もうこのままじっとしていたい。
延々と目を瞑っていたい。
今ここで目を開けたりしたら…


「おいレオ!起きろって!」

『早く起きないと遅刻するでヤンスよ!』

「そうだぞ。遅刻なんかしちゃいけないぞ」

『無遅刻無欠席を目指して頑張るでヤンス!』

「毎日出勤は学校はもちろん企業からもいい評価を得られるぞ。だから絶対に無遅刻無欠席だけはするんじゃない」


嫌にうるさい二人の犠牲になりかねないからだ。
レオは布団の中で丸まったまま時を過ごす。
しかしそれを許さず騒ぎ立てるイナゴとタンポポ。


「いいかあ?お前は今人間であり一人の社会人でもあるんだ。勉強ほど世の中に大切なものは無いんだ。だから今ここで頑張らないと将来きっと後悔するぞ」


イナゴはそう言うけれども、レオのことを社会人と言うのは少し早い気がする。言うならば学生である。
「うーん」と布団の中で寝返りを打つレオを見て、今から起きるかと思い胸を弾ませる二人であるが、変化は無く、頭が垂れるのであった。


『いい加減にしてほしいでヤンス。あんたはほんとーにワガママでヤンスよ。アタイらの気持ちも考えてほしいでヤンス』

「………それはこっちの台詞だよ。お願いだから向こう行って」


ようやく反応があったと思えばこの台詞。
困った表情でイナゴが言い返した。


「確かに昨日は悪いことをしたと思っている。リッキーを口説こうとしていた件に関しては謝るからさ」

「いや、それはいいんだよ。それは…」

「え?それじゃリッキーを狙ってもいいってことだな?げっへげっへ」

「…!てっめっ!!」


イナゴが冗談を言い危険な笑い声を出したので、怒りに乗ったレオが布団からようやく生まれた。
掛け布団という大波が起こりタンポポがそれの犠牲に埋もれる。

レオはそのままの勢いで目の前にいるイナゴの胸に拳をかました。


「……痛い…」

「いや!それぐらいかわせよ?!何だか僕が悪いことしたように見えるじゃんか!」


殴られたところを女々しく押さえているイナゴの姿を見て、何だか怒りが治まってしまった。
起きてしまったことだしレオは仕方なくベッドから足を垂らす。しかしそこから降りようとしない。
降りてしまえば自分は学校に行かなくてはならなくなるから。
レオは意地でも学校に行こうとは思わなかった。
そのように動こうとしないレオに気づき、布団に埋もれていたタンポポが頭をひょっこりと出す。
布団をイナゴから取ってもらいタンポポが言った。


『レオ、今度からイナゴに怒りをぶつけるときは重点的にケツを狙うでヤンス。イナゴは友人からもケツを蹴られるというケツマスターでヤンスから』

「おいダンちゃん!恥ずかしいこというなよ!ってかケツマスターって新しい語源作らないで!」


何を言うかと思えた、何だ、もらっても嬉しくない情報を得てしまった。
プライバシーの侵害だとか憤慨の様子のイナゴは取ってあげた布団をまたタンポポに向けてぶつける。
しかしその場にタンポポは居らず、気づけば尻が熱くなっていた。


「熱っ!何?ダンちゃん早業だな!」

『あんたは動揺すると隙がありまくりでヤンスからね』

「…それ、よく友人からも言われる…」

『自覚アリならそのクセを治すでヤンスよ』

「はあ、ダンちゃんは厳しい……」


そう言ってからイナゴはレオの隣りに腰を落とした。


「そしてレオも厳しいな」


唐突に言われてしまったのでその反動により、隣りに座ったイナゴに目線を向けるレオ。
するとイナゴもレオを見ていた。呆れたと言わんばかりの顔をして。


「学校に行くぞレオ」


目を閉じ機嫌を直すとイナゴは早速そのようなことを言ってきた。
なのでレオは首を振った。


「嫌だ。学校に行かない」

「どうしてだ?どうして学校に行かない?」

『そうでヤンスよー。学校に行けば可愛いあの子が待ってるでヤンスよ』


タンポポの言葉を聞いてレオは顔を赤くしたが、首を振ることで表情を取り消した。


「そいつがいるから行きたくないんだ」

「反抗期だなぁ」

『素直じゃないでヤンスね』

「うっさいなー!お前ら向こう行ってくれよ!」


レオの陰険な目がより陰険さを増したので、このまま目線で殺されてしまうのではないかと思い、タンポポは震え上がった。


『レオ、怖いでヤンス。落ち着くでヤンス』

「そうだぞレオ。もしダンちゃんを泣かせたらオレが許さないぞ!」

『あんたウザイからもう喋んないでほしいでヤンス」

「何でオレ、ダンちゃんに嫌われてるんだろ…」


一緒に異世界から逃げてきた友達からウザイ呼ばわりされたイナゴ、悲しみから逃げるために布団に埋もれていった。
隣りの奴が静まったところでレオはタンポポに言った。


「僕はタンポポに怒っているわけじゃないよ」


目線を下げて、同じように声のトーンも落とす。


「僕は素直じゃない自分に怒ってるんだ…」

『……』


レオの言葉を聞いて、震えていた心がより震え上がった。
タンポポは気難しい表情を作り無言でレオを見やる。


「内海に優しくされる度、黒くなっていた心が一瞬に明るくなる。他の人ならそのことは嬉しいことになるだろうけど、僕は違うんだ」


レオは目を下げたまま言っていた。


「僕は黒猫だ。黒猫には黒がお似合いなんだよ。だから心を明るくしたらいけないと思うんだ」


そう気持ちを打ち明けるレオに向けて、今度はタンポポが口を開いた。
コウモリのような黒い翼をはためかせてレオの目の前まで舞い降りる。


『あんたが黒猫?何を言ってるでヤンスか?』


刹那、火がついたタンポポの尻尾がレオの顔目掛けて飛んできた。
そのため体を反らしてそのままベッドの上に転がる。
文句を言おうとまた体を戻そうとしたが、自分の上半身があった場所には既にタンポポが立っていたので戻ることが出来なくなっていた。

