壁に穴が開き、ひどく荒らされた形跡が残っている店の中。
ここは孤島ブルンマインの箱庭通りの一角にある帽子屋。
エキセントリック一族が店内で暴れまわったために、このような残骸が残っているのだ。
散らかった店内を見て、店の主はガックシ頭を垂らす。
「ざけんなよ、何だこの有様は」
この店の主、帽子屋は店内をズカズカ歩き、店の散らかり具合に悲しみと哀れみと怒りを募らせていく。
まさか、今まで提携を結んでいたエキセントリック一族にこんな酷い仕打ちを受けるとは思ってもいなかった。
しかし、仕打ちを受ける理由は分かる気もする。
なぜならこの店で禁忌行為をおこなっていたから。
それは、心臓作り。
「…あいつら、無事なのか?」
帽子屋は『L』『B』『O』が提案した心臓作りに無理矢理参加することになったのだが、そのときに事件が起こった。
それがこの情景を作ったのである。
エキセントリック一族の闇魔術師の襲撃から逃げるために帽子屋は『O』と一緒に行動していた。
そのときに『O』から、残りの二人『L』と『B』のことを聞いた。
あの強い二人が闇魔術師に捕まってしまったと言うことを。
だから心配だった。
「必ず、生きて帰れよ」
誰もいない店の中で、帽子屋が祈る。
先ほどまでは談笑しあっていたこの空間を引き破った闇魔術師に怒りを覚え、その上で仲のよかった3人の無事を願って。
そのように俯いていたとき、帽子屋の目にあるものが映った。
それは黒いもの。形が崩れてしまった黒いもの。
シルクハットだ。
「……おいおい、本気で大丈夫かあいつら…」
このシルクハット、見覚えがある。
それはそうだ。エキセントリック一族のシルクハットを作っているのは全て帽子屋なのだから。
その中でもこのシルクハットには強く覚えがある。
『L』の帽子だ。
彼のシルクハットは彼がわがままにより素材や形が他よりも結構凝っているのである。
だからその分だけこの帽子には想いが詰まっている。
それが、今ではボロボロだ。
襲撃を受けたとき、帽子屋はすぐに気を失って戦いを見ていなかった。だからシルクハットが潰れている意味が分からないでいるのだ。
何故シルクハットが潰れているのか、それは戦いの途中で『L』がシルクハットを零したところを『Q』が踏み潰したことに答えがある。
形が乱れている帽子を眺め、いろんな衝撃を受けた帽子屋だけれど、ここは冷静に腰を折った。
そしてシルクハットを手に入れる。
こんなにも変わり果てた形になってしまったシルクハット。
今、『L』たちもこんな形になっていないだろうか、心配で仕方なかったが、それでも帽子屋は仕事に励んだ。
いつも座っているカウンターに腰を落として、裁縫道具を取り出すと、丁寧に縫い合わせていった。
またここに来店してきたときに、いつでも渡せるように、と。
「あいつらなら、大丈夫だろう、きっと」
破けた布を縫い合わせる。
引き離れた友人たちとまた巡り会えるように。
この布のように、また合わさる日まで。
そうやって帽子屋がシルクハットを繕っている背景では、空が一瞬にして黒く染まっていた。
+ + +
闇の上に黒い血が滴り落ちる。
ゆっくりと広がる波紋。多重の円が足元に広がる。
「…………」
全員の視線を背中に浴びて立っているのは、鎌を担いだ『O』だ。
しかし、赤い瞳がぼやけて浮かんでいる。
赤い瞳はエキセントリック一族の本気の目なのである。
今、『O』は苦しむ友人のため、そして皆を守るために、ここで自分の血を流した。
黒い血は『P』の闇の空間に落ちる都度、波紋を残す。
「うふふふ、強烈な闇ね。この闇なら世界をあっという間に闇に出来そうなのに、もったいない」
「…」
『O』の親指からまた血が滴り落ちていく。
また濃く波紋を残し、それを自分の闇へを変えていく。
『O』の瞳が赤を燈し、場に不気味な赤を照らす。
そんな『O』に惹かれて『P』が自ら姿を現した。
さりげなく現れてきたけれど、それでも雰囲気はだいぶ異なる。
場の空気が一気に強く張り詰んだ。それほどまでに強烈な闇の雰囲気。
その中で『P』は満足そうに微笑んでいた。
「さすが第一号ね。誰よりも強い闇を持っている」
「…」
「あなたにはたくさんの闇を詰めている。まさにあなたは私の分身よ。うふふ、幸せ者ね」
『P』が狂った笑みを零して『O』を煽る。
