「…大丈夫か?」


牛小屋に泣き声以外の言葉が響く。
それに驚いて、目の前で泣いている彼女が顔を上げた。
鼻の頭に茶色の傷模様のある桜色の髪の女だ。


「……誰…」


しゃっくりをしながら、それでも何とか言葉を出す。
それの応答は速かった。


「はじめましてやな。ワイはトーフ」


そしてトーフは、あんたは?と返した。
彼女は応えるために泪を拭って、無理に笑顔を作った。


「…私は…チョコ」

「チョコ…えぇ名前やないか」

「…ありがと…」

「ところで、どないしたんや?勝手に小屋の中とか覗かせてもらったんやけど、ヒドイありさまやんか」


それを聞くとチョコはゾっと目を見開き、
恐怖に満ちた顔を作ると、そのまま泪を流した。


「私のせいだ…私の……」


後半は声を上げた泣き出してしまった。
それにトーフは戸惑う。
だけど、先ほどの言葉の返事を聞いていない。
そのため、また疑問符を飛ばした。


「わけわからんわ。一体何があったんや?」

「……」


チョコから応答はない。
泣くのに忙しいのだろう。

チョコを見て、小さな溜息を吐く。
トーフは牛小屋の窓から見える風景に目線を向け、言った。


「外へ出て新鮮な空気に触れるか…。そしたら少しは落ち着けると思うで」

「……」


コクっと頷くチョコ。
確認するとトーフはチョコを優しく立たせ、外へと誘導した。








なぜだか、わからない。
だけど、気がついたときには

目の前にいた
この大牧場のオーナーが
血を流して倒れていた。

自分も同じく血まみれで。


なぜだか、わからない。
自分の右手は異常に真っ赤。その赤はオーナーが腹から流す血と同じ色。
爪にはオーナーの皮膚が。

一気に頭の中が真っ白になった。
何でオーナーが倒れているの?
何で私は血まみれ?

何で?


怖くなった。
一気に表情が強張る。

まさか、私は知らないうちにオーナーを
この手で…?

すぐに電話をし、医者を呼んだ。
医者はすぐにこの場に駆けつけ、そして自分と同じ顔色を作った。


血が異常に出ている。これは危険だ。


そういわれ、オーナーはすぐに病院に連れて行かれた。

その場に自分が、一人。

もう、わけが分からなかった。
怖くて、隠れた。
泣き隠れた。

何も考えたくない。
目の前で起こった光景を信じたくなかった。

ただ、ただ、泣いて…。











「…そして、ワイが来たんやな」

チョコの話を聞いて、深刻な表情でトーフが言った。
それに、うん。と応えるチョコ。

彼女は外の空気に触れて大分落ち着いたらしい。
泪もしゃっくりも今は出していなかった。
だけど、目線はずっと下。


「そか。大惨事やったな。話してくれてありがとな」


それにチョコは小さく頷く。


「…でも、何で…こんなことになってしまったのだろう…」


細い声でチョコがうめく。
対し、トーフは空を睨みながら


「オカシイ事件やな」


と呟いた。
チョコは何も返さなかった。
ずっと下を眺めていた。





いくらなんでも、おかしすぎやろ。


空を睨みながら、トーフは思考を巡らせる。
今日の空は真っ青。
雲は流れていない。


自分の行動を覚えてへんなんておかしい。
無意識にそのオーナーっちゅう人を負わせてしまったんやろか。
しかも、武器なしで?
自分の右手だけで?

ありえへん。

手一本で人の体を斬ることなんて、不可能や。
せやけど、それで人を斬った…。

見たところ、チョコの右手の爪は尖っている様子もなく普通。
どうやって傷を負わせたんや?
そして、どうしてチョコは記憶が曖昧なのか?

どうも、分からん。



思考を巡らせても、考えは一本に繋がらない。
考える度、思考は枝分かれをしていく。
謎が増える一方だ。


考えをまとめるために、目を閉じた。

目を閉じると集中できるのだ。
よく、こうやって笑いを見極めていた。

今回も、そんな感じで…




…!??!




それで気付いた。感じた。
真実を悟った。
何もかもが分かった。

瞼を上げ、目をギョっと開き、驚きを隠せない表情を作った。


…まさか…っ。


思わず、チョコに目線を向ける。
チョコはまだ下を見ているようだった。


「…もう、嫌だ…」


トーフの視線に気付かず、チョコは呟く。
様子を見て先ほどの表情のまま口を開いた。


「大丈夫か?」

「嫌、もう嫌だ…怖いよ…」

「…」


呟きに、哀しい表情を作るトーフ。
チョコは体を震わせて。


「まさか、私が…オーナーを…嫌だ…嫌だよ…」

「…」

「どうしよう…私、オーナーに酷いこと…しちゃった…」


体を震わせたまま、次々とためこんでいた恐怖を口から漏らす。
それを黙ってトーフは聞いていた。


「ねえ。トーフちゃん」

(ちゃん?!)


今まで呼ばれたことのない呼び名に驚く。
だけど、そんなこと気にしている場合ではない。
冷静に、何や。と応答した。
チョコは淡々と言葉を吐いた。


「私ってオカシイのかな。自分の行動も覚えていないし、ありえないよね…。一体どういうことなの?私、どうしたらいいんだろう?」


相当恐怖に追い詰められているらしい、声が震えていた。

チョコの様子を見て、大きく息を吐いた。
そして、今度は言葉を吐いた。


「…考えは一つだけ、あるで」


聞いて、目線を上げるチョコ。
トーフを子犬のようにして眺める。


「ま、あんたは気絶すぅかも知れんけど」

「考えって何?」


トーフの次の言葉を期待する。
チョコの眼差しに、トーフは苦い表情をして応えた。


「んじゃ、黙ってるんや」


そう忠告すると、
後ろにあった背丈の低い木から一本の枝を折った。


「?」


トーフの行動に首をかしげるチョコ。
トーフはその枝に夢中のようだ。
何やら木の枝の先をいじっているようで
折った枝の端の部分を細かく千切って先を尖らせているようだ。

なぜそんなことをしているのか、わからない。
トーフの行動を黙ってみつめるチョコ。

そして、行動を止めた。
いい感じに枝の先を尖らすことに成功したらしい。
不敵な笑みを浮かべて、トーフはチョコを見た。


そして、次の瞬間。


「今、楽にしたるわ」



瞬の出来事だったので、何がなんだかわからない。
だけど


「あのな。そんなに、苦しいんだったらな」


トーフはチョコに急接近して
手に持っていた木の枝を垂直にチョコの腹に、刺していた。


「っ!!」


痛みも何も感じない。
腹に鋭いものが刺さっているのにも関わらず。


チョコの腹に刺さった木の枝を回して抉る。
グシュって嫌な音が鳴る。
共にチョコの腹から血が溢れ出る。
それはトーフの顔にもかかった。


「殺せばええんや」


血化粧をしたトーフは、その血を見てニヤリと笑っていた。




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