麗しく美しい声は、この場にいる者の心だけではなく全てを締め付けていった。
本当ならばこの声は人を幸せにするためにあるものだというのに、今では全く役目を果たしていない。
使用者が違うだけでこんなにも違いがでるものなのか。

醜い顔のオカマは満足気にブチョウを見下ろしている。
ブチョウから声を奪った上に"印"をつけたのだから、もう奪うものはない。
『H』は"印"を使ってブチョウを苦しませていく。

それをブチョウは許せないと叫んだ。


「あんたは私からどれだけ奪えば気が済むの!」


声を奪われ、自由を奪われ、友人の命も奪われ、
光の彼も奪われ…。


「私はこの一年間、本当につらかったのよ!」

「んふ」

「あんたのせいで私はこんな姿になったのよ!」


全てが唐突に無くなった。
ブチョウの前に『H』が現れた、あのときこそブチョウが人生のどん底に落とされた瞬間だった。

否、それは否。
『H』が唇をキュッと尖らせた。


「白ハトさんったら何言ってるの?アタシは泣いているあなたを助けたいためにあなたの前に現れたのよ」

「…」

「白ハトさんが泣かなかったらきっとあなたの前に現れなかったわ」


だから、と『H』は続けた。


「あなたを泣かせたフェニックスさんが悪いんじゃないの」

「…っ!」


『H』の言葉に驚いたのはブチョウだけではなかった。囚われの身のポメ王が最も驚いていた。
罪を着せられたというのもあるけれど、実際の理由は、ブチョウを泣かせたのは自分だ、という罪悪感。
それが彼の目を見開かせる原因となった。

あのときブチョウが泣いたのは、告白を受けたからだ。
答えることが出来なくてブチョウは泣いていたのだ。縦に振りたかった首が横に動いてしまった。
身分の差で生じた結果。
哀れで切なくて、憎たらしくて、だけれど彼のことが恋しくて。
ブチョウはあのとき涙を流した。あそこまで本気に泣いたことはきっと無かっただろうに。

自分の罪の重さ、それに気づいたポメ王は一気に脱力した。
鎖に体を預けてぶら下がる。そして心にも罪という重りを提げた。

罪悪感に押しつぶされたポメ王の姿を竜の上から見ていた『H』はここで不敵に口元をゆがめた。
対して、ブチョウはポメ王の姿を見ずに『H』を睨んでいた。
先ほど魔術を食らった腹の傷が痛むけれど、口から出た血がひどいけれど、頭ががんがんするけれど、ブチョウはケロッとこの理論を覆した。


「被害者は私よ。全ての責任は被害を加えた加害者にあると思うけど?」


腹に彫られてある"印"が騒ぎ出す。締め付けるような痛みは強烈だがブチョウはそれでも立ち続けた。
首を一度も垂らさずに、ずっと上を見て、加害者の『H』に訴える。


「ポメは全く関係ないの。私が勝手に自分を自虐しただけ」

「あら?あなたは叶わぬ恋に泣いてたんじゃないの?」

「そうよ。だけど」

「だけど、何?」


対抗するブチョウが面白いのか『H』は笑みを絶やさず作っている。
小指をいつでも唇に当てることができる位置において、ブチョウの話を聞いている。
少しでも気に食わないことがあればすぐに魔術を発動できるような体勢の『H』に比べてブチョウは腹の"印"で動けないために無防備である。

『H』の行動で血が散るか散らないかが決まる。
そんな危険な糸が場に張っている中で、ブチョウが口を開いた。


「私は、ポメの気持ちを聞けたことが嬉しかった。嬉しいから泣いていたのかもしれないわ」

「…!」


周りにメンバーがいたらきっと言わなかった言葉であろう。
しかしここにはメンバーはいない。
ずっと追い求めていた光の存在が燈っているだけ。それは懐かしい光。
ブチョウは背後に感じるフェニックスの存在に向けて、気持ちを打ち明けた。


「あのときは自分の感情を抑えるのに必死でポメから逃げてしまっていた。だけど本当は私も伝えたかった。自分の本当の気持ちを…」


ポメ王が頭を上げた。
彼の瞳に映った姿は彼女の背中だった。たくましい背中。王になってから何度もこの背中を見てきていた。
ポメ王はこの背中が好きだった。
女性なのに勇気溢れていて、男性でも憧れてしまうような、そして相手が幸せになることを考えて動く機敏でたくましい背中。
すごく素敵なものだと感じ取れた。
だからポメ王は彼女に心惹かれていたのだ。
自分もあんな人になりたいと憧れていた。

