そのころ、クモマとサコツとチョコとブチョウは、それぞれの目的のために走っていた。
チョコは特に戦いたい相手はいないため、応援という形で拳を握る。
その中で、後ろを気にしながらクモマがため息混じりの息を漏らした。
「ソングとトーフ、クルーエルの人たちはみんな無事かな…」
心配事を口にするクモマに気づいてサコツが陽気に笑い出した。
いいから前を向け、とクモマの背中を押して正面を向かせる。
「みんな強ぇからよー気にすることはないぜ!」
「あ、うん」
「そうそう!クルーエルの人たちはみんな強いからあっという間に倒してくれるはず!」
「けど、クルーエル同士じゃどうなるのかしら」
実際に、生気がない村で智とオンプの実力を目にした。
自分らが必死に戦っていた魔物をあっという間に倒したような輩だ。
きっとこの戦いでも勝つであろう。そう思っていたのだが、相手が身内の者だったらどうだろうか。
同じクルーエル一族同士、ぶつかる殺気も強烈だ。
クルーエルたちが戦っている場所から流れてくる威圧と言う風がメンバーを強く押し出すため、今の状況だと引き返すことが出来ない。
威圧に押されて前に進むのみ。
ブチョウの疑問は沈黙を呼ぶだけだった。
誰も答えることが出来ないからだ。
やがてクモマが話を切り替えることにより沈黙を斬った。
「とにかく僕らは自分らの道を走ろう!」
大丈夫。みんなきっと負けないから。
誰も負けることは無い。何故なら闇を貫く光を皆が持っているから。
そう信じるしかない。
ソングもトーフも、ここにいるメンバーのために身を犠牲にして戦ってくれてるのだ。
答えなくちゃ。
この拳に想いを込めて、あいつを殴らなくちゃ。沈めなくちゃ。
それを叶えるまで走り続けなくちゃ。
だから決して気を緩めてはならぬ。
上へ繋がる螺旋階段を見つけた。
それを跨いで、空に近い場所にある目的地を目指す。
己の敵から自分らの自由を取り戻すために、大股で階段を駆けて行く。
しかしクモマだけはワンテンポ遅かった。
「ま、待ってよみんな〜!」
「しまったぜ!クモマが短足だったぜ!」
+ + +
「助けにきたわよ智くん!」
「うわぁ…久々に4属を見たよぉ…」
たった二つの勇姿を大勢の悪なるクルーエルが囲んでいる。
銀の勇姿は四方八方からやってくる攻撃を何とか交わすが、すぐに次の攻撃がやってきて武器を立てることになる。
一通り静まってから智とオンプは背中合わせに立ち、ここで武器を構える。
しかし実のところ、今まで一度も武器を振り落としていなかった。
完璧に相手のペースなのだ。攻撃を出すタイミングが掴めずにいる。
そのとき背後から聞こえてきた声を聞き、武器を持った手で汗を拭った。
「幸属と恩属か」
然程多くない人数を率いてこの場に現れたのは幸属と恩属であった。
ちなみに智属は何故か全員が夜逃げをしてしまい、この場にはいない。智の管理がきちんと出来てなかったようだ。
しかし仲間が増えただけでも十分だ。
機関銃を構えた幸属長が不敵に笑みを零した。
それは悪なる4属に向けて。
「嫌に元気そうね。エキセンの下についていて楽しいのかしら?」
嫌味を放つ幸の隣りでは恩属長がタヌキのぬいぐるみを首に潜らせている。
まるで二人羽織をしているような恩を微笑ましく見て、オンプが今この場にやってきた者たちに告げた。
「気をつけてください。エキセンの護衛についていた4属は今は正気じゃありません」
「え?」
「戦うことしか脳に入っていない、所謂『戦闘マシーン』です」
15年ほど前までは一緒に暮らしていた仲間。
それなのに今では上からの命令に従うだけの機械か。
己の心と考えを狂わされた4属の者たち、なんて哀れで儚いものなのだろうか。
「戦闘マシーン、ね…。それが同じ一族とは考えたくないわね」