対して『O』は表情をゆがめず、じっと『P』を見つめ返していた。
「幸せ者、か。ふーん」
「あら、何か不満そうね」
「不満、そうだ不満だよ。なぜならぼくは闇より光に憧れてたんだから」
背後にいる光の存在、『L』をチラッと見て、また目線を戻す。
「イナゴの考えはいつも道理に従っている。すごいことだと思った。どうして自分の幸せより他の人を幸せにすることを第一に考えることが出来るのか、不思議でたまらなかった。だけどそれが世の中の道理でもあったんだ」
「つまり、何?あなたは何を言いたいの?」
「つまり、光こそが人を幸せにすることができる。だからイナゴは人を幸せにすることが出来た」
それが羨ましかった。
そう『O』はつぶやいた。
親指から血が滴ると、また場に危険な香りが重なった。
『O』が静かに出す闇の波動は、背後の仲間たちを静かに苦しませている。
そのことは『O』も承知していた。
だからこそ眉を寄せた。
今、自分は仲間までも苦しませてしまっているのだ。それが、悲しい。
「闇を持っていても人を幸せにすることが出来ない。ぼくは今までに幸せを与えたことも味わったこともなかった。これが闇の宿命だと思った」
「うふふ。何を言ってるの。私たち闇は人の不幸せな部分を見て、笑うのよ」
「それはどうだろう」
『O』が曖昧に目を細める。
しかし傍から見ても分かることだった。
苦し紛れに笑っているということに。
「ぼくは人が苦しんでいるところを見て、笑えなかったなあ」
「あらあら可哀想に。あなたは今までに人を不幸せにしてきたというのに、今まで何も感じなかったの?」
「悲痛を感じた」
まっすぐと『P』と向き合う『O』の姿。
ただの口論であるが、それでも言葉には力があった。
そして『O』が作っている闇の力は圧倒的であり、それに『K』が押さえ込まれている。
胸が苦しくなって、どうしようもない。
このまま二人を向き合わせていたら世界が闇になることはおろか、闇自体も滅んでしまいそうだ。
危険だ、一刻も早く引き剥がさなくては。
そう思って腰を上げる『K』だったが、すぐに『L』に止められた。
『L』は先ほど闇を吐いて戦闘不能になっていたため、自分の意志で動くことはないだろうと思っていた。
だけれど『L』は真っ直ぐに『K』の目を見て、やがて口を開く。
「無闇に動いたら駄目だ」
それは忠告。
しかし『K』は今の危険な状況に怯えながら叫び、『L』の言葉を否定する。
「な、何で止めるんですかー?このままではL様が待ち望んでいた光も完全に消滅してしまうかもしれないんですよー」
対して『L』は『K』の丸くなった目をじっと見て、冷静に翻した。
「違う。これでいいんだ」
ここで少しばかり『L』の表情が引き攣った。
きっと体内で暴れまわっている闇が懲りずに『L』を苦しめているのだろう。
それでも『L』は『K』の行動の批判を続ける。
「死神は悪い奴じゃない。信用できる。だから今は奴の思い通りにさせてやれ」
「で、でもですよー、あんな血一滴でこんなにもあたしたちを苦しませてるんですよー。闇であるあたしたちも苦しめるほどの強烈な闇、少なくてもあたしはこんなの耐えられません」
また血が落ちる。
血は地面につく前に溶けてしまうのだが、それでも音が聞こえる。しとしとと。
その音を聞くと、また胸が痛むのだ。
けれども『L』は大量に汗を噴出した引き攣った表情のままでも、笑みをかたどった。
「大丈夫さ」
たった一言。
だけれど、それでも伝わった。
「…分かりました」
分かる。
『O』が『P』と遣り合える力を持っているということも、『L』が『O』を信じていることも。
何故こんなにも信じる心を持っているのだろうか。
これこそ光をもっている『L』の特徴でもあるのか。
しと、しと、
血が場を満たす。
闇の中に液状の闇が混じる。
普通の血ならば生ぬるさが篭っているがこの血は冷たい。氷のようだ。
場を一瞬して凍り付けてしまいそうな、威力。
それを生み出している『O』を温かく見守るのは『L』だけではない、『B』も同じだ。
「馬鹿、無理すんじゃないわよぉ」
実のところ『O』は魔術とは縁を切っていた。だから常に魔術のことになると曖昧な答えを返し、『L』に頼りっきりだった。
彼が魔術と縁を切った理由、それは言わなくても伝わることだ。
