「家族?」
イナゴに余計なことを言われなくてよかったと、安堵するレオの隣りには疑問符を浮かべるリクの姿があった。
それはそのはず。レオは人間のはずなのに、家族である者は別世界の魔術師なのだ。
魔術師が家族だとは一体どういうことなのか、リクは理解することが出来なかった。
そのことに気づき、レオも安堵の息を戸惑いの息へとかえる。いや、息もせずに固まってしまった。
しかしイナゴは考えがあるのか同じ笑みを溢し続け、相槌を打つリクに頷いて答えた。
「そう。さっきオレは別世界の魔術師だと言ったけどな、実は正義のヒーローでもあるんだ」
「は?」
突然の告白に、呆気にとられる。
イナゴはにこやかに口元を吊り上げていく。
「正義のヒーローであるオレの仕事は世界のパトロール。だけどオレの住んでいる世界は平和でな、事件がなかなか起こらないんだ。まあそれはいいことなんだけど」
レオは思った。これは絶対にウソだ、と。
最初自分らがあったときにイナゴはこういっていたのだ。「向こうの世界が嫌になって逃げてきた」と。
イナゴは平然とした表情でウソを言い続ける。
「んで正義感の強いオレはこっちの世界にも足を踏み入れてみたのさ。そしたら驚いた。こっちの世界の治安の悪さに」
「…」
お。何か凄いこと言ってる。レオは黙って聞き入れることにした。
隣りのリクも興味津々で聞いている。
「暫くの間、オレは警察犬であるダンちゃんの力を借りてこっちの世界のパトロールに励んだんだ」
『い、犬でヤンスか?!』
思ってもいなかった展開にタンポポは裏返った声を上げた。
まさか警察犬として扱われるとは。しかしここで文句を言ってしまえばイナゴの計画がパアになるだろう。
しかたない、今はこいつの好きにさせなくては。
勢いで突っ込んでしまった言葉を掻き消すために咳払いをしてからタンポポはイナゴを煽る。
『あのときは本当に大変だったでヤンス。こっちの世界は事件の匂いが強烈だったでヤンスよ』
「ダンちゃん頑張りすぎて鼻炎になりかけたほどだからな」
『…そ、そうだったでヤンスね。鼻炎のついでに胃炎にも陥られたでヤンス』
「だけどそれだけではダンちゃんはひるまない。幾多の病気を胸に抱きながらも事件の解決に励んだんだ」
『アタイ偉いでヤンスね』
「ああ。そしたら凄まじい事件を見つけてしまった」
イナゴは演技に入る。目を悲しみに染めて瞳を震わせて。
それはズバリ恐怖と哀れさを掛け合わせた表情だ。
やがてイナゴはウソの山場に入る。
「一家殺人事件があったんだ。犯人は血まみれのフライパンを片手にその家を荒らしていた。その家にいた奴って言うのが」
ここでレオの肩に手を置いて。
「レオだったんだ」
「……はぁ?!」
ちょっとまて、ちょっとまて?!
タンポポよりもヒドイ扱いをされ、レオは何からいえばいいのか分からなかった。口もパクパク動くだけ。
イナゴはレオの肩から手を離して、その手をギュッと握り締める。
ウソである一家殺人事件を頭に思い描いているのだ。
「そのときは両親も兄弟もいとこも親戚もペットも殺されていて家族の生き残りはレオただ1人だった。オレはその現場に立ち入った」
「スケールでかいな、おい!」
「正義のヒーローであるオレはもちろんレオを助けた。そのときの犯人はオレがとっ捕まえて、ダンちゃんに食わせた」
『アタイが食ったでヤンスか?!』
「んで、身寄りの者がいなくなってしまったレオは可哀想なことに1人になってしまったんだ。だからオレがお兄さんとなってこいつの世話をしようと思ったんだ」
「お兄さんなのか?!せめてお父さんでいけよ」
「そういうわけで今オレら3人は今、家族として暮らしているんだ」
以上。と締めくくるとイナゴとレオたちの間に冷たい風が通過した。
それは吹き荒れ、ビューという音を立てる。枯葉も一緒に激しく舞う。
こいつ、もっとマシなウソをつけないのかよ。とレオは胸の中で頭を抱え、タンポポはただ唖然とする。
対して変な物語を作ったイナゴは満足そうに胸を張っていた。
風が止み、場は静かになる。
何と言い出せばいいのかわからない。レオは戸惑った。もうダメだと思った。うそだと気づかれる。
口を開くのを躊躇っているレオであったが、そのときに静まっていた空気が揺れだした。
リクがイナゴに近づいているのだ。やがてリクはイナゴの目と鼻の先に立ち、イナゴの手を掬ってみせる。
そしてその手をギュッと握り締めてリクは叫んだのだ。
「イナゴさん、あなた偉いよ!」
はあああああ?!
レオは心の奥底から様々な感情を込み入れた言葉を吐き捨てた。
こいつ、まさかあんなウソ丸見えの話を信じ込んでしまったのか?
頭が混乱しているためレオはもう何も言い返すことができない。
ただ、心底で様々な悲鳴を上げることしか出来なかった。
イナゴの手を掴んだままリクは声を弾ませた。
イナゴの目にリクの笑顔は飛び掛る。
「一家殺人事件の犯人を捕まえようという勇気と、何よりレオくんを救ってくれた。それって本当に偉い!尊敬しちゃったよ」
まさかこんなにも興奮されるとは、と驚くイナゴの瞳にはリクの笑顔が映っていた。
リクはイナゴの手を、まるで握手会で憧れの相手と握手をするように力強く念入りに掴む。
両手で大切そうにイナゴの手を包んだまま、今度はリクがずっと突っ走る。
「私ね、前々からずっと気になっていたの。レオくんって他の皆と違ってオーラが黒いの。どうしてなんだろうと思っていたんだけどこれでやっと分かった」
レオくんにつらい過去があったから、そう感じたんだね!
