穴が開いた壁を背景に、蠢く闇が踊っている。
闇を操るために『Q』が二本指を振り上げ、闇は指揮の通りに『Q』の前に壁を組み立てる。
その直後、風の刃が壁にぶつかり貫くことなく跳ね返った。
ハサミで風を切り、カマイタチの如く鋭い刃を放つソングであったが、闇に囲まれた『Q』を傷つけることは出来ずにいた。


「クソ、ふざけやがって…!」


光に覆われ白くなった城は無論、城内も明るい。
それなのに闇は動いている。一応エキセンの力は弱まっているようだが闇魔術の威力は変わらない。
せっかく『L』が光を落としてくれたのに、それは無駄な行為となったのか…?

ソングの攻撃が終わったところで『Q』が闇の波を沈めて顔を出した。


「残念だったな。所詮光は光だ。弱いもんなんだよこの野郎」

「何言ってる?闇も同じだろ」

「は?闇が一番強いに決まってるだろ。ふざけたこと言うんじゃねえよこの野郎」

「てめえこそ、この野郎この野郎ってうるせえんだよこの野郎」

「俺の勝手だろこの野郎」


口出しすればすぐに飛びつくこの二人。何気にタイプは同じのようだ。
しかし手は緩めない。ソングはすぐにハサミを持って『Q』に襲い掛かった。
分解したハサミを横に振って『Q』を傷つけようとするが、すぐに闇の波が邪魔しに入る。
思うように決まらずソングは不機嫌に眉を寄せた。


「正々堂々と戦えよ」


ずっと闇を使って逃げている『Q』、消えることは出来ないみたいだが闇を操れるのなら同じだ。闇を盾にしてしまうのだから。
だけれど、『Q』の顔には疲れが生じている。
その表情を見てソングは目を丸めた。
そして『Q』も苦く顔を顰めて舌を打った。


「思うように動けねえなこの野郎…」


予想以上だった。エキセンの闇の力も光によって制限されているようだ。
波を打っている『Q』の闇が見る見るうちに静まっていく。
量も減っていき、あれでは闇が起き上がって『Q』を庇うことが出来ないであろう。
それほどまでに闇の威力は知らぬ間に弱まっていた。

今になって光の効果が表れたのか。
突然の変異に驚いたソングだったが、すぐに不敵に笑って見せた。


「何だ。やはり闇は光に弱いんだな」


ソングが勝ち誇ったように言うとすぐに『Q』が飛びついてきた。
闇が立たないから二人の喧嘩の邪魔をするものはいない。

『Q』のタバコは彼が口論するたびに上下に揺れる。


「ざけんなこの野郎!光なんか消えればいいんだ」

「何故光を消したいと思う?」

「光なんか目障りなんだよ!見ていて腹立たしくなる」


刹那、ソングの顔が地面についた。
沈んだ闇を使えることが出来ない『Q』は拳を握ることでソングを殴ったのだ。
頬にあざが出来たソングは舌を切り、血唾を吐く。
その表情は驚いていると言うより、怒りに満ちていた。


「クソ、エキセンでも物理的攻撃ってできるのかよ…」


魔術しか鍛えてないと思ったから物理的攻撃はできないものだろうと考えていたのに、『Q』の拳は意外と強烈だった。
『Q』は今の力では相手の心を読むことは出来ないが、ソングの口調からして察したようだ。
目を三角にしてソングの考えを覆す。


「ったりめえだ!言っとくけどなエキセンは闇だから元から魔術を使えるんだこの野郎」

「魔術師と言えば頭がいい奴らばかりだと思ってたが、なるほど、生まれつきの能力か。言わば勉強もしてないから馬鹿だということだな」

「んだとぉっ!」


大抵の魔術師は頭脳を活用することにより光を放つ。
例外で、ブチョウは召喚獣と契約を結んでいるため頭脳を使わなくても血の魔方陣で獣を呼び起こすことが出来るのだが。
しかし闇の者は違う。
元から闇で構成されている者たちだから、生まれたときから闇という魔術が備わっているのである。
エキセンの中で闇を使えない者たちは、闇が薄い者たち。闇魔術が使えない者は大抵弱い者がそろっている。
そのうちの『L』は頭脳を活用して魔術を育て、四天王まで這い上がった。

『Q』はそんな『L』を馬鹿にする。


「勉強したって闇が使えなければ同じだ。弱いもんには変わりねえんだよ。何も傷つけることができねえ魔術師なんかクズだ」


暴言を吐く『Q』であったが、ソングには『Q』の考えがいまいち掴めなかった。
闇魔術が使えて一体何になるのだ?闇魔術と言えば人を苦しめるだけのものだ。

そもそも、魔術に強いも弱いもないと思う。
ただ、使い方により左右する。

『Q』のように闇の波を使って人を呑もうとするより、『L』のように光を使って人を幸せにさせる方が強いであろう。『L』を実際に見ていて実感した。
魔術の使い方でも大きく差が生じる。