倒れているレオにむけてタンポポは目を尖らせた。


『あんたは黒猫じゃないでヤンスよ。人間でヤンス』


タンポポの声は珍しく太かった。しかし小刻みに震えている。


「……」

『確かに心は黒猫のままだろうけどそんなの今は関係ないでヤンス。あんたは人間なんだから人間として生きなきゃダメでヤンス』

「…タンポポ」

『だから心を明るくした方がいいと思うでヤンス』


そしてタンポポはポンと音を立てて姿を消した。
言いたいだけ言って逃げていったタンポポ、その後を追うようにイナゴが飛び上がった。


「あーあ、ダンちゃんを怒らせたぞー」

「…怒らせるつもりはなかったんだけど…」

「ダンちゃんは優しいからな。自分自身を追い詰めている人を無理にでも助けたがるんだ」


タンポポが消えた場所が分かっているのか、イナゴは彼方を見ている。


「オレはそんなダンちゃんが好きなんだけどな」


消えてしまった友達の後を目で追うイナゴを隣りで見てからレオは目線をまた下げた。


「……悪いことしちゃったかな」


するとイナゴは首を振った。


「いや、仕方ないさ。お前は今までずっと黒猫だったんだから、今の姿に慣れていないことも承知の上」

「……僕は人間が嫌いなんだ」

「はっはっは。うそは言わなくていいぞ。お前は人間が好きなんだろ。人間が好きだから人間の元へ意地でもいったんじゃないか。ボロボロの体でもさ」

「………」


膝を抱え込むレオの頭を叩いてから立ち上がる。


「リッキーはいい子だからお前のフィアンセになってもいいと思うけどなあ」

「…冗談はよしてよ。僕のような奴にはもったいない相手だよ。あいつは本当に優しい笑みを持っている子なんだから」

「だからこそいいんじゃないか。お前もリッキーと同じ笑みを持ってるんだから」

「…え」

「学校に行けよ」


自然と頭が上がるレオであったが、そのときは既に一人になっていた。
イナゴも言いたいだけ言って消えてしまったようだ。


「…何だよあいつら…」


ベッドからようやく体を下ろす。地面に足をつける。部屋の中央に立つ。
どこを見渡しても自分しかいない。二人は消えてしまった。
だから今の不安をぶつけた。壁にぶつけて跳ね返らせて自分へ返す。


「……僕はどうすればいいんだろう…」


学校に行きたくないと思っていた。
何故なら人間が嫌いだから。内海がいるから。

しかし本当は行きたかった。
何故なら人間が好きだから。内海がいるから。

壁に掛かっている時計を見やる。
時間はまだ7時弱だ。学校は8時からだ。余裕で間に合う時間である。
しかし、どうも居た堪れなかった。
レオは身支度を済ませるとさっさと家を出た。

家のドアを開けると眩しい太陽が出迎えた。
眩しさに手をかざしながら外に出る。


二人から何だか説教を喰らった感じだ。
今更ながら後悔した。どうして自分は二人を追い払おうとしたのかと。
二人がいなければ自分は生き返らなかったし、ずっと誤解したままだったのに。

自分は人間が好きなんだ。
内海のような子がいるから。

自分は人間になれてよかったと思う。
そうでなければ内海のような子と一生会うことが出来なかっただろうから。


人間は何て得した生物なのだろう。
二つの足で好きなところへ行き、器用な口で何でも言うことが出来る。

そう、今目の前にいる彼女に向けて声をかけるように。


「おはよう、内海さん」


まだ朝早いというのに長い黒髪の少女リクと会った。
彼女の笑顔が太陽と一緒に照らされる。
何て太陽が合う子なのだろうか。
自分もこんな人間になりたい。心底からそう思った。






誰もいなくなった家の中、キッチンに現れる二つの影。一つは長く一つは小さい。
キッチンテーブルのイスに座ったイナゴが、プラプラと宙を浮いているタンポポに向けて宥めの声を差し上げた。


「ダンちゃん、そうカッカとするなって」

『別に怒ってないでヤンスよ。レオは何も悪いことはしていないでヤンスから。アタイは怒っていないでヤンス。代わりに』

「何?」

『今までレオのために何も出来なかった、ただヘラヘラと笑っていただけの自分に悲しくなっただけでヤンス』

「悲しんでいたのか?てっきり怒っていたのかと思ってた。…でもまあ、それならオレだって同じさ。レオのために仕事をして金を稼ぐと言っておきながら結局は仕事してないし」

『あ、ヤクルーターって一体どこに行ったでヤンスか?』

「知らぬ間に消えてしまった謎の業界だな。あーあ仕事の依頼が全然来ないなー」

『全くでヤンスね。ちょっと宣伝しにでも行くでヤンスか』

「いいねー」










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(05/02/20)





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