可笑しいブチョウと出合ったその日の夜の出来事。
トーフは非常に腹を空かせていた。
暗い夜道を歩くたび、腹から音を奏でる。
大きく音を鳴らしながらトーフはフラフラになっていた。


今日は…なんか、異常に腹が…減ったわぁ…


木にぶつかりそうになったが何とか避けた。


…昼間にツッコミすぎたわ…。



異常な腹減りは昼のブチョウが原因らしい。
確かにトーフはツッコミを連発していた。
慣れない事をしたからだろうか。

トーフは"天然"の笑いの持ち主のため、あまりツッコミはしない。
どちらかというと、自然にボケをかまし場を笑わせるタイプだ。
そのため、昼の連発ツッコミはトーフの腹を狂わせた。



歩くのも苦しい…



暗いその場に座り込んでトーフは俯いた。
動くと余計腹がなる。
どこかの店が開くまでじっと耐えていた方がようさそうだ。



静かなこの道で腹の音を抑える。
音は遠慮なく腹から響き、静寂を壊す。



もう、腹減った…。




「…あれ?どうしたの?坊や」



上から声が聞こえた。
あぁ…女神様がワイを迎いに来てくれたんか…。



「どこか痛いの?」


可愛らしい女の声がトーフに問い掛ける。
しかし、トーフはずっと俯いていた。

これは、罠だ…っ。
顔を上げたらワイはきっと天国に招待されるで。



「大丈夫?」

「…」



ぐぅうううぅぅ…


は、腹の音が…っ?!



「…お腹空いたの?」


ギクっ!!


「私、パン持ってるけど…」


ピクっ(耳を立てる)


「…食べる?」

「食う!!」

「わ!食べるの早!!…よかった元気になってくれて」


食べ物に釣られてトーフは顔を上げると 目の前にいた乙女のパンを貰い、瞬で食べた。
左目下に三つの丸模様がある10代半ば〜後半ぐらいの乙女は
元気なトーフの姿に微笑み、トーフの容姿を見て、驚いた。


「…着物を着た猫?」


口の中に入っていた物を飲み込んで
トーフはすぐに反応した。


「ちゃうわい!トラやトラ!」

「あはは。ゴメンね。はじめて見る容姿に驚いちゃった」


乙女は笑って誤魔化した。
やはり初対面の人には猫に見られるのか、と頬を膨らませるトーフ。
対し、笑いながら謝って、乙女は続けた。


「ところでトラちゃん、こんな夜中にどうしたの?」


首を傾げられて、トーフが苦笑いを作った。


「ワイ、旅虎やから家がないんや。いつも野宿しとるんやけど…」


今日は腹が減って食べ物求めてこんなところまで来てしまった。
いつもならどこかの公園で体を休めているのだが。


「そうなの?今晩はちょっと冷え込むらしいよ。しかも野宿だなんて…野犬とかに襲われたら危ないじゃない」


心配そうにトーフを見つめる。
トーフはじっとその乙女の目を見ていた。

純粋な目をしている。

本当に、可愛らしい乙女だ。


「だからさ」


接続詞をつけて、目の前の乙女は優しい声をかけた。


「うちに泊まっていかない?」


思ってもいなかった言葉にトーフは目を丸くした。


「え?」

「だってこんな小さな子が野宿だなんて…」


小さい、は非常に余計だ。


「よ〜し!もう決めた!うちに泊まりなさい!ね!いいでしょ?むしろそっちの方が助かるでしょ?」


乙女は強引にトーフの腕を引っ張り、その場に立たせた。


「え?ちょいまちや?」

「大丈夫!うちすぐ近くだし。夕飯の残りもまだあるからそれ食べてもいいし」

「わかった。行くわ」

「わ!食べ物に敏感だ!?」


トーフの反応を見て笑い声を上げる。
乙女はトーフの手を引いて、夜道を歩いていった。

そして、本当に乙女の家は近くにあったらしい。


「ここだよ」


乙女がそう指差す先には、独特な形の家があった。
玄関には、赤と青と白色の模様が回転する奇妙な看板があり、暗闇を眩しく照らしている。


「あれは何や?」

「あ?サインポールのこと?」


奇妙な看板のことをサインポールと呼び、
乙女は純粋な笑いをしてみせた。


「うち、美容院なの。それと同時に理容店もしていてね」

「…びよういん?りようてん?」


この様子からトーフは全く知らないようだ。
疑問符を浮かべているトーフに乙女はクスって笑って教えてあげた。


「美容院は女性の容貌を美しく整えるところだよ。髪を切ったりするの」

「理容店は?」

「頭髪の刈り込みや顔剃りとかして容姿を整えるところ。主に男の人が通うところだね」

「へぇ〜。そしたら男も女も通える店なんやな」

「そうなの。便利でしょ」


容姿を整えるところ、か。
頷き納得するトーフ。
本当に何も知らないようだ。

一通り聞いてトーフはまた疑問を作った。


「あんた一人で女の髪も男の髪もいじるんか?」


それに乙女は、首を振って否定した。


「私は美容専門。理容の方はうちに同居している彼がしているの」

「へ〜。夫か?」


トーフの言葉に一気に顔を赤くした。


「違う!まだ夫じゃないよ!」

「まだ?」


トーフの鋭い反応に喉を詰まらせた。


「はは〜。この様子から恋人同士か。それで同居ってえぇな〜若者は」


お前はオヤジか!


「ち、違う!まだ付き合ってもいないの!」


顔を真っ赤にした乙女を見て、トーフは微笑を作った。


「ま、ワイは二人の間を邪魔しない程度にお邪魔させてもらうわ」

「いや、大丈夫だって。お互い部屋入らないようにしているから」


何てマメな…っ。


「あなたは私の部屋に泊まっていってよ」

「ホンマにえぇんか?あんたの部屋に泊まっても」

「うん。大丈夫だよ。さ、うちに上がって。両親にもあなたのことは話しておくから」

「彼には」

「あいつは、いいや。いろいろ言われそうだから」


彼はうるさいみたいだ。


「しかも自分以外の男を連れて来たってことに酷くヘタれると思うから」


彼はヘタレのようだ。


「だから気にしないで。じゃ、私は今から両親に伝えに行くから。あなたは玄関入って2番目に見える部屋に行って。そこが私の部屋だから」


丁寧に案内されて、トーフは家にお邪魔することにした。
乙女は早々とトーフの前から去り、両親のいる部屋へと向かったようだ。
トーフは乙女に言われたとおり、玄関から2番目の部屋へと歩みより
ドアをあけた。

ドアをあけてから気づいた。

玄関から2番目に見える部屋って
一つではなかった。

廊下をはさんで左右にあったのだ。


しかし、もう遅い。
トーフはすでに左側の部屋のドアを開けていた。







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