風に凍えて木々が揺れる。
今は四季の中で最も人々が丸くなる季節。冬。


「………」



外灯や家々から溢れる色以外の、彩り豊かな幾多の電球の光が街並みを明るく変えている。
そんなイルミネーションが美しい街中を通ってレオが自宅に帰ってきた。
寒さによって固化された息も家の中では解れて白から透明の色へ戻る。


「ねえイナゴ ――」


家の中だというのに小走りでキッチンに向かったレオは、テーブルに向かって声をかけた。
そこには毎日必ずイナゴが居る。
冷蔵庫の中の飲み物をすぐ取ることが出来るように、とキッチンに待機しているらしいが、実のところ、キッチンには暖房が効いていたりテレビがあったりと日常生活をするのに必要な道具が全て備わっている。だからイナゴはあえてキッチンにいるようである。

ここまでずっと走ってきたのかレオの声は語尾が短く切れていた。
今の状態なら声を出すよりも先に体内に空気を取り入れることをおこなったほうがいいであろう。
しかしレオは声を出し続けた。
苦しさを押し切ってイナゴに気持ちを伝えるレオの姿に、イナゴは唖然とする。


「……え、今なんていったか?」


レオの言葉は想像を絶するものが全体的に含まれていた。
それほどまでに信じられない言葉だったため、イナゴはレオに再度同語を要求した。


「だから」


いつものレオなら「一度で理解しろよキャラメル頭め」と罵る形をとるのだが、今日は珍しく素直に答えていた。
レオが、恐るべき言葉を吐きだす。


「肩たたきしてやるよ」


レオの表情は、先ほどと変わらず微笑のままだった。






ヤクルーター 2005年クリスマス企画

の色クリスマス」





微笑を象ったレオの表情に、イナゴの他にタンポポまでも言葉を失っていた。
当然だ。レオといえば陰険な表情で日常生活を過ごしているまさに陰険男なのだから。
それなのに今日は珍しい。キッチンの扉を開いたと同時に眩い笑顔が現れるなんて。
これはきっと、何か不吉なものが舞い降りる前触れを表しているに違いない。


『れ、レオ…何か体に悪いものでも食べたでヤンスか?』


レオの変貌っぷりにタンポポも動揺していた。
体にわるいものを食べたからレオの笑顔が眩くなってるのだと思ってタンポポはレオに一体何を食べたのか追求する。
しかしレオは笑顔のままで何も答えようとしない。
代わりにイナゴが予測してみた。


「……………………………………犬?」

『犬でヤンスか?!時間かけて考えた成果がそれでヤンスか!』


たちの悪い冗談を耳にしてタンポポが悲鳴を上げる。
対して冗談を言った張本人はレオの元まで歩み寄っていた。
レオの顔を覗き込むようにイナゴが前かがみになって問いかける。


「レオ、一体どこでそんな悪ふざけを覚えたんだ?」


しかしレオは表情を一つも変えず、笑顔のままで答え返した。


「何言ってんだよ。肩たたきをするっていってるのにそれが悪ふざけのように見えるわけ?」

「いや、お前が善言を言ってるからそう見えたんだよ」


レオの善言には嘘が含まれている。そういわんばかりのイナゴの発言。
これではレオに怒られること間違いないだろう。
そう思っていたのだが、答えは恐ろしい道を突っ走っていた。
レオは全く動じておらず、むしろ、笑っている。


「はははは!何だそれ。おかしいこと言うなよー」


わ、笑っている。


肩を震わして健気に笑っているレオの姿を見て、イナゴは勢いよく後ろに下がった。


「レオが笑ってるぞ!陰険面を消して普通に笑ってる…!」

『これは一体何の前触れでヤンスか…!』

「恐ろしいことが起こるに違いない…」

『今日は眠れないでヤンス…』


これは恐怖だ。真冬に恐怖が舞い降りてくるなんて最悪だ。
ただでさえ寒いというのに、恐怖の所為で余計寒くなってしまう。これはあまりにも厳しい困難だ。
そういうわけでイナゴとタンポポは、レオとは違う形で肩を震わせていた。
対してレオは笑顔のまま。その笑顔には、"企み"の光が混ざっているように、見えた。


「何で震えてるんだよ?あ、そうだ僕が肩を叩いてやるよ」

「どうして?!どうして肩を叩きたがるの?!あ、まさか肩を叩くと見せかけてオレのこと殴るだろ!パパにも殴られたことないのに!」

『パパって誰でヤンスか!というかレオが拳を握ってこっちにやってくるでヤンスよ!』

「ぱ、パパーパパー!!」

『イナゴ落ち着くでヤンス!意味不明に動じるんじゃないでヤンスよ!』

「大丈夫だって、僕がその緊張を柔らげてあげるから」

「『いいやあああ!!』」


その後、接近してきたレオから逃げるために、イナゴとタンポポは体を消すことで回避するのだった。
2人の悲鳴は体が消えると同時にピタリと止みあがる。
刹那、場が鎮まった。静まった。


ポツリ。


「…な、何だよ、2人して…冷たいな………」


二人が消えたため、その場に残った者はレオただ一人だった。


「肩たたきの何が悪いんだ…?」


疲れを解してあげようと拳を入れていたというのに2人に変な勘違いをされてしまい、複雑な気持ちで心が不愉快に満たされる。
握り締めていた拳をゆっくりを広げる。
柔く握っていたため、手のひらが赤くなっていることはなかった。


「僕は、ただ………」


キッチンのイスに深く腰をかける。そして、テーブルに顎を乗せた。
口を開く、そのときに漏れるものは、ため息。
不安の混じった息がキッチンに広がっていく。


「どうしよう、このまま何も出来なかったら…僕は…」


不安に押しつぶされて頭を垂らす。
しかしすぐにレオは立ち直った。イスから飛び降りて次の行動に移る。
今のレオの手には、包丁が握られていた。


「何が何でも…やってやる」


レオの意気込みの声と共に、包丁の刃も十文字に輝いて、そして赤く染まった。








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