見間違いかと思った。
まさか、自分の腹から出ている血が緑色をしているなんて。


「驚いたか?」


睨んだまま、トーフは木の枝をチョコの腹から抜こうと、引く。
そこから出ているのは緑色の血。トーフの顔にも緑色が付着される。
枝が腹から抜かれるにも関わらず、腹には痛みはこない。何も感じない。


「…何で?」


今、起こっている光景が信じられなかった。
意味がわからない。

まず、この緑色の血は、何?

チョコの表情を見て、トーフが目を細めた。


「これを見たら分かるで、何もかも」


そして、今、枝が抜かれた。
チョコの腹には、何も異常はない。
枝が刺さっていたところも穴は空いていなく、血も出ていなかった。

代わりに聞こえる。奇声が。


「キ
―――!」


チョコの腹を刺した、その木の枝には、何と見たことのない小さな生物が
緑色の血を流して串刺しになっていた。
その状態でじたばたと暴れている。

その謎の生物を見て、言葉を失う。

何?これ…


「魔物や」


チョコの心の中を悟ったかのようにトーフが答えを述べる。


「魔物?!」


思ってもいなかった答えに驚く。
頷いてトーフ。


「こいつがチョコの体に乗り移って暴れてたんや」

「え…っ」


衝撃的な言葉。
喉を詰まらせる。
しかし、それでも何とか声を出す。


「そしたら、オーナーを傷つけたのも」

「こいつの仕業や」

「…っ」

「小屋の中を荒らしたのも、風車のハネを折ったのも、こいつ」

「何で…」

「理由は何となく想像できるわ。ま、本人に直接聞いた方がえぇかもしれんな」


そういうと、二人の視線は木の枝に刺さっている魔物に向けられた。
よくよく見ると、魔物の腹に刺さった枝は貫通はしていなく、結構浅めに刺さっているらしい。
けれども緑色の血は今もまだ溢れ出ている。


