。 。


外に出ると空気が赤かった。陽が暮れていってるのだ。太陽が遠くの西の山に隠れていく。
だけれどいい天気だ。薄い雲に陽がかかり共に赤くなる。理想の黄昏。


「あ、レオくん」


赤い太陽を浴びて陰日向が出来ているレオは、背後から声を掛けられて目線を後ろへと変えた。
するとそこにいたのは、やはりだ、リクだった。


「内海さんか、何?」

「一緒に帰らない?」


リクの笑顔と共に飛んできた言葉にゆっくりと目を丸くした。
自分から進んで異性と二人で帰りたいと言うこのリクの存在に驚いたのだ。
しかしそれだけでは終わらない。戸惑っていたレオであったが、口から出た言葉にこれまた驚いたのであった。


「ああ、いいよ」

「よかった。ちょっと聞きたいことがあったんだ」

「聞きたいこと?」


無意識に承諾してしまい正直どうしようかと思ったが、リクの言葉の続きが気になり、気づけば一緒に歩いていた。
太陽へ向かって歩く。
ズンズンと影が後ろへ伸びる。
二人の影が細道の真ん中を埋める中、リクは言った。


「あの、今日の屋上の出来事なんだけど…」

「…………あぁー」


たった一つのキーワードであったがレオにはリクが何を言いたいのか察することが出来た。
つまり、こういうことだ。


「イナゴのことか?」


するとリクは頷いた。
目の色を変えて。


「うん。イナゴさんのことがずっと頭に引っかかっていて」


リクの色を見て、レオは思わず苦笑い。
確かにイナゴは魔術師だし、現にリクの目の前で魔術をしやがった。レオは見慣れたがリクは初めてだったし、それは気になることであっただろう。
だけれどあいつはそこまで深く考えなくてもいいような存在だ。そう教えてあげた。


「イナゴは変な魔術しか使わないし、変態だし、気にすることじゃないよ」

「そうなの?って、変態って一体…?」

「あいつの部屋には女の子のポスターがズラリだよ」

「本当に?うわ、面白いね」


甲高い笑い声を腹から出しリクは大胆に笑った。
イナゴへの意外性もあったのか、顔を赤くしている。

そんなリクをチラッと流し目で見やり、また前を見てはレオは話を進める。


「とにかく、あいつのことはもう忘れてやって。あいつは何を考えているか分からないから」

「ええ?忘れられないよ。強烈過ぎたもん」


レオのお願いを軽く覆したリクであるが、確かに彼女の言う通り。
リクは見えたらいけないものが見えてしまう特別体質の女だ。
そしてイナゴはその物体であったのだ。あいつは姿を消していたはずなのだから。
しかしリクは見てしまった。そのときは幽霊を見たと思って顔色を悪くしていたが、実は違って正体は魔術師。

強烈過ぎるイナゴの存在。すぐに消せるものではない。
洗濯しても頑固に残る墨汁の墨のようなものだ。


「そっか。確かにあいつは強烈だからな、全体的にハデだし」

「うん。顔もすっごい美形だったしね!」

「え」


予想してなかった言葉に思わず間抜けな声を出してしまった。
リクは気にせず我が道を突っ走る。
手提げのかばんの中に手を入れながらイナゴについて語った。


「最初イナゴさんを見たときどこかのアイドルの幽霊かなって思ったんだって。あぁービックリした」

「いやいや、ビックリしたのはこっちの方だよ。内海さんってイナゴみたいなのタイプなの?」


レオに訊ねられ、リクはピタッとと立ち止った。
突然視界からリクがいなくなったので、レオも立ち止まって振り返る。
リクは顔を真っ赤にして俯いていた。


「それはないよ。私にああいう人はあわないよ」

「…そう?」

「うん。だってイナゴさんには既に相手がいそうだもん」

「……わからないな…」


イナゴはただの変態だと思っているレオにとってはリクの発言は理解できないものだった。
あいつは女を遠くからゲヘゲヘ言って見ている変態タイプだ。
しかしリクはここであるものを取り出して説得力を高めた。
手提げのかばんに入れられていた手がやっと出され、その手には彩り豊かなあの物体。


「女の人が一番好むとする花束を渡したんだよ。ロマンチックー!きっと一度女の人にああやって口説いたはず!だから絶対に相手の人がいるって!」


それは屋上でイナゴがリクに渡した花束だった。
その存在を思い出してレオはふと目を丸くした。

 女って花が好きなんだ…。

レオがのん気にそう思っている中、リクの興奮は高まるばかり。
やがて歩き出してレオと再び並んだ。


「しかもこの花…フジバカマって花だよ。普通こんな花を他人に渡さないよ」

「…え?」


並んだためリクが持った花束はすぐ近くで見ることが出来た。
その花束の蒼い部分を指差してはリクはレオに告げる。


「この花の花言葉ってね『他人の恋の相談役』って意味なんだよ」

「他人の恋の?」

「うん」


驚いた。
まずリクがこんなマイナーな花の花言葉を知っているということに驚いた。
そしてもう1つ。
イナゴが花束にこんな花を混じらせていたとは思ってもいなかったのだ。
あいつならきっと『情熱』っていう意味の花言葉の花を詰め込むかと思ったのだ。

しかしイナゴは恋の相談役の花をあえて選んだ。
何故?



