光の色が闇の色と重なり、色の三原色により黒が白を吸収した。
場が突然真っ黒になり、これでは上も下も分からない。
その中に立たされて銀色の髪を持った4人は戸惑いを隠せずにいた。
「あーあ、どうするのよ。せっかく光があったって言うのに、消されてしまったじゃないの」
「…なんだか…勝てる気がしないよぉ」
「ノロイを怒らせるなんてすげえよ。だけど余計なことしてくれたな」
「ごちゃごちゃとうるせえ!あいつが勝手に切れただけだろ!」
『C』と口論を交わしていたソングは、どさくさに紛れて『C』の顔に泥を塗っていた。
そのため『C』は憤ったのだ。
杖が地面にぶつかる都度、地面の黒さが波を打ち、奥へ奥へと闇が流れていく。
『C』は光の中で呪術が使えなくなっているというのに、それ以外は通常通りだぞと言わんばかりに闇を次々と生んでいた。
隣に並んでいるクルーエル3属長から辛辣な皮肉を言われ、ソングは舌を打った。
「クソ、めんどくせえな…」
「自業自得よ。あんたが悪いんだから責任を取りなさい」
確かにソングが今の現況を生んだ。
なのでそのことに対して仲間も怒っている。だからソングは少し居た堪れない気分になっていた。
しかし、3属長らはすぐに笑顔を向けてきた。
武者震いを起こした横顔が歪んでいる。
「ま、俺らも手伝ってやるよ。一応仲間だからな」
「ノロイのことを許せないから私も戦うわよ。一応あんたと仲間だしね」
「僕も出来る限り戦力なるよ…。君と一応仲間だということもあるし…ね」
「"一応"なのかよ!」
一応という響きがなんともいえないが、一応一緒に戦ってくれるようだ。
ソングも一応一安心した。
やがて闇の侵略が止まった。
どこまで闇が行き渡ったか分からないが、何度も地面に杖がついていたので結構な距離まで伸びていったに違いない。
老いた体だというのに、目があまるほどの量の闇を生み出した『C』、さすがエキセントリック一族のトップだ。限界を超えている。
四方が闇の地帯。
『C』はこの出来栄えに笑った。
「クク、ここは闇の城なんじゃ。この色で十分」
「いくらなんでも黒すぎだろ」
「否。ワシらは闇の者。この暗さが必要十分条件じゃ」
宇宙の中に浮かんでいるかのよう。
人間の姿だけが異様に浮き上がって見える。
感覚をまるでつかめない、不思議な空間に立たされて、智が苦く表情を顰めた。
「まいったな。ここまで場が黒いと何がなんだか分からなくなる」
「ほら凡人。あんた光ってみなさいよ」
「俺は人間だ!電球の玉と同じにするな!」
「でも…あまりにも暗いよ…」
「人間っていう生物は色で何でも識別しすぎじゃ。黒いからって何も見えんことはないじゃろうに」
「俺らはお前らと違って瞳孔を操れねえんだよ!」
暗い場所で何食わぬ顔している闇の存在は不気味である。
場が暗いと何も見えないはずなのに、闇には見えているのか。
それはそうか、闇こそがエキセンなのであるから。
奴らにとって見れば闇の中で何も見えないという話の方がおかしいのである。
場が暗くとも、生物は浮き上がって見えるため、不便な部分はないであるが、まるで無空間の中にいる気がしてならない。違和感に酔ってしまいそうである。
こんな場所で動こうと思えば制限をかけられてしまう。
大きく動いてしまえば、闇の色で隠れた壁にぶつかってしまいそうだし、その前に自分がどこをどう歩いているのかも感覚をつかめないので、行動に移すことが出来ない。
しかし、『C』は容赦なく攻撃を仕掛けてきた。
杖がトンと突けば、紫色の闇が柄に向かって渦を巻いていく。
「お前ら、お遊戯でもやってみんか」
『C』が言った刹那、杖に溜まっていた闇が空気を抉って勢いよく放たれた。
強烈な闇がやってきたので全員が方向感覚をつかめない状態で身を倒す。
よって、闇の進行範囲にいなかったソングと智も闇が全く近づいていないのにもかかわらず身を倒してしまい、恥ずかしい格好になった。
「クソ!やってらんねえ!!」