「さあ、魔物。白状してもらうわ」


ギロリと金色の猫目で睨む。


「どうしてチョコの体に乗り移って暴れたんや?」


しかし、魔物は反応しない。


「深く刺すで」


反応のない魔物に機嫌を悪くしたトーフは、緑色に染められた木の枝をグルっと回す。
それによって魔物の腹の肉はさらに抉られ、嫌な音がそこから鳴る。


「キー!!」


さすがに魔物も悲鳴をあげた。
そのあとも何か叫んでいる様子であったが、
全てが同じ言葉。何と言っているのか分からなかった。

対し、頭を掻いて困ったような表情をするトーフ。


「何や、こいつ…。しゃべれへんのかいな…」


この様子からして魔物には喋れる奴と喋れない奴がいるらしい。
この魔物は喋れない奴のようで。
ますます機嫌を損ねる。


「低知能の生物はこれだから困るんやわ」


ひどく失礼な言葉である。


「キー」


魔物もそれに対して何か反論をしているが、やはり通じない。

と、思ったが


「"低知能で悪かったな。ドラ猫!"」


チョコが謎の言葉を発した。


「は?」


間抜けな声を出してチョコに目をやる。
視線を浴びてチョコが苦笑いで。


「…と、魔物が言ってたよ」

「……」


そういった瞬間、嫌な視線を浴びた。
トーフが冷たい視線を送っているからだ。


「あんた、頭大丈夫か?」


心配された。


「ほ、本当なんだって!」

「キー!」

「ほら、今魔物が"いいから早く枝を抜いてくれ"って…」

「…」

「…本当なんだけどね…」

「ホンマかいな…っ」


まさか、チョコは…



「魔物の言葉がわかるんか?」


それにチョコは肯定し、さらに付け足す。


「ってか、動物と会話できるんだけどね」


そして、頭上を飛んでいた小鳥に手を振った。
その後に、私は無事だから心配しないでー。と叫んでいた。


「…ホンマに…っ?」


信じられない言葉に正直に納得できない。
トーフの様子を見てチョコが微笑んで、言った。


「本当だよ。私は生まれつき動物の言葉が分かるんだ」


そのおかげでよく変人扱いされてたんだけどね。と笑って付け足した。


動物の、言葉が分かる…っ


トーフは話を聞いているうちに徐々に目を輝かせていた。
チョコの素敵な才能に、感動したのだ。


「ってなことは、魔物の言葉も分かるってことやな?」

「うん、この魔物の言葉も普通に分かるよ」


素晴らしい、
便利だ…。


「ほな、ワイ今からバーってこん魔物に質問すっから訳してもらってもえぇか?」


目を輝かせたままトーフが弾んだ声で言う。
それにすんなりオーケーを出すチョコ。


「おおきに。魔物の言葉をそのまま訳してくれればえぇから」

「うん。わかった」


確認を済ませるとトーフは魔物に目線を移した。
魔物はやはり木の枝の先で暴れている。
そんな魔物に向けて言葉を吐いた。


「ほな今から質問するわ。魔物よぉ聞いとくんや」

「"嫌だっちゃ"」

「…」


どこかで聞いたことのあるような口調に、一瞬場が凍った。

チョコ…あんた本当に、そのまま訳してくれているのか…。


正直な性格やな…。



「話を進ませるわ」

「無視したね」


チョコが笑う。
魔物は無視されたことに対し怒っている様だったが、トーフはやはり無視した。


「ほな、聞くで」


少し間を置いて、ゆっくりと言葉を繰り出した。


「あんた、昨日の夜中にワイのところに来たやろ?チョコの体で」

「っ!」


知らない事実に驚くチョコ。
魔物はキーキー声を出して質問に答える。
出遅れてチョコがそれを訳した。


「"来たっちゃ。あんたが寝ている間に殺そうと思ったっちゃ"」


恐ろしい言葉であったが何とも気が抜ける口調だ。


「悪いな。"殺気"とか見分けるの得意なんや」

「"あぁ〜。だから今回のもすぐにバレたんだっちゃ?"」

「そやな。チョコの中で見を潜めていたらしいけど微かに"殺気"を感じたからな」


相手の口調に笑いを堪えながら、トーフが真面目に応える。


「"手強い奴っちゃ。まさかそれで串刺しにするなんて…なんて奴だっちゃ"」


どうもその口調で言われると気が抜ける。
笑いを堪えるのも大変だ。

それを普通に訳しているチョコが本当に素晴らしい。


「では次の質問や」


何とか気を取り戻して、真剣な表情で訊ねた。


「チョコの体に入って何をする気だったんや?」


最も知りたいことだった。
それに魔物はニヤっと笑って、間抜けな口調で応えた。


「"この小娘の体で暴れて、人々の信頼をなくそうとしたんだっちゃ"」


チョコは魔物の言葉を訳してゾっと目を見開いた。
だけど、魔物はまだ何かを言っているため、訳を続けた。


「"人間に嫌われ、精神的ダメージを与えようとしたんだっちゃ。肉体的ダメージより精神的ダメージの方が痛いから…ちゃ"」

「あんまりだよ…」


訳し終えて間も入れないでチョコが呟いた。
反応してトーフがチョコを見る。
チョコは辛そうな表情をしていた。
訳するのも辛そうだ。


「精神が衰えると体もボロボロになるっちゅうのを狙ったわけやな」

「"そうだっちゃ"」


トーフの意見に肯定する。


「"普通に殺しちゃつまらないっちゃ。こうやって遊んでからゆっくり殺しても…"」


まだ魔物は叫んでいたが、チョコは口を開くのを突然止めた。
気になってまたチョコを見る。
下唇を噛んで、泣くのを堪えているようだった。
うるうると潤いだ瞳は今にも泣き出しそうで。
その目線の先には、木の枝に刺さった魔物に向けられていた。


「……言いたいことはそれだけか?」


魔物の叫びが終わってもいないのにも関わらずトーフはそう言い、深く睨んだ。
トーフの言葉に魔物も叫ぶのを止める。


「最低な奴やな。魔物って奴は低知能だから嫌いなんや」


トーフの言葉に魔物は何か言い返していたが、通訳の反応がない。
ただ、じっとその魔物を睨んでいた。


「よく聞け魔物。ワイの計画はな、あんたらの手によって狂わせへんで」


叫ぶために新しい空気を吸い込む。
そして、吐き出した。


「ラフメーカーは今、動きだすんや!」


すると、浅く刺さっていた魔物の木の枝はまたもや嫌な音を立てて、深く刺さった。
トーフが叫びと同時に持っていた木の枝を前に強く押し込んだからだ。


「ギギ
―――っ!!!」


悲鳴をあげる魔物。
それは大牧場内に響き渡り、それに応えるように家畜動物がのん気に鳴く。

まだ悲鳴の最中であったが、魔物は小爆発を起こし、粉砕し姿を消した。


その場は急に静かになった。
魔物の血で緑色に染まっていた地は知らぬ間に元の茶色に戻り
返り血を浴びたトーフの顔も綺麗になっていた。


「何が起こったの?」


状況がつかめていないチョコがトーフに訊ねる。


「倒したんや」


先に何も刺さっていない木の枝に目をやってトーフが応えた。


「まさか、魔物が人間の中におったなんてな」

「…私のせいで…ごめんね」

「いや、あんたのせいじゃあらへんって。あんたの体は特別に魔物が潜みやすい体質をしてるんやからしょうもないことや」

「え?そうなの?」


自分でも知らない事実にチョコは驚く。
コクっと頷いてトーフ。


「動物と会話が出来る、とか不思議な体質をしている人は他の人と違うせいか外部が侵入しやすいんや」


例えば、霊に憑かれるとか。


「…そうなんだ…。だからか…」


そう呟くと、チョコは空に目線を向けた。
遠い昔のことを思い出しているようだった。


何か昔に似たようなことが遭ったのだろうか?