今の現状を見れば一目瞭然。
強烈な闇が蠢き走り、大量の闇が『O』の元へ集まっていく。
「無理をするな、といわれても、ぼくは自分を操れない」
途端、『O』が手を突き出した。勢いに乗って闇が飛んでいく。
まるで波を操る海の主神になったかのようだ。
『O』を中心に闇が渦を巻き、命令が出れば従う。
この場の闇を自分のものにして『O』は強く手を払った。
よって闇は勢いよく、手の先にいる『P』を襲う。
しかし『P』は、余裕を見せて笑っている。
「うふふ、愚か者。せっかくの能力を下手に使いすぎよ。どうしてそんなに柔く使うの?もったいない非常にもったいないわ」
「…」
「闇はね、こうやって使うのよ」
襲い掛かる闇、しかし『P』が手を突き出すことで闇は全て手のひらに吸収していった。
一つしかない出口にめぐりあったかのように全てがそこへ集中して駆け寄る。
闇を吸収した『P』の存在に、『O』の代わりに『B』が舌を打った。
「ふざけてるわね!どこまで腹立たしい奴なのよっ!」
「び、Bちゃん落ち着くジェイ!ここはオレっちたちが出来る幕じゃないジェイ!」
「うふふ、笑止」
結局何もすることなく喚いてばかりの『B』と『J』、その存在が邪魔だということで『P』が闇を吸い込んだ手をそちらに向けた。
すると先ほどの『O』のように手のひらから闇が飛んでいった。
闇は確実に『B』と『J』を狙っている。
『O』が急いで闇を動かそうとするが、それよりも早い動きがあった。
『L』だ。
「笑止、それはこっちの台詞だ。お前の言動全てが笑止に値する」
闇が途切れた。
『L』が指を鳴らしてそこに爆発を生んだのだ。
爆発が起こった関係で空気の流れが変わり、よって闇の進路も変わる。
軌道を大きく外した闇は音もなく空気に紛れて消えた。
無事、無力な二人を守ることが出来た。
そのことにほっとする『L』だったが、魔術を使ったことで体内に駆け巡っている闇に異変が起こった。
耳をふさいで身を縮める『L』を見て、『K』がすぐに手を伸ばして支える。
「L様!ご無事ですか?」
「………」
『L』は必死に耳を覆っている。
彼を苦しめている闇は体内を駆け巡っているはずなのに、なぜか耳を押さえてふさぎこんでいる。
『L』の行動に不審を感じて、『B』も腰を曲げて『L』を眺めた。
「あんた、本当に大丈夫なわけぇ?私たちのことなんかより、まずは自分を守ったほうがいいわよぉ」
「……」
「L様ー、無理しないでくださいよー。L様がいなくなっちゃったらあたしも後を追いますよー」
「ジェ!心中だジェイ?!」
耳を覆っている『L』のことを全員が心配する。
『O』もその一人だ。
しかし彼と向き合っている『P』が全ての邪魔に入る。
闇討ちを仕掛けた。
「「!」」
鋭い闇の刃が降りかかってくる。それは無数だ。
闇の刃が黒い衣装をズタズタに切っていく。
その中でも『L』は耳だけをふさいでいた。
『O』が場に血を降らして闇を生み、『P』が作った闇の刃を包む。
しかし、闇の刃はそれを切り裂いてまた場に降りかかる。
「ふむ。厄介だな」
「なに呑気なこと言ってるのよっ!さっさと倒しなさい!」
「さっきは無理するなって言ってたのに、人遣いが荒いなあ」
「黙りなさいっ!あんたが頑張らないと他に誰が頑張るっていうのよ!あんたしかいないんだから戦いなさいっ!」
場の危険さを把握したため、『B』は『O』に命令を下した。
『L』が本気で戦える状況じゃないと分かったからだ。
『O』もそのことが心配だから戦おうと思って立ち上がった。
だから、『B』の言うとおり自分は戦わなくては、とまた血を闇にして動かしていった。
そして、込み上がってくる闇を堪えている『L』に向けて、言う。
「イナゴ、今までごめん」
突然謝罪を認める『O』に全員がえっと目を丸めた。
深刻な状況なのに、『O』は己の道を歩き続ける。
血を零している手を振れば、闇が指示通りに動いていく。
その中で『O』は『L』に言っていた。
「ぼくは君に助けてもらってばかりだ。君がいなければぼくは永遠と闇を作っていただろう。君がいなければ光の存在に気づくことはなかっただろう。全て君のおかげだ」
「…」
「それなのに、ぼくは君に一度も恩を返したことがない」
だから、ここで返すのだ。
しかし『L』は耳をふさいだまま首を振っていた。