 …待てよ。
 そういえば………
 自分は、リクに恋していると勘違いされているんだった。

 ということは、イナゴは…


 自分の恋のためにこの花をリクに託したのか?


 …あの野郎、余計なお世話だ!!





「捨てちゃえよ。こんな花束」


グイっと眉が曲がった。フジバカマの花を見て腹が立ってきた。
イナゴの優しさが癇に障ったのだ。
しかしリクは大きく首を振って言い返す。


「ううん。これはイナゴさんから口止め料としてもらったものだもん。もらっとくよー大切に保管」

「だけど他人の相談役って意味の花が混じれている花束なんかもらっても嬉しくないだろ?」


とにかく捨ててほしかったその花。レオは懸命に貶すのだがリクは真っ直ぐな性格のようで自分の意見を貫いた。


「いい意味じゃないのこの花。他人のことを気遣う花なんだよ。私は好きなんだけどなー」


 よくわからない。


「そう?」

「うん」


そしてリクは花の匂いを思う存分吸って少々悦った顔して微笑んだ。
お惚けているその顔が妙に可笑しく、そして可愛く見えてレオは顔を知らぬ間に赤くした。


それから思った。
リクがイナゴのことを諦めてくれてよかった、と。

だって、リクがイナゴのこと好きであれば、自分は勝てる気がしないから。
あいつは魔術ですぐに女を落とせそうだもの。ほら、さっきしたようにパチンと花束を出せば相手をイチコロにできる。
しかしリクはそれにやられなかった。むしろイナゴのことをここまで悟ったのだ。ある意味凄い。

とにかく、助かった。と思った。


「あ、そうそう。もう1つ気になることがあるの」


赤い顔のまま安堵をついていたレオであったがすぐにリクの声が飛び込んできたので、すぐに表情を崩した。
リクに見られなかったが不安であったが、見られなかったようだ。リクの表情はお得意の笑顔だったので。

何?と聞き返すと、リクが口開く。


「レオ君、私のせいで甲斐くんに何かされていないよね?」


それを聞いて思わず「あ」と声を漏らした。
そうだったそうだった。すっかり忘れていた。
自分は甲斐トオルに目をつけられているんだった。リクとよく一緒にいるからという理由で。

レオの声漏れを聞いてすぐさまリクは笑顔をすっと崩す。


「やっぱり何か意地悪されちゃったんだね?ゴメンね」


お前のせいで自分は靴に画鋲を入れられたりしたんだ。腹が立って人間に復讐しようと思ったんだ。
お前のせいだ。

と、思ったのに、今は苛立たない。
どうしたんだ。

気づけば首を振って「内海さんのせいではないよ」と宥めていた。


「悪いのは甲斐だから。内海さんは何も悪くない」

「本当に?」

「うん。今度甲斐を一発この手で黙らせてみる」

「あはは。レオくん怖いー」


 甲斐トオルの件については腹が立つ。
 だけれど僕の計画と言うものはどこに行ってしまったんだ?

 僕は人間に復讐したいために生き返ったのにこれではまるで逆だ。
 どうして人間の味方についている?


 雨の中、傘に入れてもらえたことが相当嬉しかったのか?



 もう、ワケが分からない。

 分かることといえば自分は人間の笑顔の中でもリクの笑顔だけが妙に心引かれる、ということだけだ。



 どうしたんだろう。僕は………。



黄昏が徐々に濃くなっていく。
伸びきった影が闇と紛れる。もう暗くなる。
その中で我が家がどんどんと近づいてくる。もう少しで夜で、もう少しで我が家だ。

しかしこの時間が一番楽しい。そう思えた。




二人の笑い声が重なるのを憎く睨んでいる3つの影もやがて闇となる。


「ボクの愛しいリクさんと一緒に帰宅だと…!何様のつもりだ稲葉礼緒…キーッ!よし、ジャガー、ポテチン。ボクは決めたよ。リクさんの前で稲葉礼緒に大恥かかせてやるのだ!」

「すみません、甲斐さん。前もそうやってロープを張りましたけど」

「見事ウフフな結果になってしまいましたよ」

「無礼者!お前らボクになんて口の聞き方するんだ!今度こそ恥をかかせてやるんだ!そして一生リクさんに近づかせない!!」


3人の話し声も、闇。








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(05/01/14)





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