むき出しの地面に足をつけると、ヒヤリと冷たい感触が駆け巡った。
靴を履いているとも関わらず足が冷えるとは相当な冷たさである。
そのためイナゴは冷たさから逃げるために空気中の粒子を固めて、見えないイスに腰を下ろした。
しかしそれでも寒いことには変わりなかった。
やはり外は冷えるものである。
「う……寒いな…」
『そ、そうでヤンスねえ…浮いていても寒いなんて…空気が完全に凍っちゃったでヤンスかね…』
「雪に成りそびれた粒子が地上を舞っている状態か。どうりで寒いわけだ」
粒子が頬に当たり、体中が震える。
肩をさすってどうにかして温かくなろうとするが、そう簡単には温まらない。
ぬいぐるみのタンポポさえも寒さに震えている。
『ホント、寒いでヤンスね…』
「ダンちゃんって意外に寒がりなんだ?ならオレが暖めてやるよ?」
『そうやってアタイを抱いて体温を奪う気でヤンスね』
「失礼だな。オレはそんなあくどいことしないぞ。ただ、抱きたいだけなんだ」
『余計最悪でヤンスよ!このエロ魔術師!!』
「え、エロって!!それは言いすぎだよダンちゃん…。傷つくなあ…」
『あんたの言動にはとことん呆れるでヤンスよ…ハア』
ぬいぐるみを抱くことで体を温めようとしたイナゴの意見はタンポポにことごとく批判を受け、失敗に終わった。
相方に「エロい」と言われて心身傷ついたイナゴ。
しかし陽気な彼はすぐに立ち直ることが出来た。
視界にあるものが映り、そちらに気が移ったからだ。
「お…」
今イナゴたちは人通りのない風景の寂しい空き地に座っている。
そのため動くものにはすぐに視線が集まった。
空き地の前にある道を歩く影。それは自分らの知っている影だとすぐに察する。
だから、声をかけた。
「おーい、ラン」
通りすがった相手の名前を呼ぶと、相手が踵を返して振り向いてきた。
しかし相手は、声の主がイナゴだと知ると再び踵を返して歩みを再開するのだった。
その光景に思わずイナゴは憤慨だ。
「無視か!失礼な奴だな!ここにはダンちゃんもいるんだぞ」
すると相手はすぐさまイナゴたちのほうへ向かって走ってきた。
「おっと、すまなかった。まさか愛しのタンポポがいたなんて。それなのにおれは何て失礼なことをしたんだろう」
「何だこの悲しみが混じりあった複雑な気持ちは…!」
『ラン、こんなところで会うなんて奇遇でヤンスね!』
イナゴを無視してタンポポの元まで駆け寄った者は、今イナゴたちが住んでいる家の持ち主、幽霊のランであった。
実体の無いランは寒さを感じないようで、冷たい地面にも平然と足をつけている。
そして震えているタンポポを見て眉を寄せていた。
「どうしたタンポポ?寒いのか?ならおれが抱いて温めてやろう」
『何であんたらはそういう発想しかできないでヤンスか?!』
「エロ幽霊め!無礼な奴だな!」
『あんたも人のこと言えんでヤンスよ!』
エロい男2人に対して心底呆れたタンポポは、二人から少し距離を置くことで身の安全を確保した。
それから、再び話を戻した。
『ところでランは何してたでヤンスか?散歩でヤンス?』
今の時刻は黄昏。
太陽はもはや山に隠れて姿を隠している。
そのため辺りは結構暗かった。
場が暗くなりつつある外を歩いていたことに疑問を感じてタンポポがランに訊ねる。
すると暫く間が空いてからランが答えを返した。
「何をしてたって、外のイルミネーションを見てたんだ」
ランの答えに、イナゴとタンポポは「えっ」と目を丸めた。
その様子を見てランは眉を寄せた。
「は?何だ。まさか外がどうなってるか知らないのか?」
半分罵っているような口調で言うランの質問に、イナゴが苦い表情を作った。
「移動するときは大抵、瞬間移動するからな」
『外は寒いからあんまり出ないでヤンスよ。買い物をするときも目的地に直接飛んでいくでヤンスし…』
2人の意見を聞いてランが納得した。
