霧になった『C』は空中を無音で移動することでクルーエル一族3属長の元までやって来た。
不敵に口元をゆがめている『C』が近づいてきたので、身の危険を感じた3人はすぐに体勢を低くする。
刹那、頭上に闇の華が咲いた。
黒色をした破裂が起こり、銀色の頭が一瞬だけ黒に隠れた。


「ノロイ、ついに姿を現したか…」

「本体が出たらこっちのものよ」


低くした身を地面につけて軽く転がることで移動した幸は、ショットガンを構えてすぐさま『C』目掛けて弾を飛ばした。
しかし、『C』はそのまま霧になり、弾が当たったころにはそれは『C』ではなく普通の霧になっていた。
せっかく本体が現れたというのに攻撃が当たらないという悔しさを舌を打つことで表現する。
そんな幸に続いて智が強大化したナイフを構えて辺りの空気を睨んだ。


「本体が出てきても攻撃が当たらなければ意味が無いな…」

「ど…どうにかして…ノロイの動きを止めないと…」

「私の銃じゃ霧の相手に敵わないわ。あんたらどっちでもいいからとっ捕まえなさいよ」


幸の銃では形が定まってないものを捕らえることは難しい。
そのことを先ほどの攻撃で知ったので、ナイフを構えている智は『C』を捕まえようと刃先をゆっくりと動かした。
狙いを定めるために空気と調和し、そのときに生まれるリズムを刃先に刻む。

やがて『C』の気を察知して、すぐに智は狙いをそこに定めて刃を突き刺した。
何も無かった空気から突然闇色の霧が発生する。見事そこには『C』がいたようだ。
霧状の『C』に先ほどの攻撃は通じたのだろうか。
よく分からないまま、『C』は霧のまま移動していった。
ソングの元へ。
ソングは霧を見て、口を開いた。


「正々堂々と戦う気になったようだが、それじゃあまだ正々堂々とは言えないな」


居場所は分かっても、そこには霧がある状態の今。
ソングは迫り寄ってくる霧に不敵な笑みを向けてハサミを再び構えた。
今度は外さない、とハサミに念を込める。


「ヴェローチェ(急速に)」


ソングの声がその場に響いたとき、ソングは立っていなかった。
ソングが消えてクルーエル3属長も唖然と目を点にした。

3属長の視界には、まるで瞬間移動したかのように鋭い速さで『C』の霧の背後に立っているソングの姿が映し出されていた。
移動したソングは刃を剥かずにハサミの平らの部分を使って霧を地面にたたきつけた。


「撃っても駄目、刺しても駄目なら、叩くのが効率良い」


叩く行為というのは、空気に抵抗して風を作ることが出来る。
ソングはそれを利用して霧の動きを風圧で一つにとどめたのである。

地面に叩きつけたときに霧になっていた『C』もいつもの人間の形に戻る。
うつ伏せに身を倒した『C』を跨いでソングはハサミの刃先を『C』の頭に向けた。


「てめえは闇に頼らなければただの老いぼれじじいだ。じじいはじじいらしく寝込んでろ」


刃先は確実に『C』の頭に狙いを定めている。
今の状態では圧倒的にソングの方が有利である。
しかし、立場逆転を得意とする相手エキセントリック一族。
今回も奴の邪悪な笑い声に威圧をぶつけられた。


「クク…何を言っておるんじゃ?人間ほどモノに頼って生きている生物はないというのに。偉そうに物事を言うんじゃあない」

「偉そうに物事を言うなって?お前こそ闇のくせに人間様に文句を言うな」

「闇のくせに、か。闇が全てじゃと言うのにのう」

「お前、今の自分の状況、分かってるのか?」


ハサミは『C』の頭上に浮かんでいる。
ソングの気持ち一つで『C』の運命が別れる。生か滅か。

するとまた笑う声が聞こえてきた。
ククク。『C』の嘲笑う声である。


「お前は闇の恐ろしさを知らんようじゃな。哀れな人間じゃ」

「お前、殺すぞ」


脅すけれど、『C』は笑い続けている。


「クク、哀れじゃ。人間は哀れじゃな。一つネジが緩んでしまえば誰も修理しようとせず、そのまま勢いで壊してしまうのじゃから。哀れこそ人間じゃ」

「人間が哀れだと?」

「そうじゃ」


話が気になったため、ソングはハサミを構えたままであるが少しの間だけ『C』に話をさせた。
ソングから見る『C』の姿はまさに黒い闇の塊。後頭部と背中しか見えないために、黒ローブを着た『C』は黒一色なのだ。
その黒一色が小刻みに揺れている。また笑っている。


「ワシは一度、ピンカース大陸のとある村にお邪魔したことがあったんじゃ。そのときに哀れな人間の姿を見た」

「……」

「ワシがその場所で見たものは、一つの生物に怯えている人間。怖れられていた生物はワシと同じ黒い塊じゃった」


一瞬、不吉が過ぎった。
黒い塊というモノが、エキセントリック一族以外にもまだ存在していたことに気づいたから。
それはここから少し離れた場所、黒いシャンデリアが落ちている踊場の壁に寄り添って呪いを堪えている者のこと。