「違う…お前にはダンちゃんの件がある。オレは駄目駄目な男だから彼女の前では何も出来なくなってしまうんだ。無力な自分にお前はダンちゃんを再びくれた。それが嬉しかったのに…」
『L』が呻く。
「オレはダンちゃんに何もしてあげることが出来なかった。自分のことで精一杯で彼女を幸せにすることができなかった。だからあのときPに負けてしまったんだ。ダンちゃんを幸せにすることが出来なかった」
そして、耳をふさいでいる理由を混ぜて言った。
「だから今、ダンちゃんが怒っているんだ。俺の中でダンちゃんが暴れているんだ………」
それは『L』にしか聞こえない声。
憧れの彼女が、『L』の脳に直接怒りを伝えているのだ。
どうして闇になっていく自分を助けなかったのか。
彼女が憤りを語り、それが『L』を追い詰め、耳を覆いたくなったようである。
そのことに、『O』も気づく。
そしてすぐに批判した。
「ダンちゃんが君の中で暴れてる?そんなはずがない。だってダンちゃんはここにいるんだから」
『O』が振り向き、『L』と目を合わせる。
刹那、『P』の闇炎が襲い掛かってきたが、自分を中心に渦を巻いている闇が盾になり、無事当たらずに済んだ。
『O』は『L』の目を見て、言う。
「君がずっと探していたダンちゃんは、ここにいるよ」
懐に手を入れて、あるものを取り出す。それは柔らかいもの。
それは、ぬいぐるみ。
ぬいぐるみを見て、『L』が真っ先にギョッと目を見開いた。
「…それ………っ」
驚愕は、『O』にも伝わる。
「…これは…」
「あらあら、そのぬいぐるみがどうしたって言うの?」
左頬に星模様があるライオンのぬいぐるみ。
この中には『L』の彼女タンポポの魂が入っている。
しかし、そんなぬいぐるみの存在に対して二人は驚愕し、『P』は不敵に笑っていた。
『L』は体内の闇が痛くて深くふさぎこみ、『O』は唖然としたままで。
「…そんな、何故……?」
「うふふ。何故って言われても」
震える『L』の姿を見るのがつらくて『O』は再び『P』に目線を戻した。
そこで見たものは『P』の勝ち誇った表情であった。
『P』がぬいぐるみについて語る。
「そのぬいぐるみの中にはすでに彼女はいなかったのよ。ダンデ・ライオンの魂はもう」
「うそだ…!」
途中、『L』が叫んだ。
ガタガタに震え、口端から一筋の闇を零す。
そんな哀れな姿を見ても、『P』は笑うのみ。
「うふふ、うふふふ。うそじゃないわよ。さっきの様子からしてあなたも気づいているようだけど、あなたの体内にある闇っていうのが」
口角がつりあがる。
「ダンデ・ライオンの魂よ」
「………―――っ」
体内の闇…タンポポが暴れている――
何故、何故、何故、助けてくれなかったでヤンス?助けてほしかったのに…。
それなのに、どうしてアタイから光を奪ったでヤンス?闇にしたでヤンスか?
どうして元に戻そうとしなかったでヤンス?
今までずっとその機会を待っていたのに、あんたはずっと笑ってばかりで何もしてくれなかったでヤンス。
だから、今アタイは、『P』の魔術によりぬいぐるみから脱走し……。
「…うそだ……そんな…」
あんたを中から壊していくでヤンスよ。
天使を闇にするほど、心痛むものはないでヤンスから。
じわじわとあんたを壊す、それが闇の宿命でヤンス。
「…違う…ダンちゃんは今でも……」
何でヤンス?
「オレの、光なんだよ………」
そんな言い逃れ、アタイには通用しないでヤンス。
「ダンちゃんは今でも闇なんかじゃない。オレにとって見れば立派な光だ……オレは光を見て微笑んでいたんだ。幸せだったんだ。でも」
何でヤンス?
「やっぱり悲しいんだよ…」
何言ってるでヤンス。
アタイだって悲しいでヤンス。あんたがアタイを闇にしたでヤンスから。
「だからこそ悲しいんだ。オレが未熟なばかりに大切な人まで苦しめてしまった。それが悲しい。そして悔しい…」
それなら何とかしてほしいでヤンス。
アタイだって、あんたのこと信じてたでヤンスよ。
どうにかして幸せを取り戻したいでヤンス。
「ごめん…本当にごめん……オレは、いつまでもたっても弱いままだ……」
弱い?そうでヤンスね。
今だって泣いてるでヤンス。
「泣いてない…。これはダンちゃんが流してる涙がオレの体から出てるんだよ。だから透明の涙が零れてるんだ」
…アタイの涙?