「可哀想に。どうしてこの人たちだけ強く呪いがかかってるのだろう?」
恩の素朴な質問に答えたのは、幸の背後に立っていた小さな忍、通称ノリオだ。
こんな場面でもバナナを食べるのはやめていない。
しかし彼がクルーエル一族の中では情報屋として動いているのだ。
ノリオは自分が持っている情報を口にした。
「ノロイの呪いは乱れた心に密着するようだよ。それだから悪なる4属には深く呪いがかかってしまってるんだ」
「なるほどな。俺たち3属は然程心が乱れてなかったから呪いに心までも操られるってことは無かったってことか」
「愚かな奴らね。只でさえクルーエルは人間に恐れられているっていうのに」
ノリオの情報を聞いて、納得した属長らであったが、こんなことしている場合ではなった。
遠くから『C』の傀儡術が発動している。狂った4属の者たちが3属に向かって武器を放ってくる。
しかし、3属はそんな狂った心を止めるためにやってきているため、戦闘準備は整っていた。
武器をすぐに構え、対処する。
4属の者たちと3属の者たち
所謂、全クルーエル一族の戦いが今ここで繰り広げられた。
銀の魂が銀の刃を構えて、銀の光を放つ。
金属音がぶつかって火花が散り、その火によって闘志が燃える。
そんな同族の争いを遠くから眺める一つの闇、不敵に笑っている。
「クク…哀れじゃな。ここで争ったって、呪いがある以上逆らうことはできんというのに」
闇が地面に杖をトンとつけた途端、銀の高さが一斉に低くなった。
クルーエルの悪も善も、このときだけは同じ動きを見せた。『C』の呪いに押しつぶされて、体を起こせないのだ。
狂った心を持っていないクルーエルたちも、タトゥの呪いに激痛が走ると身動きが取れない。
傀儡子がどんなに遠くにいたとしても、光の心を持っていたとしても、『C』の呪いには勝つことが出来なかった。
「ふむ、ここからじゃ上手く操ることができんな。…Lの奴も余計なことをしてくれたのう」
ぶつぶつ文句を言いながら、『C』もようやく空気状から姿を現した。
しかし、誰にも見つからないような場所…黒いシャンデリアに腰をかけて見下ろしているのであるが。
「さて、今からお遊戯と行くか」
『C』がシャンデリアの下にいるクルーエルに杖を向ける。
刹那、悪なるクルーエルたちが雄叫びをあげて四方に散らばって行った。
善なるクルーエルたちは押しつぶされたままだ。
「…!しまった…ノロイの奴…!!」
発狂する4属の姿を低い場所から見て、智が呻いた。
まるで重い重力をかけられているかのようにピクリとも起き上がれず、顔を地面につけたまま。
彼らは何も出来ずに、暴れていく同族たちを見届けることしか出来なかった。
「やっぱり…ノロイの前だと僕たちって…何もできないんだね…?」
恩の涙声が、善なる3属の心を締め付けた。
自分らでは、クルーエル一族を救うことは出来ないのか。
なんて儚いんだろうか…。
+ + +
「何や?えらい雄叫びが聞こえるで?」
「どこの連中だ?やる気満々だなおい…」
クルーエルたちが発狂しているころ、穴の開いた壁の付近では2対2の戦いが繰り広げられていた。
しかし、雄叫びが気になって戦いに集中できない。そんなトーフとソングにエキセンの2人は容赦しない。
「よそ見していていいのかなー?」
「死ねこの野郎」
『N』は相変わらずサッカーボールのような闇を蹴っている。
対して『Q』は大胆に闇を扱っていた。口から黒い炎を吐き出しメンバーを襲う。
"闇"が詰まったタバコを吸うことにより体内に闇を取り入れたのだ。
先ほど見せたライターのような弱い火ではなく、今では火炎放射器のような強烈な勢いを持った火を吐く。
『Q』は何だか嬉しそうに言っていた。
