「実はオレ、女だったんだ」


こんなウソ、言わなければよかった。
この世界の4月1日は「エイプリルフール」ということで全国民が馬鹿げたウソをつきまくる日なのだそうだ。
そんな面白おかしい情報を耳にしたので、興味津々で口にしたのはいいものの…初っ端からターゲットを間違えてしまった。


「お…お前、女だったの?」


レオが目を丸くして、イナゴを眺めていた。



エイプリルフール企画  Yakulter 『オレが女になった日』




さすが、猫だ。
レオの目は丸々と円を帯びている。
部屋のベッドに転がって本を読んでいたレオだが、衝撃的な告白を耳にしたため今ではただただイナゴを凝視するのみだ。
やがてその本も腹の上に落下してしまう。手の力まで緩んだようだ。


「…う、ウソだろ…お、お前が女だなんて…!」


レオは元黒猫なため、微妙な知識は頭に入っていない。
そのためエイプリルフールのことも知らないのだ。
イナゴは心の中で「しまった!」と後悔した。

倒していた上半身を起こしてレオが身を乗り出してきた。


「お前、どう見たって男じゃん…あ、まさか整形手術したのか?」


エイプリルフールのことは知らないのに整形手術のことは知っているのかこの元黒猫は。
ここまで驚かれると逆に真実を告白しにくい。

これはウソだ。ウソなんだよレオ。
気づいてくれ。ただエイプリルフールに興味を持ってウソをついただけなんだよ!

心の中で叫ぶけれど、さすがにレオには届かなかった。
レオはベットから飛び下りてイナゴの元まで駆け寄りマジマジとイナゴの顔を眺めている。


「…手術って凄い…ここまで完璧に男に仕立てるなんて…」

「な、なあ、レオ…」

「そっか…お前はイナコだったのか…!」


勝手に整形前の名前までつけられてしまった。
レオの突っ走り具合は丁度、栓を抜いた風呂の水の勢いと同じ性質を持っている。
途中で止まることなく排水溝に流れていく水は辺りにあるゴミも巻き添えにするもの。
だからイナゴの声もサラッと何事も無いように流すのだ。

レオは突っ走り続けた。相当興味があるのか?


「何で男になったんだ?せっかくなら整形前の女の姿になってみてよ!」


瞬、間があった。
しかし、本気の目をして見上げてくるレオを見て、イナゴはようやく事を理解し悲鳴を上げるのだった。


「はあああ?!」

「ね、お願い!」


必死にイナゴのマントを引いてねだりを見せるレオの姿、始めて見た。
夜空に浮かぶ星のような輝きを見せる瞳。いつもの陰険の目は丸みを帯び、これはまさに純粋一筋の目である。

レオがこんなにも興味を示すものだから、イナゴは断ることが出来なかった。


「わ、わかった…なってみる」


今、タンポポは昼寝をしている。
タンポポはイナゴのことをよく知っているから、この姿はタンポポが起きるまでの命であろう。



レオの部屋から出て、お望みどおり姿を変えたイナゴ。
レオが目の色を変えて待ち構えている部屋のドアを背中に置き、イナゴは今、鏡と向き合っていた。
魔術で取り寄せた鏡に映る自分の姿に、ガクっと頭を垂らす。


「…こんなの、ありえない………」


こいつは誰だ?
目の前にいるこの女は誰だ?
オレンジ色の髪の女は誰なんだ…?


「オレ…何してんだろ…」


今イナゴは、パンク風にボサボサにした髪を二つに束ね、濃いマスカラをまつ毛につけて、プルプルした桃色の唇が可愛らしい女になっていた。
見事、女に変化した自分。本当に頭が上がらない。


「泣ける…泣けてくる……オレは誰だ?イナゴ…いや違う…」


このとき、脳裏に張ってあった糸がぷちんと切れた。
支えていたものがここで切れ、この感情は止まることなく体全体に行き渡る。

下げていた頭を上げて、首を強く振り表情を引き締めた。
垂れていた体も拳を作ることにより引き上げ、身を構える。
そしてイナゴは溢れた感情を抑えることなく、そのままポーズを象るのであった。


「アタイはイナコ!魔女っ子イナコよ!」


目の前にいるこいつは自分じゃない!こいつは4月1日の悪女だ!
どうせ今日だけの命なのだから、吹っ切れてしまおう。
イナゴはここで平常心を捨てた。


イナゴの声は、部屋にいたレオの元まで届いていた。
吹っ切れた男の言葉に驚いて、すぐにドアを開ける。
すると視界に入る黒づくめの者。
シルクハットの下からオレンジ色の長い髪が見える。
ボサボサに束ねた二つのテール。それが右から左へ揺れる。

