紫色の靄が上空を舞っている。
軟体が揺れると紫色の濃度が変わっていく。
不気味な靄だけれど、見方を変えれば形が砕けた星のように見えるぐらいに、煌きに面白みがある美しさ。

先ほどまで真っ暗闇だったこの場。
しかし呪いが解けることで闇も一緒になって溶けていった。
よって、見えなかった光景もまた見えるようになった。

それは人々の笑顔も同じ。


「よっしゃー!呪いが解けたー!!」


『C』が鎮まり、ここの戦いも幕を閉じた。
つまり自由になったのだ。
クルーエル一族が呪いから解放されるときがついにやってきたのだ。
長年求めていた結果。
今まで15年間代々呪いある体で伝わっていった心身が、ついに正常に戻るときが来た。
誰もが待ち望んでいた結果だったために、智属長が両腕をぐんと伸ばして喜びを体で表現した。
その隣では幸属長が目を細めて右腕のタトゥをまじまじと眺めている。


「よかったわ。これで私たちも自由ね」

「あのノロイの呪いがなくなったんだ。もう怖れるものはない!あー幸せだぁー」

「これも全てソングくんのおかげ…だね」


喜ぶ二人を見てなおも表情を朗らかにした恩属長は、そう言ってから目線を横に流した。
そこにはくたばったノロイの様子を見ていたソングがいた。
恩の視線に気づいてソングも目線をあわせる。
そして、名前を「くん」付きで呼ばれたことに微妙な違和感を抱きながらも、ソングは口を開いた。


「俺だけの力じゃないだろ。お前らがいたから俺も戦えた」


普段どおりに無愛想に答えるときっと今の雰囲気を崩してしまうだろうと予感し、ここはあえて素直に自分の意見を貫いた。
それはいい結果を導くことになり、ソングの素直な気持ちは属長3人に微笑みの原料になった。


「そっか。力になれたようでよかった!」

「クルーエル一族、みんなで力をあわせれば闇にだって勝てたのね」

「よかったねぇ。本当によかったぁ」


クルーエル一族にとって見ればエキセントリック一族の『C』は恐怖の塊であった。
奴に全てを支配されてしまうので。逆らおうとしてもすぐに押しつぶされ、地獄行きだ。
『C』への恨みは最高潮まで積み上がっていたが、その恨みを積み木崩しにすることが出来ずにいた。

だから、今この時が幸せなのである。

目線を下げれば、『C』が横たわっている。
ソングのハサミに首を挟まれ、これ以上動くことが出来なくなっているのだ。
そして、光を大量に浴びたせいで力が半減している。よって『C』はハサミを退かすこともできなくなっていた。
目をつぶって大人しくしている。
これでは、今までとは逆で、傀儡子が操り人形になったかのようだ。
封をされたら一生同じ形のままで封印になる人形の宿命。
今まさに『C』はそれであった。

あのハサミ、メロディからもらった大切なハサミなのに、あんなところに放置しておきたくない。
と思っているソングは、3属長から目線をはずすと、再び『C』の動きを封じているハサミに目線を戻した。
ついでなので、これから先、どうするか考える。


「そいじゃ、これからどうしよっか」


ソングの頭がメロディでいっぱいであり、ついでなので今後の計画も立てているとき、智も同じようにして残りの二人に向けて尋ねていた。
急に今後の計画を尋ねられても答えられるはずがない。
幸がうーんと唸って考えている時間を使って、まずは智が語った。
彼はすでに考えを持っているようだ。


「俺は脱走していった自分の属の人たちを探しに行くよ」

「「…」」


先ほどまで激しく続いていた戦闘の合間に『C』は智に向けて真実を告げていた。
最近智属の脱走者が多い理由は全て『C』にあったということを。
今ではここにも応援に駆けつけないほどの人の無さ。このままでは智属は崩壊だ。
そんなことがないように智は属長として仲間を探すことを誓う。

クルーエル一族のうちの3属は善なる者たちの集い。
とくに智属は考えが論理的で相手の考えを奪うことが可能なほどの実力の保持者たちだ。
彼らは『C』の呪いの存在が恐ろしくて逃げ出したようだけれど、他の属のように暴れまわったりはしないであろう。
現に何も悪い情報が流れていないので。

ずっと恐怖に押しつぶされたままの仲間たちを救うために、智は立ち上がる。


「頑張ろう!」

「せいぜい頑張りなさい」

「頑張ってねぇ」


幸と恩からも応援を受け、智がニンマリと喜びに浸る。
そんな希望溢れる光景を背景にして、ようやくソングが動き出した。
向かう場所は、赤く染まっている場所だ。

ソングがここで戦った理由。それは二つある。
一つは『L』との約束を守るため。
今先ほどまで相手にしていた『C』は闇の中でもトップレベルの者だ。実際に戦っていてひしひしとその恐怖が伝わってきた。
目だけで相手を押しつぶし激しい喀血を起こさせるほどの闇の実力、まさに危険であった。
しかし奴に勝てば、『L』との約束を守れると思ったのだ。
だからここまで頑張ってこれた。