この城に篭っているエキセンたちは皆、人を傷つけるために魔術を使っている。
しかし使い方を間違っている。
魔術は人を傷つけるために使ってはならない。幸せにするために使う物なのだ。

だから『Q』の誤った言葉にソングは笑みを零した。
邪悪そのものの笑みで。


「クズはてめえの方だろ」


反論を受け、短気の『Q』はすぐに機嫌を損ねた。
怒りの勢いで、倒れているソングの胸倉を掴んで持ち上げる。
するとソングが血唾を吐き出した。
『Q』の頬に唾液が混じった血が滲む。


「この野郎!」


無論、怒りはすぐに浮上した。胸倉を掴んだまま『Q』はソングの顔を殴る。
そして地面に頭を叩きつけた。


「ざけやがって、たかが人間に文句言われる筋合いはねえ!」


地面に埋もれたソングは動かない。
それなのに『Q』は容赦なくソングの頭を踏み躙った。


「闇にも勝てない光が何を知ってるってんだ」


グリグリと、銀の頭を地面に擦る。


「言っとくけどな闇を使えないエキセンはヘボだ。何も支配することが出来ない」

「…」

「そして、魔術を使えない人間はヘボの塊だ。消えりゃあいいんだよ!」


むき出しの銀の後頭部に向けて、足を上げる。強く踏むつもりなのだ。
しかしその前に、声が流れた。


「その"クズ"やら"ヘボ"やら言われてる魔術師が、ここに光を落としててめえらを弱めたんだがな」


刹那、この場が土煙の霧に覆われた。
ソングが地面を叩き割って勢いよく起き上がったのだ。
地面の色であった灰色が霧となり、その中でソングがハサミを『Q』に刺した。

手ごたえは、無かった。
だけれど空気以外の何かを抉った感触は掴めた。


「てめえ…やりやがったな…!」


霧が晴れる。白い光景が再び場に戻る。
灰色が薄れていき、その中に浮かぶ銀色が輝いている。
目が充血して不気味な模様を象る、あれは殺血を流したクルーエル一族の目だ。


「大人しく聞いてれば、散々言いやがって」


ハサミを構えたソングが不敵に睨んでいる。
その顔の左右を区切るように頭からは血が流れていく。

先ほどソングが繰り出したハサミは横腹を掠めたらしく『Q』は懸命に抑えている。
見てみるとそこからは赤いものではなく黒いものが溢れていた。


「刃物を喰らったのは初めてだ…!」

「それならもっと喰らわせてやろうか」

「!」


初めて腹に喰らった傷が血を漏らしているので目を奪われる『Q』、その隙にソングが行動に出た。
両手に持ったハサミを合体させて、元の形に戻す。そしてすぐに『Q』に目掛けて刃先を向ける。


「アクセント(強勢)」


『Q』の腹を貫くために、刃と共に前に出る。
しかし、寸前で『Q』がハサミを止めた。
生憎ハサミの刃はむき出しになっていないため、止めている『Q』の手を傷つけることも出来なかった。

今度は『Q』が笑った。


「こんな刃如きに俺がやられるはずねえだろ」


ソングに筋力があれば『Q』に止められることなく腹を突き抜くことが出来たであろうに。
筋力が無いから動きを止められ、ソングは前に進むことができない。
そして『Q』も光を浴びて力が弱まっているためソングを突き飛ばすことが出来ない。
そのため二人は寸前の戦いをしていた。

あと数センチで刃は『Q』の腹に刺さるというのに…。

それなのに結果は動かない。ただ、互いの手がピリピリと震えているだけだ。
力がぶつかって衝撃が手に表れているのである。

結果が見えないこの勝負。どうなることやらと思っていたら、強い風に乗って飛んでくるものが結果を運んできた。
『N』に飛ばされたトーフが2人の間に割り込んできたのだ。
よって勝敗はなし。二人の戦いはお預けとなった。

飛んできた者とぶつかって2人とトーフが一緒に倒れた。


「あだ!」

「…っ!こらドラ猫!何しやがる!」


このまま追い詰めれば『Q』を刺すことが出来たのに、邪魔をされてソングは怒りをトーフに放った。
しかしトーフは無視して、ある者を睨んでいる。
それは彼の相手である『N』だ。

強く地面を踏み、闇の光が炎のように燃え盛る。
『N』が足を燃やしてこちらに悪戯っ子の笑みを向けていた。


「糸使いか。珍しい技ばかりですっごくドキドキするね!」


ソングは自分の戦いで夢中になっていたのだけれど、そういえばそうだった。隣りではトーフと『N』が戦っていたのである。
しかもこの様子からすると『N』の方が一歩リードしているようだ。
楽しそうに笑っている『N』に対してトーフは歯軋りを鳴らしている。


