「やっぱりやめるでヤンスよ」
「見ろよダンちゃん!いいねー若い子は!ピチピチしてるぞ」
「あんたはどこぞのおっさんでヤンスか?!」
「はっはっは!一応お兄さんで通しているけどな」
「あんたには歳なんてないでヤンスからね」
愉快に笑い声を上げているイナゴに頭を悩ますタンポポ。
この2人は今回も宙に浮いていた。もちろん姿も消している。
姿を消して浮遊しているのだ。
イナゴは透明の手をべったりと窓に引っ付けている。
そして窓の奥を見ようと目を凝らしていた。
今、イナゴとタンポポはレオの学校に来ているのだ。
昨日キッチンでイナゴがタンポポに「レオの学校に行ってレオの様子を見てみたい」と頼み、タンポポも承諾したため今学校に訪れている。
この学校は『青春桜花学園』という大きな学校らしい。
小等部、中等部、高等部と3つの段階があり、一度入ると階段上りに高等部まで駆け上ることが出来る。
つまり中等部から高等部へ移るために入学試験を受けなくていいということだ。
その分、入学するために少々金がいるようだが。
ちなみにイナゴはどうやってレオをこの学校にいれたのかというと…ほら、パチンと魔術を理事長辺りに…。
レオが学園生活を送っている場所はその中の中等部。その棟の3階だ。
外からこっそりのぞくには姿を消して浮遊しなければならない。
「レオはどこにいるかな」
「そうでヤンスね。楽しく生活してくれていればいいでヤンスけど」
前にレオは靴に画鋲を入れられていて苛立っていた。
今は大丈夫だろうか。
「こっち側にはいない…もう一つ先の窓かな」
「あだっ!ちょっとアタイに腰アタックしてこないでほしいでヤンス!」
「はっはっは!ゴメンゴメン。教室見ることしか考えてなかった。隣にいたなダンちゃん」
「どうせイナゴは女の子しか見てなかったでヤンス。アタイのことなんか考えていないでヤンス…」
「ゴメンってダンちゃんー。オレはダンちゃん一筋だって」
相手は悪魔だ。ちょっと無理のある発言である。
プンプン怒るタンポポの頭を軽く叩いて、2人で隣りの窓まで飛んでいく。
すると、タンポポが見つけた。
「あ、レオがいたでヤンス」
「ホントか?どこ」
「一番後ろの席で…廊下側でヤンス」
タンポポの言うとおりそこを見ると、確かに暗い雰囲気の物体がいた。
一目瞭然、奴はレオだ。
「いたいた。何か暗いから分かりやすいな」
「失礼でヤンスよ。だけどあの子は元黒猫でヤンス…暗い部分は残っていたようでヤンスね」
「はっはっは!そうだな。…でも見てみろよ。レオの奴、楽しそうだ」
一枚のガラス板がレオまでの道を遮っているが、2人はその境界線に身を寄せじっとレオを見る。
ここから見えるレオの姿は笑顔まではいっていないが何だか楽しそうに見えた。
体から出ているオーラが家にいるときとまるで違ってた。
心から安堵の声を漏らす2つの透明な闇たち。
「よかったでヤンスー。もしかして虐められてるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたでヤンス」
「オレも思った。もしくは人間への復讐心が燃えて暴れてるかと…。でもあの様子から大丈夫そうだな」
レオは外に背中を見せて座っている。
しかし完全に背中しか見えないというわけではない。2人が角度を変えているため、顔が微かに見えているのだ。
そのときに見えた表情が明るかった。
もうちょっと顔を見たいと思った2人は窓に手を当て、向こうからは自分らの指紋が見えるのではないかという心配が出そうな程にベッタリと引っ付く。
しかし見えなかった。
だが、代わりに別の顔が見えた。
「「………………」」
長く黒い髪がサラッと下へ垂れている女の子。
レオと違って顔からして明るさを強調させている。そして一番に言える言葉は可愛い。
レオと顔をずっと合わせていたその女が、ふとこちらを見たのだ。
さすがに驚いた。
なぜなら2人は姿を消しているからだ。他の者に見られるはずがない。
しかしその女はまるで2人のことが見えているように凝視しているのだ。
「…おい…何だあの子…?」
「まさか…アタイらのこと……」
見えるはずがないんだ。それなのに何故そんなに凝視する?
本当に見えているのか?
