久々に登場したイナゴとタンポポは、いつもより気合をいれてこの場に立ち臨んでいた。


「ホント久々だな!」

『そうでヤンスね。前々回から一回も登場していなかったでヤンスからね』

「ああ、出番があるって素晴らしい!」


少し禁句を発しているこの2人は実は宙を浮いていた。
2人は姿を消すことが出来るため、こんな危険なことが出来るのだ。


「そういえばレオは無事だろうな?」


ふと、自分と同居している…というか自分のせいで同居するはめになってしまった可哀想な元黒猫…レオのことを思い出し、イナゴが訊ねる。
するとタンポポがキパっと答えた。


『心配でヤンスね。まあ今から会いに行くのでヤンスから、様子を見てみるでヤンス』


そう、実はイナゴたちはレオが通っている学校へ行くために浮上しているのである。


「レオの奴、学校で悪さしてないだろうな?」

『さあ?それはどうでヤンスかね?靴に画鋲入れられている時点で少し危険でヤンスけど…』

「……ああ、そうだったな」


前日レオは靴に画鋲を入れられたことに対して、人間へ酷く憎悪を抱いていた。
今日も学校に行くのを嫌がっていたが無理矢理学校に行かせて、イナゴたちは心配しつつもヤクルトを飲んで、現在まで時間を潰していた。

果たして今レオは無事なのだろうか?
もしかすると人間に虐められているかもしれない。
それが心配であった。

しかし今から、その問題である学校に自分らも行くのだ。本当にいい機会だ。
もし学校でレオが虐められていたり、逆に暴れていたりしていれば、すぐに止めなくてはならない。


『無事を祈ろうでヤンス』


そういって手を組むタンポポの尻尾にはあるものが掛けられていた。
イナゴたちはこれをレオに届けるために、学校に訪れる。



。 。 。



「は?どういうこと?」


授業があと数分で始まろうとしているのにこの男、何を言い出すのだ。
レオは目の前で真剣な眼差しを送ってくるメガネ男…ソウタに思わず目の辺りを顰めた。
その表情が怖かったのか、ソウタはビクっと肩を震わせる。


「あ、だからね。内海さんとはもう離れた方がいいと思うんだよ」

「だから、どういうことなのかと聞いているんだ」


さっきから自分が声を出すたび怯えるソウタにレオは苛立っていた。
しかも意味の分からない告白はしてくるし、何だこいつ?

するとソウタは急いで理由を補充する。


「稲葉くん…昨日、靴に画鋲入れられていたよね?」

「…っ!」

「ゴメンね、それ、僕見ていたんだ」


何と、何を言う出すのかと思えばこのことか。
画鋲の事件をこいつは見ていたのだ。レオはより深くしわを寄せた。そして訊ねる。


「…まさか、お前が?」

「いや!僕は違う!」


ソウタはブルブルと顔を振って懸命に真実を語る。


「あの画鋲を入れた奴を僕は遠くから見ていたんだよ」

「…何?」

「…………甲斐トオル…って人、知ってるよね?」


突然そう訊ねられ、その人物を思い出すため目線を少し遠くへずらす。
やがて脳裏に人物像が浮かんだのでレオは行動で人物を表した。


「こう…前髪が右に靡いている奴?」

「そうそれ。それが甲斐くん」

「そいつがどうしたんだ?」


そう訊ねるとソウタの目には一瞬戸惑いの色が浮かびあがったが、すぐに答えてくれた。


「甲斐くんが、画鋲をいれていたんだ」


それは驚くべき告白であった。
しかしレオは目を丸くするどころか何か悪さをたくらんでいる目になっていた。


「…そう、そいつが…?」

「うん。甲斐くんは見ての通り内海さんのことが好きみたいなんだ。だから稲葉くんのことが気に食わなかったんだと思う。それであんな悪さ考えちゃったんだよ」

「…」


あの女のせいか……

そしてレオは思った。あの女が邪魔なのだと。
だから真っ先に仕留めなければならない、と。


「だからさ、悪いけど、内海さんからは離れたほうが身のためだよ。甲斐くんに狙われたくなければ…」

「分かった」


事の状況をつかめた。
自分が最も嫌う人間のタイプであるトオルをレオは真っ先に消したかった。
しかし邪魔な者がいる。そいつはリクだ。
リクは何故かレオと一緒にいたがる。きっと自分が委員長だから、という変な使命感を持っているからだろう。
だけれどそれはレオにとっては本当に邪魔なものであった。

彼女にとって見れば"小さな親切"なのであろうが、レオにとっては"大きなお世話"だ。


ソウタの忠告にレオが頷いた直後、学校の鐘が鳴り響いた。
今から授業が始まるのだ。急いで教室に戻らなければ。
そういうことでソウタは「聞いてくれてありがとう」とお礼といって自分よりも早く教室へ駆けていった。連なってレオも教室に行ってイスに腰をかける。

それからレオは悲痛である学校の授業に受けた。
そして気づく。リクがまだ帰ってきていないことに。




。 。 。



学校が終わった。
担任に向けてクラスの全員が「さようなら」と挨拶すると、その場は突然解放された。
学校という束縛から解放されたのだ。
全員がそれぞれの速さで靴箱へ向かう。
その中にはレオもいた。

レオはゆっくりと長い廊下を歩く。


 そういえば、昨日は内海が隣りにいたっけ。


隣を見る。
しかし誰もいない。全く顔の知らない人たちが自分を横切るぐらいだ。
レオは1人だった。


 途中から放棄しやがって、何考えているんだあの女。
 意味が分からない。


考え事をしていたら、いつの間にか靴箱までやってきていた。
周りにトオルがいないか探してみて、前髪が右に靡いているような奴が見かけられなかったので、靴を下ろして、履く。
その前に一応靴をひっくり返して画鋲が入っていないかを確認。
流石に今日は入っていなかった。昨日だけのようだ。

一応安堵のため息をつく。
しかしこのため息にレオは何だか苛立った。


 どうして僕が人間にこうやって怯えなければならないのだ?