それについて問おうと思ったが、チョコの方が口を開くのが早かった。


「…得しない体質だね…」


目線は空に向けられたまま、
チョコは哀しい表情でそう言っていた。

しかし、トーフはそれを否定した。


「ちゃう。そんなことあらへん。いい体質しとるやないか」


言われて、目線をトーフに移す。
トーフは目を輝かせていた。


「ええやんか〜。動物と会話できるとか。羨ましいわ〜。旅するにはホンマほしい機能やわ〜」

「え?本当にそう思うの?」

「あぁ」


頷くトーフ。
それを見て、表情を和らげるチョコ。


「ありがとう。私ホント今まで自分の体質に自信なかったんだ」

「ホンマ?」

「うん。…ちょっとね」


そして目線を少しずらした。
だけどすぐに元の場所へ戻った。


「ところで、気になったことがあるんだけど」


話を切り出す。


「ラフメーカーって何?」


先ほどトーフの口から零れたその言葉が気になっていた。
それにトーフは微笑んで応えた。


「ワイが今捜し求めている人のことや」

「人の名前?」

「ちゃう。あんたみたいにえぇ笑顔を持っておる人の名称や」

「…私みたいに?」

「そや。ワイは笑いのなくなっている世界のために今旅をしておるんや」


それを聞き、チョコは頷いた。


「あぁ。今笑いがなくなりつつあるもんね」

「え?あんた知ってるんか?」

「うん。私元々ここの村の住民じゃないし」

「あ、そうなんや?」


他所の村人なら知っているだろう。
世界のことを。

この村だけが、世界の事実を知らないのだから。


「うん。それで、トーフちゃんは世界のために旅をしているんだ?」


話をまた戻された。


「そやで。ワイは知っているんや。世界を元に戻す方法を」

「え?何々?」



「あんたをワイと一緒に旅に出させる」



「へ?」


突然の誘いに変な言葉を漏らすチョコ。


私が、旅に出る?



「あんたはワイが捜し求めているラフメーカーの一人なんや。さっきからずっと感じていたわ。あんた独特の笑いを」

「…」


待ってよ。
何それ。私が…ラフメーカーって??


「あぁ、ラフメーカーは世界を救うカギとなる人物のことなんや」

「え?世界を救うことが出来るの?!」

「ラフメーカーだけが世界を救えるんや。独特な笑いで」


「…なるほどね」


納得して、気になる点を聞く。


「ところで、私の"独特な笑い"って何?」


問いにトーフが笑顔で応えた。


「ハイテンションの笑い」

「…」


ハイテンションの笑いって何よ…?
初めて聞いたよ…。

チョコは何とも複雑な表情を作った。


「あ、悪いわ。突然誘ったりして。でもワイは本気になんや。あんたを旅に出させたい」

「…」


トーフの真剣な眼差しを受けて戸惑った。
急に言われても、はっきり言って困る。


「今すぐってわけじゃないで。時間を言っとくわ。ワイはあと4日でこの村から離れようっておもっとる。せやからその日に村の門前に来てくれへんか」

「4日目に門の前…」

「そう。突然の誘いですまんな。無理せんでもえぇんや。時間はあるからゆっくりと考えてや」

「……うん」


トーフと目を合わせて、頷く。
そして笑顔を作った。

その笑顔の意味はトーフにはわからない。
だけど、いい笑みだ。


笑顔を見て、トーフも微笑み、クルっと回れ右をし、チョコに背中を見せた。


「ほな。ワイはこの辺で。他のメンバーを捜すわ」


そして、トーフはそのまま前進した。
自分から急に離れていくトーフにチョコは声をかけた。


「頑張ってネ!トーフちゃん!」


声援を受けて、トーフ。


「4日目に逢えることを期待してるわ」


そういうと、勢いをつけてそのまま走り、チョコの前から去っていった。
南風と共に。






「4日目…ね…」


誰もいなくなったその場でポツリと言葉を漏らすチョコ。
表情は笑顔のままだ。


「…私の力をあんなに褒めてくれるなんて…嬉しい…」


その笑顔は、本当に、いい笑顔。
嬉しさは益々上昇してくる。



「ヤッホ
――――――!!!」


勢いあまって大声を出した。
その声は大きく響き、大牧場を震わせる。

もう、嬉しさをどう表現すればいいのかわからない。
意味もなく、言葉を吐き出す。


私の力は頼られている。

今まで褒められたことのない、この力。


私は動物と話せる女。



「ラリホ
――――!!!」


叫んでいる言葉の意味はない。
だけど今はとにかく叫びたかった。




その場にいくつかの叫び声が響く。
その言葉にはやはり意味はない。
だけど、嬉しさの篭ったその言葉は
響いて、旅猫…すみません、旅虎の元へも届く。
旅虎はそれを聞いて、笑顔を作っていた。






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暫くして、叫び声はピタっと止まった。
だけど代わりにその場には不気味に呟きが。
懺悔の言葉が、桜色の髪の彼女の口から休むことなく漏れていた。


「あぁ…ごめんなさいごめんなさい」


傷つけたオーナーのことを思い出し
再び泣き崩れたチョコであった。







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