レオは恐る恐る口を開いた。


「…イナゴ?」


振り向いた黒い者は、首を振った。


「違う。アタイはイナコよ!」


変化したときに喉笛あたりにも手を加えたらしい、高い声がその場に流れる。
正直にレオは驚いていた。


「お、お前、本当に女だったのか…!」


先ほどまで男だった者が今では女だ。
驚くことしか出来ないであろう。

手を震わしレオは目の前にいるイナゴ…いや、イナコに手を伸ばす。


「イナコ…」


その手はイナコの腕を掴んでいた。


「れ、レオ…?」

「遊び行こう!」


「はあああ?!」


あの陰険者のレオから遊びに誘われてしまった。
逆にこちらが驚かされる。
イナゴが絶叫しているのにも関わらずレオはぐいぐい腕を引いていく。終いには外に出てしまっていた。


「お、おい?どうしたんだレオ?」


ビビって思わずいつもの口調になってしまった。
いや、今自分は悪女で魔女っ子のイナコだ。ここは女に…。

イナゴが懸命に女に成りすまそうとしているその隣でレオは目を細めて、優しい笑みを作っていた。


「だから、一緒に遊ぶんだよ」


優しい微笑みをこんな日に見れるとは思ってもいなかった。
そのため何も言えない。思うが侭に動かされた。

暫く腕を引かれて走る。
行き交う人には不思議そうに眉を寄せられる。
それはそのはず。魔女の格好をしている者が男にひかれて走っているのだから。

イナゴはレオよりも身長は高いのだが、レオの背中を見ていたら無意識にレオの背中の広さに感嘆していた。
こいつはこの前まで人間に怯え、しかし人間に恨みを持ち、人間に復讐心を持っていた男だったのに、今では一人の女を引いて前に立って走れる男になっている。
この成長ぶりに、ひどく関心を持った。


レオの背中を見てから下を見る。先ほどとは違う地面の色。
気づけば二人は目的地についていた。
ここは公園。小さな広場だ。
遊具が二つしかない本当に小さな公園である。


「ここで遊ぼう」


やっと腕に自由が戻った。しかし、強く握られていたのでレオの温もりがまだ残っている。
どうしてレオはイナゴをこんなところに連れてきたのだろうか。
イナゴには理解することが出来なかった。
いや、心を読もうと思えば読めるのだが、読む気がしなかった。

何だか、怖いのだ。
こんな必死なレオの姿、見たのが初めてだったから。
勝手に人の心を読むなんて失礼なことだと思ったから。
だからイナゴは魔力を使わずに、ここは一人の女としてその場をやり過ごそうと思ったのだ。

イナゴが握られていた腕をじっと見ているころ、レオはイナゴから離れてジャングルジムに手を伸ばしていた。
元が猫なので高いところが好きなのだろう。一番上まで軽々とよじ登っていき、イナコを見下ろしている。
そして言ってきた。


「ここまで来なよ」


誘われたからには登らなければならないであろう。
成り行きでスカートをはいているけれど、仕方ない、足を掛けるしかない。

ああー。あの一言の所為で自分は女になってしまった。
普通ならば「うそだよ」と笑って誤魔化せるけれど、自分は魔術師だ。やろうと思えば女にもなれる。
だから魔術師は容易にウソをつけないのだ。

愚かだ。自分は愚かだ。

しかし、目の前にいる少年の顔を見ていたら、何だかこの心が晴れる気がした。
普段見れない笑顔が今いっぱいに広がっているからか?

そのためイナゴはこんなことを思っていた。
この日だけはレオのための女でもいいかな、と。

ゴスロリ風味のヒラヒラのスカートが風に流れる。
長いオレンジ色の髪の毛も一緒になって流れる。
こんなときに風なんか吹くなよ。
少しだけ憤慨していたとき、上から手を伸ばされた。


「ほら」


なんと、あのレオが手を差し伸べてくれているのだ。
本当に信じられない光景だ。
たじたじするイナゴを見て、レオはまた笑みを零す。


「怖がることないよ。手を伸ばして」


何これ、何なんだよこれ…!
どうしてレオはこんなにもいい笑みを零しているんだ?
本当に、何だよ…。


無意識だった。手を伸ばしていた。
今イナゴは女体になっているからレオの手の大きさには正直驚いてしまった。
女から見ると男ってこんなにも大きな存在なのか。

レオに引っ張られ、無事に頂上に登ることが出来た。
また風が吹く。頭に乗っているシルクハットが飛びそうになるが、飛ぶ前に手で押さえたので心配はいらなかった。
そしてこの場から見える風景に声が漏れる。


