「…しまったな、ついにノロイじいちゃんが動き出したか」


エキセン城は大きく分けて二つの棟で成り立っている。
一つは会議室や広間がある棟で、城の中心となっている建物だ。
そしてその裏にある棟が、闇が心身を休めている棟。部屋が並ぶ、言わば寮のようなものである。
その中に広がる枝分かれの激しい廊下を闇4人が走っていた。

好物を摂取したことにより魔力を取り戻した『L』が、危険な闇の動きを察して唇を噛む。
『C』が動き出た情報を耳にして全員が気分悪そうに表情を顰めた。


「あらっ最悪じゃないの、一体どこのどいつがCを怒らせたのかしらぁ?」

「この殺気の威力からするとクルーエルだな」

「ジェ?!クルーエルってCの操り人形だジェイ!それでも戦うジェイ?」

「うむ。復讐心ってすごいなあ」


クルーエル一族といえば『C』の呪いを受けてまさに操り人形になっている一族だ。
それでも逆らう力があるとは…、やはりこの場に光が落ちたことが大きく影響を及ぼしたのだろう。
あの『C』が動き出したのだ。普段は物事にも動じない『C』が読書にも励まずこの戦いに目を向けている。
これも全て光の力だろう。闇の動きを変える力を持っているとは、さすがである。
今は光の者たちにとっては非常に有利の立場になっていることには違いない。

そのことを知れて『L』は笑みを零す。


「よかった。これでノロイじいちゃんを倒せば確実に闇を沈められるな」

「何言ってるのよっ。まだキモUやVが残ってるのよ、気を緩められないわっ」


確かに『B』の理論は正しい。
尤も、この城内で暴れている闇は全てが闇魔術師だ。
どの戦いにも気を緩めることが出来ない。

しかし、と『L』が覆す。


「QとNには勝ってるんだ。そして魔力が弱まってるノロイじいちゃんも武を誇るクルーエルに勝てるか曖昧なところだ」

「で、でも、Cはこの中で一番強いジェイ!」

「そこが問題だなあ」


エキセントリック一族は全部で26の闇で成り立っている。
しかし13は闇魔術師で13は一般魔術師だ。
その中で『C』が闇魔術師として一番上の位で『L』が一般魔術師として一番上の位。

闇魔術師の闇には怖ろしいものが含まれている。それは殺気だ。
人を傷つける能力を持っている。触れただけでも危険な闇。
対して一般魔術師は闇を出せない。ここが相違点。

『L』は今まで一度も闇を自分の手で出したことが無かった。
しかし、思い当たる部分がある。

それは彼女を失ったときに流した涙。そのときに体内から溢れ出た闇。
あの量は尋常ではなかった。
闇魔術を使えなくても闇は大量に含まれている。いや、我らこそ闇を成分として生きている生物。

『L』が零した闇に浸かった『R』も苦しそうにしていた。
このときに察したのだ。
もしや、この体内には危険な闇が眠っているのではないか、と。


「ふふふ。イナゴ、気にすることじゃないよ。君には闇なんてないから」


『O』が『L』に顔を向けながら笑った。
そのとき『O』の肩に傾いていた鎌が後ろの『J』に当たりそうになるが体を反ることで上手く回避した。
しかし『B』の鉄拳が待っていた。何故か腹に鉄拳がくだり『J』は撃沈する。

心の描いていた心配事を『O』に悟られ、その言葉を元に『L』は苦く表情を濁した。


「お前はいつもオレに励ましの言葉をくれるよな。でも心配しなくても大丈夫だから。ごめんな」


『L』が苦い顔をしていることが気に掛かり『O』は眉を寄せるがそれは空振りに終わる。
顔を背いて『L』は『B』に声を掛けた。


「Bちゃん、いま体は大丈夫か?」


それは先ほどまで精気をなくしていた彼女への心配事だった。
『B』は拳を握って体の丈夫さを物語った。


「大丈夫よっ。精気を大量に吸ったからねぇ」

「それはよかった」

「けど」


今度は『B』が心配事を口にした。


「あんたこそ無事なわけぇ?私から大量に精気を吸われたって言うのに」


結局はみんな『L』の心配に走る。
なので『L』は困ったように口先を尖らせた。


「そんなに心配しないでくれよ。オレは無事だから」

「でも、ねぇ」

「オレのことは気にしないで、今はこれからのことを心配してた方がいいよ」 


トンっと地面に足をつけた瞬間、足から脳にかけて一気に何かが駆け上がってきた。
それは殺気。
場は光の力で白くなっていると言うのに、この地帯だけ闇のまま。そんなところに今、入った。

ここは『C』以上に危険な闇を持っている闇が身を潜めている地帯。
あの事件以来誰も近寄らなくなった地帯。

『E』が死んだことにより常に悲しみに暮れている『P』の部屋。
その付近に足を踏み入れたのである。

殺気が体内に駆け上がってくることで恐怖に押しつぶされて『J』が足を止める。


「やっぱりここに行くジェイ?」

「無論、オレは戦いにきたんだ。怖いなら逃げてもいいんだぞ?」


震える『J』に感づき『L』が声を掛けるが『J』は首を振っていた。


「それは嫌だジェイ!オレっちも出来ることがあれば手伝うジェイ!」

「ジャックならそういってくれると思った」


随時闇が漂う『P』の部屋の付近。
これはきっとあのときの『L』が流していた闇と同じものなのであろう。
愛しい人を失って悲しんでいるんだ。
だけれど、半ばは違うかもしれない。