ずばり、イナゴとタンポポは今の季節の外の風景を未だ見ていないということだ。
レオから逃げるためにたまたま姿を現したこの場所も不運なことに人通りのない空き地。
そのような風景の影の中では、美しい光だって遮られてしまう。
2人が外の世界を見ていないことを知り、ランは影から出ようと踵を返した。
突然去っていくランを見てイナゴとタンポポが慌てて後を追う。
「おい待てって。何も言わずに去るなんて失礼だぞ」
『そうでヤンスよ!まだ話は終わってないでヤンス!』
2人の声を聞いても、ランは振り返ることは無かった。
ただ、一言囁くだけであった。
「後をついてくれば分かる」
そうしてランは、世間知らずのイナゴとタンポポを自然体で誘い寄せた。
影から出て、光に向かい、外の世界を見せようと。
。 。
やがてイナゴとタンポポの目が様々な色に輝き染まる。
外の世界のイルミネーションに、感動して声を失った。
幾多の電球を身にまとって輝いているものが木々、看板、人形…と。
まさか風景がこのように染まっていたとは知らなかったのである。
「すごいな。何だこれ…」
『綺麗でヤンス…』
「これが今の季節の風景だ」
チカチカと多色に変化する電球の山々を眺めて全員がため息を漏らす。
そのときに流れる白い息は、電球の色にとても合っていた。
色が重なり、白みが増し、ぼやける色にまた心が奪われる。
「今の季節の風景?どういうことだ?」
ふと漏らしたランの言葉にイナゴは率直に疑問を吐いた。
するとランはまさに呆れたといわんばかりの表情でイナゴを罵った。
「お前それも知らないのか。どれだけ引きこもってたんだ」
「引きこもってたって言うなよ。魔術師は大抵足を使わないんだよ」
『まあまあそんなことどうでもいいでヤンスよ。それよりラン、これは一体何でヤンスか?』
話が逸れそうな空気だったためタンポポが急いで補整に移る。
よって話は逸れることなく、むしろランはタンポポの質問に喜んで答えていた。
半透明な体が電球の光に反射して、虹色に見える。
そんな色鮮やかな顔をしてランは言い切った。
「今はクリスマスシーズンだ。そして今日はイヴ。夜中にサンタが来る日なんだ」
ランの口から出た答えに、二人は目を丸めるのだった。
「え!今日はクリスマスなのか!しまった!気づかなかった!」
『そうかクリスマスでヤンスか!すっかり忘れてたでヤンス!』
「クリスマスを忘れてるなんて珍しいな」
2人は普通にクリスマスの存在を忘れていたようである。
物珍しい、とランがしみじみ思う中で、ふとイナゴが目を細めた。
「しかし、クリスマスか…。確かこの世界のクリスマスって変な掟があった気がする…」
そう呟いてイナゴは目をつぶって本で得た情報を搾り出していった。
「オレらが住んでいた異世界でのクリスマスは子どもなら誰でもプレゼントをもらえていた…。だけどこの世界のクリスマスは…えっと…」
「あ、それって」
イナゴの呟きが聞こえていたらしくランはイナゴの声を掻き消して口を挟んだ。
邪魔をされてイナゴは一瞬だけ表情を顰めるが、ランの小言がイナゴの出し切れなかった答えになったため喉を詰まらせた。
ランが言う。
「"サンタは良い子にしかプレゼントをやらない"」
「『…………!!』」
そう。イナゴたちは知らなかったのだ。
まさかこの世界のクリスマスでは良い子にしかプレゼントがわたらないということを。
だから、先ほどのレオの行動の理由も分からなかったのだ。
「…まさか、レオの奴……」
その後、イナゴはタンポポとランをの腕を引っ張って姿を消した。
向かう先は無論、自宅である。
「あいつが突然良い子になるなんておかしいと思ったんだよ…!」
次に3人が地面に足をつける先は、温かい家の中。
そこにはレオが良い子で待っている…はず。
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