彼女の背中を見て、昔を恋しく思えて、胸が急にきつくなった。
届かない声で彼女の名前を呼ぶ。


「ブチョウさん…」

「私は、ポメの言葉に返事を返すことが出来なかった。それの罪悪感がずっと胸にあった。だから心が優れなかったのよ」

「…」

「だから最近、涙もろかったのかもね」


ラフメーカーとの旅の中。
ブチョウは確かに弱い一面を何度も見せていた。
ポメ王のことが関わると感情を操れなくなって、メンバーに叱ったりして困らせて、だけれど挙句の果てには自分が泣くことになっていて。
これも全て、彼への罪悪感があったからかもしれない。

罪悪感が彼女に涙を催した。
だから『H』と出会ったときも泣いていた。


「あのとき泣いたのはポメのせいじゃない。返事を返せなかった素直じゃない自分に泣いていたのよ」


目線を変えず『H』を睨み、ブチョウは『H』を声で襲う。
自分の声ではなく、友人の声で。威圧のある声で。


「自虐していたときにあんたが私に甘い誘惑をしてきた。あんなうまい話、誰だって乗ってしまうわよ」

「んふ。騙される方が悪いんじゃないの?」

「黙れ。私の気持ちも分からないくせに偉そうに口叩くな」

「それはこっちの台詞よ。忘れたの?今あなたはアタシに逆らえない体になっているのよ」


途端、ブチョウの横腹…先ほど喰らった場所が再び破裂した。
赤い花が咲き乱れ、その場は赤だけの楽園と化する。

動く箇所は顔の部品だけ。
しかしブチョウは腹に来た衝撃に動じず、ずっと『H』を睨んだ。睨み続けた

唇から小指を離して『H』もブチョウを見つめている。


「あら。苦しくなさそうね。もう一発花火をあげちゃってもいいのかしら?」


今度は場所がずれて太もも辺りが破裂する。
それでもブチョウは睨み続けた。
いや、笑っていた。


「おかしいわね。私はどこから見ても無防備な状態なんだけど、どうして急所を狙わないのかしら?」

「…っ」


ようやく『H』が苦そうに口を紡ぎ、唾を飲んで喉仏を鈍く動かした。
噤んだ『H』の様子を見てブチョウが核心を突く。


「なるほどね。やっぱり"光"よねぇ」

「な、何のことかしら?」

「光が一番ってことよ」


癇に障ったのか、『H』がまた魔術を繰り出した。
しかしブチョウの予感は的中する。今度爆発した場所はブチョウに当たらず空気の流れを乱すだけだった。
空気の亀裂がブチョウの横腹までに響いて傷口をくすぐるが、このぐらい柔いものだ。

相手の弱点を見つけてブチョウはまた笑った。


「こっちには本物の"光"がいるのよ。あんたのもろい闇なんてすぐに押し負けてしまうわよ」

「この子ったら…!」

「私は逃げないわよ。ちゃんと的を狙ったらどう?」


突然光に押し負けてしまった闇。
どうしたものかと思って『H』が原因を探っていると、意外にも簡単に見つけることが出来た。

こっちを睨んでいる目がもう一つあったのだ。
フェニックスのポメ王の目が『H』の闇を分散したのだ。

光の生き物に睨まれたために力が急激に弱った。
なんということだろうか。『H』は心外して、顔を赤くする。
そして勢いで叫ぶのだった。


「アタシを馬鹿にするんじゃないわよぉおお!!」


刹那、『H』の土台になっていた大きな竜が雄たけびを上げ出した。
それは気合の声。今から自分は攻撃しますよと宣戦し、すぐに鋭いツメをたてて襲ってくる。
ツメがブチョウの頭を抉る勢いでやってきていたが、ブチョウが一言で鎮める。


「あんた、一体誰に向かってツメをたててるわけ?」


元はブチョウの召喚獣であった竜。
ブチョウの声を聞いた途端、召喚獣の白はピタリと動きを止めた。
さすがブチョウの獣だ。しつけはきちんと出来ているようだ。いや、日ごろブチョウに何かされてきたのだろう。
何かに怯えている様子で悲鳴を上げ、白は頭を覆ってふさぎ込んでしまった。

