これほどまでに闇が漂っている地帯は無いであろう。
光を浴びた城の中でも闇は生きている。
この部屋だけは何事も起こっていないかのように、雰囲気は普段と変わらずこの場にある。

その中で複数の闇たちが動いている。


「ジェーイ!呑まれそうだジェイー!」


緊張という糸がびっしり張り詰めてある部屋の中。
少しでも気を緩めば『J』のような目にあうことは間違いない。
騒ぐ『J』を沈めるために『B』が『J』の腕を引っ張り上げて闇から救出したついでに腹に拳を入れた。
文字通り沈んだ『J』の姿を背景に『L』が指を鳴らす体勢を整える。


「おいP出て来い!いつまで逃げ回ってる気だ?」


辺りを見渡しても黒の闇が広大に漂っているところが見えるだけだ。
しかしこの中に全ての闇である『P』が隠れている。彼女を見つけない限り攻撃をすることも出来ない。
だけれどこちらには強い味方がいた。


「L様!前方13尺先にPがいますー!」


『L』の気配を追ってここまで駆けつけてきた『K』である。
彼女は他の闇にはない、追跡能力を持っている。
愛しの『L』の危機を察して彼女は追跡能力を使ってここまでやってきた。
そして今は『P』の気配を追って『L』の護衛についている。

思い切り『L』の腕にしがみついている『K』だけれど『L』は今の状況に必死で、体に掛かる負担など気にしていない。
左腕に『K』に捕まれ、だけれど右腕は真っ直ぐと前方に向けて、構えた。 


「子(ね)の方角に13尺、か」


『K』に指定された場所に魔術を練りこみ、指をこすって音を鳴らす。
するとパンッとその方角が爆発した。その勢いに乗って揺れ歪む闇の地帯。

歪む闇の中から嘲笑う声が響いてきた。
追跡能力が示した場所に『P』が存在していたことは確かである。
しかし爆発によって揺れる闇が良い隠れ家になり、それに紛れて『P』は再び存在を消した。


「うふふ。面白くなってきたわね。鋭い子まで私の邪魔をしに来るなんて」

「…っ」


『P』の笑い声を聞いて『K』が目の辺りを強く顰めた。
笑い声とは普通ならば人を和ませる力があるというけれど、奴の場合は違う。
人はおろか、闇や光までも縛り付けてしまうほどの力を持っていた。
『L』たちはこの場に暫く立っていたために笑い声には慣れていたが『K』は先ほど来たばかりだ。
『P』の恐ろしさを改めで感じ、耳を覆いたくなったのである。

肩を震わせる『K』を見て『L』が左腕を後ろへ移した。
伴って『K』が自動的に『L』の背後に隠れる形になる。


「P、お前に尋ねたいことがある」


どこかの闇に紛れていった『P』を探すために『L』が声を張った。


「お前はこれから先の未来、どうしたいんだ?」

「………」


質問に答えは返らず。
そのため『L』は続けた。『P』に構わず、憧れる未来を予想した。


「オレは世界に笑いがいつまでも存在することを願っている。笑いというのは人を幸せにする原料だからな」

「…」

「だからラフメーカーのメンツをこの場に呼んだんだ。お前に笑いの素晴らしさを堪能してもらおうかと思ってさ」


声は軽い形を帯びているが、いつでも魔術を撃てるように『L』は冷静さを維持していた。
ここで冷静になっていないと尋常ではない『P』に自分までも狂われそうになってしまうから。
そんな『L』に対して『P』は姿を消したまま、再び笑っていた。狂った笑いを場に漏らした。