リクは声を抑えつつも叫んだ。
本当は違うのだけれど、ここは頷くしか道がない、イナゴは頷き、余計に一言くわえる。
「こいつ、そのときの事件がきっかけで人間不信になりかけてるんだよ。だから陰険な目付きで睨んでくるだろうけど許してやってくれよ」
「もちろんだよ」
何だかいろいろ言ってやりたかったけど言うタイミングを逃がしてしまった。
もういいや、好きに言わせておこう。リクに本当のことを気づかれたくないからウソをつく。
ここはイナゴに任せよう。
口を開いたら否定の言葉しか浮かばないと思い、レオは口を慎む。
そのとき、イナゴから離れたときリクがやってきた。
「レオくん、そんなツライ過去持っていたのね。ゴメンね気づいてあげることが出来なくて」
当たり前だろ。ってか、どうしてこんな馬鹿みたいな話を信じ込んでしまったんだ?
何も答えないわけにはいかないので、何とか言葉を探して口にした。
「あまり誰にも知られたくなかったんだけどな」
「あ、ゴメンね。私のわがままで……プライバシーの損害だよね!ゴメンね!」
今度は両手を合わせて謝ってくるリク。本当に申し訳ないと感じたのだろうか、その行動は必死さに溢れていた。
もちろん、ウソの情報なので謝らなくてもいいことだ。そのため大丈夫だよと宥める。
「いつの日か気づかれると思っていたし…。だけど僕からもお願いするよ……」
ここでレオは他にも馬鹿な話が流布しないようにリクを口止めさせる。
するとリクは、もちろんだよ、と微笑み返してきた。
この女は学級委員長しているほどだし約束は守れそうだ。
レオは信じることにした。笑顔を信じることにした。
落着したのを確認するとイナゴがまた口を開いた。
「リッキー、他に何か質問はあるか?」
リッキーと呼ばれて何だか変な感じがするけれど、リクはイナゴに答えた。
「今のところはもういいです。私のわがまま聞いてくれてありがとうございました」
ニッコリ微笑んで。
「ずっと気に掛けていたレオくんの黒いオーラのことも分かっちゃったし、これで少しは寝れそう。本当にありがとう」
深くお辞儀をしてから顔を上げると、そこには蒼い空とわたあめ状の雲しかいなかった。
黒い存在の2人は消えていた。
。 。 。
制服姿の学生2人が屋上から影を消すと、再び先ほどの黒い存在の2人が帰ってきた。
空の蒼に紛れていたのか、何もない空間から姿を表すのはイナゴ。タンポポはぽんと小爆発してから登場。
誰もいないのを見てから、イナゴがどっと疲れた表情を見せた。
「ヤバイなあれは。まさか人間にばれちゃうなんて」
行儀悪く座るイナゴの肩に乗るタンポポも同じようにため息をつく。
「アタイらのことはなるべく知られないようにしようと思っていたでヤンスけどね」
「ちゃんと姿を消していたのに、ああいう特殊な力を持っている子には見られちゃうのか。オレもまだまだ未熟だな。もう少し向こうの世界で勉強していればよかった」
はあ、と強くため息ついてイナゴは続ける。
「リッキーにはオレらと会ったときだけの記憶を抜き取ってやればよかったのかな…」
するとタンポポが首を振った。
「そんなことやっていてもキリがないでヤンス。アタイらは今、幸せ宅急便ヤクルーターをしてるでヤンスよ。世間にアタイらのことは気づかれていると思うでヤンス」
「そっちの方はオレが魔術師だというのが気づかれなければいい話だ。だけどレオの場合は違う」
イナゴも首を振る。それはゆっくりと、小さいかぶりの振りだ。目の色は先ほどから曇っている。
「さっきはとっさに思いついたのを口に出しちゃったんだけど、あんなので本当に良かったのか…。不安だな」
「レオは学校という共同生活を送っているでヤンスからね。友達とか作ったら必ずや家族のこととか聞かれると思うでヤンス」
「それに何と応対するかはレオに任せよう。とにかくオレらはなるべく外部に気づかれないようにしなくちゃな」
「そうでヤンスね。行動は慎むでヤンス」
2人で話し合い、これからのことを考える。
イナゴは別世界の魔術師だからこの世界にいてはならない存在だ。
それはタンポポも同じ。タンポポもぬいぐるみだけれど中身は悪魔だ。
この世界では人間と動物と自然しか生きていない。こういう特殊な種族は住んでいないのだ。
厄介なことになりたくないのであまり首を突っ込まないようにしなくては。
だけれど、イナゴは言うのだ。
「…まあ、このドッキリ感がたまらないんだけどな。また学校に遊びに来ようかダンちゃん」
「あんた、さっきまでの反省は一体どこに行ったでヤンスか?」
いつまでも世の中に怯えていたらダメだ。
それは昔のレオのことだ。黒猫は自分を軽蔑の目で見る世間を嫌っていた。
しかしそれではダメだ。世の中は前向きに生きなくては。
イナゴのようにまっすぐと何も考えずに行動して突っ走る。もし何かあったときはそのときだ。今日のようにすればよい。
だけれど、世の中には不思議な奴もいるものだ。
リクのような子とまた会ったときのために、また作戦を練り直さなければ。
そういうことで二つの黒い影はこの場に吹く風と共に姿を削り消していった。
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(04/12/29)