クルーエル3属長も今では使い物にならない。
『C』が呪いを発動させたのだ。よって力に逆らうことが出来ず地面に顔をつけている。
心強い味方だと思っていたのに、呪いのせいで阻止されてしまうとは、笑えない。

結局は一対一という結論。
視界に入る黒い存在の闇に向かってソングはハサミを構えた。


「じじいのくせにさっきからごちゃごちゃとうるせえんだよ」


チャキッとハサミの両刃が掠る音を鳴らして、相手に威嚇する。
『C』は相変わらず笑い続けているけれど、邪魔なクルーエル3属長を沈めたところからすると正々堂々と戦う気になったのであろう。

地面にへばりついて動かない銀勇者3人をその場に放って置いて、『C』がソングの元へ近づいてきた。


「言っておくが、エキセン全員がワシと同じ年齢じゃぞ」

「知るか。人間は外見で全てを判断するんだ。年齢など関係ない」

「VやNも数百年間、あの容姿のままじゃ」

「そしたらお前は数百年間ずっと老いぼれの姿だったってことか」

「反論はできんな」


静かな口論をおこないながら、やがて『C』とソングが向き合った。
二人の距離は感覚的に手の届きそうなほど。
だけれど手を伸ばすことなんて恐ろしくて出来ない。
伸ばした瞬間、手が闇に呑まれてしまうかもと妙な杞憂を立ててしまうのだ。

ソングが、目を細めて『C』を鋭く睨んだ。


「じじいは大人しく棺おけの中に入ってろ。埋葬ぐらいはしてやるから」

「クク、結構じゃ。埋葬などする必要などない。お前がそうなる運命だからのう」


ずっと笑っていた『C』もここでようやく目を見開いた。
刹那に、場が膨張する。
急激な空気の重さに耐えることが出来ず、ソングは体勢を崩す。
『C』は見開いた目を再び細めて、空気を収縮することで、この場にいる者を指一本使わずに苦しませた。


「…!」

「驚いたか?これがワシの本当の力ってもんじゃ」


エキセントリック一族でもトップに立つ『C』。
奴の恐ろしさは呪術だけではない。
奴自身が恐ろしい"傀儡子"なのだ。
呪術で相手を操るだけではなく、目の前にいるものと目を合わせることで自分の世界へ引きずり込むことが出来る。
それは相手が誰だろうと関係ない。
現に同族でも傀儡によって静めたことがある。
相手の動きを支配することが出来る。
最も恐ろしい術であろう。

『C』の傀儡にはまって、ソングは胸を押さえて膝を曲げた。
場の空気に圧迫されて、心臓が押しつぶされそうになったのだ。
体に悪いこの空気から逃げ出したい。
しかし、『C』は逃げることを許さなかった。


「ほれ、もっと踊ってみんか」


再び『C』が目を開くと、場が膨らみ、伴ってソングの胸も張った。
まるで心臓に空気が入ったかのようだ。例えるなら風船。
風船は潰されることで圧迫して破裂する。
『C』はそれを狙った。
今の『C』では、目を閉じることで、空気をつぶすことができる。
よってソングもつぶれ、激しい喀血を起こすことになる。


「クク、真っ赤な血じゃな。心臓から直接込みあがってきた血かのう」

「ふ、ふざけやがって…っ!」

「しゃべっとると自分を痛めつけることになるぞ」


『C』の言うとおりで、ソングはまた血を吐くことになった。
口を開くと自虐行為になる。何も反論できないとは最悪だ。

口から顎にかけて太く付着した血を腕でぬぐって『C』を睨む。
ソングのまなざしを受けて『C』は嘲笑っている。


「何じゃ?何か言いたそうじゃな」

「…」

「しゃべるがいい。口を開けた途端に血が噴水することになるがのう」

「…」

「クク、やはり苦しいのか。人間は心臓と脳が動くことで生きる生物だから、そのどちらかが欠ければお前のように動けないものになるんじゃ。そうか、もうお前は動けんのじゃな」


胸が苦しい。心臓だ。心臓に直接攻撃を仕掛けてくるとは、さすがトップ。考えが鋭い。
油断していれば心臓が破裂しかねなかった。
しかしソングは瞳を充血にすることで命を救われた。
充血した瞳は、瞳孔を中心に渦を巻いている。
クルーエル一族の瞳。殺血が体内に流れることで発動する瞳だ。
ぞわぞわと体の威圧が燃え盛る。

本気で行かないと死ぬことになる。
相手はクルーエル一族を今から始末しようとしている闇だ。
今から世界を手に入れるからクルーエルはもう不必要だ、と言うことで、シャンデリアで潰したり、地面にへばりつかせたりした。
まだ殺していないところからすると、きっと後でじっくりと始末する気なのであろう。