「うわ…」


気づけば昼を越し今は夕方になっていた。
オレンジの光が世界を包む。優しい色をしている世界の姿。
西の山に沈む太陽、意外にも大きな姿で感動する。

この公園は、展望するには絶頂の場所であった。
自分らが住んでいる街を見渡すことが出来るのだから。
紅い世界。美しさに目を奪われる。


「綺麗な景色だろ?」


右から聞こえてくるレオの声。風に乗ってイナゴの耳に届く。
ジャングルジムの頂上で腰をかけて、二人は夕暮れを眺める。
黒い二人の色がオレンジ一色に染まる。


「ああ。綺麗だ…」


口調は男っぽいが、声は女なので気にしなくてもいいだろう。いや、今は自分が女になっていることすら忘れている。
全てを初期化する力を持った光を全身に浴びる。


「ここ、この前見つけた場所なんだ」


隣りのレオがゆっくり口を動かした。
今まで聞いたことがない優しい声が今ここで風に乗る。


「一人で見つけた場所だから誰も知らないと思うんだ」

「…」

「今日、はじめてここに人を呼んだんだよ」


嫌に胸が高まった。
何これ?何なのこれ?
この雰囲気やばいだろ?

イナゴが心の中で騒いでいる間にもレオは優しさを帯び続ける。


「お前に見てもらいたかった」


ええええええ?!


「なあ、イナコ」


な、ちょっと待てって!
レオ!気づけよ!

衝撃的な言葉により、イナゴはようやく平常心を取り戻した。
自分は男なんだよ。この日だけレオのための女になってもいいとかふざけて事思ってしまったけど、オレは男!
男なんだから女になっちゃだめだろ?これは異世界でも禁じられている術なのに。
自分は馬鹿だ。本気で馬鹿だ。

それなのに今は身も心も女だ。

だから高まる胸の鼓動。


そんな中でレオはゆっくりとイナゴに目を向けた。
イナゴもレオを見る。
二対の目がお互いに潤う。


「れ、レオ……」

「イナコ……」



これは、まさか……。



「ずっと前から好きだったよ」




「ああああああああああああああああああああああっ!!!」






もういろいろとショックだ。
気づけばイナゴはジャングルジムから滑り落ちて地面に倒れていた。
それでも必死に逃げようと地面を掻く。逃げたいこの空気から逃げたい。

ウソだと言ってくれよ…!



「ウソだよ」



願えば叶うものなのか。
心の中で強く願った刹那、上からそのような言葉が降ってきた。
地面を掻くのをやめ、代わりに惚けた声が押し出された。


「へぇ?」

「だから、ウソだってば」


ゆっくりと顔を上げる。自分が落ちてきた原点を見る。
そこに座っているのはレオだ。
レオの表情は

ああ、陰険だ。


「お前、馬鹿じゃない?そこまで驚くことないだろ?」

「え?」

「今日が何の日か分かってるのか?」

「ええ?」


レオは、邪悪そのものの笑みを象って、言い放った。


「今日はエイプリルフールだよ」


いろいろと切れた。
緊張の糸も切れたし、先ほどレオにウソをついてしまったという罪悪感に縛り付けられた心の鎖も切れた。
そして堪忍袋の緒も切れた。

ふしふしと湧き上がるこの感情。
もう押さえきれない。
イナゴは凄い勢いでジャングルジムを駆け上り、レオの元までやってきた。
そして胸倉を掴んで叫ぶのだった。


「お前、騙したな?!」


しかし、レオは鼻で笑うだけだ。


「騙されるお前が悪いんだ」

「まさか始めから気づいてたのか?」

「お前のウソは見え見えなんだよ。お前のどこが女なんだよ!」

「て、てめえ!!オレ、お前があんな必死な顔して言ってくるから焦ってたんだぞ!」

「まさか女に化けてくれるとは思ってもいなかったよ」

「わ、笑うなあ!この格好恥ずかしいんだからな!」


赤く照らされる街中の一角で。
イナゴは違う意味で顔を真っ赤にしてレオを叱っていた。
レオはケラケラ笑ってイナゴを馬鹿にしている。

魔女っ子イナコ、と張り切った自分が馬鹿みたいだ。
そしてレオに少しドキッとしてしまった自分が恥ずかしい…!


「お前なんか知らないからな!!」


レオにあわす顔がない。
顔を見られるたび笑われるので居た堪れなくなったイナゴは指を鳴らすことによりこの赤い地帯から姿を消した。
この場に一人置かれても、レオは腹を抱えっぱなしだ。


「あー面白かった」


4月1日。
なんて面白い日なのだろうか。

レオは満足感に浸っていた。
いつも偉そうに物を言っているイナゴを完全に騙すことが出来たのだから。
だけれどそのときから思ていたことがある。


女になったイナゴの姿、予想以上に可愛いかった……。


「…一瞬だけときめいてしまった自分が恥ずかしい………」


そのままレオもジャングルジムから滑り落ちるのであった。




夕暮れは色を濃くしたところで黄昏となり、やがて闇を纏う夜になる。









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エイプリルフール企画ということで急いで書いてしまいました。
どうだったでしょうか?個人的には楽しめたのですが。

微妙にドキッとする場所がありますが、そこは全て笑って過ごしてください。
本気にしないようにお願いします!!!(土下座


(05/04/01)



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