ガタガタ震える竜の頭に乗っていた『H』は悔しそうに表情を顰める。


「役に立たない子ね!」

「元はといえば私の召使よ。それを横取りする方が悪い」

「うるさい!あなたはとっとと消えてしまえばいいのよ!」


自分の思うが侭に流れていかない今の情景に憤った『H』は飛び降りて地面に着地すると真っ先にブチョウの元へ行った。
"印"で動かないブチョウを目の前にして、手のひらを振り上げる。
魔術がうまく使えず、闇に呑まれて黒くなった竜も使い物にならなければ、もうこの手しかない。
大きい手を空に振り上げて、ブチョウの頬に狙いを定めた。


「あなたから声をもらったから、あなたにはもう用は無いの!それなのに邪魔ばかりしないでちょうだい!」

「…」

「アタシから見てあなたはただの邪魔者にしかならないわ。はじめはたくましくていい子ねぇっと思ってたけど実際に今こうやって話していると気に食わないことばかり言う糞よ!糞!」


唾を吐きながら『H』が必死にこの苛立ちをブチョウにぶち当てている。
その光景が非常に面白くてブチョウは笑いに更けた。


「糞?私は今までに"糞"という単語を使ったことは無いわね。それなのに私の声でそんな下品な言葉を使わないでほしいわ」


ブチョウは言った。


「私は正直にう○こと言うわ」

「あなたの方が下品よー!!」


『H』の手のひらがブチョウの頬に向けてゆっくりと落ちてきた。
この場がスローの世界に包まれたように見える。
本当ならば速い動きだっただろうけれどブチョウの目にはゆっくりと映し出されたこの光景。

その間にいろんな感情が込みあがってきた。

自分は人々の心をポメ王のような光ある心に変えたいと思った。
だからこの闇だって光にしたい。光に崇拝するだけでもいい。とにかく一発沈めることで考えを改めなおしてくれないかと願って。

自分を傷つけていた闇をポメ王が抑えてくれた。そのおかげで自分が前に出ることが出来た。
闇がリズムを乱したこのチャンスを見逃してはならないと思って。

ポメ王があんなにも痩せ細っているなんて思ってもいなかった。
早く彼を自由にしてあげたくて。
そして自分も自由になりたくて。

二人が求めた"自由"
それをどうしても手に入れたくて。



込みあがる感情は一つの思いに絞られた。
今ここで、自分と彼は"自由"になるのだ!


「ポメ!今ここではっきりと言う!」


ブチョウは"印"の威圧に押されながらも、叫んだ。
違う、この威圧を吹っ飛ばすために叫んだ。
違う、彼に気持ちを伝えたくて、叫ぶのだ。


「私もあんたのことが好きなのよ!!!」


ドシッ。鈍い音が響いた。伴って拳に手ごたえを感じた。
今まで締め付けていた痛みが急激に緩まった。
張ったゴムが切れたときの勢いというものが今のブチョウの体にも表れた。

突然動けるようになって、今まで拳に溜めていた力が目の前の闇をぶっ飛ばしたのだ。
『H』がブチョウの頬を叩く瞬間、逆にブチョウが『H』の頬を拳でぶっていた。
力強く殴られて『H』は頬がゆがんだ方向へ体を浮かして飛んでいく。
地面に体がついてもブチョウの拳に溜まった様々な思いが『H』を引きずっていった。
そのため『H』はとまることなく体を地面に流し、壁にぶつかり穴を開けることでようやく静まった。

唐突のことでブチョウも理解できない。
だけれど彼の声で理解することが出来た。
ポメ王を覆っていた膜のうちの一つ、結界が破れてポメ王の声がこちら側へも届くようになったのだ。
結界は『H』が張っていたものらしい。
だけれどもう一枚の膜は『M』が作ったものなので破られていない。
しかし声が聞こえるのならば、それでも良いとしよう。


「ブチョウさん!」


ポメ王がたくましいブチョウの背中に向けて声をかけた。
そしてブチョウも暫くはぶっ飛んでいった闇を見ていたが、動かないところを見てようやく足を動かした。
半回転してポメ王に表面を見せる。


「ポメ…」

「ブチョウさん…!」


ブチョウがポメ王へ近づく、その刹那にまた近くで爆発が起こった。
『H』がしぶとく魔術を繰り出したようだ。まだ動けるのか?
しかしすぐに『H』の悲鳴が返ってくる。
続いてあの声も聞こえてきた。


