刀なんか握ったことも振ったこともない。
だけれど武器を投げ捨てたら「負け」だ。
自分はここから先に進まなければならないのだから。
目当てのものは、もう目前にある。
緩めてはならない己の志。

ブチョウは力強く刀を握って相手を睨んだ。


「どこからでもかかってきなさい」


刀を使った戦いをしたことが無いために自分から動くことが出来ない。そのため声をかけて闇を誘い出す。
するとブチョウの刀と向き合っている黒い刃がきらりと瞬きを帯びた。
『S』が刀の角度を変えて光度を高めたのである。
光に包まれた城の光も『S』が放つ闇色の光に少しだけ押されている。
なのでこの場が少しだけ黒に染まった。

その中で邪悪に微笑む『S』は、ブチョウの気の流れを見てよりいっそう楽しく笑いに深けた。


「お前、戦うのが好きだろ?」

「…」

「ヒッヒッヒ、やりがいがありそう!」


瞬きしたときには『S』が瞬間移動したかのようにブチョウの足元で身を低くして刀を構えていた。
この城はすでに光に覆われているというのにそれでも俊敏な動きを見せる闇の存在に少々驚いたが、ブチョウも素早く飛び跳ねて避ける。
『S』の刃はブチョウが跳んだときに出来た空間を斬った。空振りになったが『S』はすぐに後ろへ刀を回した。
跳んで『S』の背後に回っていたブチョウもまさかこっちまで刀が回ってくるとは予測していなくて、今度は避けきれずに刀を盾にして身を引いた。


「手加減なしね…」

「ヒッヒッヒ!当然だろ!ここはお前にとってみれば死の会場なんだから!」


素早い『S』の刀を止めたのはいいけれど、次の行動に移すことが出来ない。
完全に向こうのペースなのだ。
一度流れ出した水流をとめることは難である。
どこからか聞こえてきた水の音はまさにそれであった。
水をとめることが出来ずに闇が流れていったのをあのときに感じ取れた。
そして今、ブチョウが闇の流れを止めることが出来ずにいる。

悔しくて強く舌を打った。


「みんなは闇に勝てたっていうのに…!」


戦いには慣れていたので余裕を持っていた。だからなんとなく自分が一番上だと思い込んでいた。
しかし違う。
いざとなったとき、メンバーのみんなは常に前に立って戦っていた。
対して自分は後ろから言うだけだった。
そして闇との戦いでもメンバーは実際に勝利を収めている。この城の光の密度が強化しているのを感じるから。
みんなが頑張ってこの結果を生み出しているというのに、自分は…。

今だってそうだ。
闇のペースで自分は動けず、ずっと睨むことしか出来ていない。

どうにかして自分のペースに持っていかないと…。
奴の言うとおり、ここが自分の死の会場になりかねない。

それにしても、
みんなはどうやって自分のペースに持っていって、闇に勝つことが出来たのだろうか。


「気が徐々に乱れてきてるよ。どうしたんだヒッヒッヒ!」

「……」

「せっかく遣り合えると思っていたのに、何だ、やっぱりお前って弱いのか」

「………」


弱くない。
だけれど相手のペースなので前に出れずにいる。
普段ならば召喚獣が隣にいるのに、今は刀だけだ。
先ほど出した召喚獣の白も大きな体を動かして『M』に攻撃しているが、微妙に引いているようだ。
傷つく都度笑い声を上げて楽しそうにしている『M』の姿が不気味でしょうがないのである。
あれは逆にこちらとして精神的にダメージを受けてしまう光景だ。
やはりエキセントリック一族は"変人"で恐ろしい。


「光の中でも動けるとはちょっと驚いたわね」


ブチョウがこの闇たちに向けて感想を下すと『S』はきっぱりと声を上げた。


「当然!俺様たちは闇魔術師だからな、光なんかに負けないよ!」

「闇魔術師が光に負けない?」

「そうだ!」


即答する『S』の懸命な姿が面白くてブチョウは口元をゆがめた。


「闇が光に勝てると思ってるの?」


ブチョウの声に、ようやく『S』の動きが緩まる。


「何だよ?何か間違ったこと言ったかな」

「あんた、今の状況見てみなさいよ。この城にいるあんたの仲間たちは次々とやられていってるじゃないの。光が闇に勝ってる証拠よ」

「…」


闇が一つ一つ丁寧に沈んでいっている。
これが事実ということで『S』も動きを止めた。
ブチョウの刀に重なっている黒い刃も離れる。
『S』が下唇を口の中に巻きいれているところを見て、ブチョウはこのまま自分のペースに持っていこうと考えた。


「うちの連中は弱いけど強い部分を持っている。己の心が強いのよ」

「…」

「心には光が燈っている。それが闇を鎮める力を持っていたのよ」

「…」

「闇なんか光一つで消えてしまう弱いものだわ」


ブチョウが刀を両手に持ち替えて身を構えていると、『S』がようやく反応を見せた。
ヒッヒッヒと笑って肩を震わせているのだ。
何故笑う?
今ここで闇の弱さを言ったというのに、何故笑う?
『S』が笑っている理由が分からない。