「タバコの中に闇を詰めていて良かったぜこの野郎。これでチョビヒゲに言い返せるぞ」
この様子からタバコはお手製のようだ。暇なときにコツコツと作っていた。お前は産休中の奥さんか。
しかもチョビヒゲこと『R』に、
「タバコを吸うのではないでアール。タバコは体に毒でアールよ」
と注意を受けていたようである。
しかし今回はそのタバコのおかげで火が吹けている。
日ごろの自分の行いに感謝しながら、『Q』は新しいタバコを口にくわえた。
突然強くなった『Q』に向けて不満を抱くのはソングだ。
「クソ!さっきは小さな火を吹いてたくせに、どんな体してんだよ!」
ライターのような火を吹いた当時は光を浴びたばかりだったため体内の闇が麻痺していたのである。
今は麻痺も取れているので体内の闇を操れる。タバコの闇を吸って火力を上げる。
ソングはこのとき、「さっさと腹を刺しとけばよかった」と深く後悔した。
しかしそれは過ぎてしまったこと。今は隣にいるトーフと一緒に戦わなければならない。
黒い炎を避けるために左右に分かれ、黒い炎の道が二人の間を渡る。
「うわー、Qもやるじゃんー!」
「ったりめえだ!奴のせいで横腹を怪我したからな、本気で行くぞこの野郎!」
そう言う『Q』は、指二本立てた手を口元に、もう一つの手は横腹に置いていた。
横腹を支えた手からは黒いものが滲み出ている。
あれは何なのか。闇なのか。
黒い血を見て、トーフとソングは一瞬だけ口をつぐんだ。
しかしその瞬間だった。
『Q』の逆襲が始まる。
「散らばれ」
二本の指を口先に当てたまま『Q』が唱えると、指示通りに黒い炎が分裂した。
黒い炎を挟んで立っていた二人は見事その犠牲を喰らう。
散らばる炎を全身に浴びて、二人同時に「熱っ!」と叫んだ。
「へっへーんだ!どうだお前ら!おいらたちの力を見くびるんじゃないぞー!」
「何偉そうな口叩いてんだ。俺がやったんだろがこの野郎」
鼻を高くする『N』を指摘して『Q』はタバコから溢れる闇を美味しそうに吸った。
その間、炎を喰らった二人は地べたに体をつけて火傷に苦しんでいた。
「…何や。あいつ侮れんやんか…」
「やっぱエキセンは闇か。闇を吸って強くなるなんて…」
「ドーピングやんかドーピング」
「全くだ。正々堂々戦えっつってんだろこの野郎が」
「何文句言ってんだよこの野郎!!」
闇を吸って強くなるとは確かにドーピング効果のようなものである。
そのため二人は「卑怯だ」と皮肉に言ってみた。
しかし『Q』は顔を黒くしてソングのみぞおちを蹴りに走るのだった。
「…っ!」
「さっきはよくも俺の横腹を斬ってくれたなこの野郎」
ダンッと強く蹴られ、肺からの血が口から湧き出る。
ソングは喀血して、寝返り打つ。しかし『Q』はそれも許さない。
くっくっくっと笑いを堪えて今度はむき出しになった横腹を蹴る。
そして『Q』は身を縮めたソングを馬鹿にした。
「クルーエルだろうが所詮は無力な人間には変わりねえ。しかもてめえからは殺気を感じ取れねえし。これでクルーエルっつう方が可笑しいな」
「……」
「へーこいつ似非ー?似非クルーエル?」
『N』はチマチマと闇を使っているため闇を取り入れないといけないほど追い詰められていない。
代わりに鈍感になっているようだ。
大抵のエキセンは相手の心を読めるし相手の正体も見抜ける。それなのに『N』はソングがクルーエル一族だと見抜けなかった。
この辺りが光のせいで弱っているようである。
興味津々に近づいてくる『N』をソングは憎しみ込めて睨んだ。
「近づくな」
ソングの注意を軽く流し、『N』は腰を折ってマジマジとソングの顔を見つめた。
「へー結構女顔じゃんー?もったいないなー、女だったら絶対にスカートめくりしてたのにー」
「……」
「おいN、引いてるぞこいつ」