そんなこと、させない。

これは傀儡子への果たし状だ。
このまま引き下がってたまるか。

渦を巻いた瞳で『C』を睨んで、ハサミを地面に突き立てた。


「……っ」


声を出すことで、口から一本の道が広がる。


「…絶対、倒す…」


刹那、『C』が容赦なく目で空気を操ってきた。
また胸が苦しくなったけれど、ひるまない。
地面に突いたハサミで場を乗り越えて、ソングは『C』の元まで走った。


「ほう、その体で動けるのか」

「カルマート(静かに)」


黙れ、という意味もかねて言葉を出す。
『C』の背後に回ってすぐに首の付け根に刃を向けた。
しかしそのときにはすでに『C』の姿は無かった。
ソングの背後にいるのだが。


「闇に呑まれるが良い」


今度は『C』が同じようにソングの頭を狙って闇を放ってきた。
急いで膝を突いて闇から避ける。
『C』に隙が出来たのを見計らってソングも攻撃を繰り出した。


「アレグロ(快活の速さで)」


立ち上がると同時にハサミを広げてギロチンにする。
それでも感触は伝わらない。部屋に充満している空気という闇を斬るだけに終わった。

激しく動いて心臓に響いてしまうが、休むわけにはいかなかった。
自分に託された使命と、待っている彼女のためにソングは動き続ける。


クルーエル一族は世間に怖れられていて、人々に好まれなかった一族だ。
しかし全世界にクルーエル一族が滅びたというウソの情報が流れたときは、人々は喜びに浸った。
これから先、クルーエル一族という闇の人間に怖れなくていいのだ、と。
けれども、違う。間違えている。
クルーエル一族だって良い心を持った属があったのだ。
世界のためにこの優れた戦闘能力を託そうとした属があったというのに、人々は彼らのことを知らずにいた。

最も闇に近い人間の一族は生きている。
滅びていない。呪いに操られて我を忘れているだけである。
善なる3属に所属していた者たちは我を忘れることは無かったようだが、身を縮めてしまっている。
その中の智属は、逃げ出しても呪いに潰されない事実を知って逃亡に謀る。
このままではクルーエル一族も本当に滅びかねない。

だけれどどうしても伝えたかった。
クルーエル一族の中にも、世界のために力を注ごうとした正義の味方がいたんだよ、と。

その重役にソングが選ばれた。
呪いをかけられていないこの身で、傀儡子を沈めに走る。


「タント(甚だ)」


目の前に現れた闇を消すために連続でハサミを突き刺す。
何度が串刺しにしたけれど、闇に穴は開かなかった。
現れた闇は『C』ではなく本物の闇のようだ。

本体からの攻撃は真横からやってきた。
膨張した空気を抉ってやってくる闇。その威圧に呑まれてしまいそうでソングは急いで身を転がして移動した。
闇を避けて傷つけることは無かったが、心臓に負担がかかってしまった。空気が強く抉られたことで間接的に心臓にまで響いたようだ。
口からまた血があふれ出た。


「…!クソ…」

「哀れな人間じゃ。もうやめればいいものの。何故そこまで戦おうとするんじゃ?」


もう勝敗は見えているというのに。
『C』はそう言って笑った。
だからソングはそれが許せなかった。
血をぬぐって、胸を押さえながら答える。


「ざけんな。お前のやってることが間違えてるから止めようとしてるんじゃねえか」

「ワシが間違えとるだと?」

「そうだ…っ」


頷いたときの反動でまた胸が圧迫してしまい、血が込みあがってきた。
しかし堪えた。

近づいてくる闇の存在に気づいて、目線をそちらに向ける。


「お前が鎮まればクルーエルが助かる。お前がいつまでもそいつらを引きずってるからこうやって今狙われているんだ」


それだけではない。


「ドラ猫の呪いもだ。それらを解かない限り、俺はお前にハサミを向け続ける」

「ほう、威勢が良いな。ワシに呪いを解かせる気なのか?クク、無駄じゃ。諦めるんじゃ」

「無駄だと?強気だな」

「当然じゃ。ワシの傀儡術に逆らうなどありえんことじゃ」


だから、諦めろ。
『C』は深く笑って、また杖に闇を溜めていった。
この溜めの時間を使ってソングはハサミを分解する。
実はこのハサミ、両刃を引き剥がすことが出来るのである。
二つの刃を持って、『C』に向かって風を送る。


「ソノーロ(よく響かせて)」


風の悲鳴が響く。
突風が舞い上がったのだ。ソングが作る風が膨張している空気の流れを変えて、『C』の元へ一斉に飛んでいったのだ。
重くなった空気だったので、少し乱れただけで突風に切り替わる。

