…あぁ…イヤだな…。


今日は月曜日。レオは今日から金曜日まで学校に通い続けなければならない。
逃げようとしてもイナゴにいつ監視されているか…
あの魔術師、ただものではないし油断は禁物だ。嫌々ながらも真っ直ぐに学校へ行く。

教室に入ると結構、人がいた。

 学校なんて、こんな面倒くさいこと
 人間よくやってられるな。

小ばかにした目で教室中を見渡す。
クラスの人がそんなレオに挨拶をしてくる。
それを軽く返すレオ。
一応礼儀だ。返さなければならないと知っている。

席に着く。
一番後ろの席だ。少し気分が和らげる。
なぜ和らぐのか。理由は簡単だ。
一番後ろならば人間全体を見渡すことが出来るからだ。
イヤでも人間の行動を見ることが出来る。

人間の行動さえ分かれば、レオはまたあのときのように苦しまないですむ。

名前の通り真っ黒な気分の黒猫人生。
あの時は辛かった。
だから今その復讐をする。

この学校の時間は憂鬱の時間。
しかし、裏をかけばこの時間は人間の行動を見ることが出来る時間。人間を把握できる時間。
人間の弱点を掴むことが出来る時間でもある。

いわゆるこれは
人間に復讐をするレオにとっては機会の時間であった。

思わず含み笑いを溢す。


「レオくん、おはよう」


真横から挨拶され、驚いた拍子にそちらを振り向くと、そこには長い黒髪の女がいた。
レオの隣の席に座っているリクだ。

挨拶を返すレオを見て、リクはお得意の笑顔を輝かせてくる。


「今日の一時限目って体育だよ。体育着ちゃんと持ってきた?」


この女、バカにしているのか。


「持ってきているよ」

「だよねー。当たり前なこと聞いてごめんね」


全くだ。


「いや、いいよ」

「今日の体育って短距離走だって。イヤだよねー」


何でこの女、話かけてくるのだ?


「ふーん」

「レオくんって体育得意?」


そんなの
元黒猫の僕に聞くな。


「さあ?」

「うふふ。そんなもったいぶらないでよー」


先ほどの表情のまま笑うリクにレオは眉を寄せた。


「…」


何で笑うんだ?
よく笑う女だ。

何だか腹が立ってくる。


しかし、何故かレオは笑顔で返してしまった。


「別にもったいぶっているわけじゃないよ」

「うふふ」


リクは笑う。
だけれどレオは何故リクが笑っているのか分からない。

 人間という生き物って
 こんなに笑うものだったのか?


分からない。
人間という生き物がますます分からなくなった。

 人間とは、物をもらえば幸せな表情を作る。
 人と話すときに自然と笑みを溢している。

 人間とは…よく笑う生き物…?


 果たして、本当にそうなのか。

 違うだろ?
 お前ら人間は
 黒猫が不吉なものだからって

 何もしていない僕に…



心がまた憎しみいっぱいになった。
その状態でリクの笑顔を見る。

リクの無邪気な笑顔が
見る見るうちに悪魔のような笑顔に見えてくる。


その顔は、まさしく
黒猫を虐める人間の笑顔。


「!!!」


腹が立つ!!!

人間はやはり憎い生き物なのだ!


「起立」


突然リクがそう声を張った。
驚いて表情を緩める。
周りの人間はリクに言われたとおりその場に起立する。
すると、教室のドアからクラスの先生が顔を出した。


「おはようございます」


リクに続けて、クラス全員が同じ言葉を言う。
レオは訳が分からず、ただ呆然と立ち尽くす。
リクはこのクラスのまとめ役、学級委員長のようだ。

 こいつが中心の者か。

マジメなリクにレオは憎しみ篭った顔を向ける。


 こいつが中心だとすれば
 まずこいつを狙えばいいというわけだな。

 こいつを消せば、中心がなくなり
 もやは僕の勝ちに等しくなる。


そして朝の先生の話が終わると教室はまた騒がしくなる。


。 。 。


「なあーダンちゃん」

『何でヤンスか?』

「このお姉さん、美人だと思わない?」


全開に腕を伸ばしポスターを自慢げに広げているイナゴの姿を見てタンポポはぬいぐるみのくせに上手く表情を顰めた。


『…そうでヤンスね』

「何不機嫌そうな顔してんだよーダンちゃん!」

『イナゴ、この世界に来てからその台詞ばっかりでヤンスよ』

「だって!こっちの女性美人ばっかりじゃんか!いいなぁ〜」

『尻をいい具合に焼くでヤンスよ?』

「ヤキモチ焼くなって!大丈夫!オレはダンちゃん以外は愛しないからさ!」

『はいはいでヤンス』

「ったく、つれない奴だなお前も。あ、そうそう」


笑顔のままイナゴが訊ねた。


「このポスター、オレの部屋に貼りたいんだけど、何か道具ない?」

『あんたそれ貼る気でヤンスか?!』

「美人だし」

『そんないい笑顔のまま親指立てるなでヤンス!!』

「それで、道具ない?」


物を貼れる道具はないかと訊ねられタンポポは首をかしげた。


『アタイは知らないでヤンス』

「そっかー…でもこっちの世界にもそういうものあるだろうな?」

「そうでヤンスね。さすがに物が貼れないと不憫でヤンスからね」

「おう、なら…」


部屋の中を大きく見渡してイナゴが言った。


「この家の中、見てみるか」


実はこの空き家に住んでいるくせに、イナゴたちは何がこの家にあるのか把握できていないのであった。
いい機会だということで、タンポポもイナゴの案に頷き、
物を貼れる道具がないか、と家中を探索しだした。


