―――― 人魚の恋物語 

俺は一目で惚れてしまった。
小柄な体に、耳を覆っているショートな髪、だけれど目は優しくて人の心を慰めてくれるような、
そんな可愛い子だった。

彼女は1人で海を泳いでいた。シャーモンピンクの色をしたうろこをチラチラ輝かせながら華麗に泳ぐ。
俺はそんな彼女を遠くから眺める。
それだけでも幸せだった。


だけれど俺は王族だし、自分の意思では行動が出来ない。
必ず隣りにはお供の人がついている。
今日は昔からの友であるフウタがいた。


「…どうしたの?シュンヤ」


じっと遠くを見ている俺にフウタが少し裏返った声で訊ねてきた。
俺は間をあけて答える。


「……いや…何でもない…」

「そう?ま、いいや」


フウタはそう微笑んだのだが、次の瞬間ハッと何かを思い出したように目を見開いていた。
どうしたのか訊ねるとフウタは


「僕、音楽隊の方に戻らなくちゃ。今日は呼び出し喰らってたんだ」

「お、そうか」

「ゴメンね。お供できなくて。じゃ、ミャンマー」


自分の本職である音楽隊の本部へ急いで戻っていった。
フウタは音楽が好きだから好んで音楽隊に入隊している。
だから俺は止めることなくフウタを見届けた。

今日のお供となるはずであるフウタが本職に戻ってしまったので、今俺は1人になってしまってた。
そのため1人で彼女を眺める。

彼女は今、魚たちと楽しそうに泳いでいる。

せっかくのチャンスなのだ。俺はこのチャンスを見逃したらならないと察し、すぐに行動に移した。
そう。彼女の元へ行ったのだ。

"緊張"という二文字は今の俺にはなかった。
普段ならお供がついている俺だけど今の俺にはそいつらはいない。
俺は1人だ。1人で自分勝手な行動が出来る。
だから彼女の元へ急いで泳いでいった。

気分が高まった。
嬉しくて嬉しくて、早く彼女と話したかった。


「おい!あんた何て名前だ?」


俺が来ると、彼女の周りを囲んでいた魚たちが急いで一歩下がっていた。
一応俺が王族だからだろう。魚たちは身を引きお辞儀をしているようにも見える。

俺の質問に、彼女ももちろん驚いていた。


「……あ、…お、王子様……!」


俺の登場に本当に驚いているようだ。声を裏返して、魚と並んでいた。身を引いてしまったのだ。
そんな彼女を見て俺は急いでだけど優しく声を掛ける。


「あ、すまん。突然声をかけてしまって。だけど俺、あんたの名前聞きたいんだ」


すると彼女は目を丸くしてしまった。
どうして?と問いかけているのが彼女の目を見れば分かる。
それほど彼女は怯えていた。

そのため俺も少し困ってしまう。


「そこまで怯えなくても…」

「だ、だって…」


なんて可愛らしい声なのだろう。小さい声だけれども柔らかみのある声だ。
その声はやはり震えていたけど、彼女は言葉を発してくれた。


「私…王子様と話しをするほど……」

「何だよ?」

「……ごめんなさい…」


一瞬耳を疑った。そして目も疑った。
彼女は拒否の言葉を発すると背を向けて泳ごうとしていた。つまり俺から離れようとしているのだ。
だから俺は焦った。


「待てってば」


焦っていたから俺は彼女のことを考えていなかった。
彼女の手を掴んでしまってた。

もちろん彼女は嫌がる。


「やめてください…」

「ゴメンな。だけど俺、あんたの名前をどうしても聞きたいんだよ」

「無理です」

「何で?」

「…………」


ここで問い詰めてしまい、俺は彼女を黙らせてしまった。
あぁ、何してんだ俺よ。

やがて彼女が篭った声で言ってきた。


「私……男の人と話すの…苦手なんです……しかも…相手が王子様だなんて……」

「…!」


 そんな理由で…

俺の手を振り払おうとする彼女。
だけど俺は放さない。逃がしたくない。どうしても俺は彼女の名前を聞きたかった。

だから言ったんだ。


「やめてくれよ…。そんな理由で俺から逃げるなよ」

「…」

「俺、今生まれて初めて自分の意思で行動してるんだ。俺の気持ちを冷やさないでくれ」

「……え…」


何だかここで"緊張"の二文字がポツリと浮かび上がった。
恥ずかしかった。自分の気持ちを言うのが。

しかし、ここで俺は諦めない。彼女を逃がさない。
"緊張"していても、絶対に逃がさない。


手に入れたかったから…。



「お願いします。俺にあなたの名前を教えてください」


お辞儀をして、すぐに彼女の目を見て、俺は言い切ったのだ。
とても緊張したけど、言えた。彼女の名前をどうしても聞きたいと言えたのだ。
そして彼女はあんなこと言われてしまったため唖然としている。

どうしよう。変な奴かと思われてしまったかも。

だけど、驚いた。
彼女はふふっと笑っていたのだ。俺に向けて。


「ご丁寧にありがとう」


ここで初めて俺にタメ口で声を掛けてくれた。つまり親しみを持ってくれた何よりの証拠だ。
俺は嬉しかった。


「こちらこそ、ありがとう」

「いや、私まだ名前教えてないよ。お礼を言うのは早いから」


ふふってまた笑って彼女は優しい目で俺を見てくれた。
彼女の瞳に俺が映る。その俺は何だか喜び色に満ち溢れていた。
本当に嬉しかったから。




それから彼女は名前を教えてくれた。
「サーマリア・ケナリー」、略称「サケ」だと。

そして、きっと彼女は俺の名前を知ってると思うけど、俺も名前を教えた。
「ハンティノアーメ・アクアゼンタ・レ・リヴァーシッダ」、愛称「シュンヤ」だと。









------------------------------------------------

河人魚の王の数ヶ月前のお話。
このときのシュンヤはまだ王子でした。

そして例の女王も登場。サケという名前にピンと来た方は鋭いですね。

------------------------------------------------

inserted by FC2 system