「うふふ、うふふふふ。私にも笑いを堪能してもらいたかったの?あなたって本当に軽い考えの持ち主ね」

「何だ。文句でもあるのか?」

「文句?そんなの言わない。文句を使う人というのは相手に勝てない意識を持っている人のことを言うのよ?私はそんな弱い闇じゃないもの」


『P』は哂った。


「うふふふ。私はプロローグ。闇の始まりを告げた者。私が絶対者なのよ」

「絶対者、か」

「何か文句を言いたそうな顔してるわね」


まさに今から文句が喉から出てしまいそうな状態である。
しかし『L』は堪えた。ここで反論した時点で自分は相手に弱いと認識されてしまうので。

弱いと思われたらそこでアウトだ。
相手に威圧を与えなければならないのだ。
それが決闘の必要条件。

元から力の差は大きく異なっているけれど、今『L』には味方がいる。
だから胸を張って笑った。
笑って、先ほどの表情を誤魔化した。


「はっはっは。Pが絶対者なら闇が世の全てになるんだな」

「そうよ。闇こそが全て。闇が君主になるのよ」

「なるほどな。でも、闇に君臨することで世界がどうなるというんだ?」


『L』の質問に『P』は笑って答えた。


「闇が訪れることで彼が求めた世界ができるのよ」


彼、それは世界の終わりを告げる者のことである。
今は亡き彼だけれど、彼女は彼を一生愛し続けた。
これからもずっと彼女は彼を思い続ける。

しかしそんな『P』が面白くて『L』は本当に笑い声を上げていた。


「はっはっは!何だそれ。お前が絶対者だってのに、完璧に尻に敷かれてるんだな」

「…何?」


『P』の声があからさまに低くなった。
それでも『L』は言い続けた。わざと言い続けた。


「あいつはもう死んでるんだ。それなのにずっと従い続けている。お前は男から見れば最も扱いやすい女だな」

「従い続けてる?」

「ああ。お前の言動を見ていても分かる。ありゃ完璧に男の言いなりになってるな。愛する男のためなら人殺しだって平気で出来ちゃいますタイプじゃん」


どんどんと『P』の声が重くなっている。怒りという重りが声に乗っているのだ。
まだその重りは表に表れていないが、それでも恐怖は伝わってくる。

『P』を怒らせている原因の『L』はお構いなく笑っている。
代わりに他の闇たちが震え上がっていた。
あんなこといって大丈夫かよ、と思いながら全員が『L』の背中を見やる。

すると、『L』の体も、震えていた。
『L』は自分で自分を縛り上げていたのだ。
一体何故そのようなことをしているのか。このときは誰も気づくことが出来なかった。


「馬鹿な男に従ってるからお前も馬鹿になるんだ。世界を闇にしたいとか本当に低知能な考えだな」

「……」

「全く、女ってのは男に影響されやすいから困る…っ」


それは突然のことだった。
発言途中の『L』が喉を詰まらせそのまま無言になったのは。
『L』にしがみついている『K』ははじめのうちは何で無言になったのか理解することが出来なかったが、すぐに原因をつかめた。
目をギョッと見開いて、そのときに『L』の腕に巻きつけていた手を解いてしまう。
そして一歩二歩と退いた。


「Pー…!」


『L』の喉を黙らせた原因がそこにはあった。
しかし見えない存在のため、現に喉をつかまれている『L』と追跡能力を扱える『K』にしか知ることが出来なかった。

突然の『P』の攻撃に、『L』は歯を食いしばって、しかしそれを解いて口元をゆがめた。


「女は単純だ。感情が必ず言動に表れるからな」


首に絡んだ『P』の手が彩りを戻した。
指先から徐々に色がついていく。
完全に色が戻った『P』は、『L』を目の前にして立っていた。
両手を使って『L』の首を掴んで喉を押さえている。


「さっきからうるさい子ね。あなたは賢い子だとおもっていたのに」

「お前の思い違いだ。普段から彼しか見てないから本当のオレの姿を見ることが出来ないんだ」

「小癪…あなたって子は本当に小癪な子」


喉を圧し折る勢いでグッと力が加わる。
よって『L』は声を掻き消した。

『P』を怒らせるようなことを言った『L』が悪い気もするが、『B』はその間に割り込もうと駆け寄った。
しかし『L』の様子を見て、『B』も他の闇たちも動きをピタッと止めた。