だけれどその気持ちよりも、もっと強い気持ちがソングの中にはあった。


「ドラ猫…」


今まで彼の苦しみを見ていたからかもしれない。
彼を呪いから救うために今まで頑張っていたんだ。

数百年前から呪いに苦しみ、血しか味わったことのない、トーフ。


「お前、大丈夫か?」


壁に寄りかかっているトーフは自分の周りを血溜まりにして、目を閉じていた。
表情を窺ってみると、左目の下と右目の眼帯の下に血の道がくっきりと残っていた。
ソングたちが『C』と戦っている間にトーフは呪いとの戦いをしていたようだ。
こんなにも自分の身の回りを血に染めているのだから。
体内で狂う血の循環に怯えつつも、懸命に、懸命に


「ワイは、ええ仲間を持てたわ…」


仲間の戦う姿を見るためにトーフは顔を上げていたのだ。
呪いを解くために戦う仲間を見て、目から血を流し続けた。

呪いの血ではなくて、喜びと言う感情が込みあがって流れた血を。

突然声をかけられて、ソングは驚きにあまって口を噤む。


「…」

「なあ、ソング」


目をつぶって、まるで死んだように壁に寄りかかっていたトーフが、ソングに呼びかけた。
ソングは膝を突いてトーフと目を合わせた。


「何だ」

「ワイ、今どうなっとる?」


トーフが恐る恐る目を開けた。
ソングも恐る恐る目を確認した。

ソングの瞳に映ったものは、潤んだ金色の目であった。


「それだけじゃわからん」

「ホンマか?ほな、こっち見れば分かるか?」


左目は普段から金色だ。呪いが発動しているときを除く。
金色の目が然程珍しくないためにソングは曖昧な答えを返した。
それでは困るので、トーフが眼帯に手をかける。


「こっちの目、どうなっとるん?」


眼帯の下から現れた目は、
透明な涙をいっぱいに含んだ、金色の目だった。

ソングが答えた。


「早く、他の連中にも見せてやりたいぐらいだ」


遠まわしな答えだったけれど、それでも十分に伝わった。
眼帯の下、数百年間真っ赤だった目の色が、今は金色だということだ。
両目が金色で、透明な膜が覆っている。

やがて涙と言う膜を破ってトーフは泣き出した。


「ほ、ホンマかソング」

「ああ」

「ワイ、今何を流しとる?」

「涙だ」


頬を染めていた血が涙によって溶けていく。
そのため、涙が血に染まっていくが、それでも涙には潤いがあり輝きがあった。

トーフは、他の人が流す涙と同じものを流し始めた。
数百年間流していなかった純粋な涙を、金色の目を越えて流していった。


「そっか、ワイ、涙流しとるんやな…」

「ああ」

「血じゃなくて、ホンマ涙?」

「世界が潤んで見えるだろ?」

「見える…。真っ赤な世界じゃなくて、光に照らされとる」

「それが涙ってもんだ」

「えらいもんや…涙っちゅうんは光で出来とるんやな」

「そうだな」

「ホンマ、綺麗な世界やわぁ……」


呪いが、消えた。
傀儡子が杖を振り上げるだけで消えるものだと言うのに、それまでの間に幾多者たちが苦しみに心身を焦がした。

数百年前にトーフは『C』に呪いをかけられた。
その呪いは強烈なもので、血の循環を狂わせて相手をじわじわと追い詰める危険なものであった。
しかし『L』の封印術によってトーフは呪いの苦しみから一時的逃れることが出来た。
それでもすぐに発動してしまった呪い。それほどまでに強烈なものだった。

最近、メンバー全員に全てがばれてしまっていた。
自分は呪いある化け猫である上に、メンバーを騙していたことまでも、勢いに乗って自分の口で言う始末。
実のところトーフは光ある笑いを持っていなかった。ラフメーカーと名乗っていたけれど本当は違っていたのだ。
ただ、『L』に"笑いを見極める能力"を認められてラフメーカー探しを頼まれていただけだった。
だけれどトーフは『L』に憧れていた。世界を守りたいと願う闇の存在が素晴らしいと思ったから。
どうしても彼の力になりたかった。だからラフメーカーだと自称していた。本当は違うと言うのに。

自分は、ラフメーカーではない。
けれども自分はラフメーカーに囲まれて今まで生きてこれた。
この短い期間が今までの人生の中で最も幸せだった。


トーフがボロボロに透明の涙を零している背景では、クルーエル一族が急いで復旧作業に励みだしていた。
踊場まで駆け寄って、シャンデリアを空に浮かそうとしている。
シャンデリアに潰されたままであるクルーエル一族の者たちを救うために属長3人が力を合わせて復旧に急ぐ。