「じゃかあしいわ。あんた初めて見る闇の割には結構強いやんか」


光の中で動き回る小さな闇。『V』ほどまで凶悪な闇は飛ばさないが『N』も侮れないことは確かだ。
『Q』よりも遥かに動きが俊敏なのだから。

しかも『Q』のように大きく闇を作らないため、力の消耗も激しくない。
やはりエキセンにもタイプがそれぞれあるようだ。

トーフがまだ身を起こしていないとも関わらず『N』は足に溜まった闇を放った。
それから逃げるために彼の仲間を含めて3人が慌ててその場から離れる。
『N』の闇は何も抉ることなく、遠くにある壁一部を破損するだけで終わる。
そんな闇の終わりを見ずに『Q』は『N』を叱った。


「おいN!俺もいるのに闇を放ってくんな!」


強い光が満ちた城内のため、『Q』はどんどんと力が抜けている。対して『N』は疲れた様子を見せていない。
『N』の闇から逃げるのにも必死だった『Q』に目掛けて『N』は面白く笑い飛ばした。


「何弱まってるの?もうちょっと頑張りなってー」

「この野郎!別に弱まってねえよ!」

「まあ、Qは背が高いからその分強い光をあのときに浴びちゃったんだね。仕方ないかー」

「お前、雷と同じような言い方すんなよこの野郎!」

「だって実際にそうじゃんか!光は高いものに落ちるんだぞー!」


ここで一旦戦いを中断し、口論の混じった作戦会議が始まった。
今までのエキセンではありえない光景である。
その隙にソングとトーフも身を寄り合わせて小声で会話をする。


「『この野郎』は結構弱まってる。横腹にも傷を負わせることが出来た」

「ホンマか。ほな『この野郎』はもうすぐ倒せそうやな」

「餓鬼の方はどうなんだよ」

「餓鬼の方はどうにもならん。ちっこいからなかなか糸で捕まえられへんのや」

「チビのてめえが言う台詞か?」

「じゃかあしいわ!」



「おいN、お前の方はどうなんだ?」

「おいら?おいらの方は完璧においらのペースだよ!Qはどうなんだよ?」

「お、俺か?もちろん俺のペースだこの野郎」

「ウソつくなよー。思いっきり怪我してるくせによー」

「うっせえ!これは気を緩めただけだ」

「しかも闇も操れなくなってんじゃないの?」

「違う!操れる。だけど長時間操れねえんだ。これも全てキャラメルのせいだこの野郎…!」

「まあ確かにおいらも大きな闇魔術を使えなくて困ってるんだよねー」


互いのチームが今の状況を語る。
ラフメーカーもエキセンもそれぞれに不都合な点があるようだ。
そのため、作戦会議の結果、同じ答えが出ることになる。


「「2対2で戦うぞ!」」


ソングと『Q』の戦いはソングの方が有利。トーフと『N』の戦いは『N』の方が有利。
つまり互いのチームの一人がピンチになってることは同じなのだ。
完全にどちらかのチームが勝つためには、この方法が最も好ましい。

2対2の戦い。
協調性が高いチームが勝利の道を歩む権利がある。


「「これなら絶対に勝つ自身がある!!」」


トーフと『N』がそう声をそろえて、パートナーを見る。
しかしパートナーたちは自信なさそうであった。
ソングはトーフとはあまり協力したことが無い。そして『Q』も『N』とあまり協力したことが無い。
だから自信が無いのだ。
戦いの中で協力し合えるか心配なのである。


「ソング!あんたはワイの護衛をしてればええからな!心配せんでもええで!」

「Q!お前はおいらのサポートをしてくれればいいから!無理に闇魔術出さなくてもいいぞ!」


自分のパートナーを元気付けようとちびっ子の二人が声を張り合わせる。
だけれどそれは火に油を注ぐ行為であり、短気な二人はそれぞれで暴言を吐き出した。


「てめえの護衛なんかつくかクソ!俺は俺一人で闘う!」

「餓鬼は引っ込んでろ!俺一人で十分だこの野郎!」


これでは、トーフと『N』、ソングと『Q』がチームを組んだ方がいい戦いが見れそうである。
しかしさすがにそんなことは出来ず、トーフとソング、そして『N』と『Q』は戦うために武器や闇を構えた。 



城の壁の一部、メンバーが開けた穴の他にまた一つ大きな穴が出来る。
煙が踊る大砲を構えて銀髪の女が入り口を作ったのだ。

2対2が向き合っているのを背景に、クルーエル一族の『幸』属と『恩』属が今応援に駆けつけてきた。
けれどもクルーエルはクルーエルの元へ一目散に駈けて行く。
その間に2対2の戦いも合図の鐘を鳴らし戦闘音を奏でた。








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