『L』の様子が、おかしい。


「……」


『P』の足元をじっと見て、やがて口を開く。それは邪悪な口元で。


「かかったな」


途端、『P』が真っ黒に覆われた。闇だ。地面から湧き出た闇に呑まれたのである。
この場で闇を使う者は『P』だというのに、闇が彼女を呑み込んでしまった。
どうしたものかと思っていたが、全員が思い出した。

そうか、今の『L』は奥底に眠っていた闇を使えるようになっていたのだった。
湧き上がった闇はずばり『L』が出したのである。


「このまま沈めてやる」


『L』はそういうけれど、全員が腑に落ちない気持ちになっていた。
彼といえばエキセンの中で唯一、光を纏っていたというのに、今では闇魔術師と同じ。

腑に落ちない。


「イナゴ、無理はしないほうがいい」


そこで声をかけたのは『O』だった。
先ほどまでぜんぜん顔を出していなかった『O』が声を出したとの事で全員が顔を向ける。
しかし『L』は向けなかった。

『O』は告げる。


「断言する。君は闇を使えない」

「…」

「君は今までずっと光を纏っていたんだ。君は光の魔術師なんだ。闇魔術師ではない」

「…」

「だから今すぐ闇から逃げるんだ」


久々に口を開けば、批判の声か。
『L』は首を振った。
首を掴んでいる『P』の手を確実に掴んで、『P』を逃がさないようにして。


「無理だ。今オレには光は無い。闇しか残っていないんだ。闇に頼るしか手段が無い」

「そんなことはないはずだよ。君なら光を取り戻すことが出来るよ」

「何でそんなにオレを光だといい続けるんだ。光さえなければオレだってこんな闇魔術師だったんだ…!」

「それは違う。思い出してごらん。Pに闇を引き上げられたとき君の中に入っていったのは闇を燈した手だった」

「…」

「闇魔術が使えるようになっているのはPの闇を体内に入れられたからじゃないかな」


『P』の腕を掴んでいる手が闇色に染まった。
そのまま闇の泥になって、『L』の腕が垂れる。


「……!」

「もう止めたほうがいい。闇の侵食の犠牲になるだけだ」


垂れた闇はぼとぼととちぎれていき、やがて『P』を含んだ闇の元に集まった。
そんなちぎれた腕を見られたくなくて『L』は急いで目の前の闇の集合体に手を突っ込んだ。


「…そんな…」

「相性が悪いよ。君は光。光は闇を溶かしてしまうから君は溶けていってるんだ」

「………オレは溶けてない…」

「溶けてるよ。どろどろに」

「それは腕だけさ…」

「限界なんだろう?」

「…」


問い詰められても『L』は頑固に首を振った。


「限界じゃない。ここでオレが追い詰められていたら誰が戦うっていうんだ…。オレしかいないだろ……」

「まあ、確かに君が戦ってもらわないと困るけど」

「これは全てオレがまいた種なんだ。最後まで面倒みてやらないと…」


『P』を含んだ闇の中に手を入れたまま、背を丸める。


「お前らにもあわす顔がないよ」

「……」


わざと煽って『P』を誘き寄せ、このように捕まえることが出来た。
それなのに、体内の闇は言うことを聞いてくれない。
胸が苦しくなって、屈むことにもなった。


「……………」


屈んだときに闇から手を離してしまったが、手を見てみると元に戻っていた。
しかしなんだか体調が優れない。
『L』が油断を見せた隙に、『P』を含んだ闇が場に漂っている闇に紛れて溶けていく。
『B』が強く舌を打って悔しさを表したが、すぐに『K』の言葉を聴いて我に返る。


