法を使うのか、あいつっ』


ブチョウは光を放つハリセンを力強く握り締め、
呪文と唱え始めた。


「ま゜!!」


じゅ、呪文?
ってか、今なんて叫んだ?


"ま"の半濁点?!
なんて発音するんだ?!



「いでよ!召喚獣!」


ブチョウは周りの反応を気にせず、叫びを続けた。
呪文はあの一言だけのようだ。


『「しょ、召喚獣?!」』


ブチョウの叫びに激しく反応する二人。

まさか、ブチョウは召喚魔法の使い手なのか?

そして、ブチョウは言い切った。



「召喚獣"クマさん"!!」




























『「全くクマじゃねー!!!!!」』


目の前の出来事に思わず魔物と声を揃えて叫ぶ。
どこらへんがクマなんだ?!

クマ?


クマ…



この顔のどこがクマなんだ?!!





「さ〜魔物、どこからでもかかってきなさい」


ブチョウは自信満々に腕を組んだ。


『いやだよ!ボケ!』


魔物はそう吐き捨てると、


『怖いよー!ママ―ン!』


と、泣きながらさっさとその場から逃げ出してしまった。


「待て―!魔物ー!」


追いかけようとするブチョウ。
それをトーフが止めた。


「やめとき。魔物が泣いて逃げてる姿なんてワイ初めて見たわ」


魔物が母ちゃんに助けを求めながら去っていくなんて…確かに衝撃映像だ。


「失礼しちゃうわね。まだ戦ってもいないのに」


悔しそうに言葉を吐く。


「いや。あれを見るだけで十分やと思うで」


正直に気持ちを述べるトーフ。

ワイもはやく、そのクマさんを消してほしいわ…



「…ったく。クマさんゴメン。せっかく出てもらったのにね」

"しかたないさ、ベイビー。敵は俺の相手になるほどの奴じゃなかったのさ"

「うわ!何てキザっぽい口調!!」


クマさんの驚くべき発言に思わず気持ちを口に出す。
しかし、クマさんはトーフの言葉が耳に入らなかったらしい。
よかったね。トーフ。
トーフのツッコミを気にせずブチョウとクモさんは会話を続けた。


「そうね。クマさんは私の召喚獣の中で一番強いからね」

"そうさ〜。僕に敵う相手なんていないさベイビー"



ベイビーはやめてほしい…


「自信満々ね。満々を逆から読むと"んまんま"」

「そなことどうでもええから、はよクマさんしまってくれや!!」

「…ケチンボね。あんた。…さ、戻りなさい。クマさん。また今度も頼むわね」


また今度もって…
また出す気なのだろうか…クマさんを。


"わかったよベイビー。それでは、ごきげんよう"


別れを告げると、召喚獣はドロンと小爆発し、姿を消した。

よかった…消えてくれて…。
もう安堵しまくるトーフ。

召喚獣を仕舞うとブチョウは大きく溜息をし、呟いた。


「…魔物を取り逃がしてしまったわね」


聞き、トーフは事態を思い出した。


「あ、魔物追い払ってくれておおきに。あんたのおかげで無事解決したわ」

「でしょ〜。エッヘン」


胸をはるブチョウ。

どうして、こんなに美形な人が…可笑しいのだろう…。


「そういえば」


接続詞をつけて、ブチョウが訊ねた。


「どうして魔物が現れたのかしら。この村には一度も魔物なんて出たことなかったのに」

「!あんた魔物のこと知っとるのか?」

「当たり前でしょ。私は魔物と戦うために召喚魔法を武器にしてるんだから」


言われ納得する。
…そうすると、ブチョウはこの村の者ではないのだろう。

この村の住民だけが魔物を知らないのだから。

それにしても、ブチョウが召喚魔法の使い手だなんて、予想もしていなかった。


「たく〜、何でこの平和な土地に魔物なんかが…」


魔物の登場にブチョウは機嫌を悪くする。
慌ててトーフが言葉を出した。


「それはな」


背の高いブチョウの目を見るため、顔を上げ、そして真剣な眼差しを送った。


「ラフメーカーを追ってきたからなんや」

「ラフメーカー?どこのメーカー品よ?」


疑問符を浮かべているブチョウにトーフは"ラフメーカー"について語った。
全てを聞き、ブチョウは頷いた。


「な〜るへ〜そね〜。だからこの村に"ハナ"が咲いていないのね」

「そういうことなんや。ラフメーカーはワイを除きこの村に今のところ4人も存在してるんや」


親指を曲げ、4つの指をブチョウに見せる。
そして、人差し指だけを残し、他の指を折り曲げると
人差し指をブチョウに指した。


「そのうちの一人があんたなんや」


「へぇ〜」


……


「いや、驚かへんのか」

「マジで?!すっげー!!私ってちょーすごいの?!」

「うわ。驚くの遅っ!可笑しいわあんた!」



ブチョウの可笑しさにトーフは遠慮なく突っ込む。

そう。これがブチョウの独特な笑い。



"可笑しい"笑い。



「あ〜だから魔物がラフメーカーの私を襲ったワケね」

「そういうことや。魔物も勘が鋭いからな。ラフメーカーの存在に気づいたみたいや」

「ふ〜ん」

「そいで、あんたにお願いしたいことがあるんねん」

「何よ」


トーフは手を合わせてお願いした。


「ワイと一緒に旅してくれへんか?」

「…」


暫く間を置いて、ブチョウが応答した。


「考えとくわ」

「よろしくたのむわ」


微笑んでトーフは続けた。


「もし決心ついたら2日後に村の門前に来てくれへんか?そこで残りのラフメーカーも待っとるからさ」


残りのラフメーカーも来てくれるか微妙なところなんだけど。
唸り声を暫く上げて、ブチョウが頷いた。


「分かったわ。気が向いたら来てあげる」

「是非来てほしいんやけど」

「選択権は私にあるわ。あんたに決められちゃ困るわよ」


ごもっともだ。


「そしたら、私はまだ仕事中だから。この辺でおさらばするわ」


反省の色を浮かべているトーフにそう告げると
ブチョウは手影絵の"ハト"を作ってハトの姿に変えた。

この様子からハトになるときは手影絵の"ハト"を作るだけでいいらしい。


自分の前から去ろうとするブチョウにトーフは声をかけた。


「ところであんたの仕事って何やねん?」


ブチョウは唐草模様の風呂敷包みを軽々とハトの姿で持ち上げ
トーフの問いに応えた。


「白ハト宅急便よ」


そして、大きい荷物を持って大きく羽ばたいて飛んで行った。
トーフは飛翔するブチョウの姿を見えなくなるまでじっと、眺めていた。







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