「何かいろいろと悔しいな?!」
恥ずかしいことに身を倒してしまった2人だけれど、勢いで憤り、身を起こしてすぐに『C』の元へかけていった。
武器を構えてやる気満々だったけれど、そのうちの一人が壁に激突し、ソングがリタイアとなった。
「クソ!誰か光をもってこい!」
「だからあんたが光ってみなさい」
「無理に決まってるだろ!俺はホタルじゃねえんだぞ!」
「何で可愛い路線で行くんだよ?」
壁にぶつかった自分が恥ずかしいとソングが暴言を吐いている間に、智は『C』の目の前までやってきていた。
巨大なナイフを素早く振り落として『C』を真二つにしようとする。
しかし、手ごたえは硬く、音もモノが切れる音がしなかった。
カキンっとナイフが壁にぶつかった悲鳴がなっていた。
まさか『C』の目の前に見えない壁が張ってあったとは。
真っ暗闇の中なので何があるのか分からなかった。
見えない壁の存在に気づき、智は目の前の『C』にガンを飛ばして視線と言葉で怒りを伝えた。
「ノロイめ、面倒なことしてくれたな…」
「残念じゃったな智属長。ここは闇の地帯なんじゃ。何でもありなんじゃよ」
「何でもありだから自分の周りに見えない壁を張ったってか?」
その中で智は苦笑した。
目の前の『C』の存在が哀れに見えたのである。
苦笑を象った表情のまま、壁を張った『C』に向けて皮肉を語る。
「やっぱり逃げてるんじゃん。この場を闇にすることで自分の逃げ場を作ったんだな」
「なぬ」
乾いた唇を潤すために唇を巻きいれる。
『C』の反応が怖かったけれど、智はそれを乗り越えて口を動かした。
「確かに光の中じゃ効率悪かったよな。姿を消して逃げていても気配を残す形になってしまうし、自分の思うように動けない。だけど今は闇の中だからいつでも闇の中に入って気配を残さずに逃げられるってことか。よかったな」
智からの褒め言葉、しかし誰から見てもこれは感情が篭っていない。
篭っているものといえば、怒り、そして哀れ、だ。
卑劣なことをする『C』のことが許せなかったのである。
怒りと哀れの篭った言葉を聴いて、『C』も反応を見せた。
眉がピクリと動いて新しいしわが刻まれる。
「ワシをなめとるのか?」
口角は吊り上っているけれど、『C』の声は怒りに満ちていた。
危険な空気が漂う中で、智は苦笑を悪戯っ子の笑みに変えて言う。
「さあ、どうだろうな」
「クククク、今の状況でよく悪口を言えるのう。ある意味感心じゃ」
智のナイフは見えない壁にぶつかったままで、以後動いていない。
これ以上ナイフが進まないのではなくて、ただ単に動けないだけなのである。
きっと『C』の闇の一部に触れたことで、『C』が得意とする傀儡術が発動したのであろう。
『C』に手を伸ばした者は自動的に傀儡のワナに掛かるように仕組まれていた。せこいまねをしてくれる。
ナイフが壁から離れない上、自分の手もナイフから離れない。
智は間接的に動けない状態に陥られていた。
『C』がまた新しくしわを彫った。
今度は眉間ではなくて、頬にしわが寄る。
笑っているのだ。
「智属長、いい機会じゃ。話をしてやるわい」
突然囁きが飛び舞う。
一瞬だけ驚いて声が出なかったが、智は冷静に対処した。
「…へえ、何だ?何か俺に伝えないといけない話でもあるのか?」
『C』を目の前にして動けない。
そんな智に向かって『C』が何やら話をしてくれるらしい。
不吉な予感をひしひしと感じながらも冷静さを維持するために智は表情を顰めて『C』を睨む。
対して『C』は相変わらず笑っている。
「クク、そうじゃな。特にお前に知らせておきたくてのう」
「悪い知らせか?」
「否」
エキセントリック一族がいい知らせを持ってくるはずが無い。
しかし『C』は否定の言葉を持ってきた。
悪い知らせで無いとすれば、いい知らせなのか。
「クルーエル一族の智属についてなんじゃがな」
「…俺の属がどうしたって言うんだ?」