 僕はこれから人間に復讐するんだろ?ならば怯えることはない。
 確かに自分の指にはイナゴの"余計なお世話"による指輪が付けられ、そいつに邪魔されてしまうが
 それでも僕は復讐をやめない。

 まずはリク、それからトオル。始末しなければならない。
 この二人が消えれば、まだ楽に生活することが出来るであろう。


靴を履いて、外に出ようとする。
しかし気づいた。
この"匂い"の存在に。


脳裏に何か懐かしいものが思い浮かぶ。


しかしそれが何なのかは分からなかった。
レオは外に出ず、外を見やる。
外は独特な匂いを放ちながらうるさい音を駆け立てる。

ザアザアと全てのものを濡らし冷たくしていく自然現象、雨である。

今、雨が降っているのだ。
朝は天気がよかったのに、何だこの天気の変わり様は?


そして驚いた。
ここにいる全ての人間が傘を持っていたのだ。傘を広げて中に入り、外に出て雨を妨げている。
家に帰ろうとざわめくその場からある言葉を聞き取ることが出来た。


「今日は午後から雨が降るって天気のお姉さんが言っていたから、傘を持ってきてた。よかった」

「……」


 なるほど、そうか。天気予報を見ていたから皆傘を持っていたのか。
 何てことだ。イナゴの奴、どうしてそのことを教えてくれなかったのだ?
 おかげで自分は帰ることが出来なくなってしまっているではないか。


レオは外を睨む。
雨の匂いに苛立ちを増させる。

しかしこの雨の匂いを最初に嗅いだとき、どうして懐かしいものを感じたのだろう。
自分でも分からなかった。
今、その匂いを嗅いだって懐かしいものを感じる前に苛立ちを感じてしまう。

懐かしいものを思い出すことが出来ない、ということも兼ねてレオは苛立っていた。
そしてそれを面白がるように雨は容赦なく降ってくる。止む気配を見せてくれない。


 この野郎。バカにしているのか…。


苛立ちは積もるばかりだ。
だれかこの苛立ちを止めてくれ…。


だけれど、雨は止まない。
しかも辺りが徐々に暗くなってきている。

そして気づけば自分の周りには誰もいなくなっていた。
全員が傘を差して帰ってしまったようだ。


「………」


帰れない。


レオは雨が苦手だった。
黒猫の時に雨にいつも当たっていた記憶が微かに残っているから。だからキライ。雨はキライ。
自分を濡らす雨がキライだった。
誰にも救われることなく自分はいつも雨に濡れていた。
目を瞑るとその情景が目の裏に浮かび上がる。

 黒い自分が雨に濡れて。それを人間は見向きもしない。
 悲しかった。だから下を向いて雨に濡れていた。

暗い人生、しかしこのあとほんのり明かりが燈ったのだ。



「……っ」


レオは歩いた。雨の中を。
誰もいないし、止む気配もないからレオは雨の中を歩いていく。

濡れる今の自分は、黒猫のときと同じであった。


しかし暗い人生でも一度ぐらい明かりが燈ることがあるのだ。
優しい光があのときレオの心を燈してくれたのだ。



「……………………」


雨に濡れてずぶ濡れだった黒猫は一度だけ救われたことがあった。
自分を容赦なく打ち付けていた雨がピタリと止んだのだ。
そしてレオもそれと同じ。
今、自分の周りには雨が止んでいる。


いや、違う。
雨が妨げられているのだ。



「レオくん。風邪、引いちゃうよ」


レオは知らぬ間に傘の中に入っていた。
傘を持っているリクがレオを入れてくれたのだ。
そのため、雨が当たらないのである。

これは、黒猫の時にもあった現象と同じだった。


リクは濡れていたレオを傘にいれて、微笑んでいる。
レオは顰めていた顔を解して、リクを見ていた。


「……何で、内海………?」

「ゴメンね。あのときから授業放棄していて。ちょっと保健室で寝込んでいたんだ」


目を丸くしているレオにリクはお得意の笑顔を作っている。


「私、レオくんにあんな失礼なことして…もうどうすればいいのかわからなくて、保健室で寝込んでいたの」

「え?」

「ゴメンねレオくん。迷惑だったでしょ?突然抱きついてきて」

「……」


 この女、あんな些細なこと、ずっと気にしていたのか?


「ゴメンね」

「いや、別に。内海さんは悪くないよ」


 変な奴だ。
リクの笑顔を見て、レオも自然と笑みが零れていた。

そして2人は1つの傘を共に過ごして、学校から下校する。






そんな光景をずっと見ていた2つの影。


「…見たか?ダンちゃん」

『見たでヤンスよ。可愛い子でヤンスね』

「ああ。あの子、レオを変えてくれそうだ」


傘を届けに来たイナゴたちであったが、微笑ましいレオたちの姿を見て、ほっと安堵の言葉を吐いていた。










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(04/11/18)





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