人々に恐れられた黒猫。
後に魔術によって蘇った生物。
異名、化け猫。


「…ドラ猫か」


予想を立ててみたけれど、軽く流されてしまう。
しかし聞いている限り『C』はトーフの話をしているように聞こえた。いや、まさにその話をしているのだ。


「黒い塊は一応人間の形をしておったが、哀れな姿じゃった。人間に酷いことをされてたんじゃろう」

「…」

「ワシは興味を惹かれて人間にこの出来事の種を訊ねてみた。すると人間はたった一言でこう言ったんじゃ」


一旦、息を呑んで『C』は理由を言った。


「『こいつが化け猫だからだ』と。」

「…」


『C』は深く笑った。


「クククク…!たったそれだけの理由は人間は一つの魂を殺そうとしたんじゃ。とても愉快なことだと思わんか?」

「…!」

「気に食わない生物を見たら人間は必ずそれを始末しようとする。蟲じゃって生きとるというのに人間はそれをひねり潰す。それと同じようにそのときも黒猫の魂を虫けらのように扱ったんじゃ」


事実である。
人間はそのような生物なのだ。
相手のことを思いやる心を持っていないから、蟲までも殺すことが出来る。
人間は卑劣な生物なのかもしれない。
そう思えて、ソングは動くことが出来なくなっていた。


「…っ」

「醜い姿の人間どもじゃったな。ワシが化け猫退治を手伝ってやると言うだけで場はお祭り騒ぎになったからのう。あれがワシがはじめてみた人間の姿じゃった」

「…人間の相手を間違えたな」

「クク、それが数百年前の人間じゃろうが、どのみち今の人間とは変わらんことには違いない。人間は何度も同じ過ちを繰り返すように出来とるんじゃからのう」


『C』の言葉を信じたくない。
だけれど事実なのだ。人間とはそんな生物なのだ。
気に食わないものが目の前にいればひねり潰すことが出来る生物。
相手は何も悪影響を及ぼさないというのに外見だけで判断する生物。
人間は最も単純な生物なのかもしれない。


「人間は闇より邪じゃな。無意識に殺めるとは恐ろしい。ワシはそんな人間が好かん」


だから、隣の一族であったクルーエル一族も好まなかった。
奴らの場合は特別であるけれど、意図的に殺人をおこなっていた。
だからこそクルーエル一族を好きになれなかったのだ。

奴らをどうやって鎮めるか、考えてみたところ
この考えが一番効率よかった。

呪いをかけて、邪悪の塊の人間を静めよう。
そして世界を支配することで人間をこの世から消し去ろう、と。


「ワシはマスター以外の人間は全て同じように扱っとる。お前も邪悪な人間じゃ、始末するのみじゃ」


『C』の顔がこちらに向けられた。
その刹那に巻き吹く紫色の霧。違う。これは粒子ではない。

闇という魔術だ。
その中でも危険な部類に入る恐ろしい魔術、呪い。
ソングは呪いを直接顔に吹きかけられて、よろめいて後退した。
喉に呪いが詰まったと言わんばかりに強く咳き込むソングの姿を見て、クルーエル3属長らが急いで駆けつけてきた。


「大丈夫か?」

「何ドジってるの?しっかりしなさい」

「あ、あの…まさか…呪いを……?」


ソングが激しい咳を吐いている。
もしここでソングが呪いに掛かってしまえば、ソングも立派な操り人形と化する。
『C』は今までそうやって自分の傀儡を集めてきたのだから。

咳き込むソングを囲んで心配するクルーエル一族の3人。
その塊を見ながら『C』はゆっくりと立ち上がった。
今回は霧にならず、実体のままで。

これには余裕が表れている。
ソングが傀儡になった時点で勝利が『C』のものだと確定になるからだ。
傀儡になれば思うがままに操ることが出来る。4人を押しつぶして、そのまま勝利にすることができる。
だから余裕の笑みを零せるのだ。

しかし、その考えは甘かった。
『C』は大切なことを忘れていたのである。
今のこの現況のことを。


「笑うのはこっちのほうだ。俺は呪いなんか受けていない」


ソングが一度咳をとめてそう告げた。
そして嘔吐することで喉に入っていたモノを取り出す。

それは黒い靄であった。


「もしかするとこれが呪いの姿なのか?しかし今の俺には通用しない。いや、全てのものに通用しない」

「な、何故じゃ…?」


ソングの喉に入ったと思っていた呪いの素が、喉から出てきてしまった。
普通ならば呪いが入っていった部分が必ず狂い、その者を消滅させるまで血液が狂い続けるというのに。
しかしソングは吐いてしまった。呪いにかからず、むしろ吐いて呪いから脱出した。
これはどういうことなのか。

辺りを見渡すことで、理解できた。


「…しまった。これが光の力というものなのか…」


今、城は光に包まれている。
闇がいる地帯はある程度闇が降りているけれど、光に勝てていない模様。
そのため『C』が繰り出した闇魔術『呪い』も光に押し負けて、ソングの体内で発動せずに吐き出てしまったのである。