「L様ー!ご無事ですかー?!」


膝を突いて、四つん這いになっている『L』。
咳き込んだと思えば実際には闇を吐き出している。
『B』も『J』も急いで『L』の元へ駆け出した。


「あんた、一体どうしたわけっ?!」


『L』はずっと咳き込んでいる。闇を口から大量に吐き出している。
口には闇色の筋がいくつも伝っていた。


「言っただろう?君は闇を扱えないって」


他の闇たちとは違って『O』だけが冷静にその場を対処した。
咳が止まった『L』はやはり顔を向けないまま、口を開く。


「闇同士なら互角に遣り合えると思ったんだけどな……」

「どうだろう」

「オレ、今の状態じゃ無理だ。一般魔術もへなちょこだし、闇魔術も失敗に終わった」

「うん」

「やっぱりオレは弱いんだ。昔を克服できていない……」


どこかに『P』がいるだろうに、『L』は弱音を吐いた。
一瞬だけ闇になって千切れてしまった手を見て深くため息をつく。


「お前の言うとおりだ。オレは闇も使えない。ただのくずだ…」

「くず、かな?君はぼくらに必ず背を向けて戦ってくれてるじゃないか」

「みんなを守れたらかっこいいからだよ」

「ふふふ。ウソを言う君も君らしい。君はいつでも本気じゃないか。本気だからこそ闇に立ち向かったって言うのに」

「…」


『L』は立ち上がった。口元の闇を拭き取って、ここでようやく味方の闇たちと向き合った。
顔には非常に疲れが生じていたが、それでも『L』は笑っていた。
そんな『L』に向けて『B』が言う。


「あんた一人で無理しないでいいわよぉ。私たちだって戦えるんだからねっ」

「そうですよー。L様のためなら命だってちょろいですよー!」


しかし『L』は首を振った。


「実のところ、こんな醜い争いに女を出したくない。オレは女を傷つけたくないんだ…」

「「…」」

「ダンちゃんの件があるからさ、どうも女に気を使ってしまうんだ。自分の力不足で傷つけたくない。だから今度こそ守りたいんだ」

「L様……!!」

「ここはオレに戦わせてくれよ。今度こそうまくやるからさ」


『L』の気持ちを聞いて全員が黙り込む。
その中で『O』が首をかしげる。


「ぼくじゃ力にならないかな?」


しかし、即答で返された。


「お前は駄目だ。絶対に前に出るな」

「そこまで言うかなあ」


口先を尖らせて『O』は呻く。
『L』が理由を告げた。


「オレはお前の過去を知っている。だからこそ前に出したくないんだ」

「…」

「もう、誰も苦しめたくないんだ」


再び足を返し、『L』は全員に背中を向けた。
そして自分が出した闇と紛れて消えてしまった『P』を探すために身構える。

そんな『L』のたくましい背中を見て、『J』がポツリと尋ねた。


「オレっちに何か出来ることはないかジェイ?」

「何か出来るって言うのか?」

「で、出来ないジェイ…!」

「だろ?だから無理せず戦ってくれよ。護衛があるだけで本当に楽になるから」

「分かったジェイ」


本当は全員が『P』と戦いたい意識を持っているのだが、『L』ほどまでの実力を全員が持っていない。
だから護衛につくだけしか出来ない。
しかしそれを頼りにしていると『L』は言っている。
なので全員が『L』の背後を守ろうと身を構えた。

その中で無防備の『O』が『L』の背中に向けて言った。


「もう闇は使ったら駄目だよ」

「先輩のお告げだからな。今度からはちゃんと言うことを聞く」


そういって『L』は『O』に従った。
体内の闇が激しく荒れ狂い、『L』のボロボロにしていっているけれど、『L』はあえてそれのことを言わず立ち続けた。
自分の体が限界だというのに、誰も傷つけたくないから。

強烈な闇の存在を鎮めるために個性的な闇たちが四方に目を向ける。
場が今まで以上に暗くなった気がした。









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