『C』は驚いた様子も見せず、冷静に闇を放った。
闇と突風が相殺し、無音になる。


「クク、面白い攻撃をしてくるのう。まさか空気の流れを変えるとは、クルーエルの血が流れてるだけはある」

「殺血が流れてる人間に向かって言う台詞か?」


ソングの充血している瞳の模様がぎゅるっと一回転する。
口からは無数の血筋。そして、腹には『Q』と『N』との戦いで負傷した傷がある。
しかしそれでもソングはクルーエル一族の一人として立っていた。

そんなソングの姿を見て『C』は楽しそうに笑っている。


「殺血に殺意が篭っておらんというのに、それでクルーエルというのか?」


クルーエル一族は、右腕のタトゥに血を浴びさせることで己を強めるのであるが、ソングは今まで一度もタトゥに血を与えていなかった。
そのため、己を強めたことが無い。クルーエル特有の殺血に威力が無いのだ。

けれどもソングは武器を構え続けた。
血だらけの口を吊り上げて、不敵に笑う。


「殺意なんていらねえよ。俺に必要なのは」


言った。


「信頼される心と、あいつの存在だけだ」


今、信頼を受けているからこの場に立っている。
ラフメーカーのメンバーに『Q』と『N』の戦いを任せられた。
そして今はクルーエル一族に『C』を鎮めることを期待されている。

そして、そして
今は見えないけれど、隣で見守ってくれている彼女がついているからこそ、立っていられる。
彼女とまた笑いあうことが出来るように。

だからこそ、武器を構えて戦うのだ。
ソングの場合はこの闇さえ鎮めれば幸せを取り戻せるのだ。
『C』はエキセントリック一族のトップだ。こいつさえ抑えれば世界を救える。

本当は『P』が全ての支配者であるのだけれど、ソングは彼女の存在を知らないので、意地でも『C』を倒そうと試みる。


ハサミを垂直に立てる。


「もう、誰も苦しませたり、悲しませたり、死なせたくしたくないから」


続いて、ゆっくりと、二つの刃を動かす。


「…見ていてくれ、メロディ。俺は」


お前のために
心身痛めながらも
戦うんだ。


「俺は、闇に勝つ!」


血が込みあがってきたけれど、戸惑っている暇も無い。
『C』が下半身を霧にしてやってきているけれど、躊躇わない。
ハサミを華麗に動かして、霧から避けた。


「エレガンテ(優雅に)」


まるでこの場だけがスローモーションになったかのように、世界がゆっくりと見えた。
なので余裕を持って避けることができた。

今、神経が集中しているからそのような情景が見えたのだろう。
『C』の動きがゆっくりに見える。今のうちに仕留めなくては。


「闇が光に負けるはずないじゃろ。滅びるが良い」


ソングにはゆっくり見える『C』の動き。
『C』は杖を動かして膨張しているこの場を爆発に変えようとしている。
そんな危険なことさせない。そう思ったからこそ、素早く二つの刃を操った。


「アフレッタンド(急いで)」


左右から刃を持っていき、逃げ場をなくそうとしたが、簡単に避けられてしまった。
このままでは膨張した空気を収縮するに違いない。
急がなければ、この心臓が破裂してしまう。

そう急いだ刹那だった。


「エキセンは自分勝手だから困るな」

「全くよね。あれだけで私たちを沈める事が出来たって思ったのかしら?」

「……確かに、初めのうちは頭を上げることが出来なかったけど…今は平気だよね」


真っ黒い空間に銀色の魂が3つ浮かび上がっている。
先ほど『C』の呪いに潰されたと思っていた3属長らが立っているのだ。
『C』の背後に立って、『C』の動きを止めている。

智が伸ばしたナイフが『C』の背中についている。
幸が取り出したマシンガンが『C』のコメカミを狙っている。
恩が『C』の腕を捕らえている。


「な、何故お前ら、動けておるんじゃ?」


『C』が珍しく動揺した声をあげていた。
なので智が答えた。それは意地の悪い表情であった。


「言っておくけど、ノロイってばさっきよりかなり力がなくなってるぞ。この場所が闇になったとしろ、実際には上から光を纏った城だ。知らぬ間に闇魔術の威力が弱まっていたようだな」

「そんな馬鹿な…!」

「だけど、今私たちがここに立っているのは、自分の力で抜け出したからよ。他の連中だったらきっと立ち上がれなかったでしょうね」


さすが属長、力は底知れぬ。
『C』の呪いに逆らって立ち上がったようだ。
ただでさえ空気が膨張している場だというのにそれで立ち上がれたとは、素晴らしい。

脅し役の智と幸が一歩後ろに身を引いたところで、恩が動き出した。


「もう…逃がさないよぉ」


腕をぐいっと引いて、『C』の体を崩す。そこで足を蹴り上げた。
『C』が倒れ掛かっている隙も見逃さない。ソングが素早く足を入れる。


「逃がさん。ここで仕留める」


ガッと『C』の胸を足で押しながら、分解したハサミをつなげる。
元のハサミの形に戻ったときには、『C』は背中を地面につけていた。
倒れた『C』の喉に目掛けてハサミの狙いを定める。