彼女は今、狂っているのだ。

その狂った精神により彼女は"ハナ"を作った。
彼女こそが本当の敵だ。
ラフメーカーが己を不幸の底に落とし入れた闇と戦っている間に、自分らは世界を狂わせようとしている『P』を止める。
このぐらいの手伝い、しなければならないだろう。

そう思ったから今ここにいるんだ。


「本当に気が重くなる場所ねぇ…」

「闇に足をとられるなあ」


闇のモヤはまるで沼の中に足を入れた感触を持っている。
一度足を入れてしまえばなかなか足を引き抜けない。もしかしたらこのまま呑まれてしまうかもしれない。
本当に危うい地帯である。

その中を『L』が難なく通り抜ける。


「大丈夫かみんな?スタート前に足を重くしちゃ駄目だろ?」

「何よぉ?この闇のモヤ、尋常じゃないわよっ」


『B』に叱られて『L』は高らかに笑っていた。


「はっはっは!みんな気合が足りないな!」

「気合とかいう問題じゃないわっ!」

「光を浴びた上にBちゃんに精気をあげたっていうのに、君の体力には驚いてしまうよ」


これも全てヤクルトのおかげさ、と先ほど脱力していた本人が告げる。
好物の力って言うのは本当に素晴らしいと『O』が目を細め、『B』は馬鹿馬鹿しく鼻で笑う。
その中でモヤに埋もれていく『J』を見つけて『L』が手を伸ばして助けてあげた。


「やっぱり無理しない方がいいと思う。Pは強烈な闇の持ち主だ。光の中でも自分の闇を維持できるほどの玄人。ただ者じゃない」


遠まわしに『L』は3人に、これ以上ついてくるなと言う。
なので『B』が憤って見せた。


「ふざけんじゃないわよっ!私たちだってあんたと同じ気持ちなんだからねっ!」

「そうだジェイ!Pを抑えることが出来れば世界に平和が戻るジェイ!だからオレっちたちも頑張るジェイ」

「Pには未練タラタラだからね。彼女の件もあるし」


彼女の件、それはタンポポのことである。
『P』は天使の上に立って天使を束縛していた。その中の犠牲者が『L』の憧れの人タンポポだった。

タンポポのことを目に浮かべて『L』はまた一歩、モヤに足を入れた。
その足には、勇気が篭っていた。全員が自分と同じ気持ちを持っていると知って勇気が湧き出たのである。


「それじゃ、一緒に戦おう」


漆黒に怯え、それでも前へ進む。
仲間と言うのはやはり人にとって一番必要なものだと思う。
一緒にいるだけでこんなにも気持ちが和らぐなんて素敵なことだと思うから。

その中で、『L』はふと疑問を浮かべた。
それは『O』に向けて。


「お前も戦うのか?」


素朴な質問。だけれどこれはこれからの戦いに重要な質問、そして答え。
『O』は少し間を空けて肩を竦めた。


「さあ、どうだろう」

「お前はいつも不明瞭だな」

「それがぼくという生き物だと思う」

「オレもそう思う」

「それならいいじゃないか」


そして『O』は上手い具合に話を流した。慣れたものである。
今度は彼が『L』に質問を返した。


「君はこれからの戦いに何か策を練ってるのかい?」


すると少し口元を歪めて『L』が応えた。


「いや」

「あんたっ!ここまで連れてきておいてそれは無いでしょっ!」

「いや、本当に何も練ってないんだ」


何も考えずにここまで来るとはある意味すごい根性の持ち主だ。
これから一体どうなるんだよ、と思いながら『B』が頭を抱える。
そのとき、『L』が目の色を変えた。動きを止めて、辺りを見渡した。


「どうしたジェイ?」

「……」


『L』の額に汗が流れる。


「…何てことだ……」

「な、何よ!ちゃんと答えなさいっ!」

「何か不吉を悟ったジェイ?」


魔力が無い者たちが騒ぐ中、『O』の顔にも焦りが生じていた。


「逃げた方がいいな」

「ジェ?!」

「逃げるなよ死神。お前も道連れだ」

「手酷いなあ」


『L』と『O』が動きを固めてから『B』も事の大変さに気づく。
ギョッと目を見開き、しかしすぐに眉を寄せてしかめっ面を作る。こうしないと何かに呑まれそうな気がするから。