ここで初めて『C』が悪態をついた。


「けしからん。Lめ、余計な真似をしてくれたわい。まさかワシがここまで弱ってしまっとるとは…!」

「邪悪の塊の人間でも、お前たち闇には絶対に負けないようになってるんだ」


得意とする呪術が使えないことで『C』は今のこの現況を生み出した『L』に憤りを語る。
しかし、その場に『L』がいないのでソングが答えていた。

先ほどまで人間のことをぼろくそ言われていて、思わず納得する場面があったけれど、
そんな人間にも闇にはない魅力的な力を持っている。

それは、"笑い"。
それが、"光"。


「人間は生まれたときから光を持っている。この世に誕生することで両親から喜びを与えられる。それが笑いの形であり、人間に必要な力になるんだ」

「何が光じゃ。笑いが光の源になるなんて馬鹿馬鹿しい」

「やっぱりな。お前ら、絶対に愛情とかもらってないだろ?」

「なぬ?」

「だから、いつまでたっても成長しないんだ。お前は見た目はじじいだが、中身はまるで赤ん坊だな。いや、それよりランクが低い」


ずっと前から生きている『C』に向かって「成長していない」と言うソングにクルーエル一族3属長は正直に驚き、且つなんだか満足感に浸っていた。
実際にその通りであるからだ。
エキセントリック一族は、上からの命令で世界を闇に変えようと計画を進めている。
もし、上の者が何も言わなければエキセンは何もすることは無かったであろう。
闇魔術で何かしでかそうとはしなかったであろう。

エキセンは成長する種を植えられていない、空っぽの植木鉢だ。
だからそれに水を与えられても何も変わらず、己の姿を維持し続ける。
形を変えることなく、植木鉢は無の地帯のまま。

その中で、『C』は憤りを苦笑に変えていた。


「ワシらが成長しとらんというのか?クク、面白いどころか、これはくだらん理論じゃな」

「…」

「エキセンじゃって成長するんじゃ。現にLがいい例じゃ。あやつは昔はJ並に弱かったんじゃ。それを克服するために今はあそこまで成長しとる。エキセンも人間と同じなんじゃ」


『C』がそれを言うのを待っていたかのように、ソングは即答で突っ込んだ。


「エキセンも人間と同じなんだな」


ソングはそのまま口元をゆがめた。


「人間のこと、嫌いじゃなかったのか?邪悪の塊だからこの世から消したいんじゃなかったのか?それなのにさっきの言葉は人間のことを尊敬しているように聞こえたが」

「!」


思わぬ失点、『C』は口を噤んだ。
ソングは続ける。


「闇も人間に憧れてたんじゃないのか?確かに全てを虫けらと見る人間は悪いくせがたくさんある。しかし、人間は素晴らしい頭脳を持っている。勉学することで己を強くすることが出来る能力。それは闇には備わっていない力。だからこそ憧れた」


それが『L』であろう。
人間になりたいと願っていた『L』ならば人間の素晴らしさを誰よりも早く察することが出来たであろう。

人間は生まれた当時から光に包まれている。
光は成長を知っている。年齢を重ねるたびに知識を身につけ、強いものになっていく。
対して闇は成長を知らない。だから努力することも何も知らない。
きっと『C』はこの世に誕生した当時から優れた闇魔術を持っていたのであろう。
だから努力もしなかったし、成長もしなかった。
しかし『L』は光を持っていた闇なので、成長することが出来た。

そして、どのエキセンも成長していく『L』に興味を惹かれていた。
悔しいけれど憧れもかすかに持っていた。

成長する者は憧れの的になる宿命。

闇は成長できないので無意識に成長に憧れていた。
だから先ほど『C』は「闇が成長しない」という意見に無意識に反論していたのだ。


「闇は成長しない。だからお前らは昔のままだ」

「…」

「もしかしたら魔力が上がっているかもしれないし、新しい魔術を生み出しているかもしれない。しかしそれも努力せずに備わった力。きっと誰からか強い闇でももらったんじゃないのか?」

「…」

「ここで断言する」


無言になる『C』にまなざしを向けて、ソングは得意気に言った。


「哀れなのは、一人で何も出来ないお前らのほうだ」



トン。

地面から音が鳴った。
ソングが告げた刹那に流れた音は、『C』の足元から鳴っていた。
『C』が地面に杖を突いたのだ。

先ほど『C』が作っていた部分部分の闇の地帯が杖に足元に集まる。
集まった闇に向けてまた杖を突き、闇を一回り大きくする。
4人は一斉に後ずさりをした。
感じ取れたのだ。『C』が完全に怒ったということを。


「クク、クククク。光など、ワシの闇でかき消してやるわい」


途端、場が闇に包まれた。
白かった廊下が今完全に闇に切り替わったのだ。
残る光はこの場にいる者たちの頭の銀色と、心に燈る色だけである。


「…お前、責任とれよ」


智がソングに向けて軽く文句を言った。










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