「そうだ、オレが流す涙は闇の色をしている。だからこれはダンちゃんの涙だよ」
アタイだって今は闇でヤンス。
だから透明なはずがないでヤンス。
ウソを言わないでほしいでヤンス。
「ウソじゃないよ。確かに今のダンちゃんはオレを苦しませるほどの力を持っている。だけどこんなのダンちゃんの力じゃない」
それじゃあアタイは何だというでヤンス?
「オレの光さ」
……。
「だけど、闇だよ」
どっちでヤンスか?
あんたの言ってることは矛盾してるでヤンス。
「ごめん…」
アタイは何でヤンスか?
闇、そうでヤンス、アタイは闇。人を不幸せにする闇でヤンス。
だから今あんたを苦しめてるでヤンス。
「そしたら何故今、ダンちゃんは泣いてるんだ?」
…!
「人の不幸を見るのが、つらいんじゃないのか?」
…アタイは闇。
だからどうしても傷つけることしか出来ないでヤンス。
「本当にごめんな、ダンちゃん。本当は傷つけるの嫌なんだろ?」
………。
「泣いてもいいんだよ、俺だって苦しむ人を見るの、つらいから」
……ごめんでヤンス。
「うん。ダンちゃん、光に戻りたい?」
…………。
…当たり前でヤンス。
光に、戻りたいでヤンス。
アタイはあんたをこれ以上追い詰めたくないでヤンス。
本当はあんたを癒したい、それが天使の宿命でヤンス。
「…ありがとう…。その言葉を聞きたかった」
笑ってるイナゴを見ることが、アタイの幸せだったでヤンス。
その笑顔を、独り占めにしたかったでヤンスよ。
「嬉しい……」
あんたは闇なんかじゃないでヤンス。
アタイから見ても光だったでヤンス。
アタイもイナゴの光に憧れてたでヤンスよ。
「それなのに、実体のない魂にしてごめんな」
だけど
「魂があるなら、生き返すことができる」
ダンちゃん、ちょっとの間オレの体内に隠れていてよ。
もう『P』なんかに奪われたくないから。
彼女を胸に入れて、オレ、戦いたいんだ。
「死神、ありがとう。オレ大丈夫だから」
ずっとふさぎこんで呟いていた『L』が心配で、しかし彼女と会話していることに気づいて全員が空間を置いていた。
やがて『L』が立ち上がる。耳を覆っていなくて、しっかりと前を向いて。
『O』が目を細めて、そんな『L』を出迎えた。
「助かった。本気でぼく一人で戦うのかと思ったよ」
「はっはっは、悪い。もう大丈夫。ダンちゃんを救う方法を見つけたから」
闇を纏っている『O』の隣に立って『L』が笑う。
陽気に笑っている『L』を見て、ほっと安心した『O』は、引き下がらずにここはこのまま構えた。
隣に光を置いて、『O』は強気になる。
「よかった。一緒に『お母さん』を沈めようか」
「お前、Pのこと『お母さん』って呼んでたのか」
「一応、生みの親だからな」
だけど、と『O』は言葉を覆す。
「それでも許せない相手だ」
赤色に燈る瞳は『P』を睨むために発光している。
『O』が『P』に宣戦布告をして、『L』も続けて身を構える。
「今まで、支えてくれてありがとう」
言葉は全体的に広がった。
『B』も『J』も『K』も、『L』の言葉を心に刻んで、微笑む。
そして
「「覚悟しろ、『お母さん』」」
「うふふ。可愛くない息子たちね。お互い出しているものは反比例しているのに考えは同じなのね」
闇の『O』と光の『L』、二人が並んで自分を睨んでいることに大して、『P』は深く笑って対処する。
顔には余裕が浮かんでいた。
全てを覆す接続をつけて、忠告を下す。
「だけど残念。私はあなたたちを相手にしているほど、暇じゃないのよ」
ドンッと空気が沈む。闇という空気が沈む。
場が突然和らいだ。
それはそのはず、この場には、『P』がいないのだから。
「ジェ?逃げられたジェイ?」
「ちょっと待ってくださいー今追跡してみますー」
「ちょっと!どういうことなのよこれっ」
せっかくここまで追い詰めたのに、相手に逃げられてしまった。
そのことにそれぞれ驚きを隠せずにいるが、その中で『L』が冷静に答えを導いた。
「…まさか、そこに行ってしまうとは」
その後、指が鳴る音が響くと、この場には闇の存在が跡形もなく消えていた。
『L』が導いた先、それは…。
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『L』の思い人タンポポは闇になって『L』の体内で暴れてました。
しかしその彼女も今は静まり、よって『L』も苦しまなくなりました。
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