「今まで全然気づかなかったわ。あまりにも強烈な存在すぎて…っ」


あの『B』も怯えるほどだ。きっと何が大変なことが迫っているのだろう。
いや、もう既に迫ってきている。目前だ。

だけれど鈍感な『J』は察することが出来なかった。
一人で慌てまわる。


「何でみんな怯えてるジェイ?教えて欲しいジェイ!」

「それなら教えてやるよ!」


そして『L』は闇に身動きとられている『J』の元へ走った。


「今すぐ伏せろ!」


叫びながら『L』が『J』の首を押して自分の身と一緒に倒した。
刹那、その場に闇の刃が飛んできた。
『O』と『B』も身を伏せて刃を避ける。


「ジェ…!これは一体何だジェイ?」

「闇の始まりを告げた、彼女のご登場だ」


どく、どく、どく
何の音なのか、闇のモヤからそのような音が聞こえて来た。
それは心臓音のようにも聞こえる。

上空に刃が飛んでいないことを確認してから『L』は『J』を起こした。
『J』は今更焦りを催した。


「か、彼女って、ま、まさか…ジェイ」

「そのまさかだ」


モヤは、排水溝へ流れていくように渦を描いて集まっていく。
そのため4人の足元のモヤが薄れていく。しかし代わりに強烈な殺気を感じる。
モヤが形を帯びる都度、殺気も形となっていく。

足元に掛かっていたモヤがここで消える。
そして4人の目の前にはモヤの塊、所謂殺気の塊が立っていた。


それは、『P』。



「うふふ。珍しい来客がきたわね」


『P』の姿を見て、『J』が驚愕、『B』が睨み、『O』は平然、『L』が不敵な面構えを見せた。


「しまったな。あの闇の地帯に入ったときには既にお前の手のひらの上だったってことか」

「あらあらL、シルクハットはどうしたの?頭がむき出しになってるわよ」

「いいんだ。お前が嫌いな光の色、見せ付けてやる」

「………うふふふ…」


帽子屋で心臓作りに励んでいたときに闇魔術師たちに襲われた。そのときの拍子でシルクハットを帽子屋に置き忘れてしまったのである。
そのため今の『L』にはシルクハットはない。頭の光色が無い風に靡いた。

『P』は久々の訪問者に喜んでいるのか、笑いながらメンツを見渡した。
そのときに目に付けたのは『B』だった。


「あなたはBじゃないの。うふふ。私はあなたが嫌い。私のエピローグから精気を吸ってたからね」

「言っとくけど、私だって好きで吸ってたわけじゃないのよっ」

「うふふふ、うるさい」


『P』が手をすっと伸ばすと、腕全体が闇色に染まった。そして闇の枝となり『B』の元まで伸びていく。
唐突なことで『B』は避けられなかった。しかし彼女の前には『L』が立っていた。


「お前の失敗でBちゃんが精気のない体になったって言うのにその言い方はあんまりだろ」


闇の枝は『L』の腕に巻きつく。
よって2つが繋がった。『L』はそれを利用した。

指を鳴らして、闇の枝に炎を伝わせる。
それは一瞬の出来事。あっという間に炎は闇を伝って『L』に繋がっていた『P』を炎上した。
『P』が灰になり、そして闇の枝も灰になって消える。
それを見て『J』が喜ぶが、『L』が歯を食い縛っていた。


「…あ、余計なことしちゃったな」

「えっ?」

「Pを逃がしてしまった。姿を消されちゃ追うことが出来ない」


ここが闇の中だとしても光を強く浴びている。だから『L』の魔力も限られていた。

『P』の存在は大きすぎて逆に闇と見分けがつかないほどだ。
だからどこに彼女が消えたのかも分からない。


「………っ」


その中で、言葉を失っていたのは『O』だった。
何かに驚いて喉が通らない様子。
その理由は、彼の後ろから流れた。


「うふふ。本当に久しぶりねO。どうして城に帰らなくなったの?私たち心配してたのよ」

「……………」


『P』が『O』の背後に立って『O』の動きを止めているのだ。
そのことに気づいて『L』が急いで指を鳴らす。しかし空振り、『O』の後ろに闇の氷が立つだけだった。 
それから間をおかずに響く悲鳴。


「ジェーイ!助けてほしいジェイー!」


『J』の足元には、いつの間に出来たのだろうか闇の水溜りが張ってあった。
しかしそれは波を打って背伸びして『J』の体に巻きついていく。


「ジャック!」


『J』が『P』の闇に呑まれていく、そう思っていたが、救世士の登場だ。
闇に飲まれる直前に『B』が『J』の腹に目掛けて拳を飛ばしたのだ。
よって『J』はぶっ飛ばされる。そして闇からも解放される。


「P、言っとくけどねぇ」


打たれた腹を押さえている『J』の首根っこを掴んで勇ましく立つ『B』は、どこかにいる闇の存在に、勇敢に告げた。


「あんたと戦う相手はイナゴだけじゃなくて私たち3人もよっ」


闇のモヤはないと言うのに場の雰囲気は変わらない。
暗い地帯の上で4人はそれぞれ魔術を繰り出せるように構える。と言っても『L』だけがその形なのだが。

『L』が指を鳴らして一部を爆発させる。しかしそこに黒い煙が立つだけだった。
一応闇には当たったらしいが本体には当たっていない。


「笑止」


『L』が舌を打つ音を背景に、どこからか『P』のささやきが聞こえてきた。







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場面があちらこちらと変わって申し訳ないです。

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