『ブチョウさん、下品なオカマを沈めたよベイビー』


クマさんだ。
思い切り場違いだ。


「クマさん」

「やっぱりいたんですかクマさん!?」


クマさんといえばこの城に侵入した当時、襲ってくる影人間を抑えるために一度召喚したっきりそのままであった。
まさかこんなところで再登場するとは誰も予測していなかった結果であろう。
ポメ王も正直に驚いている。


「やっぱり気持ちの悪い顔してますね!」

「クマさんは私の愛人よ」

「愛人レベルなんですか?!より嫌らしいですね!」


膜をはさんで向き合い、会話する。
彼の懐かしいツッコミを浴びてブチョウも満足して微笑を零す。


「クマさんは愛人だけど、実のところ私には夫がいないのよね」


広がった傷が痛いけれど、それでもブチョウは無邪気に微笑んだ。


「誰かその空欄を埋めてほしいんだけど…」

「………」


答えを待っているようなブチョウの仕草に気づいてポメ王が少し体勢を整えた。
彼を縛り付けている鎖がジャラっと音を鳴らす。
しかしその音もそれっきりとなった。

『H』が沈んだことで、召喚獣の白が闇から解放された。
元の色に戻った白は二人に自由を与えるために、ツメを使ってポメ王を覆っていた膜と鎖を千切ったのである。

自分の体が突然解放になり、ポメ王は崩れるような形で、だけれど確実に狙いを定めて、ブチョウに体を預けた。
ブチョウも手を伸ばして軽いポメ王を胸に入れる。

脱力したままだけれどポメ王は告げた。


「…俺じゃ、駄目ですか?」

「え?何?聞こえないわよ?」


こんなにも二人の顔は近くにあるのに、ブチョウは聞こえないふりをわざとした。
なのでポメ王も久々に笑みを零して、より分かりやすい言葉で言い直した。


「俺が夫になってもいいですか?」

「…」

「身分とかそういうの関係ないじゃないですか。俺が王なんですからそのぐらいの法律破っちゃいますよ」


ポメ王の体がブルッと震える。


「…」

「そもそも、王の命令なんですから……従ってください……」


ブチョウの傷だらけの体が癒えていく。
ポメ王が癒しの涙を降らして傷を治していっているのだ。
雫が当たる都度、広がっていた傷口も埋まっていく。

そしてブチョウの夫の空欄もここで埋まった。


「そうね。こういうときぐらい従ってあげようかしら」

「…それって…」


ポメ王が「答えは『はい』ということですか?」と尋ねる前にブチョウは肩を震わせていた。
小さなポメ王の頭上にブチョウの涙が雨になって降ってくる。
ブチョウが泣いている姿を見て、ポメ王は口を噤み、代わりにブチョウが口を開く。
今まで胸に溜まっていた思いを打ち明けた。


「……あんたがいなくなって…私…本当に悲しかったんだから……」

「ブチョウさん…」

「ジュンもヒヨリも死んじゃって…あんたもいなくなって……声も失って…自由も失って……全てが突然無くなった、それがとても…つらかった…」

「…っ」

「ずっとあんたを探してた…生きていると信じたかった……とても、会いたかった………」

「俺もですよブチョウさん…」


腹の"印"も消え、束縛するものが無くなった。
壁の鎖が千切れ、束縛するものが無くなった。

二人の間を妨げるもの全てが無くなった。
囚われの身の男女は今ここで、自由になった。


腹の"印"が消えるとき、それは声を奪った原因である魔術が抜けたというとき。
そのためブチョウの喉に異変が起こった。
急激に熱くなったのだ。
ポメ王に気持ちを伝えている間にハスキーな声は徐々に抜けて行き、代わりに『H』の喉に入ってあった美しい声がブチョウの喉に入っていく。
声が持ち主の元へ帰ってきたのだ。


「今まで、私を支えてくれてありがとう。ジュン」


綺麗な声が空に向けて放たれた。
それは目には見えない光に向けて。
声という光が空に帰っていく。

今、空の存在になっている友人の元へ、いわゆる持ち主の元へ帰っていく声。


白ハトとフェニックスはここからでは見えない蒼空を間接的に眺めた。
そこに友人がいることを信じて眺め続けた。

そして


「おかえり、ポメ」

「ただいま、ブチョウさん」


互いが慣れない手つきで抱き合い、そのまま一つになった。







 ブチョウ 対 『H』
        勝者…ブチョウ

    フェニックス、無事生還。







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無事にフェニックスが生還しました!ブチョウも自分の声を取り返すことが出来ました!

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