ソングの足に胸を押されて『C』は身動きが取れずにいた。
ここではじめて追い詰められて戸惑っている様子だ。


「…まさかこのワシが油断したとは…!」

「油断?そんなんじゃねえだろ」


上から見下ろして、ソングが口元をゆがめた。


「クルーエルの実力だろ?」

「ふざけとる…」

「どこまで見縊ってるんだよ!」


鈍く、刺さる音が膨張した場に響いた。
ソングのハサミがものを捕らえたのだ。
刃先から呻く声が流れる。


「…な、何故じゃ…!」


地面に倒れている『C』が信じられないと言った表情でソングに訴えた。
ハサミは、『C』の喉に刺さるとばかり思っていたが、違っていた。
ハサミは『C』の喉を覆うような形になっているのだ。
あの瞬間、ソングはハサミを広げて『C』の喉を挟まないように地面に突きたてたのである。

頭を少しでも動かせば喉が切れる運命に値するけれど、動かない限り怪我を負う事は無い。
その状態を知って『C』は呻いていた。

ソングは、ようやくここで『C』の胸から足を離した。


「生かしてやるから、さっさとやれ」

「……」

「呪いを解け」


『C』が何も反応しないので、ハサミの柄を持ってこのまま首を切ろうと脅す。


「さっさと解けよ。お前が解かない限りずっと苦しむ連中がいるんだ」

「…」


「クルーエルとドラ猫を自由にしてやれ」


「…」


逆らってしまえば首を切られかねない。
エキセンはどう料理されようが死なない体質をしているけれども怖いことには変わりないのだ。

刃に挟まれているこの状態が恐ろしくて仕方ない上に、今の体じゃソングに勝てないと思ったから。
光のせいで自分の力がどんどんと弱まっている現実が悲しくなったから。
もうすでに自分の仲間たちが倒されていっているのを知っているから。


『C』は杖を空に向けた。


「御意」


承諾した声が空に向かって飛んでいった。
すると杖から紫色の闇が燈った。
それは光の形を帯びている。色さえなければきっと光であろう。
そのようなものが、杖からあふれ出て、場を照らしていった。

張り詰めていた闇の空気が元の形に戻り、胸の圧迫感が消える。
この空間の色が白色に戻り、廊下が姿を現す。
そして今まで異常があった者たちが、元に戻る。

タトゥから紫色の何かが抜けていく。
これが体内にずっと住み着いていた呪いの形なのか。
呪いは光に乗って空へ消えていく。

クルーエル3属長らの腕から抜けていく紫色。
続いて、シャンデリアの下からも紫色が。
あちらこちらから紫色が抜け、空に消えていった。


「…呪いが…消えた?」


智が目を見開いてまじまじとタトゥを眺めて訊ねていた。
なので『C』が答えた。


「全部の呪いを解いた。これでいいじゃろ」

「「…」」

「…もう、ワシは疲れた…。子どもを相手にするのもほどほどにせんといかんのう」

「「……」」


『C』は、気まずそうに、だけれど確実にこう言った。


「負けを認めるわい」


呪いも解いてしまったし、光を浴びたせいで何もかもうまくいかなかった。
そして多くの恨みを買いすぎた。
『C』は目をつぶって深くため息をつくことで、鎮まった。

その背景、クルーエル3属長がソングを囲んで盛大にたたえている姿が映し出されていた。


「俺は勝ったぞ、メロディー!」


血をダクダク流していたソングだけれど、無事に任務を果たすことが出来た。
なので愛しの彼女の名前を呼んで喜びをかみしめた。

自分はあの強敵に勝てたのだ。
しかし一人の力では絶対に勝てなかった。

今まで一緒に旅して来た仲間が支えてくれたおかげ。
エキセントリック一族の光の存在が支えてくれたおかげ。
この場にいる同族たちが支えてくれたおかげ。


これは一人の力ではない。
みんなの力だ。

みんなの支えがあったからこそ、勝てた。『C』を沈める事が出来た。

みんなにお礼が言いたい。
ソングは無邪気に微笑んで、喜びを放った。


「ありがとう」


正直にお礼を言われて驚く、けれどもクルーエル3属長らも微笑んで頷き返した。


「こちらこそ、ありがとう」




クルーエル一族。
今、数年ぶりに濁りの無い美しい輝きを、照らす。
それは銀を彩る魂。






 ソング 対 『C』
        勝者…ソング









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年寄りを大切にしましょう。

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