ソングにはもう力が残っていなく、復旧作業に参加することが出来ない。
代わりに、目の前で泣いている小さな旅猫に笑顔を向けることで力を注いだ。


「よかったな、ドラ猫」


ソングの表情にも喜びが溢れていて、トーフは全てにおいて涙を流した。
嬉しさが涙となって現れると言う現実に、またこれからの人生生きていけることを実感して。


「ワイは幸せもんや」


そしてソングの胸に飛び込んで、声を出して泣き出した。
まさか飛び込んでくるとは思っておらず、驚いてしまったけれどソングは何も抵抗せずに、ただただ、胸に当たる涙の存在に、表情を施すだけだった。



+ + +



エキセン城は光を浴びて、着実に闇が消えつつあるというのに、この場所は闇一色だった。
いや、違う。ここはエキセン城の中ではないのだ。
無の空間。
普通誰もが入ることが出来ない場所であり、誰も入りたがらない場所でもある。

ここは、自称神こと『U』の闇の世界だ。


「どこに消えたキモイのー!」


これは最初で最後の戦いだ。
そういうことでクモマは『U』に向けて暴言を吐きまくっていた。
今まで隠し持っていた武器トンカチを揮って、この場の闇を動かす。
しかし『U』はどこかで笑っているだけだった。

それが無性に癇に障る。


「だからキモイんだよその笑い声!」

「クスクスクス」

「いいから姿を現せー!あなたの面をぶっ飛ばしてやるから!」

「我の顔を殴ると言うのか。クスクス、お主は愉快だぞよ」

「対してあなたの存在は不愉快そのものだよ!」

「それが我と言う生物だぞよ」

「最悪じゃん!不愉快な生物がこの世に存在すること事態最悪だよ!」


クモマ、容赦なく言いすぎである。


「僕から何もかも奪いやがって、さすがに許さないよ!」


心が広いクモマでも、『U』の悪行には口を出さずにいられなかった。
幼いころのクモマから心臓を奪った上に、気に入ったから人形にしたいと魔術をかけた。
奴の存在意義がまず許せない。

闇に紛れた『U』を探すためにトンカチで風を作る。
風に流れていく闇の中を探していくのだけれど、『U』の姿は見つからない。
初めこの気色悪い世界に引きずり込まれたときに自称神の姿を見たのだが、それも一瞬だけであった。
すぐに闇となって消えてしまった。
エキセントリック一族、消えることが大好きな一族である。


「クスクス、お主は我の人形だというのに、我に逆らうというのか?」


『U』が笑うとクモマの足元から何かが湧き出てきた。
急いで足を上げて避ける。しかし足が短い!
クモマは湧き出てきた闇の手に捕まってしまった。


「しまった!短足のせいで!」


クモマはこのときほど自分の足の短さに恨みを持ったことはなかったであろう。
『U』の闇の手に捕まり、そのまま足を引き込まれる。
地面から湧き上がってきたのだから無論、闇の手が戻る場所と言えばその地面である。
クモマの足も地面に沈んでいく。


「…!」

「その闇を伝って我のところに来るが良い」

「この闇の中に入れば自称神のところへいけるかもだけど、キモくて入りたくないよ!」


深刻な場面で妙な説明口調で足を引き抜くクモマ。動揺しすぎて自分を見失いかけている模様。
足が短くとも力があるため、無事に闇の手を引きちぎって逃げることに成功した。
だけれど、自称神は意地でも自分の手元にクモマを置きたいらしく、何度も手を伸ばしてくる。

自分から姿を現せばいいものの。


「お主から我の元へ来てほしいのだぞよ」

「キモイ!キモイよ!その考えはキモすぎる!」


しかも強引に連れて行こうとしている。
たちが悪い。
というか、気持ち悪い。


「大体、あの闇の手に捕まった状態であなたのところへ来たら、足の自由を奪われているのだからもっと危険だよ!」

「そんなことはないぞよ」

「うそつくな!僕を人形にする気なんだろう?」

「元からそのつもりだぞよ」

「だからキモイんだってば!」

「クスクス、お主は反抗心が強いぞよ」

「何でそんなに楽しそうなの?!嫌だキモイよ!」


キモイ恐怖に押しつぶされてクモマは絶叫しっぱなしだ。
だけれど『U』は楽しそうに笑っている。

闇を使ってクモマを引きずり込ませようとしているところから『U』はこの空間にはいないのかもしれない。
もう少し電波の違う領域にいて、そこからクモマが苦しんでいる姿を眺めているのだろう。
余計キモイ情景だ。

このままでは埒が明かない。
クモマは何とかして『U』を見つけようとするけれど、やはり次元が違うために見つけずにいる。
『U』に笑われっぱなしで居た堪れない。
すぐにでもあの面を殴って、魔術を解いてもらいたいというのに。

全てにおいて、歯痒い。


「お主よ、人形になるが良い」


ズシズシ。
体が急激に重くなった。
違う、重くなったのではない。

これは、体が人形に近づいている音なのだ。


「…そん…な…!」


ここでは『L』が放った光も手を伸ばしてこない。
『U』は人形化を催す魔術をまたクモマにかけて人形化を進めた。
よってクモマは……。









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トーフの呪いが無事に解けました。良かったねトーフ。

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