まずは大きなタンス。
この中から見てみよう。


「へえーこっちにも似たような物入れがあるんだな」

『世界が違ってもやはり似たような物はあるでヤンスね』


イナゴたちの住んでいる世界にもタンスのような物入れがあるらしい。
そのため、引き出しに迷いもせずに手を伸ばす。


「!」


引き出しから顔を覗かせてきたものは
キレイに整頓されている服たちだった。


『服でヤンスね』

「ああ」


まさか中から服が出てくるとは思ってもいなかった。
イナゴが額に汗を垂らす。


「待てよ。ここの家って空き家なんだろ?それなのになんでタンスに服が入っているんだよ?」


言われて気づいたらしくタンポポはビクっと大きく体を震わせた。

奇妙に思いイナゴは更に引き出しを引いていく。
それに伴って中からは服や本、様々なものが出てくる。


「…何で普通に物が入っているんだ?ここって空き家だろ?人が住んでいないんだろ?それなのに何で?」


イナゴは質問の連続だった。
それにさすがにタンポポも答えられない。

嫌な空気が流れる。

イナゴの魔法によって新築同様のピンピカになった空き家。
魔法ではただ中をキレイにしただけで他には何もいじっていない。
物の配置も全て以前のまま。

奇妙だ。

これは奇妙な光景だった。

この空き家は空ではなかった。
きちんと物がそろっている。

テーブルもイスも、冷蔵庫も物置も。
全てがそろっている。


『…あ、でヤンス』


衝撃的な現場に言葉を失っているとき、タンポポが声を上げる。
タンポポは何でも語尾に「ヤンス」をつけるようだ。
どうした?と声を掛けるイナゴにタンポポ
開いたタンスの引き出しから、あるものを取り出していた。


『これ、物が貼れそうでヤンス』


先が針で出来ている画鋲を差し出した。

あ、
そういえば自分らは物を貼れる道具を探すために部屋をあさっていたんだっけ。


「おお。サンキュ!」


ことを思い出しイナゴはタンポポから画鋲を受け取ると、
ウキウキ気分でポスターを貼りに部屋へ戻っていった。


『陽気な奴でヤンス…』


イナゴに聞こえないと確信してタンポポ


『…そういえばここって…』


誰もいなくなったこの場にタンポポはポツリと呟いたが、それはイナゴの感嘆の声によって消されていた。


「すげー!物が貼れたー!!こうやって物を貼るのか!?すげーなーこの道具ー!!」


。 。 。


さすが元黒猫。
レオは足が速かった。
クラスの女子の一部からは黄色い声援を浴び、一気にアイドル扱いだった。
しかしそれはレオにとっては不快なものであった。

それからいろいろな授業を受け、レオは人間というものを学んでいき、
人間への復讐の一歩となる。


「さようなら〜」


別れの挨拶をしてクラスは解散となった。
今日はこれで学校が終わったようだ。
一安心といった表情をとるレオ。

一緒に帰る者なんていない。
1人で長い廊下を歩いていく。
そのときであった。


「レオくん」


背後からリクが声を掛けてきた。
リクの姿を見てレオは思う。

 この女があのクラスの中心の者か。


「今日の体育凄かったね!あんなに足が速いなんて驚いたよー」


リクはまた笑顔で話しかけてきた。
無愛想にレオが返す。


「普通だよ」

「またまたー。ここは自慢していいとこだよー」


笑い声を出すリク。
それにウザイから向こういけよと思いつつも、リクの笑顔につられて笑顔になってしまうレオ。

そして、そんな二人を眺めている3つの影。


「「「………」」」


下駄箱についた。
リクは女友達に声を掛けられ、そちらと帰るということでレオに挨拶をして、分かれた。
やっと邪魔者がいなくなったとため息つくレオ。

下駄箱から自分の靴を取り、足を入れる。


 さあ、早く家に帰って、寝よう。
 人間といて疲れた。


「―――っ!!」


靴に足を入れたとき、チクっと足に何かが刺さった。
何だろうかと足を引っこ抜いて裏返してみる。

すると、


「………人間め……」


レオの表情が一気に鬼のようになった。

レオの足に刺さっていたもの、それとは

イナゴがポスターを壁に貼ったときに使ったアレと同じもの


画鋲。


それが数本、刺さっていた。

靴下には黒の混ざった赤い血が滲み出ていた。








>>

<<





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
(04/08/09)





inserted by FC2 system