「へへへ。冗談冗談ー」
のん気なことを言う『N』だけれど、よく見てみると足に闇を溜めている。
ソングがそのことに気づいたときには遅かった。『N』は悪戯っ子の笑みを零して、その足をソングの腹に振り落としたのだ。
闇を直接喰らって、ソングは声ならぬ悲鳴を上げた。
「苦しそうだねー。やっぱり闇って痛いの?」
「…ふ、ふざけ…!」
「おいらたち、元から闇だから闇が痛いものなのか知らないんだー。闇を人に向けたとしてもその人、消えちゃうからさ」
純粋そうな目をしながらも『N』の口元は歪んでいる。
邪悪の道を貫く口元。
「やっぱり痛いんだ?苦しいんだ?闇って世の中で一番痛いものなのかもね」
「…っ」
「だけどおいらたちは闇を喰らっても痛くないもん。だから世界が闇に支配されたとしても苦しくも悲しくも無い。むしろ住みやすいんだけどなー」
「……」
「おいらたちって惨酷だよね。人の苦しみっていうのを知らないから。闇を浴びたら人は苦しいけどおいらたちはむしろ強くなれる。世の中って難しいねー」
「…」
「だからさ」
子どもの笑みが余計心を苦しませる。
それなのに『N』は言いたいことを一言でまとめた。
惨酷な言葉で。
「おいらたちのために、みんな消えちゃおうか?」
前に『L』は言っていた。
「闇の中にも世界を救いたいと願っている闇もいるんだ」と。
『L』はこんなにも素晴らしい意見を言っていたのに、どうしてこの城にいる闇は皆、自分のことしか考えていないのだろうか。
どうして、世界を支配したいと思うのだろうか。
ただ、自分らの住み良い世界を作りたいだけだというのか。
世界に住んでいる人々を追い払って、自分らだけの世界にしたい、ただそれだけだというのか。
何て無様な奴らだろうか。
頭の中が冴えていく。
怒りによって痛みも何も感じない。脳内がすっきりする。
元から躊躇いなんて無かったが、ここで確実に一つの方へ傾いた。
奴らを完全に懲らしめて、世界を救おうと。
「消えるんは、あんたらの方やろ」
ソングが目を瞑って血を口から流している間、二度目の蹴りを入れようとした『N』の動きを封じたのは、トーフだった。糸を体に巻きつけて『N』を縛る。
『N』は完璧にトーフの存在を忘れていたようで、しまった!と叫んでいた。
捕まった『N』を見て呆れた顔をした『Q』が助けに入る。
「アホかこの野郎!捕まってんじゃねえぞ!」
闇を口から吐いて炎と化す。
吹き出た炎は、『N』の頭上を通過してトーフを狙う。
しかし、トーフが素早く糸を引いて縛った『N』を引き寄せたため、『N』が喰らうことになった。
けれど、
「足があればこっちのもんだって!」
今回は足を捕らえていない。
そのため元から足に溜まっていた闇が炎を蹴り上げ、無事『N』は無傷に済んだ。
そして蹴り上げられた炎は、『Q』が最後まで役目を果たせる。
「下れ」
天井に向かっていく炎は命令に従って降下する。
トーフは急いで炎を避けたが、『N』の管理をするほど余裕は無かった。
『N』を離した刹那、炎は糸を燃やし、『N』の自由が解かれる。
「しもうた!」
何気に協調性のある相手である。
結局敵を傷つけることなく、倒れていたソングを助けることしか出来なかった。
ソングは蹴られた腹を押さえてグッタリしている。腰を落として、首も垂らす。
だけれど、殺気は体内から漏洩していた。
「ソング、ワイと戦ってくれ」
殺気が溢れているソングに気づいてトーフが声を掛けた。
そしてソングも
「…せいぜい、俺の足を引っ張るなよドラ猫」
体勢はそのままだったが素直に意見に承諾し、血だらけの口を腕で拭った。
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