やはり相手は闇の者だ。
奴らの脳内には闇が全てなのである。
なのでブチョウがどんなに反論しても闇は闇を自負する。


「お前は、単純に目の前で起こっていることを受け入れるしか出来ないんだな。光なんか根元を捕えればすぐに力を失うってのに」


『S』は笑った。


「光が消えれば闇になる。当然のこと。世界は元は闇で出来てたんだからな!」


世界は太陽の光を浴びていないと明るくない。
実際に太陽の光が無いうちは夜であり闇の世界だ。

光がなければ世界は闇なのである。

『S』が意外にも力説を語るので今度はブチョウが口を噤んでいた。
納得してしまったのである。


前にブチョウは言っていた。
それは自分らがヒーローになった村での出来事。
ブチョウはコードネームを「ブラック」にして戦いに挑んでいた。
いや、このときブチョウは戦ってなかった。これもメンバーに任せていた。
どの場面を見ても自分は後ろで腕を組んでいるだけだったな、と改めて思ってしまう。
それはさておき、ブチョウはブラックいわゆる「黒」のことをこういっていた。
「黒は全てを支配する色」
言い換えれば「闇は全てを支配する……」

しまった。
自分は無意識に闇が一番だと思っていたのだ。
自分は平和を尊重する白ハトだというのに、黒に憧れていた。
なんて自分は卑劣な考えを持った奴だったのだろうか…。


「ヒッヒッヒ!どうした、突然黙り込んじゃって?」

「…」

「闇と光の違いをやっと知ったのか?闇の強さに気づいたのか?」

「……」


世界を包むのは光。
しかし世界の元は闇。

どうして世界は黒と白で成り立っているのだろうか?
どちらか一方になればこんな難しいことにならなくて済んだのに。

果たして自分はどちらが一番だと思っているのだろうか。
分からない。表では白を纏う光が一番だといっているが、裏では黒を纏う闇がすごいと思っている。


自分は一体何なんだ?


確かにこの場は徐々に闇が消えつつあり光が上になろうとしている。
しかし闇は完全に消えていない。いつの日かまた立ち上がるだろう。
いま闇に勝てたとしてもまた光に危機が迫ることはあるに違いない。
光は一度消えてしまえは燈すのが難であるが、闇は実に単純だ。
世界は、元はといえば黒なのだから。光を消せば闇なのだから。

もしかしたらすでに世界は闇なのかもしれない。
ただ、太陽という光が世界を纏っていただけなのかもしれない。


「っ」


ブチョウがそう思っていると、体が急に拒否反応を起こし出した。
知らぬ間に緩めていた拳も再び力がよみがえり、力強く、刀を握りしめ、構えた。


「私は、世界が闇になろうが光になろうが、関係ない」


無意識に出てきた言葉。
それには『S』でもあるが言った本人も驚いていた。

世界がどうなろうと関係ないだと?
そしたら自分は今、何のために戦っているというの?

無意識な言葉がブチョウの真の心を指した。


「私は、世界よりも、取り返したいものがあるの」


ポメ王だ。


「ラフメーカーといるときや、鳥族の仲間とボール遊びをしているときも楽しかったけど、私は何よりも彼が一番なのよ」


この無意識さが恥ずかしい。
だけれどブチョウは告白し続けた。


「あいつの懸命な姿が好きだったのよ。王族なのに私たちと一緒にボール遊びがしたいからって何食わぬ顔して抜け出してきて。だけどあいつは王になってから一緒に遊べなくなって、それが心底つらくて…」


ずっと一緒にいたいと思っていたのに、彼が自分の元まで来れないと言った。
だから自分が彼の元へ行こうと思った。


「私はまたあいつと一緒にいたいの、ただそれだけのために今ここに立ってる」


私の世界には、闇とか光とか本当に無縁なもの。
世界がどうなろうと関係ない。

もともと鳥というのは光に憧れて飛行していた生き物だ。
だから光がある間しか活動しない。そして光と共に起きる。これが鳥。
そしてフェニックスである彼は実に光の存在だった。
光を纏っていた神秘なる鳥。人を癒し人を幸せにする鳥。

…!
そうか。
自分は裏では黒が全てを支配する色だとか思っていたけれど
本当は、光に憧れていたんだ。
彼の光が本当に眩いもので知らぬ間に心惹かれていた。
彼が自分を光に変えるきっかけとなる基だったんだ。

闇の中でも輝く光が素晴らしく美しくて、憧れていて、

自分もあんな存在になりたいと思って、

今、光を纏ったラフメーカーになっているんだ…!