するとまたレオに視線を戻した。それからも何度かチラチラとこちらの様子をうかがっている様に見える。
どういうことなのだ。
「…まさか、な。…見えるはずが無いんだ。オレらは確実に姿を消しているんだ」
「そ、そうでヤンスよね。…だけど何度もこっちを見てるでヤンスよ」
「う、ウソだ…!オレの魔術が失敗するはず……しかもこんなの初級魔術じゃないか…オレこっちに来てのろけてしまったのか…?」
ついには自分を追い詰めているイナゴ。タンポポがそんなイナゴの肩を叩く。
「大丈夫でヤンスよ。ほら、もう見なくなったでヤンス。きっとアタイらの奥にいる鳥でも見てたでヤンスよ」
頭を抱え込んでしまったイナゴを慰めるタンポポであるが、ここは見るところ周りに何もないに等しい場所だった。
鳥が運良くこの場を何度も飛翔してくれていたのだろうか。
もしくは鳥がスローモーションの如くのんびりと飛んでいたのか…いやこれはさすがにありえないか。
何度もこちらを見ていたあの女の子。
今はもう見なくなっているが、顔を見たら分かる。
あれは何かを堪えている顔だ。きっと誰かにこのことを知らせたいのだろう。
「…しかも、あの子って、レオと相合傘してた子じゃないか」
「ホントでヤンスね。可愛い子だなって思ったけどあのときの子だったでヤンスか」
相手はレオが惚れている女の子(勝手に解釈)だった。
もう祈ることしかできない。
「ああーどうかオレらの姿を見えてませんように…!」
「珍しいでヤンスね。イナゴが手を組んでお祈りするなんて」
「しょうがないだろ…さすがにあの子の目の前まで来てパチンって記憶を抜くってこともできないし」
「姿が見えていたら近づく前に逃げられてしまうでヤンスからね」
「そうなんだよ…ああ…どうするか…落ち着けオレ…落ち着け………」
「あ、授業が始まっちゃったでヤンス。まあイナゴ、せっかくだから学校の様子を見るでヤンス。そして機会があればあの子の記憶を抜くでヤンス」
「……………しかたないか……ああ一体どうなってんだよこれは……」
うるさかった教室からは今、先生1人の声だけに絞られた。
生徒らが無言でノートに字を書いている姿をイナゴはただじっと見守る。
レオを見てみると、レオもマジメに授業を受けている。よかった。
。 。 。
この授業が終わりまた騒がしい時間がやってきた。
授業と授業の合間にある休み時間はレオにとっても苦痛から逃れる貴重な時間。
何でこんなことしているんだろうとため息を深くつく。
それを横から笑う影が見えた。
「レオくん、お疲れみたいだね」
レオの顔を覗きこむために、黒く長い髪を下に垂らすのはリク。
突然自分の視界にリクが入ってきてレオはドキッと驚いた。
「わ、突然現れないでよ」
「ゴメンゴメン。だってあんなに大きなため息ついていたから」
「あぁ…うん、疲れてね」
黒猫時代で勉強なんてしたことないし。
というかいつまでこんなのしないといけないんだ。
「そっかぁ。実は私も疲れているみたいなの」
そういうとリクは額を手のひらで覆った。
「さっきはノート書いてなくて僕の写してたもんね」
「あ、うん。さっきはありがとう」
「ああうん…」
だから笑顔は飛ばしてこなくていいから……。
レオが目線を反らすとリクもレオの顔を覗きこむのをやめ体を起こした。
そして見るのだ。窓の外を。
「私ね、さっき何だか見たらいけないもの見ちゃったような気がするんだ」
突然変な告白をしてくるリクにレオを目を丸めた。
「え?何それ」
「……レオくんは、幽霊とか見えちゃう体質?」
「は?」
何故こんな質問してくるのだ、と思ったが答えた。
「わからない。一度もそういうのに会っていないからかも知れないけど」
というか自分が元は黒猫の魂で幽霊と等しい物体だったのだけど。
そして人間にひどく怨みを持っていて、復讐を兼ねてこの姿で復活したのだけど。
…あ、忘れていた。
自分は人間に復讐する立場だったんだ。笑いながら話している場合じゃない。
そうだ。この女を始末しようと思っていたんだった。
それなのにどうしてそれができない?
確かに指にはまっている指輪が殺意を抑えているため手を出すことは出来ないのだが、だけどそれとはまた違う。
レオは、自分の意思でこの女に手を出せないのだ。
と、レオが少し違う考えをしているとき、リクはそっと口を開いた。
「実は私ね、幽霊が見えるんだ」
「………え?」
リクの口から出された言葉にレオはマヌケな声を出しながら思考をとめこちらに集中した。
リクは構わず続ける。
「昔からだった。そういうの見えちゃうのよね…見えたらいけないものが見えちゃうの、私には」
「……」
「さっきも見ちゃったの。見えたらいけないものを」
そういったリクの顔は怖ろしく青かった。
思わずレオは身を乗り出す。
「内海さん大丈夫?顔が…」
「あ、うん…大丈夫」
しかしつらそうだ。相当つらいものを見てしまったのだろう。
「うそ言うなよ。保健室行けよ」
「どうしたの?」
レオが慌てている姿を見たからだろうか、ソウタも身を乗り出してきてた。
そしてリクを見てすぐにしがみ付いた。
「大丈夫?顔色悪いよ」
「何か見たらいけないものを見たらしい」
「…え?」
「僕、保健室に連れて行く」
「あ、よろしく。そしたら僕は次の教科の先生に知らせに行くね」
そしてソウタの行動は素晴らしく速かった。
横を見たときにはすでにソウタの姿は無かったのだ。一体どんな速さで行ってしまったのか。
運のいいことに次の教科は移動教室だった。少し奥にある別の教室で授業を受けるのである。
そのためクラスメイトは次々とこの教室から出て行った。
気づけばここにはレオとリクしかいなかった。
なんて皆素晴らしく行動が早いのだろう。思わず唖然としてしまった。
しかしそんな場合じゃない。
レオはリクを保健室に連れて行かなければならないのだ。
そのためリクの肩を抱いて一緒に動こうとする。
リクは動いてくれなかった。
「……内海さん?」
「…レオくん、後ろに何かいない?」
後ろ?
突然そういわれたので一瞬意味が分からなかった。
後ろといえば窓がある。大空へ繋がる窓だ。
そういえばリクはこの窓を見ながら「見たらいけないものを見た」と言った。
…ということはこの後ろに………。
一瞬して心臓が高まった。
自分には幽霊なんか見えないと思うけど、もしかしたら可能性はある。
元は黒猫の魂だった自分。見えるかもしれない。
後ろにある物体を。
そしてレオは恐る恐る後ろを振り向いた。
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(04/12/05)