「お前の属の輩が次々と失踪しておることぐらい知っておる。そのことについてなんじゃが」
『C』がさりげなく訊ねてきた。
「何故奴らが逃げておるか知っとるか?」
意外な質問内容に驚いたけれど、智は正直に答えた。
首を傾げて苦く笑ってみせる。
「そうだな…、実際には詳しく知らない。だけど俺についていけないってことがあってみんな失踪を図っている、って聞いてるけど」
「クク、なるほどな。お前についていけないってことで締めくくられておったのか」
そして深く笑い出す『C』を見て、智は居た堪れない気分になった。
『C』の言った言葉と響き渡る笑い声が謎を生んだのである。
果たして『C』は智に何を言いたいのか、気になり智は目線で訴えてみた。
すると『C』は闇の中でもそこまで自己中心的な者ではないために、視線に気づいた早々、笑い声を抑えて答える準備を作った。
三日月に口元が広がる。
「智属の輩が失踪する理由は、ワシが仕向けた結果の下にあったんじゃ」
「は?」
うまく理解できなくて智属長が眉をぐいっと寄せた。
その表情が面白かったのか『C』はまた笑い声をもらしている。
「クク、15年ほど前からクルーエルの面倒を見とるから大体のことは知っておる。智属の恐ろしさもじゃ」
「…」
「智属はやり方がうまいんじゃ。智(ち)を使うことで物事を解決するからのう。是非善悪を弁別する上で全てのことを練り起こして行動に移す智属は、少しでも油断という隙を見つけるだけで行動に移す。危険な属で侮れん」
自分の属のことを褒められて照れ隠しする智。
しかし、『C』が言いたいことはこれではなくて、以降のことである。
『C』は、いつしか智属がクルーエル一族を救い出す道を導かせるのではと思い、それが恐ろしかった。
だからこそ、智属だけに特別な考えをかけたのだ。
照れ隠ししていた智も、自分の属だけ特別扱いされていることに気づいて、すぐに表情をこわばらせた。
智属だけ束縛がない、という事実に気づいて。
「不可解な点に気づいたようじゃな?そうじゃ、智属にだけは『束縛』がないんじゃ。クルーエルはワシの支配下にある。もし誰かが逃げ出すようなことがあればすぐにワシの呪いが発動して止まる運命にあたる。もしくはワシ自身が止めに行く。しかしじゃ、お前の属だけはワシが特別扱いを設けておるんじゃ」
「な、何故なんだ?」
「何故じゃと思う?」
『C』は哂った。
「心理的な考えじゃ。智属といえば、仲裁することが主で戦いなどを好まん。だからこそ抜け出したいと思う輩も出てくると思うんじゃ。そこで一人脱走することで謀ってみたんじゃ。もしここで呪いが発動しなければ智属であれどもどんな対応をするか、とな」
智も嫌な予感を察した。思わず表情を濁す。
「なるほどな。一人抜け出すことが出来たということで他の奴らも真似してしまったって事か。確かに誰だってこの支配下から抜け出したい。冷静心を常に持っていれば脱走しようとせずに、むしろ全員で抜け出す方法を考えることが出来る属だったのに」
「そうじゃ。一人抜け出したからこそ、流れに乗って次々と抜け出していったんじゃ。だからこそ人間は哀れなんじゃ。結局は自分ひとりの身が大事なんじゃよ」
確かに、智属だけに矛盾した点があった。
まず一つ目。智属の一人、オンプがソングの元までやってきたときのこと。
彼女は呪いに苦しむ姿を見せなかった上、『C』に追いかけられる様子も無かった。
後に続いて智属長、幸属長、恩属長がやってきて、そして幸属の情報屋であるノリオまでそろったときにようやく『C』がやってきた。
そして二つ目。ラフメーカーをエキセン城まで案内するとのことで智属長とオンプが応援に駆けつけたときのこと。
呪いが発動することはおろか『C』もやってこなかった。
まるで彼らだけが自由になったかのように、何も変化が起こらなかった。
もしここで幸属や恩属が応援に駆けつけていたら、また『C』が阻止しにやってきたに違いない。