「世界が闇になろうと関係ない。だけどその代わりに人々が光になればいいのよ。全員が光纏った人になれば、いい」


人間は光だ、と誰かが言っていた。
だけれど全員が光とは限らない。黒い心を持ったものもいるではないか。
クルーエル一族だって悪なる4属が邪悪な心を持っている、まさに闇の人間だ。

もし世界が闇になったとしても、人々全員が光になれば、
それは問題の無い話だと思う。


「私はここにいる闇も全て光にしたいと思うわ」


今決めた。
自分は世界を光にするのではなく、人を光にするために立ち上がるのだ。
ポメ王が光の存在であるように人々も光になればきっと、いい心を持てる。
ポメ王のような心をもてるのではないかな、と。

なので、素早く刀を振り落とすのだ。

突然刀が落ちてきて、『S』は悲鳴を上げて身を引いた。
しかしブチョウの乱れた気が形を整えたのを感じ取ってまた口元をゆがめた。


「やっと俺様とやりあう気になったか!ヒッヒッヒ!血祭りにしてやるよ!」

「うるさいわね。せっかく私がこの場のムードに合わせるために心揺れる台詞を言ったというのに」

「ぎゃーっしゃっしゃ!誰の心も揺れないって!」


ずっと話を聞いていたらしく『M』も横から口を挟んできた。
しかし次の瞬間には召喚獣の白に潰されてしまうのだが。
白の足裏から『M』の笑い声が篭って聞こえてくる。

『M』を無視して二人は女の戦いを始めた。
互いが引くことなく刀を振り続ける。一方が刀を振り落とせば一方が受け止め、の繰り返し。
その中でブチョウが舌を打った。


「刀なんてやりにくいわね。やっぱりアフロがほしいわ」

「無駄だ。この場にアフロが来たとしても俺様はひるまない!」

「ひるむとかの問題なのか?ぎゃっしゃっしゃ!」

「何言ってるのよ。アフロが世の中で一番強いものなのよ」

「「えっ!アフロってそんなにすごいのか!」」

「アロエ」

「アエロって言う回答が分からない!」

「返事でもなんでもないよな!」


ブチョウが居る場の雰囲気というのは最終的には彼女のものになる。今までずっとそうだった。
意味の分からない発言は計算ではなく彼女自身の頭に思い描かれている実際の笑いである。
その笑いについていけないのか『S』が一歩押され始めた。


「…!しまった!変なコントに付き合っていたら…!」

「おいS!やっぱり俺様そっちに行こうか?」

「来なくていい!俺様だけで十分だ!お前は黙ってろM!」

「でもなーSのことが気にな…」

「俺様はお前のほうが心配だよ!竜に潰されるな!」


「仲良く姉弟喧嘩してるのも今のうちよ」


光の中だというのもあるのか、『S』も『M』も集中力がボロボロになっている。
隙を見せるようになった闇二つのうちの『S』に忠告してからブチョウは素早く身を屈めた。
刹那に、ブチョウの頭があった空間を『S』の刃が二つに斬った。
『S』は刀を横に振った先にブチョウの頭がないということで目を丸めて動きを止める。

ブチョウはその"間"を狙っていた。


「喰らいなさい」


刀を横に振り切った後の形のまま固まっている『S』の刀をブチョウは自分の刀で払って飛ばした。
そのときに自分の刀も一緒にして飛ばす。
二つの刀が円を描いて空を飛んでいくのを背景に、『S』はまた唖然としている。
そんな『S』の腹に向けてブチョウは素早く足を入れた。


「―――っ!」


『S』の弱点、それは打たれ弱い部分である。
足を『S』の腹に入れたままブチョウは宙を浮いた。それほどまでに強い蹴りだったのである。
数メートル離れた場所で着地。足元には腹を押さえてもがいている『S』の姿がある。
今にも泣き出しそうな『S』を見てブチョウは口元を吊り上げた。


「まだ泣くのは早いんじゃないのかしら?」

「……っ」

「たんまたんま!Sは光を浴びたせいでさらに打たれ弱くなってんだよ!だからもう蹴らないでやって!代わりに俺様を蹴って!」


蹴る気分が燃え盛っているブチョウをとめるために『M』が仲裁に入ってくる。
しかしブチョウは気にせず身を縮めている『S』の腹を踏みつけ、『S』の弱弱しい悲鳴を聞いた。


「お前鬼か!俺様を蹴ってくれればいいのに!むしろ蹴ってくれないといじけるぞ!」

「……死ぬ…俺様…泣きそう……」

「あら、この二人、意外に面白いわね」


虐めるターゲットを見つけたブチョウは、暫くの間『S』を蹴り、『M』を無視して楽しんでいた。
完璧にブチョウのペースに持っていかれて闇の二人も気を乱している。
その中で特に『M』がうるさいので沈めるために、一発かます。


「目潰し!」


ブスっ


「あはー!気持ちいいー!」


しかし逆効果であった。
それからブチョウは個性的な二つの闇を無視して先を急ぐことにした。
目前にある光の元へ。
それを消そうとする闇を沈めるために。
そして全ての人々を光にするために。
拳を奮って走っていく。

召喚獣の白を率いて遠ざかっていくブチョウを背景に、二つの闇が呻いたり騒いだり。


「S!大丈夫か?生きてるか?!」

「ぅ………ぅぅぅぅぅ…うわぁぁぁぁん…!」

「泣いたー?!あんの野郎!Sを泣かしやがったな!絶対にフェニックスに近づかせてやるもんか!」


自分の相方の苦しんでいる姿を見て憤った『M』は、自分の手の皮膚をつまむことでどこかに魔術を発動させた。
それはブチョウが向かっている先でもあった。









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