「確かに俺の属だけが見逃されている気がする。今までにお前に追いかけられたことなど一度もないもんな…」
「じゃろ。こう見えても他の属が失踪を図ろうとしたときは呪いが発動するかワシが止めに行く形になっておる。お前の属だけ見逃しておるんじゃ」
「何故だ?」
「答えはもう見えとるはずじゃが」
問いかける智を見下すように笑ってから『C』がゆっくりと杖を動かした。
「答えは、クルーエルの道を開く可能性がある智属をクルーエルから消すためじゃ」
杖の柄先に紫色の闇が時計回りに渦を描いていく。
目の前に集まっていく渦の危険性を悟って智が逃げることを試みる。
しかし忘れていた。今動けない状態に陥られていたのだ。
よって智は避け逃げることが不可能になっていた。
智が危険ということで幸と恩が駆け寄った。
ソングも駆け寄るが闇色に隠れた壁にぶつかることで撃沈に終わる。
幸が咄嗟に『C』に銃弾をぶっ放すけれど、見えない壁に妨げられてしまった。
壁を破壊することが出来ず、もう駄目かと思った刹那、今まで活躍していなかった恩がようやく本領発揮を見せた。
「智属だけ逃がすなんて意味わかんねーんだよー!!どうして微妙に優しい面を見せるんだー!!」
今まで小さな意見を出していた恩が、絶叫しながら鉄拳を下すという今までに無い光景が映し出されたのだ。
恩の拳は見事見えない壁に穴を開ける結果を導き出し、よって鉄壁が破ける音が響き渡る。
壁が崩れていったため、壁に触れていたことで『C』に動きを封じられていた智も自由になることが出来、急いで身を倒して、無事に『C』の闇から逃げることに成功した。
智は身を倒した勢いに転がって恩の元まで移動する。
「助かったよ恩。本領発揮、ご苦労さん」
「え、あ……僕、何か変なことした?」
「変なことっていうか、変なツッコミをしてたよ」
「あ、…そうなんだ…」
恩属長は頭の糸が切れると我を忘れる体質のようだ。
しかし、彼のプッチンのおかげで助かった。
そして彼が突っ込んだように、確かに智属だけに優しい一面を見せる『C』の存在、気になるものである。
何故智属を殺そうとしなかったのだろうか。
『C』が答えを導いた。
「ワシはそう簡単に自分の部下を殺したりしない。どのみちどこかに失踪した智属もワシの支配下にあることには違いない。いつでも引き寄せることが可能なんじゃ」
邪魔な者は遠くへやる。そして近づかせないようにする。
そうやって見事智属の数を減らした『C』、何気にせこい。奴はせこい。
無空間に漂う銀の魂。
戦いはうまく進まず、拳を握って歯軋りを鳴らして悔しさを表現するだけだ。
奴は傀儡子。いつでも駒を動かすことが出来る。
だからここで3属長らを押しつぶすことも可能であった。
言いたいことだけ好きに言って、用が無くなればすぐに廃棄する。『C』は3人を呪いで操ってこれ以上反論反抗できないようにした。
今、『C』にとってみればクルーエルなどいらない駒になるのだ。
もう少しで世界という駒を手に入れることが出来るのだから。
「しまった…!」
突然3人が真っ黒な地面にへばりついた。3人は呪いから逃げようとしているが押しつぶされたままだ。
今の『C』は、呪術が使えないだけで、傀儡術はできるようである。
なので普段どおりに押しつぶすことが出来るのである。
その中で一人だけ傀儡されずに立っている。
クルーエル一族で唯一呪いを受けていない魂、ソングだ。
しかしそのソングも、心強いと思っていた3人が簡単に傀儡に押しつぶされてしまったのを見て舌打ちを鳴らしている。
「クソ、結局は俺が戦わないといけないんじゃねえか」
「ククク、やはりお前には傀儡が喰らわんか。つまらん駒じゃのう」
「駒?お前もエキセンだな。人間を駒にするなんて馬鹿げてる」
「さすがお前も智属の血を引いてるだけはあるな。物事を弁別するために反論するのを好む。おかしな属じゃな」
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